椅子こん! 

たくひあい

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椅子こん!16

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『敵』


このまま戻らないと、44街が被害に合うとき、誰も戦わなくなる。
早く、早く、殺せ。
 心を。私を。
私のすべての幸せを殺せ。
殺さないと戻れないぞ。
笑顔なんかもう必要ないじゃないか。
兵器になれ、兵器になるんだ、私は、泣いても、吐いても、二度と笑わなくなっても、せめて──
あの子は、あの子の世界だけは……

「すべてを欲し、何もかもを我が物と思い込み、蹂躙の限りをつくした、
傲慢な人類の皆さん」




目を閉じる。怖い、という感覚は鈍ってしまっている。意識がハッキリしている。だからきっと──

「私は、あなたたちの敵です」

闇に隠れたまま近くに、転がっていた小さな神棚が微かに揺れる。
孤独を──孤独を呼ぶ。
自分を呼ぶ。痛みを呼ぶ。
自分を、嘆きを。自分を。

「あなたたちが、滅亡を望んできた敵です」
 神棚から白い人型の光が現れ、小さな子どものような影の姿になるとにこっ、と微笑んだ。大丈夫、怖くないよと安心させるみたいだった。

「私にとって……すべて。あの会が、否定してきたものすべてが、私の宝物。あなたが愛さなかった、蔑んだ『物』あなたが愛さなかった『自然』、あなたが愛さなかった『感情』、あなたが愛さなかった『孤独』、あなたが愛さなかった『死』あなたが愛さなかったもの全てから、私たちは生まれました、あなたが愛さなかった全ては、あなたと対をなし、あなたを突き放し、あなたが愛さなかった全ての拠り所となります」

 女の子は、先に進んだだろうか?
気がついたときには、近くには見当たらない。誰もいない空間で、静かに、静かに、唱えていると、心が纏まって、真っ直ぐにこれから先すべきことが見える気がした。

「だから、そんな傲慢なあなたたちと──同じ存在になることは、これから先ずっと生涯ないことでしょう」

光は私のすぐそばの根に降り立つとそっと触れる。白い光は少しずつ、周りから集まってきて、よりくっきりと存在感のある人型になる。そして私に寄り添うようにして同じことを唱えた。

「あなたが憎み、あなたが見捨て、あなたが嘲笑った全てを以て、あなたが敵と呼ぶ私たちは、私を敵と呼ぶあなたたちと対をなし、そして全てを別つまであなたたちの敵として──孤独たちの味方として、あなたたちから抗いましょう」

 その子が触れた部分から、根が少しずつほどけてゆき、溶けるように見えなくなる。身体が人に戻っていく。
闇のなかだった。
そこにポツンと、私が居る。
その子も居た。

「人を愛さない人間に、価値が無いのか! 人を好きにならない人間には意味が無いのか!?」

最後になるか、最初になるかはわからない。けれど、ただ、空に向かって叫ぶ。

「家族だ恋人だ友情だと、それを民に押し付けていれば、孤独は潰ついえたか? 満足したのか! そんなことが……幸せで──」

白い小さな子どもの影は、私の目の前に立ち、そっと微笑んでいる。
 床に散らばったチラシが舞う。
どれも、悪魔を暗示するようなものばかりだった。

「──許さない! そんなことを幸せにする世界なんか、私は、絶対に許さない! 
人と人の間にしか価値が無いなら、
どうして他の種の者に構うんだ!
人と人同士で仲良くつるんでいれば良かったのに!!

どうして───うわっ」

 がらがら、と部屋が揺れた。
天井が軋む。
空間が戻りはじめているらしい。
……あの子のところに、行かなくちゃ。身体を、動かそうとするが、うまく動かない。
少しずつ、感覚が戻るだろうか?
 今できるのは、叫ぶことくらいだ。私は息を吸い込んだ。






──────────────


 空はすっかり夕方になって来ていた。車を走らせて程なくして、道路は回り道をしてきた車や帰宅する車で渋滞になっていた。
「あちゃー、捕まったか……」
後部座席のめぐめぐが残念そうに言い、助手席のみずちが、静かにつまらなそうな視線だけ寄越した。
アサヒはそういえばなぜ今もまだこんなに渋滞ばかりなのかとふと気になった。
「なぁ、どうして今日はこんなに渋滞に引っ掛かるんだ?」 
すかさず、めぐめぐが「市長舎の前が通行止めなのよ」と言う。
「え、あの、ロボットの事故?で? あまり、覚えてなくて」
「……強盗で、だとさ」
呟いたのはみずちだった。
万本屋は黙ったままハンドルを握っている。
「強盗? 警察も何も、来ていない気がするが」
「そーそー、あの騒ぎを、強盗って表現するにしては、変な気がするよね」
めぐめぐが呟く。
「どうやら市長舎の前は、通行止めなだけじゃないらしい」
唐突に万本屋が喋った。

「道行く人の話に聞き耳を立てていたけれど、あの意味不明な申請拒否に抗議する人が集まって更に圧迫しているみたい」

「──あぁ、あの、自分の認める内容じゃないならとかってやつか」

 言いながらも同時に、あいつらは大丈夫だろうかと思った。
……けれど、俺はあそこに近付けない。
 あちこちで、ゴブリンの老人がこん棒を振り回して騒いでいたり、人間に混じりなにかよく知らない種族の方々も見えてきている。夜になるにつれ、人間以外も街を出歩きやすくなるのだ。

 モニターは昼にずっとやっていた、あの報道のことでもちきり
だった。人々から、批難が浴びせられている。
まるで──これこそが団結というみたいに、種族も何の壁もなく、モニターを通して同じ輪のなかで意見が交わされていた。

「…………」

──と、ふいに、電柱の上のスピーカーが、キイイイン!とハウリングする。民はそれぞれ喧しそうに耳を塞いだり、頭上をみた。

「私にとって……すべて。あの会が、否定してきたものすべてが、私の宝物」

……誰か、少女の声だ。

《あなたが愛さなかった、蔑んだ『物』あなたが愛さなかった『自然』、あなたが愛さなかった『感情』、あなたが愛さなかった『孤独』、あなたが愛さなかった『死』あなたが愛さなかったもの全てから、私たちは生まれました、あなたが愛さなかった全ては、あなたと対をなし、あなたを突き放し、あなたが愛さなかった全ての拠り所となります》

「あいつ、無事なのか!!」

わっ、と車の中のみんなの表情が明るくなる。誰かがなにか言おうとするも、また、声が聞こえ始めると誰もが黙った。なぜ、声が聞こえるのかはわからないが……

《──私は、物が好き!
椅子さんのことが好きです。

けれど──44街の人々は笑いました

椅子が、人間ではないから?
私が、人間ではないから?
想い合うことを素晴らしいという人々ほど、人間と人間にしか関係を認められない!》

椅子、と聞いて、昼間の報道が頭に浮かぶ。この辺りにいるほとんどがそうなのだろう、あれはやりすぎだ、こいつだったのか、と様々に声がとんだ。
 空間に居るのだから本人は直接番組は見ていない。まさかこんなことになっているとは夢にも思わないだろう。


《勝手な政治活動、宗教の為、自らの野心の為、
これまで話も関わりもしてこなかった私のことを……どうして、口を出せるのでしょうか。
それこそ、どうして私が認めると思って居るの?

 家族がもし生きていれば、なんの許可もなく、世間的な晒し者、どんなに私が止めてもきっと続くと思う……》

《だからこそ、私、人間よりもずっと、椅子さんのことを信じられる


勝手に決め付けて勝手に騒いでる
人間側の、勝手な話なんか聞くもんか。


──私は、あなたたちの敵だ!》


 わっ、と車内だけでなく、街中が賑やかになる。驚く人、なんだこの声はと不審がる人に混じり、頑張ってと応援する人がちらほら現れた。

「俺も応援するぜ!」

 なんかよくわからないが、とりあえず相変わらず元気が良くて嬉しい、と思った。あとあの女の子も無事だと良いんだが。


《やめなさい、なんですこれは!》

スピーカー越しの音に、誰かが慌てる声が混ざる。

《え? ──あぁ、はい!》

 やがて誰かに呼び止められたような声が入り、電源が落とされた。
周りの名残惜しそうな余韻のなか、今度はモニターに緊急速報が流れる。
ただことでない雰囲気に今度は皆の視線がそちらにいく。画面のなかではキャスターの女性が台につくと真剣な面持ちで速報を発表した。

『44街は、今回の批判などを受け、
同性・異性・中性の他、試験的に、まず意志疎通が出来る範囲に緩め、順次届けを受付けることになりました──公共物については……』

わああっと民衆が歓喜にわいた。

(これはもしかすると、パスポート用の許可も取れるかもしれないぞ!

 早く二人と、椅子、が戻ると良いのに、と少しだけ明るくなる気持ちと、これからのことを考えて、なんだかそわそわと落ち着かない。
マカロニと、あの子のママ──
この先何か手がかりがあることを祈ろう……夕飯の相談を始めた女子たちに混じり俺はただただ逸る気持ちを持て余していた。



  夕暮れの中、市長舎の方から出てきて帰り道を急いでいた『男』は、どこかに連絡していた携帯を閉じて小さく笑う。

「やれやれ、敗けたよ、死んだ母親に似て、言い出したら聞かない、か……フッ──」

観察屋が常に張り付き、ワイドショーではネタにして笑い者になっていては、人間を信じるなんてことすらないだろうし、そもそも、隔離した時点で、対話も他のコミュニケーションもろくにしていない子に、いきなり恋人届沙汰など理解するはずがないのだ。
それを踏まえず、恋愛条例だけは通してしまったのは明らかに44街側の、いや、此方側のミスで、確かに最もだった。














『通信』


「監督──スタッフ諸君、見えたか? 聞こえたか? 驚いたか?」
 無線から聞こえるその声に、
制作会社ビル──あかでみあの内部はいろんな意味で沸き立っていた。

 プレハブ小屋だった会社は順調に成果を出し、アパートの一室、そして今や空高く看板を掲げるビルにまで成長している。
それもこれも彼の持ってくる素材、そして、彼のもとに在る徹底した支持者のお陰だった。
 彼は幹部という力が届く範囲でならなんでもやった。
本を出すこともあるし、映像を作ることも、音楽を手掛けるときもある。
「何処よりも早く作り、誰よりもこなす」というブラック企業によく見られる鬼の鉄則をもって企画や脚本にも参加している。
 『学会が懇意にする制作会社で』幹部という立場を振るえるのはわりかし気分が良い。

「少しへまはしたが、通信は生きているようだよ──私──俺が今居るのは、紛れもなく再現空間の中! そして悲しい少女たちのドラマが展開されているんだ……」

彼──ヨウにとっては他人はただ一様にドラマだった。
トモミ以外の人間は所詮は道具に過ぎない。彼の心はとっくに、在の日に死んだのだから。
 当初からロボットに内臓してあった通信をつけていた彼は自分のおかれる状況にも構わず、少女が苦しみ抗う様を記録し続けている。

「俺はこんな素晴らしい素材を撮るために、張り続けたのかもしれない……次に書く仕事も良い本になりそうだ」

 一室の中でデスクについていた各スタッフたち(企画会議)は頭上のスピーカーから彼の録音を流され、固唾を飲んだり呆れ返ったり、少女たちに涙したりしながら聞いていたところだった。上から声を流すと頭が痛くなるという者も居るが、まあ我慢して貰おう。
「彼女が洗脳されていたお陰で──いい絵ができそうですね……」

 監督、と呼ばれた男が耳に挟んでいたペンを唇の上にのせながら首肯く。ぱっつんとした髪の少しふっくらした女性が、ハンカチで目元を押さえながら紙の束を抱き締める。
「なんだか、心が暖まりましたぁ、うぅ~! 鈴、泣いちゃいそう……」
「…………」

彼女の横に座る若そうな男は黙ってタピオカを飲んでいる。彼の中ではカットのさまざまなパターンが脳内で浮かんで消え、浮かんで消え、を繰り返して忙しかった。次の作品のイメージは怪物と戦う少女の予定で、ヨウの素材提供はアイデアを次々に思い描かせてくれた。

 無線越しのヨウの提案をもとに様々に意見が交わされ始めていた時……スピーカーから突如、ハウリング音がけたたましくなり響く。

「──な、なんだ?」

監督まんじという名前──が呼び掛けてもヨウの返事はない。

《すべてを欲し、何もかもを我が物と思い込み、蹂躙の限りをつくした、
傲慢な人類の皆さん》

代わりに、怒りの滲んだ力強い少女の声が響き出した。


《勝手な政治活動、宗教の為、自らの野心の為、
これまで話も関わりもしてこなかった私のことを……どうして、口を出せるのでしょうか。
それこそ、どうして私が認めると思って居るの?

 家族がもし生きていれば、なんの許可もなく、世間的な晒し者、どんなに私が止めてもきっと続くと思う……》

《だからこそ、私、人間よりもずっと、椅子さんのことを信じられる

勝手に決め付けて勝手に騒いでる
人間側の、勝手な話なんか聞くもんか。

──私は、あなたたちの敵だ!》

外でも、同様にスピーカーがジャックされているらしく、街のあちこちから反響が返ってくる。

「なんだこれは!?」

「少女ちゃんなのですか!?」

「……タピオカ、きれた、むかつく」

「タピオカさん、静かにして!」

「ちょっ、テレビテレビ」
と一同がテレビのスイッチを入れると、恋人届けの申請についての速報が流れて居た。



 一方で、市長舎から帰宅した会長は部屋の中、呆然とテレビを見つめて歯ぎしりをしていた。
『あの男』は用事があるといって先に何処かに行ってしまったが、帰り道をわざわざ同じにする程親しくもないし、今日はさっさと寝てしまう方が良いだろうと彼女は道を歩いて──居たらスピーカーの騒ぎの渋滞の群れに遭遇した。

「接触禁止令の準備を始めてすぐに、このニュース……良くないわ、全く、何をやっているの!」

ギョウザさんがなんと言うか。それを考えて見ると、心臓が縮むような思いがした。あの人に恥をかかせるわけにはいかない。
 だけど、確かに恋愛条令に欠陥があるのは事実だ。
でも、そんな少数のものなど学会員たちで押しきればどうにかなる、これまでそのやり方でどうにかなってきていた。

「私たちに、怪物と戦う力など……!」
 悪魔を早いところ民の視界から排除して、みんなが幸せになる学会の教えを流した方がずっと有意義だ。

 秘密の宝石だって、北国から買いに行けば、それを有権者に配布すれば、もっともっと強く立派な学会に生まれ変われる。ギョウザさんだってその援助を惜しまないのだし、
今ならもっともっと、会を強くできる。信者を増やせる……そしたらあの人は認めてくれるかもしれない。
あの人が、褒めてくれるかもしれない。そんなときに『素材』がニュースになんかなったら……!

「いよいよキチガイ扱いが加速する……!」

会長は再び蒼白の顔を自らの両手で覆った。テレビの文字が涙でにじむ。
『ワシが命をかけてやってきたドライブ!何年間もルーティンを踏んでやっと得た!データ!やっとつかんだ!
場所選択、思案ポイント!!!……すべてなし崩し的にゴチャゴチャ~~なかったコトにぃ… ……また1からのルーティン作り! ドーヨーコレ?』

凛凛しい眉。くるんとカールしながら分けられた前髪。フリルをなぜか盛大にあしらったスーツに、パーティーにでも出掛けそうなスパンコールのネクタイ。
極めつけにどこかの国で食される芋虫みたいな、または巨人の指みたいに異様な太さの葉巻を口にくわえ──ニヤニヤ笑うギョウザさんの顔が怒りに歪むなど……見たくもない。


「市から『接触禁止令』の許可が、うまくいかなかったら、めぐめぐから露呈する可能性がある……」

私が指示した戸籍屋からの個人情報洗い出し、精神障害者への薬物許可などもそこに噛んでいる──!

『私は異常ではありません!常識人です』アピールをしなくてはならない。頑張って正気を保たねば。
観察屋が起こしたことはいわば会長の起こしたこと。

「あぁあぁ……!!」

ふらつく足取りで玄関に引き返すと外へ向かう。あちこちのビルに設置されたモニターから既に様々な種族があの報道を見守って居た。

「ありがとう! 心からハッとさせられた!
群れのオスが全員人間に殺されて…………自分が頑張らなければいけないってずっと頭に張り付いてしまっていた、他人を好きになれる才能があるやつを無理に受け入れようとしてた! 卑怯なやり方や、裏で抱え込むなんかせず堂々と戦えば良いんだな!」  
ゴブリンが感涙の表情で拍手を送る一方、人間の少女は悲しみに暮れている。
「ぅあ~~~!
この私だけが、エレンにとっての“女の子”でありたかったのにぃ! 対物性愛なんか認めちゃったら、電柱がライバルなんてぇ!」

悲喜こもごも、という感じを眺めながら会長の心は揺れて居た。
今の、あの演説?は悪魔の子が流したのか。
一体どうやって────

 民の一体感を見ているとなんだか悔しかった。他の皆と違って、金で会長に買われた身だからかもしれない。
本当は何も知らなくてすぐに周りを振り回す厄介な女。すぐ勘違いばかりして、嘘ばかりついて、それでも、そんな彼女にも……前会長は優しく接してくれた。

『やめろーーーーーー!?』

『どうしてこんなことをッ!?』

『正気に戻れ市長ーーーッ!』


 一部の民たちは納得していないらしく、騒ぎ立てている。消防車が通り過ぎていくのが視界に入る。最近あちこちで爆撃が相次いでいるらしいが、会長は指示していない。しかし、ハクナの連中が関わっている可能性は高いだろう。
最近では信者だった老婆が死亡している。接触禁止令の心配をしていた自分の姿を省みる。
──悪魔が、誰なのかわからない。

「私は……間違ってない! 私は間違ってない私は間違ってない」

良い人を演じる、全力で良い人になるんだ、私はみんなを守ろうとした、何にも知らない会長。みんなを幸せにしようとした何にも知らない会長だ。

 しかし接触禁止令にも関わるのに、急にあんな速報を入れ、条例を通すとは、上役はどんな考えがあるのだろう? 
何にしても上役の決定には誰も逆らえない。歯向かえば永久追放は確定だ。なるべく悪魔の子は孤立させて置きたかったのだが……



「せ、接触禁止令だって、ギョウザさんたちがやらせて居るだけだもの、ねぇ……? よ、よし! 理由はわからないけれど、44街が許可したなら仕方がない! あんな演説を聞くと好きな相手を人間からしか選べないなんてやっぱり可哀想なのね、知らなかった、あぁ……知らなかった……あんな子が、敵だなんて言っちゃうなんて、戦う必要はないのよ~、みんな味方よ~、と……」
  

会長は電柱の影に隠れながら、こそこそと独り言を呟く。

「そ、そうだわ、学会のみなさんが間違った誤解をしないようにアニメを作らせましょう。
みんなの想いを守る主人公、だとか
──ああ、そうだ、宿敵に負けて相手を認めて自分以外が相手を叩くのは許さない!みたいなのも萌えるわね……はぁはぁ……平和な感じでね、私は間違っていた……でも敵なんか居ないのよー、と言っておけば、私の評価も上がるし、あとはどうにでもなる。裏で黙って工作は続けていけば……」

上役の決定を白紙に戻す、有力な勢力は、1つだけ!!!
支持率、民意を味方にすることだ。
今の会長には国民からの擁護、しか助かる道はない。
ラストチャンスになるかもしれない…………迫害主犯の存在を表沙汰にし、自分は巻き沿いを喰らった被害者だ、と公表を急ぐ、これしかない!!


……ちょうどそのタイミングで会長の携帯電話が鳴った。

「あら……?まんじ先生からだわ」

まんじ監督、は会長とは知り合いで時々会って飲み交わす仲だった。どうかしたのだろうか?
『ねー、会長ちょっと聞いてくれます?』


「あら、また何かありましたか?」

「昨日さ映画の帰りのエレベータで、 
前に乗っていた老夫婦のオヤジが 新たに乗ってきた女性2人に対して 
『このエレベーター、4人までなんで 1人おりて』と言って降りさせてたんですけど、 みんな映画見た帰りで気分いいのに、そんなケチなこと言わなくていいじゃないかと 」

「監督ったら、相変わらずですね、真面目な方なのよ。4人までならそれが正しいですし」

「……そうなんだけど、満員とかきっつきつでもないしさ 4人が5人になっても変わんねーじゃねえか じゃあお前が降りろよ  そんなに4人で乗りたいなら お前が次のエレベーター待ってろよ、バカだな  キチ○イだなと」

「あ、そうだ監督! 次にやるアニメ……もう具体的に進んでます?  」














『偽物の好意』

────会長は考える。
報道によって矛先がよりによって、あの悪魔に向いてしまった。自演でもなんでも良い、今は悪魔の子の話題をどうにかして学会に向けさせなくてはならないだろう。そしてそれだけではない。
 ギョウザさんの力でもなんでも借りてあの局自体の監視を強めなくては。
 不器用でもいい、今はただ、周りを気遣うような言動をする演技をして、指針になり、評価を上げていくべき時だ。
 印象が良くなるたびに、学会や会長に対しての評価も上がるはず。そして、根暗な彼女を変えたきっかけはその学会、および会長っていうことにして、犬猿の仲、じゃないけどとにかくそんな広告を打ちまくって。憎み合うようで仲良しですよ作戦で民にアピール。

「まあ最初は躊躇いがあったんですけどね……自分を認めさせるために、『悪魔』を利用してもいいのか」

 生まれた時から能無しとして扱われてきたけれど、他人に馬鹿にされることは嫌だった。侮蔑の目で見られることは耐えられないのだと、 今の環境を手に入れたことで、それをはっきりと自覚することが出来た。次は、『ヒーロー』を演じてみせよう。



「みんな聞いたか、彼女の力。残念だがどんなに燃え、荒れようと、撮影はやめないぞ? ふふふふ……
むしろ化け物や炎の中の彼女にはとてもそそられたし、意欲がわいてくる、もっと、もっと! 酷くなれ!! トモミの苦しみを思いしれ! そしてお前はトモミになるのだ!!」

私が唱え終えたと同時に、外からロボット越しの声が聞こえてきた。 
わけがわからないが、まるで誰かと通信かなにかで会話しているような感じだ。外でなにかあったんだろうか?
 それにしても、気分が悪い。
彼女は頭の中のトモミの理想を私に重ね合わせて、そしてそんな理想が自分にふさわしいという方程式を完成させている。
 けれど──それはただ、トモミが好きなだけなのだ。トモミというコンピューターと比較してしか自分の基準を決められない呪いにかかって、なんでもトモミに見えてしまっているだけに過ぎなかった。

 現在、理由はわからないがトモミ、に襲いかかられ注意がそれているロボットからのこちらへの攻撃はしばらく止んでいる。私も随分と消耗してしまって、なかなか歩けないので調度良いかもしれない。
 疲れた身体のまま、あの子は無事かな、と片隅で考えながら、同時に、言い様のない怒りがふつふつと沸いてくる。

「よく──わからないけど」 

暴れられる道具でもあれば良かったけれど、私は椅子さん以外で戦ったことがない。目の前の白い子は、立ち尽くすまま、なんとなく淋しそうに私を見ていた。

「私を、トモミにしてもそれは卑怯な摩り替えよ! 彼女の存在をなかったみたいにして、自分が肯定されていたいなんてとんだクズね!」

振り向いて、割れたガラスの向こうの外を見る。微かに、風が入ってくる。少しだけ懐かしいことを思い出した。
(……人形さん、今も、まっていてくれて、嬉しかった。
あんなに辛い毎日だったけど──だから私……)

叫びすぎて、少し、掠れてきた声で、それでも、外に向かって叫ぶ。
そういえば、撮影、されてるのかな。なにかわからないけど、さっきそんなことを言われたような気がする。まさか、あのロボットはそういう機器まで搭載されているのか。

「自分の罪くらい、一生背負いなさいよ!!」

私は、強めに声を振り絞った。
トモミ、が救えなかったということを、彼が何か抱えていることだけはわかる。けれど、私には全く関係のない、彼の自己満足の痛々しい逃避だ。
それを、抱える義理などない。

「あのねぇ、勝手に自分を許すな!!
自分が許した自分の罪でしょう、
抱えられないの!!?
他人に分けてどうするの!?
どうして愚かな自分自身を、認めてあげられないの!?
ちゃんと自分自身を責めなさい!!
それを抱えて、悔い続けることがきっと今のあなたに出来る
本当の贖罪よ!!」

 窓を、開ける。
外の空気に触れたからか淀んでいた部屋の空気は少しマシになっている気がした。

部屋、荒れに荒れた部屋。

奪ったものを、殺したものを、それでも、そうするしかなかったというなら、罪にはその重さぶんの意味がある。
 だから私は、殺したものから逃げる、つもりはない。
そして、人を好きになるとはそういうことだ。いつか誰かを殺すかもしれないと自覚するときめき。
誰かを殺してでも、他人に関わりたいか、と問えば、本当の恋がどこにあるかわかる。

 みんなきっとそうやって来たのだろうなと、今はなんとなくだけど、思っていた。
椅子さんが、私にとって唯一であるように。

 改めて部屋を見渡す。
足元のチラシからいくらかわき出てくる人型が見えるが、雑魚そうだし近寄っては来ない。
根が張っていたような跡は跡形もなく、本当に、幻みたいになくなって居て、ただ強盗があったような部屋に血と油のにおいが充満していた。
これが、いきもののにおい……

「……その、苦しみを、他人に向けたなら……それくらい、ちゃんとしっかりと抱えなさい!!
自分は、にげる、気……もういいなんてことは、一生、無いんだから」

叫びすぎて、疲れて、きた……めまいがする。外に向かうべく窓に手をかける。

「他人に赦されようとするな、甘えるな!!!もういいなんてことは、一生無いんだ!!」














『運営』
 学会では、ヨウ以外の幹部たちによる話し合いが行われていた。
 きっかけは44街の通行止めは学会からみという報告が広報などを任されている斎藤に来たことからだ。
通行止めは『2世』←重要
であるヨウが取り仕切る区画であるため
彼を学会の部屋に探しに言ったクロネコ。
 やがてクロネコはヨウが地下から兵器を持ち出していたことを発見して報告し、通行止めもそれ由来と判断された。
それになにより『あの放送』からの緊急召集。データはあかでみあ社に送られていることや本人から連絡があったことが内部から連絡が来ていよいよ彼の容疑が確定し始める。
 ヨウはハクナともよく接触している。局などのスポンサーを牛耳るギョウザさんとも通じていた。
 観察屋を通じて『悪魔の子』に会いたいと歪んだ熱意を向けていたこともクロネコは知っている。目的は彼女だろう。


「しお、本当は、ハクナ側が何かしようとしてるのやめさせたいんですよ。
ハクナ側はどうにか前向きな発言で自分を鼓舞しているようですが──
限りなく黒に近いグレーだったものが仕様と言うにも少々厳しくなってきています。市民も薄々勘付いたりし始めましたし」

円卓の12時の方向の『しお』婦人が重々しく口を開くと、時計回りにすぐ横の斎藤が大袈裟な身ぶり手振りで言う。

「大体、彼の独断と独り善がりの勘違いで勝手に暴走した結果だ。いつまで通行止めにする?
市民も不審がっている、市長側、44街側からの問い合わせも来ているんだ……このまま行くと、学会も疑われ兼ねない」

「……しかし、癪だな、イタズラ電話や、
イタズラ投稿をことごとく無視し始めた……
皮肉なものだよ。俺たちさえ居なければ、居ないと考えればあんなに穏やかに楽しそうにするらしい──迫害されていたくせに、あんな穏やかな表情には、それほどに意味がある」

さらに横の元観察屋の老人──相談役の岡崎が呟く。手にしているのは今度家に送りつける予定だった盗撮写真だ。
良いことがあったからではない、それほどに哀しいから人はこれ程穏やかに笑うのだと、長年の経験上察していたので、ただ胸が痛んだのも一瞬、都合よく元気になったらしいなと笑ってやった。
自殺に追い込む仕事、を無視されるなんて長年のプライドが許さない。
既に怒りに拳が震えている。

「まあ、証拠がないとか言って逃げまわってるんだから、だったら存在自体が居ないみたいなもんでしょ、そんなちゃらんぽらんなの、じゃあお前らも居ないなになるよ」

 そのまま、消えてくれた方が幸せと思うかもね。とさらにさらに横のクロネコは愉快そうににゃあにゃあ笑った。
しお、は「まあ、端末があれば地のはてまでストーカーして脅迫余裕ですから……」とこぼす。自分たちも脅迫される立場になるかもしれない恐怖から、ハクナに逆らうものは居なかった。
 端末会社はほとんど『キムチ社』の利益分配にによって不正ログインを承認している。これは民にはこっそり黙っているが、勝手にログインし放題という仕様なのだ。

「まあ、何も案ずるな、我々には政治がある──学会がある。少なくとも今は、44街の支配者だ」

岡崎老人が言ったとき、ちょうど田中市長の番号から電話がかかってきた。
岡崎は壁につけられた受話器をとる。
「はい──田中、さん」

《もしもし、あの放送のせいで、接触禁止令がうまく出せないかもしれません。一応市民も聞いて居ましたし、証人が沢山居ます、もしかしたら、学会とキムの手の繋がりが、悪魔のことが勘づかれるかもしれない》
 そうしたら、市長の立場も危うい、ということのようだ。せっかく会長らがじきじきに交渉に行ったというのに──
まさかの事態が起きてしまった。

「せつは? そのためのせつでしょう?」 
クロネコが受話器を持ったまま首をかしげる。
「ひらめいた!」
しおは名案とばかりに叫んだ。彼女が学会に入ったのも、昔大病を患ったときに治療費などですがった対価だ、恩人である学会の汚名は心苦しい。悪魔、の迫害がバレてしまえば、民からの非難は免れられない。

何より、テロを起こしたかつての宗教の名残──『2世』が居る。


「そ、そうだ、アーチが取り乱したということにしてしまおう! あれはアーチがやったことにしてしまおう! ねっ、そうしたらまた使える、まだまだ閉じ込めておけます! 端末もあるし、観察屋も常に張り付いてるんだし」

「声帯模写かあ……時間くらいは稼げるかもしれないな」
クロネコはなるほど、と言った。
「近い声優を雇う手もありますが、少しでも市民の目を逸らさないと」
斎藤が焦りながら言う。クロネコは受話器の向こうに苦しい言い訳をした。

「姿は見せていない、見せたところで本物か自体市民には判断がつかない、放送くらいはどうにかなるかもしれないです、
この為の代理、引き続き、岡崎やせつがごまかすので──接触禁止をすすめるのに挑戦お願いします」

《わかりました、接触禁止令の許可に再び挑戦します、では、多少不審がられても、そのうち記憶はどうにかなることに賭けてみましょう》

 ふう、と疲れたように通話を終えるとクロネコは「まったく、ヨウのせいで」とぼやいた。ひとまずごまかす目処は立った。
問題は、彼女らが『椅子さん』なるものを人間以上に好きかどうかだが……
 とりあえずの作戦はこのやってます感の演出、中小企業の買収などだ。
 ギョウザさんが命をかけてやってきたドライブ、何年間もルーティンを踏んでやっと得たデータ、やっとつかんだ場所選択、思案ポイントがすべてなし崩し的にゴチャゴチャ~~なかったコトになりまた1からのルーティン作りなんて、とんでもない。
 時間さえ稼げば勝てる、時間さえあれば互角、そう信じていた。
 外から来た人間はすかさず、こう思うだろう。

 彼らは何と戦い、何から勝とうとしているのか。
 市民に脅迫やパワハラで勝ったからといって、それが社会的にはどんな意味を持つのか。
ますます、不気味で恐ろしいと知れ渡ることに拍車がかかるだけなのに……



誰かがボソッと呟く。
「『秘密の宝石』は永遠に学会の手中にある……」


 彼らは、自分たちの立場を深くは考えないようにしている。
今なお続けている通行止めを誤魔化すこと、あの44街に響き渡った放送を誤魔化すこと、悪魔の友人を誤魔化すこと、市民を巻き込んでいる以上はそれは完全には不可能に近い。

 前向きな彼らが作戦の次に真っ先に考えるのは、
「作戦はうまくいくとして、
誤魔化すだけでは、怪しまれる、
訴えられそうなときに、土日などをまたぎ何度も迫害をやってしまったら…アウトだ……最低でも把握して初めての土日で結論だして解決してないと世間さまから、反感を買うだろうし……」ということくらいだった。















『輪』




窓を、開ける。
外の空気に触れたからか淀んでいた部屋の空気は少しマシになっている気がした。

「他人に赦されようとするな、甘えるな!!!もういいなんてことは、一生無いんだ!!」


 叫んだとき、ちょうど頭に、ころん、となにかがぶつかった。
んだろうとそっと手に取ると、それは血の色をしたわっかだ。
「あ……」
───記憶が甦る。
(そうだ……ここには、キライダが居たんだった)
『意地でも嫌われたいその命──気に入った』
キライダの指に嵌めたわっかが、光りながら、周囲にわっかを飛ばすと、それが当たった箇所から人の手のようなものや苦しそうな顔が生え、所々が絶望的な雰囲気の場所に変貌して──

そこから、だったか。
 身体から意識が抜けて、根を張る植物が、再現された現場を少しずつ侵食していったんだ。
此処にいたキライダは……今は、何処にいるんだろう?

「……うわ」
いつのまにかポケットに入れていた紙飛行機が更に黒ずんでいる。
なんとなくだが、この紙が真っ黒になる前に此処から出るべきだと思った。
 わっかを握りしめ、窓から外に向かう。割れた破片があちこちに散らばって居たため、なるべく当たらないように慎重に降りる。
(ごめんなさい……嫌うことは決して悪では無いのに……)
キライダのことを考えると胸が痛んだ。
 それに、叫んで気が紛れたはずが、やはりなんだか無性に腹が立ってくる。

 勝手に入って来ておいて、自分が満足する証拠を出せという図々しさ。彼に証明してなんになる?
どんな立場で、どんな権利があってこんな暴挙に出られるのか。
自分は何もしないくせに。
何も出来ないからかもしれないが。
 それにそもそも戦う必要のなかった者たちをわざわざこうやって強引に私益で動かした──
 力を欲っするということは、その環境まで受け入れるということと同義だ。けれど彼は、力だけが欲しいのだろう。トモミのため?

ふらつきながらも、からだを引きずるようにしてロボットが居そうな気配の方へ歩いていく。





 やがて畑や山を背景に、途中、急に足元にあった何かにつまずいた。
身体を起こしながら見ると──女の子が倒れている。
つまずいたのは倒れていた彼女の足だったのだ。
 女の子は青い顔をして、薄く呼吸を繰り返していた。いつだったかに聞いた、発作かもしれない。
「しっかり……しっかりして!!」
彼女は私のところに来るまで、随分と無理をしていたらしい。しばらく意識がぼーっとしていたために、気遣ってあげることが出来なかった。
「う……ん……」
苦しそうにしている彼女の服から、薬ケースが見えたので思わず手に取る。1錠? 水は居る?咄嗟のことで、逆に硬直してしまう。
「えっと、えっと……!」

恋愛性ショックの薬──
錠剤に刻印されている「ヤダヨン」という名前が目に飛び込んできて、急いでポケットにあるはずの端末を探す。繋がるかわからないけれど…… 端末のスイッチを入れるが、なんだかうまく繋がらない。

「……ヤダヨンって、何錠!? 水は? わかんないよ……!」

 怖い。彼女が苦しそうなのが苦しい。私がパニックになるわけにはいかない。あぁ、どうして繋がらないの。
 許せない、あれもこれもあいつが身勝手に空間を引っ掻き回したからだ! 女の子が倒れている場所からそっと離れ、私はロボットさんの方に向かった。

「ねぇ!!」



ロボットは庭の中でキライダと戦っていた。
──たぶん。

《うわああああ!! トモミ!! やめてくれトモミ!!》

パニックになっている彼が、一人暴れているような気もするし、内部にいるのかもしれないが、あれはきっと何処かからキライダにとりつかれている感じだ。

「…………」

私も私で混乱していた。
混乱したまま、また戻り、とりあえず薬を1錠口に押し込む。
 これで良いのかは知らないが、1つくらいなら、とよくわからない根拠で。
 彼女は苦しそうに唸っていたが、しばらくして少し穏やかな表情になり眠ってしまった。体力を回復しているのだろう。このまま元気になると良いのだが……
 寝かせたまま、ロボットの方に向かう。

「私、もうやめた。探さない。
それは、あなたのものじゃない! あなたの力じゃない!
こんなこと、なんの意味もない!」

トモミ?
と戦っているロボットは、虚空に向けて短剣を振り回す。
戦っていて聞いてないと思いきや、答えが帰ってきた。

《違う! 私……俺から盗んだんだから俺が考えたみたいな力だ! それは俺なんだ! だから、俺が持つ力をお前が盗んだことになるんだ》

「なにを言いたいのかわからない、私は盗んでいない。
あなたは──事件に遭ったの? あなたは事件を考えたの?
所有していた事件だった?

なにそれ、事件ってそういうふうに悦に入るものだったの?
俺が考えた、とか──本当にあったことに、そんなふうに考えて嫉妬して、そうやって奪って──」

《ああ、悪いか、俺が考えた! そうだ、お前の事件も、俺が、考えた! 俺が考えてきた事件だ! 俺が、トモミのために考えた事件を、お前が────》

「あなたが、起こした事件?
だから、力も自分のものと言いたいの? 力が欲しいんじゃないの?」

《力は、俺のものだ! お前は、俺の考えた事件に遭ったのだから──アハハハハハハハハ!!! アハハハハハハハハ、トモミィ……トモミは、いいこだな……アハハハハハハハハアハハハハハハハハアハハハハハハハハ!!》

途中から、トモミ、トモミ、と繰り返しながら彼は不気味に笑い始めた。
精神汚染のためだろうか。
随分進行しているかもしれない。

《アハハハハハハハハ!アハハハハハハハハ! ハアアアアッ! ハアアアアアハハハハハハハハッ》

 自分の考えた事件、だからこそ、私のことも所有物と見なしていた。
彼の考えていることが、よくわからない。
わからないながらにも、なんとなく、理解出来るのが不気味で、
そしてだからこそ、不愉快だ。
まるで、ミステリーに出てくる、
事件が人が死ぬ芸術だとかなんとかって類いの考えじゃないか。

「───幹部……」



 だとすればクロのこと、観察屋のことくらいしか知らなかったけれど、幹部絡みの事件──かもしれない。こんな強硬手段に出るのは学会絡みとしか思えない。

「事件を、何のために起こしたの!? どうして──! 事件なんか起こしても、トモミは」

《──うるさいな、透明化に耐えられないからだよ!!!》

透明化? 何か聞こうとしたタイミングで、ぐらっと世界が揺れる。

「あ──、再現が戻るみたい、
もう限界、ねぇとりあえず帰りましょう!」

……へんじがない。

「此処が持たなくなる、まずは早く!」

 それから何回か話しかけるが既に彼は上の空になっていた。

《トモミィ……ああー、トモミィ…………ウフフフン、ウフフフ……トモミィハハッ、アハハハハハハハハアハハハハハハハハアハハハハハハハハアハハハハハハハハトモミィ》

「────」

私は女の子のところに駆け寄り、彼女を担ぐ。
「どうしよう、ロボットが正気に戻らないし……」

天井のように空が剥がれ、ぱらぱらと崩れてゆく。ゆっくりした速度だが、ただの瓦礫ではないため私は緊張に包まれる。挟まると空間に飲まれてしまいかねない。

《トモミ……トモミヒィ……》

「────事件を考えた、彼は、事件を考えた……だから《何が証拠になるか》を、知っていた……透明化に耐えられないから、事件を考えた──」

頭が、痛い。ずきずき、する。
悪魔の、接触禁止令のなか、捜査が止めさせられたなか、証拠を知っていた……何が証拠かを知っていて、
なにを持って証明出来るかを試す理由など──

「──はは……っ」

 泣いているのか、笑いだしたいのかわからない。ただ、呆れのような、怯えのような不思議な感覚が、全身に湧き出てきて、私は呆然とする。
「悪魔は、幹部が──学会が、自らが手にかけた『作品』だった……
現実の事件は彼らにとっては『興味深い作品』以外の意味はない……
証拠を、確かめて遊ぶゲームだった……」


 ぐらりと、空間が歪む。
しっかり力を入れていないと自身さえ崩れ落ちてしまいそうだ。
少しずつ、逃げる範囲が狭くなり始めた。

──どこまで、逃げられるだろう、
いつまで、逃げられる?
外に出なくては。
ロボットは宛にならない。
私は、

「私は──事件なんて作品じゃない……私は、あなたが起こした事件、という作品じゃない……私は……」


 崩壊していく世界のなか、彼の異様な笑い声を聞きながら、私はただ、立ち尽くした。
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