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椅子こん!13
しおりを挟む「いよいよキチガイ扱いが加速する……!」
面談が中止になった午後、
学会の部下にその報告を受けた会長は蒼白の顔を自らの両手で覆っていた。
「市から『接触禁止令』の許可が、出なかったということは、めぐめぐから露呈する可能性がある……」
市長と繋がりがある恋愛総合化学会のことは、背景を洗えばすぐに出てくる。それに──『ヨウさん』が学会幹部の一人だという点から見ても。情報がどこから漏れだすかわからない。
訴えを揉み消したからと言っても、過去、これまでの数々の言動や歴史が消えるわけではないのだ。すぐに証拠は溢れるだろう。
まずい……まずいぞ……
どうにかして、圧力をかけなくては。会長が焦る理由はそこにある。
(私が指示した戸籍屋からの個人情報洗い出し、精神障害者への薬物許可などもそこに噛んでいる──!)
『私は異常ではありません!常識人です』アピールをしなくてはならない。頑張って正気を保たねば。
観察屋が起こしたことはいわば会長の起こしたこと。
苦悩を知ってか知らずか、
その悩ましいときを見計らうように、ガチャ、とドアが開き、突如会長の私室に長身の男がやって来た。
「ワシが命をかけてやってきたドライブ!何年間もルーティンを踏んでやっと得た!データ!やっとつかんだ!
場所選択、思案ポイント!!!……すべてなし崩し的にゴチャゴチャ~~なかったコトにぃ… ……また1からのルーティン作り! ドーヨーコレ?」
凛凛しい眉。くるんとカールしながら分けられた前髪。フリルをなぜか盛大にあしらったスーツに、パーティーにでも出掛けそうなスパンコールのネクタイ。
極めつけにどこかの国で食される芋虫みたいな、または巨人の指みたいに異様な太さの葉巻を口にくわえ──彼はニヤニヤ笑う。
「ギョウザさん……!」
「はぁーん、思い出せば、何年も前からこんなコト、コツコツコツコツやってきて………イカレタんだよなぁ…………血の滲むような努力の末やっとキタ民意訴えタイミング~♪……………持ってイカレタんだよなぁ……出口の見えない闘いの末にきた結果がコレ………ウフッ」
「はっ! 申し訳ありません」
「接触禁止令、ダメなんでしょう?
じゃー訴えられそうなときに、土日またぎ何度も迫害やってしまったら…アウトだっぺな……最低でも把握して初めての土日で結論だして解決してないと…………世間さまから、反感買うよね?」
怪しまれ、雲行きが怪しくなるであろうことは単に観察屋に視線が集まる……だけではない。
ゆくゆくは不正な請求隠ぺい目的の厳しい催促改定、会員の薬物の乱用、犯罪を把握しているのに何ら対処していない、共犯だ!……を国民に向けて発信する予定を立てられるかもしれない。
恋愛総合化学会が44街、いや国内全土に進出する妨げになる。
「ヨウさんの、本は」
「発売は決定事項だ。現実のほうに変わってもらうしかないネ~~」
ヨウさんは幼い頃から幹部候補。世界トップクラスを名乗る立場のために大変な不安も抱いている。
そんな彼を支えて来た一人が、ギョウザさん。
学会に出入りする観察屋の上司でありながら、ある組織の幹部の顔を持っている彼は、保険会社などのツテから戸籍屋のデータなどを牛耳って表向き用に企業の社長をしている。
ヨウさんたちとの仲もあり、会社に多額の支援をもらっている代わりに情報を引き渡したり幹部を匿うというギブアンドテイクが成り立っていた。
「──だって彼『あの薬物』を使えば、彼は世界一の能力を発揮できる天才!!!!!ナンダから」
ギョウザさんは薬物と、ヨウさん、どちらも肯定し、それらを何でも願いが叶う魔法のように扱っている。
同時に、ヨウさんたちのような『二世』に厚待遇となる世襲制度の見直し……には断固反対という立場も持っている。そのため政治家にはよく言って聞かせている。
再びドアが開き、今度は『あの男』がやって来た。
ハクナの指揮の彼。
「ハクナのことなので、ハクナが始末にあたっています」
「おぉ~、いつもご苦労」
「はっ、ありがたいお言葉です」
ギョウザさんがニヤッと笑いながら、観察屋の男を見る。
「ハクナはどうやって仲間を守る?」
「『悪魔』に何があるにしろ、またヘリ飛ばしちゃって……」
「コリゴリは私が始末しました」
「アサヒは、まだよね?」
「はい……申し訳ありません」
「長は支持率の低下で学会の存続の危機を招くことを一番怖がっている……民間が~、すご~~~~く嫌がるし、すご~~~くご立腹されるはずょ! そろそろ、公の飛びモノじゃないと、突破口は見出だせないんじゃない?」
「表向きは、『魔の者』が手を広げていく流れの拡大を懸念して人の動きを確認と言ってありますし、ある程度の人通りがある場所での監視は可能、道具も動かせます。観察屋が逐一見張っている間にいつもの手で押さえ込めば完璧かと」
「はぁん、健闘を祈るよ。お前たちにアドバイス。
学会に疑問を持つものがでてきてるかもしれない。まず! 身なりは必ず! チェックされるよ……ダイジンの時代をおもいだして!近づくコト!!…………話をする時は、落ち着いた態度で……暴言、失言、吐かない!!!!大事ネ」
「はい」
会長が頷き、男も「心得て居ます」と返事をする。ギョウザさんとの関係、直接の仲良しというわけではないが、戸籍屋を牛耳ることで『二世』が匿われ、信者も増えているので軽んじたりすることは出来なかった。
「最後に……カグヤの祖母は、栞にしておいた?」
栞にする、とは物語の間に挟まりそこで動かないという隠語だった。
男はぬかりないことを頷いて伝える。
やがて娘は進路を決め家を出るだろうから、これで実質、あの家具屋には、家具屋しか残らない。
あとは、じじいを脅すなりすれば良い駒になるだろう。
家具屋はなにやら椅子と関係がある様子だったので、これを足掛かりに
『あの椅子』のことも調べあげ、
魔の者を退散させる術を完成させたい。
ゆくゆくは、本当に世界の救世主になれば学会が存続する──
男は、そう考えていた。
一方で会長は悩む。
めぐめぐを揉み消したからといって、捜査の手が及ばないとは言い切れない。もしかしたら秘密裏に探りを入れられることも出てくるかも。
ならば今からしばらくクリーンなフリをする? いいや、不可能だ。
ヨウさんはかなり薬物に漬かっている。こんな依存の仕方をしているケースは、『二世』の真っ向否定案で村八分の危機→不安→薬物→言い訳→不安→薬物→言い訳 というループに陥ってしまうことが多い。ぐるぐると当てもなく尻尾を追い回す犬のように、ただそうするしかなくなってしまう。薬物がなくなっても薬物に依存し続けているだろうから、捜査の目を掻い潜るために、もうやめましょう、などと持ち出して一時的に場を凌ぐことすら不可能だろう。となれば、毎日、毎日、上役へ言い訳!
見捨てないでください!
自分の支持のお願いまわりに奔放するのも最悪、手段としては必要かもしれない。
ことの始まりは、椅子さんが苛められていたから追いかけたこと。
しかし──何故か気が付けば、私が空間に閉じ込められていた。
しばらくの攻防の末、自棄になり、もうとにかく帰りたいから出してほしいと、玄関に向かいながら言い出した私は、
『あなた、どうしてそんなに私に絡むの?
』
と聞いた。
すると彼は──ヨウは突然名乗り、自分のことを話し出した。
《俺──いや、私はヨウ。お前と同じ、過去に対物性愛者だったことがある!
しかしそれは恋愛総合化学会の存続の圧力でなかったことにされた!》
「ああ、やっぱり学会員なんだ?」
《──そうだよ》
「だったら、対物性愛者同士、学会に抗議を──」
ヨウは私の話は聞かずに続けた。
《そしてきみは、その私と同じ道を辿ろうとしている! だからこそ、力だけではない、君にも興味を持っていた》
「辿ろうとしてない! みんながあなたと同じ思考回路みたいに言わないで!
」
さすがにちょっとムッとする。
とにかく、彼はその後、なにかのきっかけで見かけた椅子さんがあれば対物性愛者の誇りを取り戻せると思って力を欲していた。らしい。
《だが、見物していてわかったよ、人間が嫌いなきみなら好きになれる! ここからちからを見せずに出ていくというのなら、付き合え! 物が、過去の恋人が無理なら、力が、手に入らないなら、せめて────》
家のなか。彼のクラスターが変異したスキダに追われ、一旦玄関から引き返したリビングに立ち竦む私に、外からの声は告げていた。外に出れば捕まえるという。
そういえばクラスターが追いかけて来なくなったなと思ってはいた。
どうやら、先回りして玄関に待機させているようだ。
どのみち、スキダの力が届かない空間で、椅子さんもいないから逃げるしかなかったところだ。
《お前は私の過去と同じ!
過去の私と同じものは、みんな、私と恋愛しなければならないんだよ!!》
外からロボットが告げる、あまりに身勝手な理由。
私は打ちのめされそうになる。
そもそも意味が、わからなかった。
それに、大事なのは現在と未来だ。
《いい加減にしろ。
お前が、自分の力だというから! それならこの場所がお前のものか見せてみろ、と命・令してるんだ!
従え、拒否権はないと言っているんだが、わからないのか?》
そう、言っていたことを思い出す。
──あぁ、命令出来るわけだ。
彼は、恋愛が当たり前、周りが従って当たり前、そんな立場なのだろう。
そして、私は私物と思っている。
彼の過去、そうとしか私を捉えてないから、自分をどうしたって勝手だというのだ。
「私……ずっと、人間と恋愛をしない生き方に憧れて生きてきた……
戦って、殺して、襲い掛かる恋愛の化け物にずっと苦しみ、逃げて、必死に……今がある」
「それが、どうしたんだ」
「あなたと付き合うことは、自分を殺し、貴方のために夢を──自分で、なにかを好きになったり嫌いになる、そのための夢を、捨てなくちゃならない」
「それでいい! 俺の恋愛感情の前では、お前の憧れはゴミも同然。さぁ、」
ブチッ。
堪忍袋の緒が切れる音がした。
私が恋愛と戦い、必死に生き抜いてきたことは、感情や化け物に縛られず自由に生きてみたいことと密接に関わる感情だ。
その、一番理想的な憧れが、一人で自由に出歩き、自分だけの感情を自分のために持って何日も生活することだ。
生まれてからずっとかなわないそれを、
その、あまりに大きな夢を。
自分の恋愛のために捨てれば良いと言った……?
生まれてからずっと、恋のせいで、犠牲が出て、恋のせいで、人生で大変なことがいろいろあった。
恋は、あるかもわからない妄想だ。
誰も存在を証明出来ない呪いそのもの。
それによって、いくつも大事な何かを失った。
ほとんど争い以外恋の思い出を持たないまま、今度はこいつの過去がどうのという我が儘に付き合わせるくだらない理由──彼からすれば彼の『ために』生きろと。
私が、ようやく少しだけ外に踏み出せたのも椅子さんが共にスキダと戦ってくれたから。
──人間の恋や怪物に苦しめられない、自由な未来を描いていいんだと、やっとそう信じられて来たところだった。
なのによりにもよって、それを否定するみたいに恋の話をした。陰湿過ぎる嫌味だ。
許せない。
「自由に誰でも好きになれて、適当に嫌いになれる、 それが認められている上級国民は、さすが。あまりにも傲慢ね!
勝手なその我が儘に、人間にすらなれない私が その自由さえない私が、ちょうどいいと!」
よりによって私が。
スライムが死んだのも、コリゴリが死んだのも、私が戦ったのも、椅子さんが壊れたのも、みんな、みんな──スキダの、私のせい──
「うわああああああああああああああ!!」
転がっていた包丁を握る。
きっと、ロボットに突き刺すには小さい。
けれど、私を殺すには充分。
「それなら、私の過去はなに!
あなたに好かれる過去なら要らない!
全部!
あなたに好かれるあなたの過去が私なら、私は、私を奪ってやる。
──あなたから、好きなものを奪ってやる!」
首に刃の先がゆっくり押しあてられる。
不思議と怖くはなかった。
憎しみが、悲しみが、痛みが、恐怖があれば、その先には解放があるだけだ。
《おい! 何をしているんだ!!》
血のにおいをかいでいると、その世界の一部になったみたいに、自分も、ここで血を流せば、溶けて、混ざって、そして、何もかも考えずに、幸せな場所に行けるような気がしないだろうか。
まやかし、なんだけど。
ふっ、と意識が揺らぎ、床に倒れる。
また、わっかが、壁をすり抜けては何度かこちらに通過した。
《やめろおおおおお!!》
彼は何かを言っているが、中は見えてないのか、狙いが外れているのか、私に当たる気配はない。
「………………」
リビングの床は、人の形をした真っ赤な……いや、もはや黒っぽい染みが広がり、まるで牛革の敷物のようだ。
首がヒリヒリする。
染みのある床のすぐ横に、じきに私も染みを作る。少し朦朧としてくる意識のなか、笑顔を見せる。
「……わ、たし、」
わたしね、ずっと、……が、…………って、おもってた。
でも、…………だよ。
生温く流れ落ちていく血が脈打つのを感じる。広がる染みが、微かに、床に散らばる光のわっかのひとつに触れる。
わっかは浮き上がり、ミルククラウンのような形を保つとくるくると回転しながら赤く染まって私の上に浮いている。
「きれい、だな……」
外で、何度か叫びと銃声が聞こえる。会話するくらいだからてっきり既に倒したと思っていたのだが、まだキライダと戦っていたようだ。
《お前が! お前がああああああ!! 魔を、遠ざけるんだぞ! スキダ、と! スキダさえあればああああああああああああ!!また、また起き上がってきやがっ……!!》
「私の、すき、は、椅子さんと、共にある……」
──風邪を引いた?
──うん。
──まったく、ちゃんと布団を着て寝ないからでしょ?
──だって、寒そうだったから。
──あのね、ベティちゃんたちは、
布団なんかなくても寒くないの。
何度言ったらわかる?
──そんなこと、ないよ。
嬉しそうだったもの。
──あなたは風邪を引くけど、
人形は引かない!
どうしてわかってくれないの。
──そんなこと、ないよ。
──毎日毎日、私が買ってやった人形に執着しています。
お土産を買う、とか、食べ物をあげるとか、そんなことばかり言うんです。
自分のものを買えばいいのに。
なんだか、怖くなってきて……あの子、ずっとぼーっとしているし。
私は、どうしたら良いのでしょうか。
先生。
もう疲れました。
ふっ、と意識が揺らぎ、床に倒れる。
また、わっかが、壁をすり抜けては何度かこちらに通過した。
《やめろおおおおお!!》
彼は何かを言っているが、中は見えてないのか、狙いが外れているのか、私に当たる気配はない。
「………………」
リビングの床は、人の形をした真っ赤な……いや、もはや黒っぽい染みが広がり、まるで牛革の敷物のようだ。
首がヒリヒリする。
染みのある床のすぐ横に、じきに私も染みを作る。少し朦朧としてくる意識のなか、笑顔を見せる。
「……わ、たし、」
わたしね、ずっと、……が、…………って、おもってた。
でも、…………だよ。
生温く流れ落ちていく血が脈打つのを感じた。
広がる染みが、微かに、床に散らばる光のわっかのひとつに触れるとわっかは浮き上がった。
ミルククラウンのような形を保つとくるくると回転しながら私の上に浮いている。
「きれい、だな……」
外で、何度か叫びと銃声が聞こえる。会話するくらいだからてっきり既に倒したと思っていたのだが、まだキライダと戦っていたようだ。
《お前が! お前がああああああ!! 魔を、遠ざけるんだぞ! スキダ、と! スキダさえあればああああああああああああ!!また、また起き上がってきやがっ……!!》
「私の、すき、は、椅子さんと、共にある……
だから、貴方と居たってきっと、魔を遠ざけるような幸せなんか作れない、一ミリも」
浮いているわっかに手を伸ばす。
なんとなく、掴めそうな気がした。
わっかはゆっくりと高度をさげて私の手のひらに乗る。
銃声が聞こえる。また、戦っているらしい。
「なんだ、この指輪っ! なんなんだよ! 機体が……機体がっ!!!」
透明な死体を食べ、指に髪飾りを嵌めているロボットの様子が、なんだかおかしい。気はするけれど、私に出来ることは無いわけで──戦うすべもないし、それに……力が……うまく……
「ねぇ、……わたし、……あなたは、
何を触っても、良いのよ」
かろうじて振り絞れる力で、自分自身をぎゅっと抱きしめる。
懐かしい、言葉。
大切な。
「あの人が、口にする食べ物だって、触れて体内に入っていく。私は、とがめたことがない……あなたは、何をさわってもいい、何かを、思うことは、孤独を否定することじゃない…………」
手のひらにあるわっかを強く握る。
微かに、熱を持っているのが伝わる。
「──応え、る……」
反対に私は、寒くて、呼吸が浅くなっていく。外で、叫び声がしている。
──ん? 銃声?──あれ?
風鈴みたいな軽やかな音。
突如ガラスが割れ、なかに何かが入ってくる。
着地と同時に、迷わず歩きだすそれは、倒れている私に構わず、叫んでいた。
キライダアアアアアアアアア!!
ウワアアアアアアア!!!
キライダアアアアアアアアア!!
(キライダ……なの?)
────指先の、熱を感じていると、そんなことすらどうだっていい。 ただ、触れていたい。
咎められずに、この熱を感じていたい。
私が生きるには、私が、笑うには、物が、必要だった。
恋を、疑われない。感情を、探されない。
会話を、咎められることがない。
家族以上に家族らしい、家族。
物が、なければ、きっと私は生きて居なかった。
──だから、ずっと、何よりも、物が、好き。
コッチヲミロヨオオオオ!!
コッチヲミロヨオオオオ!!
コッチヲミロヨオオオオ!!
ナンデミナインダー!!!
(キライダ……家に、入って来ちゃったんだ……)
私を探して居る。
私は、すぐそばに倒れているのに。
部屋が真っ暗だからか、気付かず歩いて行く。ぴちゃ、ぴちゃ、水音の混じる足音が、振動となり伝わる。
キライダアアアアアアアアア!!
キライダアアアアアアアアア!!
キライダアアアアアアアアア!!!
呻くような、不気味な声が、嫌いだ、を繰り返す。起き上がったら、キライダと戦うことになるのだろうか。
──オマエダッテソーダ!!ソージャン!!
ソージャン!!ソージャン!!
キライダが叫び散らす。
少し遅れて、ロボットが、私がいるにも関わらず、部屋に、レーザを向けてくる。キライダにも私にもあたっていない。
何かに反応したのか急に、手のひらのわっかが、意思を持つかのように飛び出ていく。
うわっ。私は目で慌てて探した。はやく、はやく、見付けないと。
あせる私の横で、キライダがそれを拾う。そしてあろうことかそれを伸ばし、ピン、と跳ねるように打ったらしい。
それは、豪速ですぐそばの壁にぶつかると弾ける。壁はどろどろとした液体を垂れ流しながら、表面を少し削られていた。
煙が舞い、土の独特なにおいがする。
まるで小さい銃弾みたいだ。あんなのに当たったら……
近いだけあり、ロボットより命中精度が高そうだ。キライダは大笑いしながら、またわっかを探して歩く。
「アハッ。アハハハハハハハハハアハハハハハハハハハアハハハハハハハハハ!!!」
キライダは卑しく笑いながらも誰にともなく何かを言う。
こ、ころが……!
キライダの声を聞くと心が、感情が吸い込まれるかのような、不思議な感覚がうまれる。
何処からともなく声が聞こえる。
『意地でも嫌われたいその命──気に入った』
(──なに……?)
何か、言われた気がするが。
どろどろしたものがからだにまとわりつく。部屋辺りの様子も、なんだか先ほど以上に暗く淀んでいる。
身体から流れた血がゆっくりと床に染みると、みるみるうちにそこから植物が生え出した。
そして家を飲み込む勢いで、植物は根を張り始める。
「嫌いだ……嫌いだ……!嫌いはここにあったか! 嫌いは、壊してやれ!」
──イクナアアアアアアアア!!!
玄関の方から叫び声がする。
「愛しか語らない! 恋しか語らない! 目を合わせるものは人間でなくてはならない! 会話するのは人間でなくてはならない────自我は全て破壊し、あいつを見なくてはならない」
イクナアアアアアアアア────!!
身体から意識が抜ける。まるで浮いているみたいにふわふわと身体が軽い。
根を張る植物が、再現された現場を少しずつ侵食しているようだが、身体を動かして確認出来ない。
キライダアアアアアアアアア!!!
先ほど拾ったわっかを指に嵌めながら、キライダが叫ぶ。
──キライダアアアアアアアアア!!!
指に嵌めたわっかが、光りながら、周囲にわっかを飛ばすと、それが当たった箇所から人の手のようなものや苦しそうな顔が生え、所々が絶望的な雰囲気の場所に変貌していく。
キライダアアアアアアアアア────!
キライダアアアアアアアアア────!
近くにある一軒家の前に、ロボットがある。ロボットは指にはめた光のわっかを家に向かって飛ばして居た。わたしは、恐る恐る玄関から中へと向かう。倒されたプランターや植木、綿がはみ出た人形。
何より、肉と油の濃いにおいが立ち込めていて異様な空気だ。
「う……」
思わず口もとを押さえる。ここに、彼女は居るのだろうか。
なんとなく、アサヒが一緒に来なくて良かったと思う。自分のことのようにすぐ熱くなるだろうから。こっちまで感情がおかしくなって冷静に目の前の景色を見ていられないだろう。
そう考えると、神様が止めてくださったのかもしれない。
「……大丈夫、大丈夫」
自分に言い聞かせながら玄関から足を踏み出したと、不思議な人型が現れた。顔はないけど、意思はあるようで、わたしを見た途端に騒ぎ出す。
「イクナアアアアア!!! イクナアアアアア!!イクナ警報発令!!」
「わたしは、行かなくちゃいけない。通して」
「イクナアアアアアアアア!!」
腕を振り回して叫ぶ人型の説得を試みていると、玄関のさらに奥から、何か禍禍しい空気がなだれ込んできた。
人型はまだ気付いていないのか、気にする様子も見せずに、腕で行く手を遮る。
《イクナアアアアアアアア!!》
わたしを足止めしているようだが、これは『何』で、そもそも、どうして行くなというのだろう。この先には、いったい何が……?
奥の方から来る禍禍しい空気とともに、やがて木の根のようなものが壁や床を走っていく。
。
「……ん? なに、これ」
ゆっくりと伸びるだけの植物に、わたしはあまり警戒心がなかったのだが──「ヒィッ!」
目の前にの人型は叫んだ。
驚いたような恐怖に震えるような感じに態度が変わる。その場を跳び跳ねてやけに避けている。
(にしても、動きがなぁんか硬いんだよなぁ)
体つきとかカクカクしてる気がするからか、ちょっと間抜けに見えてしまうような。
人型は恐れて植物に触れようとしないが、わたしは平気だった。
蔓や根が張り出す床や壁を避けるように動く人型を見て、わたしは決心する。
「よし、今なら!」
人型たちの間を掻い潜り、先へと進む。いざ潜ると大したことないな、と感じたが……やっぱりちょっと怖い。
人型たちはわたしが奥に向かうのを知ると、ぐるんと方向を変えて後ろを向いた。
「イッ……イクナアアアアアアアア!!!」
「嫌!」
わたしはハッキリと断って、進む。ただの、校舎よりは短い廊下のはずなのに、邪魔があるために随分長く感じられる。
「マスター……こんなにコストが掛かるなら、行く前に冷蔵庫を片付けて置こうと思う!」
叫ぶ一人の横で、もう一体が冷静に言う。
「冷蔵庫じゃないヨ、倉・庫」
「あ、そうか。倉庫だ」
「面白い。こんなハプニング映像でリアクションしちゃいけないとか」
「確かにうける」
彼女?らは、会話をしながらも腕を伸ばして、わたしを捉えようとしてくる。現実逃避しようと、脳が眠くなってきて耐える。朝が早かったから眠くなってきた……けど今寝たら起きるの夕方だろう。あー、同時にそれぞれ2人と自分の思考でパニックになりそう。
途中訳分からなくなってくる。
もう、いいや。
「車さん」
ポケットに入れてきた車さんを呼ぶと、たちまち巨大化して目の前に現れる。 合わせて、攻撃モードに入るかのように、目の前の人型のまとう雰囲気が鋭くなる。
《アナタウチノコミタイナモノナノオオァ!》
《イヤアアアイクナアアアアアアアア!》
《ココハマスターの過去! あの子も、全部マスターの過去! コノドロボウ!》
《イクナアアアアアアアア》
近くにある一軒家の前に、ロボットがある。ロボットは指にはめた光のわっかを家に向かって飛ばして居た。わたしは、恐る恐る玄関から中へと向かう。倒されたプランターや植木、綿がはみ出た人形。
何より、肉と油の濃いにおいが立ち込めていて異様な空気だ。
「う……」
思わず口もとを押さえる。ここに、彼女は居るのだろうか。
なんとなく、アサヒが一緒に来なくて良かったと思う。自分のことのようにすぐ熱くなるだろうから。こっちまで感情がおかしくなって冷静に目の前の景色を見ていられないだろう。
そう考えると、神様が止めてくださったのかもしれない。
「……大丈夫、大丈夫」
自分に言い聞かせながら玄関から足を踏み出したと、不思議な人型が現れた。顔はないけど、意思はあるようで、わたしを見た途端に騒ぎ出す。
「イクナアアアアア!!! イクナアアアアア!!イクナ警報発令!!」
「わたしは、行かなくちゃいけない。通して」
「イクナアアアアアアアア!!」
腕を振り回して叫ぶ人型の説得を試みていると、玄関のさらに奥から、何か禍禍しい空気がなだれ込んできた。
人型はまだ気付いていないのか、気にする様子も見せずに、腕で行く手を遮る。
《イクナアアアアアアアア!!》
わたしを足止めしているようだが、これは『何』で、そもそも、どうして行くなというのだろう。この先には、いったい何が……?
奥の方から来る禍禍しい空気とともに、やがて木の根のようなものが壁や床を走っていく。
。
「……ん? なに、これ」
ゆっくりと伸びるだけの植物に、わたしはあまり警戒心がなかったのだが──「ヒィッ!」
目の前にの人型は叫んだ。
驚いたような恐怖に震えるような感じに態度が変わる。その場を跳び跳ねてやけに避けている。
(にしても、動きがなぁんか硬いんだよなぁ)
体つきとかカクカクしてる気がするからか、ちょっと間抜けに見えてしまうような。
人型は恐れて植物に触れようとしないが、わたしは平気だった。
蔓や根が張り出す床や壁を避けるように動く人型を見て、わたしは決心する。
「よし、今なら!」
人型たちの間を掻い潜り、先へと進む。いざ潜ると大したことないな、と感じたが……やっぱりちょっと怖い。
人型たちはわたしが奥に向かうのを知ると、ぐるんと方向を変えて後ろを向いた。
「イッ……イクナアアアアアアアア!!!」
「嫌!」
わたしはハッキリと断って、進む。ただの、校舎よりは短い廊下のはずなのに、邪魔があるために随分長く感じられる。
「マスター……こんなにコストが掛かるなら、行く前に冷蔵庫を片付けて置こうと思う!」
叫ぶ一人の横で、もう一体が冷静に言う。
「冷蔵庫じゃないヨ、倉・庫」
「あ、そうか。倉庫だ」
「面白い。こんなハプニング映像でリアクションしちゃいけないとか」
「確かにうける」
彼女?らは、会話をしながらも腕を伸ばして、わたしを捉えようとしてくる。現実逃避しようと、脳が眠くなってきて耐える。朝が早かったから眠くなってきた……けど今寝たら起きるの夕方だろう。あー、同時にそれぞれ2人と自分の思考でパニックになりそう。
途中訳分からなくなってくる。
もう、いいや。
「車さん」
ポケットに入れてきた車さんを呼ぶと、たちまち巨大化して目の前に現れる。 合わせて、攻撃モードに入るかのように、目の前の人型のまとう雰囲気が鋭くなる。
《アナタウチノコミタイナモノナノオオァ!》
《イヤアアアイクナアアアアアアアア!》
《ココハマスターの過去! あの子も、全部マスターの過去! コノドロボウ!》
《イクナアアアアアアアア》
──泥棒?
そういえば、強盗がどうとか言っていたような気がする。
おねえちゃんがマスターの過去ってどういう意味なんだろう。
「よくわからないけど、彼女らのマスターの過去が、外に持ち出されたくないから、守っているんだ」
……再現したのは、あのロボットの過去なんだろうか。だとしたらやっぱり巻き込まれて逃げられないようにされていることが、より無責任なものにしかならない。
「イクナアアアアアアアア! 」
「あなたたちの過去に興味はない! 自分の過去に巻き込んだ人を、返して」
しかし──となると強盗というのは理屈的におかしい。再現する装置が先に存在するからこんな空間があるわけで、そこに行くなというのなら、そもそも行かせなければ良かったのだから。
「あなたたちの過去なら、それこそ、完全にあなたたちのせいということだね! だってそんな大層なものに、なぜ触れたというの?」
人型は戸惑いながらもそれぞれが両腕を殴るように振り回した。
《イクナアアアアアアアア!!》
《イクナアアアアアアアアイクナアアアアアアアア!!》
この人型たちは、たしかに人の形はしているが、普通に考えると天才じゃなくても認識し得るような、論理的な思考は持ち合わせないようだった。
「……にしても、なぜ、強盗」
ああやって、せつが、ずっと成り済まして、学会が──
ううん、44街がみんなで隠して居たのは事実。
整えられた環境において、誰にも見えない、存在しない悪魔なら、そもそもちょっとなにかあったくらいで、普通そこまで社会に影響があるわけがない。
どうやって、いない悪魔の強盗を証明するのか。
簡単に言うなら、
「おかしい。筋が通らない。
どうして、止めてるの。別に大したことないじゃない。通行止めにしなくても、悪魔なら」
いつもと同じように無視すれば済む。権利に甘んじれば何かする必要などないのだから。わざわざ、犯罪に仕立てる必要などなく、隠蔽のみに走れば良いのである。
車が走る。腕の間を潜り抜けて、少し助走をつけると加速して人型に飛びかかる。
人型の片方はぐらりと倒れて床につこうとするが、すぐに植物に気付いて起き上がる。
反射的に、あれを避けているらしい。
──今は、時間がない。
行く手を阻もうとした片方が倒れ、開いた隙間からさらに加速する車を追い、わたしも奥に進んだ。
──
根は、新しい血の臭いと、独特の腐臭がするリビングに向かって続いていた。
こんなに濃い血のにおいを長い時間嗅いだことはなくて、感覚が麻痺してしまいそうだ。
ここが、マスターの過去なら、そこにいる人が強盗ならゆくゆくはわたしも彼女らにとっては強盗として批難されることになるだろう。けど、あえて、今のうちに言っておきたいのが、こんな、血なまぐさいところ、わざわざそんなに、楽しくて盗みた
い場所ではないと思うのだが。
リビングは真っ暗だった。窓からのわずかな灯りをたよりに辺りを見渡す。
棚は倒され、引き出しの中身も散乱している。まるで強盗みたいだが彼女が何か盗ろうとしたようには感じられない。ところどころの床が、染みになっており、何かが怪我をしたことがわかる。
荒らされた部屋のなかでもひときわ目立つ一画、根が集中する隅の壁際、特に血のにおいが新しく濃い場所に──彼女は居た。
身体中から触手のごとく、植物を生やしている。そちらに目を向けようとして、背後にも気配を感じた。
「ひっ!」
思わず、悲鳴が上がる。
──キライダ……
キライダ……
キライダ……
いくつか、手が救いを求めるように伸び、壁や床のあちこちで蠢いている。
「嫌い?」
自分を捕まえようという勢いで伸ばされる手を、即座に車が回転して弾き返す。
──キライダ……
キライダ……ミンナ……キライダ……
外でも異変が起きているようだった。
窓の向こうのロボットが苦しそうにうめき声をあげ、どこにともなく、刀を振り回して暴れている。
「うわあああ、来るな、来るな!」
でもロボットの姿しか目視出来ず、今なにと戦っているのかはわからない。
こちらからは刀を振り回しているだけにしか見えないのだ。
──景色を見ていると、再び背後に腕が複数伸びてくる。
慌てて、車さんが、辺りを一周するようにして腕を轢き倒す。
「危ないなぁ……」
ぼんやりしてたら捕まるところだった。 改めて、車さんが走る。
それ、がおとなしくなったタイミングで、根を伸ばしたまま血まみれになっている彼女を見上げる。
彼女は、ずっと、ここに……こんな悲しい場所に居るんだ。
「おねえちゃん」
彼女はただぼんやりと、宙を見ていた。
手に包丁のようなものを持っている。
根が、のびてきてわたしに触れた途端、それは鋭い刃に変わった。風を切る音と共に、頬の皮膚が抉れて切れる。
い、たい……
血が、音もなく顔に流れていく。
「……おねえちゃん、わたし、だよ」
再び、根が此方に向かって来る。
慌てて避けるが、近くの腕にぶつかって刺さっている。──もはや刃物だ。
休む間はなかった。根が二本に増え、左右からわたしを狙ってくる。わたしは即座に車さんを後方に回らせて左右を叩き折る。車の速度がなかったら、すぐに刺されているだろうと思うと自分の好きなものに感謝した。でも、防御で精一杯だ。
「包丁……怪我をしてる、自分で?」
流れる血に、悲しくなる。
なぜか、お母さんのことが頭をよぎった。
強制恋愛に反対する活動をしていただけで、家を爆破され、お母さんはまだ行方不明。
本当ならわたしもおねえちゃんのように、誰からも触れられない存在になるはずだった。悪魔に、なるはずだった。
本来なら、あんな風に、社会的に見放され、政治的に葬られる子どもが、生きていけるはずがない。そんなわたしを、彼女はなんの疑問も持たずに助けてくれた。
一緒に、お母さんを探すと言ってくれた。
彼女の戦いは、自分の姿になるかもしれなかったのだから、力になりたいと思った。それが、わたしにできること。
腕がのびてくる。
車さんが、指示を待つようにわたしを見詰める。
「……ちょっと、待ってね」
息が、切れてきた。少し苦しい。
呼吸を繰り返しながら、倒れないように踏ん張る。
「よし!」
改めて。強く、ならなきゃ。
「わたし……椅子さんが好きな、おねえちゃんが大好き。
誰が、何を言っても……」
腕を上に掲げ、車さんに合図する。
「わたし──共感、出来るよ!」
車がぐるんと回転し、強く地面を擦ると、タイヤが金色をした炎を纏う。そのままさらに方向を転換させ、回転しながら伸ばされる腕を燃やして轢いていく。腕たちは、自分たちを追いかけてくる炎を恐れて逃げ惑ったが、次第に大きくなる炎に焼かれて、とうとう再生が追い付かず消えていった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
目眩がする。息が、苦しい。胸がいたい。
でも、やった。
「やった……!」
つきまとう腕が、消えた。
わたしが勝ち。あのとき、共感出来ずに逃げていたわたしが、少しは成長した気がする。
喜んだのもつかの間、同時に『顔』があちこちから空間に浮き上がり、ニヤニヤとした表情と、悲しそうな嘆きの表情を交互に浮かべながらこちらを見てくる。
腕が伸ばされていくらか障壁の役目を果たしてもいた刃物もじかにこちらを向く。
刃物。
彼女が、自分に向けた刃物。
わたしに向けた刃物。
何が、あったんだろう?
何か、あったことしか、わからないけれど、それでも、ここから逃げたりしない。
……体力が、持つだろうか。
ふっと気が緩むと、座り込んでしまいそうになる。
体力が、持つかはわからない。
発作の心配も、ない、とは言い切れない。
でも、共感出来る。共感が出来るということは戦えるということだ。少しでも、一秒でも長く、わたしは此処に立っていたい。
──ドウスル?
ニヤニヤした顔のひとつが話しかけてくる。
──ドウスル?
ニヤニヤした顔がさらにひとつ、話しかけてくる。
──彼女を殺すか、お前が助かるか。
ドウスル?
──仲間と戦う、ツライネ
「ううん、何か理由があって、刃物を使ったんだよ」
──そう、空間から出るためにね。
──キライダの力を増幅させ、時期にこの空間ごと全て破壊する
──お前が来たとも知らずに。
だが、あいつを殺せば別だ。
──あの刃物を、そのまま彼女に突き刺せ
ばいい。
──お前まで、ケサレルゾ……お大事にな
──彼女の首を、そのまま締めればいい。
動かない今のうちに。
──お大事にな。
──彼女を殺せば、お前と空間は
「うるさい!」
全て遮るように叫ぶ。
騙されるな、思考を乱して、スキダを手放させる気だ。
咳き込むと血が吐き出される。
口のなかが切れたらしい。血の味がする。息が、話すことさえ苦しい。
でも、負けない。
「そんなことで共感力がなくなったりしないんだから!」
2021/4/8/1:03
観察屋の指揮ですらもヨウの身勝手な行動は想定外だった。けれど、それは何の言い訳にもならない。だから焦っていた。
そもそもにおいて接触禁止令を守らせるべく暗躍している『観察屋』自身が、知らなかったなどとのたまうことが、不信感を煽りこそすれ、今更希望的な意味を持つはずも無いからだ。
──だが、彼女はなぜ此処に。
首から血を流している。
攻撃命令は出していないし、抵抗のない傷口を見るに、おそらく自分、で判断したのだろうと思った。
滅多なことがない限り全ての対応をせつや役場が勝手に行い、会話や関わりを許されない彼女が自身の判断のみで独断する以外にないはずだ。
・・・・・・・・・・・・・・・
昼──市庁舎に『交渉』に赴くつもりだった男は、それより先に、市庁舎付近で閉ざされた空間を発見した。
「なんだ、こいつは、こんな事態は俺の計画にないが」
「いかにも無能な台詞を吐かないで。いじめたけど泣くとは思わなかったとか言うんですか?」
会長は思わず舌打ちする。
「それはそうだが……」
何かに怯えるロボット。道に座り込む少女。その近くには娘がいる。ようやく見つけた倒すべき敵。しかし、もはや多くの時間は残されていないようである。
「……兵器……あの機密が、なぜ」
ナイトメア型再現兵器。その開発には呪いの研究、スキダの研究のための意味がある。しかし、実戦に使う計画はとっくの昔に中止したと聞いていた。
男は通行止めの看板や布を無視して場に立ち入ると、そっと、少女の傍らに立ち、近くに手を翳した。
(やはり彼女ら、自身の肉体から今、浮かび上がるようなスキダを感じない。どこかに、飛ばしているのか……)
この状況は、その【兵器】が引き起こしたものとしか考えられない。昔聞いていた話からしても、その【兵器】はロボットの形にされているという噂はあったような気がする。
(いったい誰が? 観察屋からはそんな情報は来ていないが……)
その【兵器】は過去にかなり多くのスキダを破壊しており、機密として地下施設に封印されていた。
機密に触れられるものでなければ、兵器を持ち出すことはあり得ない。周りに銃器を使用した痕跡はなく、使用されたのは刃を持つ武器。さすがに銃器の使用許可を取るまではいかなかったらしい。
(まさか、あの男……)
その時だった。
遠くから何かが爆発した音が鳴り響く。
「なんだ?」
自分たちの知らない所で何かが起こり始めている。
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