椅子こん! 

たくひあい

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椅子こん!1

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 恋愛をしないと処刑されるという社会が生まれたから成りゆきで、目についた椅子と付き合うことになった。
椅子とイチャイチャしたり、恋愛について考えたり、椅子と仲良くしたり、友情について考えたり、もちろん、椅子といろいろする。といいな。

「はい、椅子」

私は椅子にスプーンを向ける。
口がどこかわからないけど。
ぽた、と椅子の上にスープがこぼれるのをなめとって、ヤバい。やっぱり、私椅子のこと好きかもしれない、と思った。笑わなくても泣かなくても会話しなくても。

椅子と人間。
それは案外幸せで、みんなが笑うとしても、幸せな毎日ならいいと思える…………

*********************

恋愛する人って、嫌い!
嫌いって、いうか、なんだかずっと気持ち悪いって、思ってきた。
お父さんもお母さんも家に居たことがほとんどないし、正直言って一人愛を学ぶにも限界があるよね?
カッコいい人が現れればどうにかなる?

それは、ファンタジーのなかのお話!
恋愛にしか理解がない人が、都合よく作った設定なの!
何も知らないってのは結局、何も知らないってことなのよ!
私もずっと、そう思ってた。椅子に会うまでは…………









『44街は、スーパーシティ条令に基づき、全員恋愛を目指します!』

 私の住む44街の朝が歪み始めたのは、ちょっとまえ。
あちこちで過疎化が進み労働力の確保が難しくなり始めていたことを受けて、超恋愛世代の生き残り…………私より、前の前の前の前の前の前の……とにかくちょっと昔の世代の大人が決めてしまったのが『市民は全員恋愛をしなくてはならない』というおぞましいものだった。

 けれど、別に細かいチェックが入るとは聞いていないし、家でおとなしくしてればいいでしょと思うわけです。
恋愛といっても、やむを得ない場合なら二次元でも良いらしい。

 だからその日も、扇風機の風に当たりながら「今日も暑いなあ」ってなりながら、部屋のなかでおとなしくしていた。

 44街にある私の家。三重の鍵を開ける先にある私の部屋。
ごちゃごちゃと壊れたラジコンとか謎の人形とかが本棚に乗っかり、くたびれてあちこち継ぎ接ぎされたソファーがあって、はだか電球風のライトがついている落ち着く空間だ。

 私はその真ん中あたりで、恋愛強制法とも取れるあの条令の新聞を読んだ。ポストに入ってたやつだ。無料だって!
「ふむふむ、『恋愛が出来ない者は、非生産的な存在である』……『甘えだ』『自分がかわいいだけである』……」

こいつはヤバい。
コラムが、完全に片寄った内容だ。

いやいや、自分がかわいいから好かれたいんじゃないんかーい!
と思うんだけど。ブーメランだわ……

新聞を眺めて、畳んで、私は思う。
呟いた。
「アホらし……」


そのとき、外で派手な爆発音がした。
あわててサンダルを履いて引き戸を開ける。
「なんか恋愛をしていない者を発見したらしいよ」
「うそ~」
「甘えが死んだだけか~」

ひどい……


拳を握りしめた。
けど、変だ。恋愛をしてないだけで、爆破されるなんて聞いた試しがないし、そんなことは、どこにも載ってなかったはず……
周囲がざわざわしている。
慌ててポケットに入れていた端末を操作してテレビをつけた。

チャンネルを地元に合わせて、数秒待つ…………少しして映る画面は、いくら局を変えても、普段の平和ボケした番組ばかりやっていたので、少なくとも今の時点でなにか放送されたりしないらしい。
(それとも、これからも?)


「とぉ!」

と突撃されてびっくりしながら横を見ると、同級生のスライムが居た。

「なんか恋愛してないと処刑されるって、噂だよー!」

「嘘……」

恋愛してないと処刑される?

「あの家の人、恋愛なんか絶対反対だって、言ってたんだって、
本屋に恋愛ものばかりスペースがあるのも、みんな馬鹿げてるって……その活動が、目障りだったみたい」

……なるほど。でも、確かに本屋には恋愛ものばっかり置いてあった。
それも、人と人とのものばかり。
私やあの家の人のような人は、孤独を感じるのもしょうがなかった。
 スライムは困り顔で私を見た。
「私も、相手がまだなんだけど……決まった?」

「あー…………うんうん、決まった」

少し考えてから私はうなずいた。友達が恋人なんて駄目だよね!
兼用とか情報量多すぎちゃう。

「そうなんだ……」

スライムはぽよぽよしながらも、少し項垂れた。

















私は昔から、好きって言葉が嫌いだ。
肉や野菜じゃないのよ?
人間なのよ?
食べ物みたいに選ばれて、好き嫌いで選別されて、あなたのために生きてるわけでもないのに、って、思うと、すごく惨めな気持ちになるからだ。

だから、好き、と言われることが多い告白シーンなんてやってられない!!
気持ち悪いわ!
 告白シーンがまず大嫌いな私は、恋愛への増大な憎しみを胸に、ごはんの支度をする。
小さなテーブルの置かれた比較的綺麗な台所。床のタイルは花が咲いたみたいに鮮やかだし、ついでに窓際に花瓶に入れた花も飾られているお洒落空間だった。

続いてごはんの支度!

たまねぎ、合挽き肉ミンチ、牛乳、たまご、パン粉、調味料!

1.まずたまねぎを細かく切ります。みじん切りって言うんだって。
皮を向いたら縦横に適当に包丁を動かして、とにかく、細かくすることしか考えてない。あとたまねぎは目がいたい。

2.肉とたまねぎを混ぜてボールに入れて、塩を小さじ、砂糖を大さじで1杯ずつ。
胡椒とかもいれて、卵を割っていれる。

3.牛乳をちょっと全体的に肉より少ないくらい入れてパン粉をつなぎに入れる。


これを捏ねる。

「うわー! ごはん出来る?」

 後ろから声がして、振り向くと小さな女の子が立っていた。
寝かせていたのにドアを開けてきたようだ。恋愛を拒絶して爆破された瓦礫の下から見つけた子で、頭に包帯を巻いている。というか私が巻いたんだけどね。

「お姉ちゃん、好き!」


私は頭をぐりぐりする。


「だーかーらー好きって、言われるの嫌いって、言ってるで、しょ? 私は食べ物や素材じゃないの!」

「ごめんなさいー」

まだ幼くて、3歳くらいだろうか。
耳元くらいまである髪は綺麗な水色をしている。宝石のような瞳が楽しそうに輝いていた。

 肉その他を、柔らかさが、ハムスターくらいになるまでしっかり捏ねる。
ちょっと水をスプーンくらいの量で混ぜながら捏ねるといいらしい。

やがて女の子が椅子におとなしく座っているのを見ながら、作業を再開した。
 えっと、そのあとは、伸びたハムスターくらいの俵がたにして、ちょっと薄めに伸ばして、火が通りやすいように真ん中に穴を開けて……
ブルーサファイアくらい色までこんがり焼き色をつける。


台所にだんだん良いにおいがしてきた。


「あの……さ……」

私はハンバーグを焼きながら改めて確認する。

「いいの? お家に、帰らなくて」


「いいのっ!」


彼女は頑なだった。


「国も、先生も、守ってはくれない。

恋愛をしない人が居ることが、非常識だから、助けてはくれない。だったら、にげるしかないもん」

こんな小さな子まで、恋愛への重圧を感じ取って自分なりに意思を持った行動をしてる。当たり前ではあるけど、なんだか、胸が痛かった。
非常識だから、なんて、どこで覚えてきたのだろう?

「そっか……ねえ、変なこと聞くけど。恋人とか、居ないの?」

ひっくり返して両面焼き色をつけながら私は聞いた。本当は、小さな子は就学適正年齢まで恋愛を待ってもらえるんだけど、なんとなく。

「これ」

彼女はワンピースのポケットから、赤いミニカーの玩具を取り出した。

「恋人」

真剣に目を輝かせるので、本当なのだろう。

「人間の恋愛ばかりは反対だけど、どう
してもっていうならって」


一旦火を止め、私は彼女の綺麗な髪を撫でた。

「偉ーい! それってすごいね! そっか!」


 人間ばかりに気をとられていたけど、恋愛はいろんなものにすることが出来る。



ハンバーグを食べている彼女を見ながら、私は考えた。彼女にはまだ猶予がある。
けれど、私がこのまま恋愛をしなければ……此処も 狙われてしまうだろう。そうなったら彼女はまた一人だ。


「よしっ!」

私は椅子に座ったまま、拳を握りしめた。横にある換気扇がカタカタ、とわずかに回る。
強制恋愛条例を、乗り越えるぞ!
 決意を固めている横で、女の子は大人しくフォークを駆使してハンバーグを食べている。おいしー! と喜んでいた。


それから……恋愛嫌いの人が狩られてる理由も、探らなきゃ。
そっとテーブルの下でポケットから出した端末をいじる。テレビが付き、ニュースが放映された。
 人気俳優が謎の死を遂げたという。
彼は恋愛ものには出ないことで有名で、恋愛強制にも反対する活動をしていた……

(消されたんだ…………恋愛条例を、拒絶したから……)





























ネットワークに繋いでみると、愛至上主義テロリストの話題が盛り上がっていた。
どうやら、恋愛至上主義の団体で、しかもそのわりには、獣姦や対物性愛は認めてないらしい。

(集まってどうするんだろう。乱交パーティーでも開くのかなぁ)

「お姉ちゃん、食べないの?」

女の子に聞かれて私ははっとした。
「ごめん、ちょっと調べものしてた、さっ、食べよー!」

箸を手にし、いただきますをする。
うん、無難なハンバーグの味……なかなかうまく出来たのでは無いだろうか。

「おいしいー!」

咀嚼していると、彼女は食べ終わるところだった。

「冷蔵庫にプリンがあるよ」

私はついでに言う。
ぱっ、と女の子の目が輝いた。
「待ってね」

近くの棚からスプーンを出してきてテーブルに置いて、冷蔵庫からプリンを出してきて、テーブルに置いた。


「……あのね」

女の子が、プリンを両手に抱えたまま項垂れる。食べないのかな?と見ていると、少し間を置いて話し出した。

「わたし、どおして、皆が、恋愛が嫌いなひとを差別するか、わかんない」

つきりと胸が苦しくなる。

「自分は好かれて当たり前だ」
みんな、心のどこかで思っていると思う。
好かれて当たり前だから、相手も好きになる。そうやって、続いてきたんだと思う。

「わたし……恋愛が嫌いだって言ってるママは、輝いてると思ったよ。とっても、頑張ってると思ったよ」

両目からみるみるうちに雫が溢れだして、頬に伝った。

「みんな、人が好きなんじゃないの?
どおして、ママは嫌いなの?」


私にも、答えに困る問いだった。
人が好きな人は、人を嫌える人。
人を守れる人は、人を倒せる人。
プリンに輝かせた目が、みるみるうちに曇ってしまうのが彼女の痛みの大きさを現すような気がする。

「ママは……」

私は恐る恐る聞いた。

「見つからないって、がれきの下を探してる、みたい……でも私はわかるよ。きっとハクナに誘拐された」

「ハクナ?」

彼女はハクナについてそれ以上は語らなかった。口を両手で押さえ、首をぶんぶんと横にふる。

「お姉ちゃんも……気を付けて」

恐る恐る、プリンの容器に手を伸ばすと彼女はラベルを剥がして食べ始めた。

「あ……甘い……」

ハクナは、恋愛至上主義団体と関係があるのだろうか。













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