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しおりを挟む「生きてくれないんですか」
「死にたい理由。もうひとつあるのよ」
「え?」
キリエがまさかという顔をした。僕もなんとなく察していた。
「身体が常人になってきた。けれど、私の精神はたぶん、それに耐えきれないから」
それは彼女の本が、図書館の片隅におかれた理由。誰からも守られていた理由。
キリエが、守りたかったり、誰かが大事にした理由のひとつだっただろう。それは単なる文字列としてのものではない価値だったのだ。
「感覚が、少し普通の人ではなかった私は。きっと時期に消えてしまう。
だから、記念でもあるの。あの本たちは」
目映いヘーゼルの視界に映って居た彼女は、きっととても儚いものだっただろうと思う。
個として否定され、虐げられてきた人たちの深い闇が、強い痛みや悲しみがそのまま勢力になっている面もあったのかもしれない。
「たぶん、心が弱かったから、身体を守るために他の感覚が過敏になってたと思う。
でも、成長するうちに、その弱さは消さなきゃ生きられない。
何も、珍しいことなどしてあげられないし、期待よりつまらない人と言われるだろう。
失望されるようになる。
それに、危ない人に狙われたくもなかった。
沢山あるのよ。
個人情報を知られない方がいい理由なら」
彼女は、台詞よりも明るかった。
ある一定の覚悟があるのだろうか。
「この前、知らない人に
『隠さなければならない後ろめたいことでもあるんだろう?』
って言われたとき、もう死のうって、半分くらいそれで決めたの。
一生そう思われる。一部で誤解が解けようが、知らない人はそう思うんだと気がついてしまった」
「残念です」
キリエが短く言った。
どういうつもりで言ったかなど関係がないのだ。
その可能性、事実、誤解が僅かでも社会に存在する。それだけで死を選ぶことを決断するにはあまりに十分だ。
言葉を向けたという事実があれば、今にどう言い直そうが、事足りている。
「それに、私が死んだら、その相手も、ある意味何も出来なくなるかもしれないし。他人につくというのはそういうこと。
いざ突き放されたらなんにもわからなくなる。
何も出来なくなるなら本望。
下手をすれば、共倒れするかもしれないね」
「それは、そうですね、でも」
「誤解が解けようが、
励まそうとか、関わろうと言う考えの人がいる時点で、事実があったという多大なる証明だ。
本来なら、そんな人全く必要なかったのだから。
何かしようという考えを誰かに持たれている時点で、既にそれが差別を表している」
僕はぼそりと呟く。
「救いたいなんて、傲慢な人間は気持ち悪いだけなのにな」
いわゆる、災害時などに沸いて出てくるアレだ。綺麗な言葉が響くのは、ある程度の余裕があるときだけ。
「誤解が解けたあとの
それを聞くのがまた、たまらなく嫌なのだろう?」
「えぇ、少しずつ、吐き気がしています」
罪を、咀嚼して、自分の悪意を受け止めて何も言わずに悔いる人間などはいないのかもしれない。重さや痛みから、逃げたい。
楽になりたい自分のことばかり考えているから、簡単に言葉をかけ、火に油を注ぎ続ける。
まるで戻るものなどないということが、わからないかのように。
「まだ、終わったものは終わった、壊したんだから仕方ないと捨てた方が可愛いげがあるのにな」
醜い自分を受け入れない人ほどに醜いものはない、と言っているのかもしれない。
きれいな言葉は、それを投げている内面たちをより引き立たせ、逆に酷く痛みとなり突き刺さってくるかのようで。
「もう、やめて……何も聞きたくない。
そう言っているのに誰も聞いてくれなくて。みんな、自分のために必死なんです、私なんて口実。
誰かが口を開くたびに余計に嫌いになっていく」
僕は何か言おうかと考えた。何がいいのかわからなかった。
ややこしい沢山の要素によって、巧妙に罠にはめられかけたことが沢山あったせいで、僕も精神的に少しどうにかなっているのだろうか。
悲しい、よりかは、懐かしさを思わせる独白に思えてしまった。
まだ午前だったので、出掛けるにはちょうど良かった。
「少し外へ行かないか」
僕が言うと、彼女が困った顔をした。
キリエがどこへですかと聞いている。
「現場は、見ておきたいから彼女の仕事先とか、かな、だめだろうか。ちらっと見るだけだ」
「……いえ」
彼女は曖昧に答えた。
テレビからはモノマネ芸人の話がやっている。
真似をしたら怒られたと言う話だった。
「それ自体じゃなく相手側の気分に関わってしまったから、怒られたのだろうに」
なんだか逃避する感じだ。ぼんやり思いながら電源を消す。
「まあ、それ自体もいやがるひとはいやがりますけどね」
キリエが曖昧に笑う。
「真似、ですか」
彼女が寂しそうに呟く。真似もだが、晒しにも悩んでいる。
どちらかをとれば、どちらかを許してしまう。
ひどい選択肢だった。
「気分が悪いとか、何かあったら言って欲しい」
「わかりました」
いろんな人が近辺をうろついている。
恐らく、出掛けるのは嫌なのだろうから、既によくないかもしれないが、部屋に居てばかりもどうにも考えがまとまらないし、気分転換にもなる気がする。
外は穏やかに晴れていた。少し寒い風が吹いた程度のものだ。
車を持って居なかったが、歩いてしばらくあちこちをぐるぐるしてから、店の前についた。
少しふくよかな女性が、別の女性と彼女のバイト先の店の前で話をしている。
子どもの話だった。
「普段なんて呼んでいるの?」
ふくよかな方が質問する。
「名前とか、○○ちゃん、とか」
もう片方が穏やかそうに答えた。
「あら。うちは『○○さん』なの」
「普段会うときの口調は、雑なのに、そこは丁寧ね、ギャップかしら」
「あら、雑じゃないわよ、失礼だわー」
「まぁ、普段は娘、とか、旦那、とかで済ませてしまうけれど名前でも呼んであげないと、愛着がつかないよね、子どもなんて特に」
「私もそうだった。そこは変えてない」
そうなのか? と僕が物陰から聞くと、キリエが、「あー、まあ、そういう面も無くはないですが、おれなんか呼ばれ過ぎて嫌になりました」と言う。
「ねぇ、子どもさんの名前、いつも聞かせてくれないけれど。せめてあだ名だけでも教えてよ」
「やだわよ、減る」
「減らないって。
名前とかが出ないような、普段のエピソードとかからついたようなのあるでしょう? そういうのでいいの」
「それさえ教えたくない」
「子どもさんが好きなのね」
ふくよかな方の女性が立ち去ってから、その片方の女性に話しかける。
「こんにちは」
「こん、にちは」
僕を見て狼狽えている。たまにあるが、何かこう、近寄りがたいらしい。変な警戒心を抱かせてしまうときがあるのだ。
少女が歩いて行って聞いた。
「さっきの方、前にお店に来ていただいたことがあるんですが、お子さんがいらっしゃるんですね」
「ええ。そうなんだけど。私たちは、お子さんに一度もお会いしないからわからないのよね」
曖昧な顔で女性が笑う。
「わからない?」
「お子さんの話、既視感というのかな、どこかで聞いたなというような。
誰かのブログにあるみたいな、いや、失礼よね……それだけありふれた話題が多いのかもしれない。
でもなんだか、私には彼女自身が、よく伝わらなくて、もっと仲良くしようと思うのだけど、
話をするにも一方的な話題が多いし、こちらから聞くと怒らせてしまって」
はぁ、と女性がため息をつく。
「あだ名とかって、そんなにグレーだったかしら。踏み込んだ話題をするようでいて、どこか他人的というか、踏み込ませてはもらえないの。
生魚をさわったりした後手を洗うときに、キッチン用の石鹸を使わず、
さらに香り付きのクリームを塗るような方だし……少し変わっているのね」
「なんだそれは」
僕が横からキリエに聞くと、彼はそういうものがあるんですよ、と囁いた。
「まあうちの家族は普通の石鹸をつかってて、においは消えるの待ってたり、必死に洗ってましたが」
ふと腕時計を見ると、それの時刻は13時くらいになろうとしていた。
もう昼なのか、それとも時刻を早めている時計なのだろうか。
あの人は、大学生くらいだろうか?などと、関係のないことを思う。
ぼんやりしてしまうのはまるでゲームのような、信じられない日々のせいなのだろう。
早く、電源を切りたい。
その日、見た限りは、床に針金などは落ちていなかった。
ただ、監視カメラとは違う小さな四角い機械がコンセントにささっていたので、店を訪ねた後、そっと通報しておいた。
これは、本当に狙われているらしい。
ケーキを買ってから、道をふらふら歩きながらも、彼女はそのときについて話していた。
「作品を露骨に攻撃に使うような真似が理解出来なかったから、ページの後ろに番号を挟んでおいたことがあります。とにかくもうやめて欲しくて、必死でした。
文句があるなら、こちらからにして欲しかった。
作品を、自らの言葉で汚したりしないで欲しかった。直接聞くから、だから、その言葉を作品に使うのはやめてほしくて」
「でも、それが届くことはなかった?」
「えぇ。そちらに返事が来ることは一度も無かった。それどころか、
作品内から作品を壊し続けることを、選んだ」
「むしろそこから、大まかに住所やら個人情報を知った可能性もあるな」
その後は、ストーキングしたり会社やあちこちに問い合わせて埋めていけばいい。
やめてほしかったからこその行動は、無慈悲にも助長するのに一役買った。
「ミスにしか思ってないでしょうね。意図なんてまるで汲んでくれない」
「むしろ、唯一有利に勝った点として、喜んでいるかもしれないぞ」
「この程度の良心なら、最初からやめるべきでしたね。やめる気が無かったなんて知らなくて。
伝える手段がそれしか無いからなんだと思っていたのに……本当は作品に使えればなんでも良かったんです。
許せないのは、私に伝えたいなんて結局言い訳だということ」
連絡自体ならどうとでも出来たのに、わざわざ作品内で、内容を否定するのに必死になる必要があったのかと、いうことだろう。
「完全に自分のためにしか見えなくて単なるその証明です。明らかに嘘でしかない、綺麗事でしかない言葉を吐いているから、腹が立つ……いや、違うかな、期待したのかも。
そんなにまで何か言いたいなら、連絡をして、それから訪ねれば良かったのにって。
そうじゃないなら、黙っていてくれたら良いのに」
別に会いたいとかは、ないですがと彼女は呟いた。視界に映る何もかもが攻撃対象にしか見えていない相手と会話をしても意味がなさそうでもあった。
こんな風にして利用されているだけだとはっきりわかってしまっていても、それを止める手だてはいまだに無い。
知らないおばさん集団がすれ違い様に何か囁いて、通りすぎていった。
少女はぼんやり立っていた。
「なにか言われた?」
「本当は目立ちたいんだろうって……無理矢理目立たされたのに」
「羨ましいだけなんだよ、目立ちたい人からは」
「えぇそれは、そうですね」
無表情のまま、少女は言った。
「まず相手の話を聞いた上で、嫌だとか、許すとか判断すべきだとは、頭のなかでは思います……
勝手に解釈だけで正しさを語るのはおかしい、
知らないうちから否定してしまうのは、後悔しても遅いと」
いつも、後悔する。
「でもあれは。会話ですらないから、気にしなくてもいいんでしょうかね」
取り返しが付かない。
なんだってそう。
知らないことも知ろう、と試みるくらいはすべきなのだ。
後悔しても遅い。
僕もいろいろなものを、背負っている。
隠され、遠ざけられてきた環境にまでも、意識を無理矢理向けるべきだったかは、今もわからないが。
「気にしたいならすればいいのでは」
「なんだか、周りに他の話題が無いことが一番悲しい。こんなわけがあるなんて、知りたくなかった……」
単に、もう帰る場所が無い。
一度引っ込んだところで機会を狙われることには、かわりなくなったのだ。
むしろ、隠れていた方が被害に合うかもしれないくらいに。
未だに、法などや規制、罰則が曖昧のままなのが不安定を産み出している。
「何かの本で読んで、本当かは知らないですが、
犯罪を何度もおかす人の何割かが『自分や、自分の価値に自信がない』らしいです」
しばらく黙っていたキリエが、空を見上げたままぽつりと言った。
「……それが?」
「見た目にコンプレックスのあった犯罪者に、
出所する前に、整形を受けさせたら、再犯率が下がった、とかいう話もあるとかで。
だから、その自信のなさへの思い込みが強いから、まただめだろうというループに陥り、その恐怖から逃れたくてまた罪を犯すとか」
つまり、自分に自信が無い限りはいつまでも繰り返すということらしい。わからなくもない。
傾向や内面での話としてだから、それもまた、一概には言えないとは思うが。
「もしそうだとしたら、巻き込まれるだけ、あまり意味ないですね……結局自信も永遠につかないでしょうし」
他人事のように、彼女は言う。
「そもそも、誰だって、自信ばかり持っているわけじゃないのに」
解釈を変えるだけで、急に、大きな子どもが甘えて駄々を捏ねていただけに見えてくるから不思議だった。
「よくわからないけど、自信をつけてあげればいいのかな」
「むしろ、感覚が麻痺してしまっているんじゃないですかね。声援とかが、当たり前になりすぎて、中身がなく見えてしまうようになっているみたいな」
「他人のことなんて、わからないが、文章はクリニックなどで整形するわけじゃないからな」
「相手の気持ちから変えていけるようにしないとならない、ということですか」
「……あれ。これ、なんの話ですっけ。いつからカウンセラーに」
「とりあえず一番の問題は、限定にしていたものの規則を、大きく破っているという部分なんですよね」
最終的に、行き着くのはそこになるのだ。
ぱたぱたと、遠くに見えている店内に青年が走って行く。
ちらりと少女を見ていた。
どことなく、日本の隣国あたりからの留学生と言った雰囲気だった。
何を見てそう思ったのかはよくわからないが。
町になれきっていないような足取りや、雰囲気だろうか。
「知り合い?」
「ええ、まあ……バイト先にたまにこられます。
韓国から旅行に来てるそうで、仲の良いご家族です」
「いいなあ、旅行……」
「私は、あまり遠くは疲れるかな」
「まあ仲が良いのはいいことだな」
しばらくそれぞれに考えていたが、彼女は淡々と呟く。
「とりあえず今に大事なことは、身辺を守ること、そして誤解を解くことの二つです」
誤解は少しずつではあるが、解けてはいた。
一度、疑惑があるという状態で相手が他のものに手をつけたのもあり、そのたびに証言者が増えていたからというのもあった。
騒ぎには相手側も気付いているはずだが未だに特には変わりもない辺り、どうにかして納めるつもりなのだろうか……
意見が違わなかったら、まだ少しわかりあえたかもしれないというのは、悲しくはありますがと少女は言っていた。
意見というのは、勿論あなたと私は違う、というシンプルなものだ。
同じ位置で寄り添うときに言うのと、完全にそうなときでは、また意味が違って感じられる。
「こういった方への世間の風当たりが強いのは、わかっています。自分と違う相手を排除したいというのも、当然考えるでしょう。
でもこっそり言うくらい、いけなかったのでしょうか……
何に気にくわないかではなく、
単に主張自体を、否定するかのようで」
僕は、ぼんやりと電線を眺めながら呟く。
「一般人が思考だけでどうこう出来る範囲は、自分の周辺くらいだ」
「わかって、います……」
誰かに直接話を聞きにいこうにも、あちこちにカメラを構えた人がいて、うまく動けないと言いたいのだろう。
彼女はきょろっと辺りを見てから、ため息を吐いた。
バスや船を使おうが、客として待ち構えれば密室だ。どこに行くにもリスクが高い。
「僕らが、仲間だと思われているらしいぞ」
少女が、やはりそうですかと言った。
「考えればわかることしか話してないというに、不思議なものだな」
「どんな気持ちでいるかなんて、むしろテレビやらなんやらを使って自らで宣伝してますよね。主張というか」
「なんでも呟く便利な時代ですから……」
部屋に戻ってくると、置きっぱなしていた漫画が目に入る。
知っている少女漫画だったからなのか、あっと馴染み深そうに彼女はそれを持ち上げた。
「懐かしい。これ、好きでした……そういえば、あそこまで、作品ではなくて私自体を否定するようなことを言うのは、単に成り代わりたいとかじゃない気がしました」
「なぜそう思う」
「『あの人』に見つかりたくなかった私に似ていたから。罵倒というより、
抵抗で、悲鳴、そんな感じ」
抵抗で、悲鳴か……
僕がぼんやり思いながらお湯を沸かしていると、キリエがぽつりと言う。
「確かに……何かを隠して抵抗したがっている感じに思えてもきますね」
少し似ていただけだったなら、ここまで大袈裟に騒ぐだろうか。
みんなが気にしていた点だった。
彼女はひっそりと活動しているだけだし、一部の有志がいようが、やましくないのならば関係ないとか、さっさと謝罪してしまうとかして納めれば良かったが、それが無かったことが騒ぎを余計に増やした。
そうまでしなければまずい理由が、あったのか。
似ていただけだ、とか、参考にはした、と済ませればまだ穏便だった。
『こいつが悪い』と名指しまでしなければ対処出来ないような事態になっていることを隠しているということになる。
ケーキを分けつつ、僕は思い出していた。
件の作者とやらの、知人が見たことのないのでわからないという子どもの話や、ブログで見たかのような既視感があるという普段の会話の話……
それから、作品ではなくて、あえて彼女自体を名指しで否定しなければならない理由。
彼女に成り代わるかのように、いきなり、彼女に寄せたような話題が増えたわけ。
「いやいや、それは無いだろう!」
あははは、と、考えたことの馬鹿馬鹿しさに僕は笑ってしまった。
どうかしたのですか?と彼女が聞き、キリエも目を丸くする。
「いや……はは、そうだね」
僕は、どうにか笑いを堪えながら言う。
「確か少し前に、これだ……」
キリエがいくらかデスクに乗せてくれていたらしいテレビ欄の紙を、ひとつ取り出してある番組の部分を見せる。
「ああ。人気作ですね」
キリエが真面目な顔でいう。それが?
といいたけでもあった。
「結婚する予定の二人の間に、邪魔物が入り込む、というドラマだよ」
「確かに最近、やたらとそういう話が多い気がします」
番組欄を少しずつ見るだけでも、そのときの傾向が明らかだった。
今のうちに過去の新聞記事をまとめておくと、あとで読み返して便利かもしれない。
「まさか、これ」
少女が口を両手で覆った。
「なんでも呟く時代は本当、便利だなぁー」
キリエがしらけた目をする。
「えっと……確かに先週、そんなの見ましたが。あれって、当て付けなんですか?」
「少なくとも何らかの邪魔になっていて、目の敵にされているらしいが」
当時の、ある作者のそのときの最新作、とやらを見る。
彼女ににている雰囲気の人物が出てきては、人を騙すような話だったが、やたらと『この女』『悪女』という描かれかただ。
「性別を挙げての批難というのは、僕のなかじゃ、大抵が恋愛絡みの揉め事だね。
○○さん、と丁寧に呼べる心の余裕が無く、ただ性のかたまりのように見えるんだろう」
僕はいよいよ愉快になってきたと、手を叩きながら椅子に座る。
キリエは、そういうものかな、と不安そうにした。
「なあ、少女」
ふと、思い出して僕は言う。
「きみが死んでもまだ、内容を被せられるようなことが続くことは、ないのかもしれない。だが」
僕は、新聞のページをひらりとめくって言う。
「相手は、平気でこんなことに、多くの人を巻き込み我を通したがる……
僕らは、引くに引けない。相手もそう。
止めなければあちこちで被害を出すだろう」
「どうにかして、止めなくては。でも」
「どうかしたか?」
「相手は、かまって欲しいだけな気がします。下手に敵対すると調子に乗るのでしょう。それが、今現れてる」
「なーんか、おなか空きましたね!」
キリエが、やけに大きめな声で言った。空気を変えようとしたのだろう。
「パイとかありませんか?」
「あるわけないだろう……」
そういえば、パイという犬と詐欺師の話があった気もしたと思い出したけれど、あまり覚えてない。
「作品だって料理だって、人が作っているし、手間がかかる……そして今は眠いから……僕は細かく計量するタイプではないが、だからこそ、感覚が鈍ったら早めに休むわけで」
「作品も、計量したり、切り取ったりする人が居るのでしょうね……」
「例えか。上手いな」
案外、料理のふりをしてそうやって仲間に盗む対象を伝えてきた可能性があるな、と思いついた。
あれだけ周到に、迅速に行われる犯罪だから、協力者が必要だろうし……
後にキリエが言うには作者のSNSというのには、それをにおわせそうな内容が多数見つかっているらしいと噂されていたようだった。
既視感があるのも、そういった何かを使うからかもしれない。
「まぁ、しばらくは様子を見ておくべきかもしれないな……情報としては、沢山ある方がいい」
どのみち沢山の人に見られているアカウントだ。急に消したりしたらほぼ肯定として怪しまれる。
「手のにおいをキッチン用の石鹸じゃなく、香りつきのハンドクリームで誤魔化す、か……」
なんとなく、思い出す。違和感がある。
余計ににおいがつくことくらい、わかりそうなのに。
手というと、手の内、手段、自分の持てる技量や、方法ということが浮かぶ。
「細かく、聞けば良かったな」
「あぁ、ありますよ」
キリエが、ばん、とパソコンの画面を示した。
作者のSNSにある、
手のにおいをフローラルな香りで誤魔化したいとかいう話だった。
「自分の行為をごまかすことを、ぼんやりと表しているのかもしれない」
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