かいせん(line)

たくひあい

文字の大きさ
上 下
86 / 106
kangaroo court

しょうが

しおりを挟む

・・・・


台所は程なくして着いた。
 暖簾を潜ったドアのすぐ傍、入ってすぐの手前に背の低い棚があって、その上に大きな水槽が置いてある。


「おさかながあああ!」
ヨーちゃんが水槽を見ては悲しそうにしていて、瀬戸さんが宥めて居るところだった。


――――水槽には電池か何かで独自に灯りが付いており、中がはっきりと見える。

中では、掌より小さい魚が目を剝いてほぼ縦になって走り回っていた。
魚なのに走り回る。と言う感じは違和感があるかもしれないが、泳ぐ、というにはあまりにも激しい。
縦泳ぎなのはヒレが機能しておらずまともに泳げない事を示唆している。

「昨日までは元気だったのに。腹も膨れてないし……」
瀬戸さんがそう言い、ヨーちゃんも不満そうだった。

「エロモナス? ねー、エロモナース?」

「いや……違うんじゃないか」

魚は必至の形相で口をパクパクと動かしている。
俺にはどうしていいのかわからない。瀬戸さんたちもそのようだった。

途中、俺に気付いた瀬戸さんが事情を話した。
「理由はわからないけど、急にこいつが何か落ち着かなくなってきたと思ったらヒレを食いだして、ぐるぐる回り出したらしい」

「でも餌、やったよー?」
ヨーちゃんが怪訝そうだ。
環境には気を付けて居たので外的要因とは思いたくない、という感じだ。
「なんで急に――自殺?」
瀬戸さんが俺の方を見る。
俺がやって来た途端にとでも言うのかもしれない。
環境の変化に過敏な魚だったら、何かしらの影響を及ぼしたというのもあり得る……のだろうか。


と言っているうちに魚の様態が急変し、浮かび上がって来る。


神障――?
 まさかな、と思ったけど、可能性はある。


俺自身、小さい頃から、ときどき現れる光のような何かを視ることがある。
「自分より上か?」と聞かれて面倒だから、界瀬には何も言わないけれど、
 俺は神様と呼んでいて、かつても、ある現象があった際に写真に映ったことがあったのだ。
蒼くて、紫。
何でも知りたがった会社にすら言っていない。


 ――――これは界瀬とは関係無いのだけど、あの頃身近にいつも、何かと話題を重ねてくる足立と言う奴が居て、人工的な蒼い写真をSNSに投稿してきたことがあって……まぁそういうので。

  会話を逐一重ねて来られる事に、特に過敏になってしまうのは仕方が無い事だと思う。
俺は少しだけ、うまくやれるか心配になった。



「魚は、もう駄目だな」

横の方で水槽を見て居た瀬戸さんの声が聞こえてきて、我に返る。
「でもぉ」
ヨーちゃんが悲しそうにしていた。
「まだ、動いてるよ」
「――――いや、ライトは電池も入ってて動くけど、酸素の方、駄目だわ」
殆ど浮かんでいる魚を見ながら瀬戸さんがいい、ヨーちゃんも半ばあきらめている。まだ辺りは暗くて、そういえば停電だったと思った。



「そういえばあんただけ?」
「え?」
瀬戸さんと目が合う。
「他の奴らは?ブレーカー見に行ったんじゃないの?」
 
俺も「知らない」と答える。
勝手に動くなり休むなりしていると思って、気にしていなかった。

 そもそも真っ暗ではどうせすることもそんなに無いと思うが……確かに
周りがすごく静かな気はする。
それとも復旧に時間を要する大規模な停電なのだろうか?
「うーん、俺もそう思うんだけど」
「あ。そうだ、あのね。トマトの花が咲いたよー!」
ヨーちゃんがさっきと打って変わって嬉しそうに持っていたカメラの画面を見せて来る。そこには立派に咲いたトマトの写真があった。
「すごいね」
俺に見せているようで、頷くとヨーちゃんはぱぁっと顔を綻ばせた。
目線を下げる為に屈んだのだが、テーブルに肩が触れたらしい。
何か硬いものに当たった。

「……?」
暗がりの中で、タッパーのような入れものに入った黒い塊を見る。
なんだろう、と思っていると瀬戸さんが
「あぁ、生姜だよ」端末を見せて来た。
「ほら、これな」



「……生姜、を煮たもの?」
「そうそう、そんな感じ。このまえ近所の人に貰ってさ」

画面には写真が表示されていて、確かに容器に入って「生姜」と書かれたものが存在している。
だけど、携帯にはSIMが刺さって居なかった。
電話としては使っていない個体を、カメラ代わりに持ち歩いているのか。
「SIMは」
「あー」
瀬戸さんは気まずそうにする。
「SIMはなぁ……うん。でも、wifiがあればメール送れるから」
「電話、使ってない?」
「うん、俺実は電話没収されていて、外界に連絡取れない身分なんだよ。なんとかネットは使えるから、じいさんとこからパスワード聞き出して……あっ、これしーっ、な?」

子どもみたいに口止めしてくる瀬戸さんに、俺は、わかりました、と一応頷く。
……連絡取っちゃいけない身分って一体何をやらかしたのだろう。
いや、でもwifiからこっそりメールを送ってるんだっけ。
(いいのかな……?)




なんか犯罪絡みで止められたとかじゃなければいいのだが。
……とりあえず、ブレーカーを見てこようと振り向く。
さっきからずっと横でしゃがんだままのヨーちゃんにぶつかった。
「ヨーちゃん、ちょっと退いて貰えないかな」

ヨーちゃんは何も言わない。
「こいつ、カタレプシーなんだよ」

瀬戸さんが言う。


「今は、マシな方かな。昔は好きなアニメとか見ながら観るの辞められなくてそのまま漏らしたりもしたから。バカタレとか言われてたよ。
悪いな、どうにか通ってやってくれ」
「はぁ……」

カタレプシーは、一定の姿勢をとると、その姿勢を自分の意思で変えることができず、長い時間同じ姿勢を保持する症状。
統合失調症の患者や心因性精神障害でみられる症状でもある。ヨーちゃんなりにも苦労があるのだろうか。
思ったより状況が長くなったなと感じながらとりあえず横を通る。

(カタレプシー……ね)
 俺もときどき、何も見えなくなって会話も無くなってしまうけれど、そんな感じだろうか?
そのときは無理矢理動けては居るのでちょっと違うかもしれない。

2024/12/2219:00
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

たまにはゆっくり、歩きませんか?

隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。 よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。 世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

処理中です...