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kangaroo court
しょうが
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台所は程なくして着いた。
暖簾を潜ったドアのすぐ傍、入ってすぐの手前に背の低い棚があって、その上に大きな水槽が置いてある。
「おさかながあああ!」
ヨーちゃんが水槽を見ては悲しそうにしていて、瀬戸さんが宥めて居るところだった。
――――水槽には電池か何かで独自に灯りが付いており、中がはっきりと見える。
中では、掌より小さい魚が目を剝いてほぼ縦になって走り回っていた。
魚なのに走り回る。と言う感じは違和感があるかもしれないが、泳ぐ、というにはあまりにも激しい。
縦泳ぎなのはヒレが機能しておらずまともに泳げない事を示唆している。
「昨日までは元気だったのに。腹も膨れてないし……」
瀬戸さんがそう言い、ヨーちゃんも不満そうだった。
「エロモナス? ねー、エロモナース?」
「いや……違うんじゃないか」
魚は必至の形相で口をパクパクと動かしている。
俺にはどうしていいのかわからない。瀬戸さんたちもそのようだった。
途中、俺に気付いた瀬戸さんが事情を話した。
「理由はわからないけど、急にこいつが何か落ち着かなくなってきたと思ったらヒレを食いだして、ぐるぐる回り出したらしい」
「でも餌、やったよー?」
ヨーちゃんが怪訝そうだ。
環境には気を付けて居たので外的要因とは思いたくない、という感じだ。
「なんで急に――自殺?」
瀬戸さんが俺の方を見る。
俺がやって来た途端にとでも言うのかもしれない。
環境の変化に過敏な魚だったら、何かしらの影響を及ぼしたというのもあり得る……のだろうか。
と言っているうちに魚の様態が急変し、浮かび上がって来る。
神障――?
まさかな、と思ったけど、可能性はある。
俺自身、小さい頃から、ときどき現れる光のような何かを視ることがある。
「自分より上か?」と聞かれて面倒だから、界瀬には何も言わないけれど、
俺は神様と呼んでいて、かつても、ある現象があった際に写真に映ったことがあったのだ。
蒼くて、紫。
何でも知りたがった会社にすら言っていない。
――――これは界瀬とは関係無いのだけど、あの頃身近にいつも、何かと話題を重ねてくる足立と言う奴が居て、人工的な蒼い写真をSNSに投稿してきたことがあって……まぁそういうので。
会話を逐一重ねて来られる事に、特に過敏になってしまうのは仕方が無い事だと思う。
俺は少しだけ、うまくやれるか心配になった。
「魚は、もう駄目だな」
横の方で水槽を見て居た瀬戸さんの声が聞こえてきて、我に返る。
「でもぉ」
ヨーちゃんが悲しそうにしていた。
「まだ、動いてるよ」
「――――いや、ライトは電池も入ってて動くけど、酸素の方、駄目だわ」
殆ど浮かんでいる魚を見ながら瀬戸さんがいい、ヨーちゃんも半ばあきらめている。まだ辺りは暗くて、そういえば停電だったと思った。
「そういえばあんただけ?」
「え?」
瀬戸さんと目が合う。
「他の奴らは?ブレーカー見に行ったんじゃないの?」
俺も「知らない」と答える。
勝手に動くなり休むなりしていると思って、気にしていなかった。
そもそも真っ暗ではどうせすることもそんなに無いと思うが……確かに
周りがすごく静かな気はする。
それとも復旧に時間を要する大規模な停電なのだろうか?
「うーん、俺もそう思うんだけど」
「あ。そうだ、あのね。トマトの花が咲いたよー!」
ヨーちゃんがさっきと打って変わって嬉しそうに持っていたカメラの画面を見せて来る。そこには立派に咲いたトマトの写真があった。
「すごいね」
俺に見せているようで、頷くとヨーちゃんはぱぁっと顔を綻ばせた。
目線を下げる為に屈んだのだが、テーブルに肩が触れたらしい。
何か硬いものに当たった。
「……?」
暗がりの中で、タッパーのような入れものに入った黒い塊を見る。
なんだろう、と思っていると瀬戸さんが
「あぁ、生姜だよ」端末を見せて来た。
「ほら、これな」
「……生姜、を煮たもの?」
「そうそう、そんな感じ。このまえ近所の人に貰ってさ」
画面には写真が表示されていて、確かに容器に入って「生姜」と書かれたものが存在している。
だけど、携帯にはSIMが刺さって居なかった。
電話としては使っていない個体を、カメラ代わりに持ち歩いているのか。
「SIMは」
「あー」
瀬戸さんは気まずそうにする。
「SIMはなぁ……うん。でも、wifiがあればメール送れるから」
「電話、使ってない?」
「うん、俺実は電話没収されていて、外界に連絡取れない身分なんだよ。なんとかネットは使えるから、じいさんとこからパスワード聞き出して……あっ、これしーっ、な?」
子どもみたいに口止めしてくる瀬戸さんに、俺は、わかりました、と一応頷く。
……連絡取っちゃいけない身分って一体何をやらかしたのだろう。
いや、でもwifiからこっそりメールを送ってるんだっけ。
(いいのかな……?)
なんか犯罪絡みで止められたとかじゃなければいいのだが。
……とりあえず、ブレーカーを見てこようと振り向く。
さっきからずっと横でしゃがんだままのヨーちゃんにぶつかった。
「ヨーちゃん、ちょっと退いて貰えないかな」
ヨーちゃんは何も言わない。
「こいつ、カタレプシーなんだよ」
瀬戸さんが言う。
「今は、マシな方かな。昔は好きなアニメとか見ながら観るの辞められなくてそのまま漏らしたりもしたから。バカタレとか言われてたよ。
悪いな、どうにか通ってやってくれ」
「はぁ……」
カタレプシーは、一定の姿勢をとると、その姿勢を自分の意思で変えることができず、長い時間同じ姿勢を保持する症状。
統合失調症の患者や心因性精神障害でみられる症状でもある。ヨーちゃんなりにも苦労があるのだろうか。
思ったより状況が長くなったなと感じながらとりあえず横を通る。
(カタレプシー……ね)
俺もときどき、何も見えなくなって会話も無くなってしまうけれど、そんな感じだろうか?
そのときは無理矢理動けては居るのでちょっと違うかもしれない。
2024/12/2219:00
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