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kangaroo court
存在しない記憶
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「此処って、監視カメラ無いんですか?」
「いや、多分あちこちにあると思うけど。来て早々、監視カメラについて考える人初めてだわ」
更衣室を出て廊下を案内される間、この後、奥にある部屋に行って偉い人に挨拶しなくてはならないと聞いた。
宴会はこの前参加したばかりだというのに、これも飲む口実じゃないかなんて瀬戸さんは言っている。
俺は、頭の片隅で監視について考える。
確かめてはないが、あの会社の監視もまだありそうだ。
「まあ、先に契約系の書類とか、あると思うけど……」
瀬戸さんが、労るように言っている。
「書類、部屋で書けますかね」
「そりゃそうじゃね? 個人情報なんだし」
そっか、個人情報って他人に見せないんだっけ。そう思ったらなんだか急に笑えてきた。
「うぉっ、どしたどした?」
瀬戸さんが驚いている。
「ハハッ、ハハハハハ!!」
それを見て更に笑えた。
なんだなんだ?と瀬戸さんは困惑している。
こういうときの気持ちって、なんて言うんだろう。
嬉しい? それとも、悲しい?
けど――
「あー! あー、わかった、わかった!」
すぐに納得したような表情を見せた。
「なんか、アレだろ、居たよなそう言うキャラクター!」
空気が止まる。
「あれだ、魔王なんとか…… あ、クラウド君みたいな名前のあれのモノマネだ! そういうことね!」
あー、あったあった、懐かしい。
「そういや似てるわ、ファイナルファンタジーとかに出てそう。うわ、びっくりしたー」
と彼が言うけど、俺はよく知らない。
懐かしいも、あったあったも、びっくりしたも、全部。
まるで急に彼の中から自分の存在が居なくなったかのように感じられて、
話せば話すほど、キャラクターの話にされてしまいそうで、急に空虚な気持ちになる。
「……今、俺が何を考えてるかわかります?」
ひとしきり笑って、俺は尋ねる。
「わかるわけねーだろ。界瀬じゃないんだから」
瀬戸さんがちょっと不気味がりながら言う。
「ですよね」
2024/12/028:06
それを聞いてなんとなく安堵する。界瀬は、俺が何も言わなくても察しているような、見透かしているような目をしていた。
彼の中には、自分は居たのだ。
彼の中にだけ。
……。
「でも、俺も何を考えてるかってのは気になるな。好きな漫画とか無いの?」
中々つかないな、と思いながら廊下を進んでいる横で、瀬戸さんは良い事を思いついたとばかりに目を輝かせて聞いてくる。
「好きな漫画と、何を考えてるかって関係があるんですか?」
俺が首を傾げていると、彼は慌ててフォローするように言葉を足す。
「あ、漫画とか読まない系? 好きな小説でもアニメでもいいけど。俺結構いっぱいあるよ」
「好きな物って、いっぱいあっても、いいんでしょうか」
頭の中で、雪が舞っている。
ひらひら、ふわふわ。
――――気持ち悪い!
あの人が、笑っている。
――――こんなもの書くな。わかった?
―――何に影響されたのかしら!
――――テレビも、本も、全部取り上げても! まだ未来が見えるの?
もう、
勘弁してー、
貴方の未来、そんなものがあるとつまらないからね
「…………色?」
あの人が、あの人が、笑っている。
「あぁ……」
俺も、笑っている。
「なんでも、無いです。ただ」
どう、言えばいいのだろうか。
「何か、好きな物を選ぶのは、それを、許されるのは、俺にはとっても、特別なので、その……考えた事、無くて。それは俺は選んじゃいけないから」
好きな物がいっぱいあって、それを当たり前のように選べる人が居る。
当たり前のように、いくつでも選んでいい人が居る。
自分がもしそんな生き方が出来る人だったら、きっと自分では無かっただろう事は知っていても、目の当たりにすると考えさせられる。
「そうなん? 毒親かなんか? 気にしなくても」
「いえ……そういうのでは。でも好きなものがいっぱいあるって、それを語れるのってどんな気持ちなんですか?」
「どんな、って話が合えば嬉しいし、その人の事も知りたいし、もっと話が出来るようになるなって」
瀬戸さんがやや驚いたように言う。まぁ、そんなところなのだろう。
「それが無きゃ、話出来ないもんですか」
「逆に、何が好きなの? あ、人以外で。普段何してるの?」
「事件の事考えてますね。あと、資料の片付けしたり。翌日持ってくデータを整理したり、その後また、立証されてない事柄をリストアップして、証拠になる物にどんなものがあるかって考えて、どうやってそのデータを得るか想像する……」
「一日中?」
「えぇ、一日中」
瀬戸さんが、マジか、と目を丸くする。面影が少し界瀬に似ていた。
「凄い、俺なら息が詰まっちゃうな」
「俺にとっては、漫画を読み続けるようなものですよ。普段からやってれば楽しいです」
「うーん、そ、そうか」
瀬戸さんも納得したらしい。
「まぁ、それならよかったよ」
と笑った。
「お前にも好きなものがいっぱいあって、それが、楽しいみたいで」
「……あ。それも、そうですね」
曖昧に笑ってみた。彼も笑っていた。
気を、遣わせたのかもしれない、とほんの少し気まずい。
同時に、ふと考えてみる。
きっと彼のような人に似合うのは、自分のように何も無い――――自分を何かで客観的に紹介する事すら出来ない程欠如した人ではなくて、
一般に流通するアニメや小説や漫画を沢山知っていて、外的な娯楽を客観的に楽しめる体質の、もっと世界中にありふれた普通の人なのだろう。
――――俺が普段から何を考えてるか
何も、考えないようにしている。
――――娯楽としてどんなものを好むのか
何も、考えないようにしている。
さりげなく、自分自身の事から仕事の話へとシフトしていったけれど彼は特に言及しなかった。
2024年12月8日9時56分
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