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kangaroo court
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「それで……心と未来の見分けがつかなかった、と」
「そうですね」
■■■
今、彼と二人、湯舟に浸かっている。
あれから、彼に引き留められた。
「どのみち今日はもう遅いし、偉い人に会わされるから風呂には入っておけ」と言われたり、改めて「それもそうか」と思い直したりなどして、そんな流れになったのだった。
手持ち無沙汰な俺たちはそのまま、懐かしい話をした。
幼い頃。
普通に生きることの意味さえ知らなかった頃。
『彼』に出会った話。
天才だと、才能だと、異質だと俺を異端視するたびに心が軋む音を立てていたけれど『彼は』絶対に止めなかった事。
それ自体が俺の心を全て否定するという意味そのものなのに、異端視した俺の救世主になりたがった。
「……元々、あんな会社なんかに利用する為の力じゃなかったんだ。子どもだから何もわからないと思って」
そう言うと彼は少し悲しそうに笑った。
「ははぁ、霊能者の悩みだね……証明するもしないも地獄」
彼は界瀬とは腹違いの兄弟らしい。
本家と分家にそれぞれ引き取られ、ほとんど会うことが無かったと言った。
「うちは父方の血かね。霊視が出来る人が多いよ。でも、やっぱり自分しか視えないからさ――病んでたな」
此処に住む中でも比較的若い方のようで、いろいろと気苦労が絶えなかったらしい。
「病んでる?」
「親がね」
彼は笑う。
そのどこか悲しげな笑い方は、界瀬と少しだけ似ていると思った。
「俺ら何々が視えた、とか変な人が居るとか何もないとこで言ってるからさ、よく精神病とか疑われて。俺らも口下手で説明出来なかったもんだから……不気味がられたりで、聞くだけで発狂するようにしちまった」
「危害がなきゃ何も無いように振る舞うことや黙ってることをやっと覚えだした頃、今度は毎回ヨーちゃんが」
「ヨーちゃん?」
「弟。俺の真似にハマってる」
「なるほど」
「瀬戸君◯◯視えたって!みたいな俺の近況報告するようになったから、またそれ聞いた母親が毎回発狂しだして……ヨーちゃん、俺のこといちいち母さんに報告せんでいいよって言うのに」
家族が仲がいいという感覚は俺にはよくわからないけれど、
皆で同じ気持ちを共有する為に書いたものを見張ったり、組織を動かす為に書いた内容を報告したりするようなものじゃないんだろうな、と思うと少し羨ましいというか、物珍しく思った。
――――もう少し話を聞いて居ようかと思ったときだ。
ぽつ、と頬に水滴が当たるのを感じた。その後も気付いたときにはど
んどんと雨粒が降って来る。
「雨だ……」
露天なので、雨が降ると冷えて来る。
「そろそろ出ますか」
彼も俺も暗黙の了解のように湯船から上がった。そのときだった。
「ネギを盗んだなぁーーー!!」
外から幼子の大声が響いた。
「ヨーちゃん聞いたんだからね! ネギを盗んだんだからね!」
走り回っているらしく廊下の木を踏むどたどたと言う音がする。
「なんでネギなんか盗むのーっ!」
「……ねぎ?」
「あぁ、母さんがまた、同じタイミングで泥棒騒ぎ起こしてるな」
同じタイミングとは、と聞くより早く浴室のドアが開く。
「ヨーちゃん。ネギ盗んだの聞いたからね!」
まだ小学生くらいの男の子が小走りで向かって来た。
「地獄耳なんだよ。こいつ」
彼――瀬戸さんは、悲しそうに言う。
「悪い……こいつが今日来てると思わなかった」
「ヨーちゃん。聞いたからね!」
小さな顔いっぱいに笑みを浮かべてヨーちゃんは繰り返す。
それを適当にいなしながら、もう俺らも上がるからと言い聞かせている。
脱衣所まで進んでいると、ややあってヨーちゃんが俺の方を見た。
「……?」
不思議そうにしている。
「こんにちは」
ヨーちゃんはそれには答えない。
ネギ!とだけ言って、脱衣所も飛び出して何処かに走って行った。
2024/10/2119:30
「……?」
なんだったのだろう。と、思いながら、籠に用意されていたタオルで体を拭く。洗面台と籠がいくつかあってこの部屋だけでも界瀬が住んでいたあのアパートの何倍も広かった。
(……でも、少し寂しい)
なんて思ってはいけないのに、界瀬の事をまた思い出している。よくないと思う。
「あいつ、障がいがあるんだよ」
瀬戸さんが言いながら洗面台に立ち豪快にドライヤーを当てながら言った。
……さっきのヨーちゃんの事だろうか。
「だから思った事は何でも口にしちまうんだ」
彼なりに苦悩しているらしい。
ヨーちゃんは脳に少し障がいがあったが、母親は健常者として育てる事に拘り普通の学校に行かせている。読み書きは普通に出来なくもないようだけど、
ただ、極端に感情のコントロールが出来なかった。
毎回彼の部屋に来ては真似をする。追い出してもついてくる。
少し何かが視えたりトラブルを聞くと彼以上に怒り、泣き喚いて必ず母親に報告に行った。
「本人に悪気は無いんだろうけど、俺に何かあったらすぐ母さんに報告してりゃ、当然発狂させてしまってな」
彼のドライヤーを持つ手が震える。
「何も見せたくないのに。放って置いて欲しいのに、俺の話なんてしないで欲しいのに」
今にも折れてしまいそうに頼りなく、悲しい背中。
表情は髪で見えなかったが、たぶん悲しみのような怒りのようなものを浮かべているのだろう。
それに、ふと、昔の自分が重なる。
「何もしなくていい、って言っても、構ってやらないからだと構っても、
関係無く報告は続くんだ。母親に聞かせるんだ。
もう問題無くなったって言っても、笑ってみてもだめで――――」
報告、報告、報告。
彼の言う報告、ヨーちゃんの地獄耳がどういったものなのかはわからなかったけれど、少なくとも彼一人でどうにかできる範囲を超えて、報告が続いているらしい。恐らく、空気や他人の感情を読む事も出来ないのだと思った。
「気にしないでくれるのが一番なのに。『瀬戸君の為だよ!なんで酷い事言うの!』って。なんで俺がこんなこと言われなくちゃいけないのか、俺がどれだけ気を遣って来たか」
ヨーちゃんの報告によって、母親が発狂するだけの日々に戻ってしまった。
それが障がいだと分かっていても気が狂いそうになるという。
「……悪い。こんな話、聞かせても、仕方ないね」
他人にしか笑顔を向ける価値が無いから、他人は好きだと彼は笑った。
2024年10月23日15時37分
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