かいせん(line)

たくひあい

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kangaroo court

kangaroo court

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……
どうしようか少し迷ったけど、見るだけでもと暖簾を潜った。
入ってしまえば彼女はついてこないだろう。


 引き戸を開け、裸にならず脱衣所を抜けてみる。
星空の下、目隠しを兼ねた竹垣の囲む道が数メートル続いている。
街明かりがない分綺麗に見える空は大きくて、少し怖い。

「なんだか、変な気分」
振り向いても彼女は居なくて、ちょっと気がゆるむと同時に、モヤモヤとした気持ちになった。


……もし、界瀬たちとこういうところに来られていたら別の感情だった? 

ふと、頭に過ぎる光景。
苦笑する。
帰る場所なんて何処にもない。
過去も未来も、これまで全部会社の道具だったものを、これからは守れるだろうか。



2024/09/251:30






「……はあ、なんか本当に風呂に入りたくなって来たな」
温泉? 湯船?
どちらかわからないが、せっかく来たのでこの先を見てみたい。
それから入るか考えてみよう。


淡い外灯の光に照らされる足元が、じゃりじゃりと音を立てる。
 左右に何故か枯山水の庭園。
たぶん高そうな苔蒸した大岩があちこちに置かれている。
その先に――――

「……」

短髪で着物の男性が、渦高く積んだ砂の上に棒を立てて眺めていた。

「棒倒し、知ってる?」
「……はぁ」

まだ20~30代だろうか、爽やかな好青年と言った感じではあるがどこか飄々としていて界瀬とはちがうつかみどころのなさを思わせる。
それが、枯山水の真ん中で棒倒しを開催している。

「……その石? 砂?とかって、高いんですよね。棒倒しなんかしていていいんですか」

一応聞いてみると、彼は愉快そうにはっはっはっはっは、と笑った。

「このくらいで壊れるもんじゃないし、此処は美術館でも富豪の家でも無いから、平気平気」

「そうですか」

まぁ、彼がそれで良いなら口を出す必要もないかもしれない。
「――――君を待っていたよ」
「……此処で?」
「あぁ。此処に来るってヴィジョンが視えた」
「……なるほど」

彼は、霊視系の人、か。
「界瀬君は来なかったのかい。みんなで棒倒ししたかったんだけど」
「いえ、来てないです」
距離感を測りかねている間にもどっかりと砂の上に座って砂を積み上げている。此処で界瀬も棒倒ししていたらかなりシュールな図だっただろう。

「あいつは、こういうとこ、嫌いみたいですからね」
「知ってる」

 彼はそれだけ言うと、掌で砂を少しすくった。
次どうぞ、と勧められて砂をすくう。
棒は倒れない。

「――――あの日、皆が言ってた式場跡地、実は宗教施設を作ろうとしてる計画があるのは知ってるかい? 政治家や各界隈の有力者、裕子さんたちがそれぞれ出資するつもりだ」

砂が削られる。

「そう……ですか」
どう、答えて良いのかわからなかった。
彼らは禁断の領域に踏み込み、虚構と現実を混ぜようとしている。
それは明らかによくない事で、自分たちの存在に関わる。
そんな事はずっとわかっている。
証明できない神を狩り、自分達を消し去ってそこに居座る気なのだ。
――――始まりの日と同じように。
神が戦争の、延いては国家転覆の引き金になる。
だからこそ、渡してはいけないのだと、分かっているのに……足がすくむ。


  俺は既にIPSの情報を目にしてしまっている。
『あんなものを生み出して、能力者を人工的に作ろうとしている』
倫理なんて幾ら規定しても、裏で、他国で行う者も居るのだ。
あれが国家規模の計画だとすれば、そのうち自分の手に負えなくなるだろう。

 ――――幼い頃を思い出した。
何も描けない頃。
思考と感情を止め、呼吸が出来なくなりそうな空気の中で過ごした。
あんなものを誰でも持ってしまえば、必ず欠陥が生れる。
 自分だって、大人になった今でさえ制御に苦心しているのに。

「……人が異形を求めたのは、その場所に人を見立てて殺さない為だ。居るかどうかなんて本質じゃない」

「だけど、裕子さんたちはそうは思っていない。神は人に宿り、人こそが神で、それを殺す事も可能だと」
彼が、言いながらまた、砂を削っている。


――――存在そのものの重み、実在性。それは同時に収益に変わる、か。
自分とは違う考えだが、押し付けられたところで相反する別のものである。

「まぁそういうのじゃないとカルトなんて出来ないだろうけどな」
なんとなく界瀬の事を思い出した。
何故なのかは、わからなかった。

 棒が微かに傾いたところで「それで……何故俺を待っていたんです?」と尋ねてみた。

「んー、そうだなぁ。俺って、どことなく界瀬君に似てるでしょ」
彼はニヤニヤと笑い、掠れた声でそう言った。

それは確かにさっきから薄っすらとは感じて居た事だった。
髪色や身長こそ違うものの、どことなく、あの掴みどころのない雰囲気を持って居る。
「さぁ、なんででしょう?」

「帰ります」

「えっ、ちょっと待って、帰らないで」

背を向けようとした俺の腕を彼が掴む。
2024年10月5日10時55分


















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