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kangaroo court
kangaroo court
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懐かしい、遠い、昔。
「また、熱が出たんですって?」
――――情けないわねぇ。
「何度も病院に行ってるのに……」
――――何処にも異常は無いんでしょう?
「ほら、若いうちって、ちょっと学校に行きたく無いとか、そういうのでも熱が出たりするじゃない?」
怠け病なのよ。
襖の向こうから母親の声が響いている。
心の声が、響いてる。
俺はそれを聞きながら目を覚まし、ゆっくりと身体を起こして、布団から起き上がる。
見慣れた光景。
「また……行かなかった」
小学校の頃から休みがちだった。
――――その頃は、少なくとも病んで居たわけでも無かったし、学校が嫌いだったわけでも無かったけど、休みがちだった。
(先生が……)
意味の分からない夢を見ることがよくあった。
この前も、そうだった。
(……先生が)
「そういえば、まだ、捕まってないんでしょ? 児童誘拐殺人の、犯人」
そーっと、音を立てないように畳を歩いて、襖の向こうを覗く。
隣の部屋で母親が電話をしているのを確認して、小さくため息を吐く。
また愚痴られてる。
「……」
はいはい。まぁ、どうせ怠け病ですよ。
当時、俺の地域では児童誘拐が流行っていた。
放課後に帰宅途中の子どもが行方不明になり、殺されて広場に置かれたりする事件が起きていたのである。
犯人は未だに不明なまま。
母さんたちが、困ったわね、と頻繁に世間話に花を咲かせている。
(早く止まないかな……)
俺は、当時その空気が嫌いだった。
ニュースも新聞も、その話題で盛り上がる周囲の人間も嫌いだった。その報道が世間で大きく話題になることも。
何より学校で騒いでる奴らと居るのが特に苦手だった。
テレビや周りの人しか情報源の無い母親と違って、彼らは常に自発的に新たな情報を仕入れてくる。
ずる休みしたついでに、昼まで寝ていたので、今の時刻は12時。
ずっと寝てたから腹が減った。
冷蔵庫に何か食べられるものがあっただろうか、と考えながら俺は廊下を歩く。
数分後、台所からプリンを見つけて来て、戸棚にあったスプーンも手に、
部屋に戻る際、ちょうど電話を終えた母親と、目が合った。
俺の母は、有名な占い師だ。
家の詳細は省くけれど、それなりに大きな家だった。
「界瀬。明日は学校行くのね?」
怒っているらしい母に
断定的に聞かれて、俺は曖昧に、うん……と、応える。
「母さんも。あんなニュースの話ばっかり、しないでよ」
そーっと、進言してみると、
「私が何の話をしようと、自由でしょ?」
口答えと感じた母が、むっとして強く言い返す。
近頃仕事でピリピリしているらしい彼女は、最近やけに俺にも厳しかった。
「ニュースやワイドショーは、私の生きがいなの。あんたもそれに食わせて貰ってるんだから」
説教が始まると、俺は慌てて部屋に駆け戻った。
「あーあ、あんな事件で盛り上がるから、母さんも、クラスメイトも嫌な感じ」
布団に座ってプリンを食べる。
家にいると事件の事で緊張することも『アレ』を見る事もなかった。
「なんて……まさか、言える訳ないよな」
――――いつからだったのか。随分前から、
俺はサイコメトラーをしている。
サイコメトリーを持つ人間は、少数らしい。
だから、俺は表立って喋ったことはないけれど。猟奇的な事件などで社会的な空気が悪くなると、世間のそれにあてられることが多く、
ときどき、報道だけでも体調が悪くなった。
――――サイコメトリーを持つどれだけの人間がこんなに感じやすいのかはわからないけど、俺は少なくとも、悪い影響を受けることがあった。
小学生だった俺の最近の悩みは、事件の報道で空気が最悪ってだけじゃない。
(先生を見るたびに、血だらけの断片が視えるなんて)
先生が見れなかった。
「――う……」
思い出すと吐き気がして、廊下の洗面所に向かう。
口をゆすぐ。
別にずる休みでいいんだ。
母さんたちにそんな事を一々気取られるわけにもいかない。
クラスの奴らも笑うだろう。
今だったら、HSPとか呼ばれて、繊細さん、とか言って馬鹿にされるに決まっている。こんなの、恥ずかしい。
恥ずかしい。
「なんか、悪いニュースとか見ると、体調が悪くならねぇ?」
前に、誰かに何気なく、冗談めかして打ち明けた。
そしたら、瞬く間にみんなが笑った。
「お前まで体調崩したらどーすんだよ!」
「そんなキャラじゃねぇだろ!」
「ウケる!腹出して寝てたからじゃね?」
――――繊細さは異常なのだ。
俺は悟った。
俺はもっと馬鹿みたいなことをして、意味不明にふざけて居なくては、
教室にも居られない。この上、事件のあとから先生を見ると嫌な空気を感じるんだなんて言えば大爆笑されてしまう。
それから大人になった俺はいろいろあって事務所で働き始めた。
……のだが、初仕事の数日後に早速体調を崩した。
「誰かの心に触れると、誰かの心が流れ込んで来るだろ。
俺もそれに同化しそうになるんだ。それで、それをギリギリのとこで拒絶したら、気分が悪くなったり熱が出て……」
俺の頭に恐る恐る、冷えたタオルを乗せながら色がきょとんと、俺を見た。
「それで?」
真顔だ。
「それで、って。今の、笑うとこだろ?」
俺は少しびっくりして聞き返す。
「いや、何処が?」
色もびっくりしている。
「何でそんな事で笑う必要がある? ホラー映画で気分が悪くなる奴も居るし、リアルな事件で気分が悪くなるのは当然だろう。
それにあんな変なファイルを長々と咀嚼して、解決のために無理したんだから、熱くらい出るだろう。俺だってまだちょっと気分悪い」
「そっか……当然、なのかな」
そのとき、今までなんとなくもやもやと心に掛かっていた霧が、すっと晴れたような気がした。
そんなキャラじゃないとか、俺まで体調を崩すのは変だとかいう奴は『此処』には居なかった。
2023年12月27日9時20分
「また、熱が出たんですって?」
――――情けないわねぇ。
「何度も病院に行ってるのに……」
――――何処にも異常は無いんでしょう?
「ほら、若いうちって、ちょっと学校に行きたく無いとか、そういうのでも熱が出たりするじゃない?」
怠け病なのよ。
襖の向こうから母親の声が響いている。
心の声が、響いてる。
俺はそれを聞きながら目を覚まし、ゆっくりと身体を起こして、布団から起き上がる。
見慣れた光景。
「また……行かなかった」
小学校の頃から休みがちだった。
――――その頃は、少なくとも病んで居たわけでも無かったし、学校が嫌いだったわけでも無かったけど、休みがちだった。
(先生が……)
意味の分からない夢を見ることがよくあった。
この前も、そうだった。
(……先生が)
「そういえば、まだ、捕まってないんでしょ? 児童誘拐殺人の、犯人」
そーっと、音を立てないように畳を歩いて、襖の向こうを覗く。
隣の部屋で母親が電話をしているのを確認して、小さくため息を吐く。
また愚痴られてる。
「……」
はいはい。まぁ、どうせ怠け病ですよ。
当時、俺の地域では児童誘拐が流行っていた。
放課後に帰宅途中の子どもが行方不明になり、殺されて広場に置かれたりする事件が起きていたのである。
犯人は未だに不明なまま。
母さんたちが、困ったわね、と頻繁に世間話に花を咲かせている。
(早く止まないかな……)
俺は、当時その空気が嫌いだった。
ニュースも新聞も、その話題で盛り上がる周囲の人間も嫌いだった。その報道が世間で大きく話題になることも。
何より学校で騒いでる奴らと居るのが特に苦手だった。
テレビや周りの人しか情報源の無い母親と違って、彼らは常に自発的に新たな情報を仕入れてくる。
ずる休みしたついでに、昼まで寝ていたので、今の時刻は12時。
ずっと寝てたから腹が減った。
冷蔵庫に何か食べられるものがあっただろうか、と考えながら俺は廊下を歩く。
数分後、台所からプリンを見つけて来て、戸棚にあったスプーンも手に、
部屋に戻る際、ちょうど電話を終えた母親と、目が合った。
俺の母は、有名な占い師だ。
家の詳細は省くけれど、それなりに大きな家だった。
「界瀬。明日は学校行くのね?」
怒っているらしい母に
断定的に聞かれて、俺は曖昧に、うん……と、応える。
「母さんも。あんなニュースの話ばっかり、しないでよ」
そーっと、進言してみると、
「私が何の話をしようと、自由でしょ?」
口答えと感じた母が、むっとして強く言い返す。
近頃仕事でピリピリしているらしい彼女は、最近やけに俺にも厳しかった。
「ニュースやワイドショーは、私の生きがいなの。あんたもそれに食わせて貰ってるんだから」
説教が始まると、俺は慌てて部屋に駆け戻った。
「あーあ、あんな事件で盛り上がるから、母さんも、クラスメイトも嫌な感じ」
布団に座ってプリンを食べる。
家にいると事件の事で緊張することも『アレ』を見る事もなかった。
「なんて……まさか、言える訳ないよな」
――――いつからだったのか。随分前から、
俺はサイコメトラーをしている。
サイコメトリーを持つ人間は、少数らしい。
だから、俺は表立って喋ったことはないけれど。猟奇的な事件などで社会的な空気が悪くなると、世間のそれにあてられることが多く、
ときどき、報道だけでも体調が悪くなった。
――――サイコメトリーを持つどれだけの人間がこんなに感じやすいのかはわからないけど、俺は少なくとも、悪い影響を受けることがあった。
小学生だった俺の最近の悩みは、事件の報道で空気が最悪ってだけじゃない。
(先生を見るたびに、血だらけの断片が視えるなんて)
先生が見れなかった。
「――う……」
思い出すと吐き気がして、廊下の洗面所に向かう。
口をゆすぐ。
別にずる休みでいいんだ。
母さんたちにそんな事を一々気取られるわけにもいかない。
クラスの奴らも笑うだろう。
今だったら、HSPとか呼ばれて、繊細さん、とか言って馬鹿にされるに決まっている。こんなの、恥ずかしい。
恥ずかしい。
「なんか、悪いニュースとか見ると、体調が悪くならねぇ?」
前に、誰かに何気なく、冗談めかして打ち明けた。
そしたら、瞬く間にみんなが笑った。
「お前まで体調崩したらどーすんだよ!」
「そんなキャラじゃねぇだろ!」
「ウケる!腹出して寝てたからじゃね?」
――――繊細さは異常なのだ。
俺は悟った。
俺はもっと馬鹿みたいなことをして、意味不明にふざけて居なくては、
教室にも居られない。この上、事件のあとから先生を見ると嫌な空気を感じるんだなんて言えば大爆笑されてしまう。
それから大人になった俺はいろいろあって事務所で働き始めた。
……のだが、初仕事の数日後に早速体調を崩した。
「誰かの心に触れると、誰かの心が流れ込んで来るだろ。
俺もそれに同化しそうになるんだ。それで、それをギリギリのとこで拒絶したら、気分が悪くなったり熱が出て……」
俺の頭に恐る恐る、冷えたタオルを乗せながら色がきょとんと、俺を見た。
「それで?」
真顔だ。
「それで、って。今の、笑うとこだろ?」
俺は少しびっくりして聞き返す。
「いや、何処が?」
色もびっくりしている。
「何でそんな事で笑う必要がある? ホラー映画で気分が悪くなる奴も居るし、リアルな事件で気分が悪くなるのは当然だろう。
それにあんな変なファイルを長々と咀嚼して、解決のために無理したんだから、熱くらい出るだろう。俺だってまだちょっと気分悪い」
「そっか……当然、なのかな」
そのとき、今までなんとなくもやもやと心に掛かっていた霧が、すっと晴れたような気がした。
そんなキャラじゃないとか、俺まで体調を崩すのは変だとかいう奴は『此処』には居なかった。
2023年12月27日9時20分
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