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chain stocer
プリンセス
しおりを挟む少し足早に来た道を戻る。
さっきのことが脳裏に焼き付いて離れなかった。
イライラする。
今まで関わって来た奴らも腹の内では碌な事を考えて居なかったし、なんでこいつが上司なんだという無能も見て来たけれど、それでも、それより上が居るとは思いたくなかった。倫理観なんて、無い奴には全く存在していないんだ。
そういうことも可能性として有り得るはずなのに、どうしても俺の脳内がそれを深く考えることを拒絶している。いつも笑顔で居たいのに。
「……っと、考えすぎは良くないんだったな。結局あそこにはセブンエンドは出てこなかったけれど、一応他の場所も探しておくべきか」
色が居そうなところを想像して、脳内に地図を描く。途中で妙な声を拾った。
――――此処に、プリンセスが来てるらしいですよ。
プリンセス?
そんな大仰な……と、千里眼を使うのは一旦
止めて──耳を澄ませる。
――――プリンセスとは、いやはや……何処のご令嬢かな
――――橋引のお嬢さんですよ、ほら、……の発明で、……を軽量化したっていう……の
――――あぁ。
橋引!?
人を王子(笑)とかホスト(笑)とか散々からかってるあの女が?!
失礼なことを考えていると、
──まぁ、あの親父さんがね、
と、潜めた声が続いた。
橋引の家はある家系らしいだとか。
祖父は発明家だったそうなのだが、悪い男に『それの特許を代わりに申請してやる』と、唆されて設計図を奪われ、その男の発明とされたことがあり、企業が隠蔽する為にあれこれ行われただとか断片だけでも不遇な話だった。
────娘さんの方も
────えぇ。何度か連れて来ようとしたんですけど……
────あの怪力を移植出来れば……
「────」
呆れて、ため息すら吐けなかった。
此処には録な人間がいない。
別に人間に期待してるわけじゃない。けど……橋引があの性格になったのもこのような軋轢があってのことなのだろうか。
信じられないことに、実はH.S.P研究のように、能力があれば人権は要らないかのように扱う奴が多くいる。
ちなみに、HSPというと、極度に繊細な人間の俗称になっているけれど、俺はあれには反対だ。
例えば虐待を受けた子どもがいつもびくびくしているとしても、それは危機を察知するための反応なわけだが、
「HSPでしょう。繊細過ぎますね」と大人が事実確認を無視し、性格として事情を改竄しかねない。
不登校や感覚過敏、霊感体質も同様に、周りが気軽にHSPだと言えば、まるで、繊細な自分自身が悪いかのように捉えるかもしれない。
そんなつもりは無くとも、厨二病の亜種のように思っていただけとしても、『繊細過ぎる』という言葉は、実は当事者には重く、痛く、
心に傷をつけかねない言葉なのだ。安易に使って欲しくはない。
(周りの心が怖くて、逃げ回ってた俺みたいにな……)
うっかり嫌なことまで思いだしかけたが、そんな場合ではないのだったか。
──無意識のうちに目を閉じてじっと考え込んでいると、脳裏にホールの映像が浮かんだ。
色が、どこかの爺さんたちと席を囲んでなにやら話している。
けれど、何を話しているのかまではわからない。寝ているときにたまに夢で感じるくらいで、こういうとき必ずしも詳しくわかるとは限らないのがもどかしかった。
いや、普通の人間はそもそも超感覚的知覚なんか持ってないか……
こういう言い方もなんだが、
能力者が限られるからこそ、それは俺たちを繋ぐ絆だったんだ。
理不尽に社会から疑われたとき、化け物扱いされたとき、
居場所をなくしたとき、
俺たちが出会い、支えあえたのは奇跡だった。こんな社会だからこそ、仲間に出会えるのは限りない幸運で、だからこそ唯一無二だった。
だから……ただでさえ非人道的なことを研究しているのもあるが、
無理矢理H.S.P研究なんか始めて、俺たちのコミュニティに入り込もうとするのが許せないというのが本音にある。
しかも細胞を弄るようなズルをしてまで……痛みも苦しみも──『犯罪者でもないのに社会から孤立する』苦悩を何にも経験せず──何にも知らずに「なんかいいから」と
倫理を無視して卑怯な手で普及させようとすることが自分たちの存在に喧嘩を売っているように見えるのだ。
しかも軍事研究に回されるのは言われなくともわかる。
「──って、あぁ!イライラし過ぎてまた考え込んじまった」
はっ、と我に返るとホールに向かって廊下を歩いた。
色が居る。
藍鶴色。夜明けの色。
すぐそこに。会いに行けば届くところに────
考えていると自然と口元が緩む。
────好きだよ、藍鶴色。
2023年6月21日21時08分
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