かいせん(line)

たくひあい

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 ――――そこから、数秒間の、記憶がない。
いつの間にか、アパートから少し歩いたところにある公園に来ていた。
ベンチに座った彼女は、ボーっとしている。
ボーっとしながらも、たどたどしく、記憶をたどるように状況を口にした。

「まさかケントが、ずっと私をストーキングしていて、」
「ケントは私と付き合っていると勝手に思い込んでて、ずっと見張ってた。それ、知らなくって……」
「近所に居たあいつを、知り合いだからって彼氏だと思い込んで、勝手に恫喝していたなんて……」

 
聞き入っていると、彼女はコーヒーの缶を飲みながら、どこか遠い目で笑った。

「ありがとう。お兄さん。もめ事に慣れていたみたいだけど、警備か何かの人?」
「……まぁ、そんなとこ、かな」

 話を上辺だけ聞く限りでも、やっぱりケントとかいうのは、かなりイッてしまっている。ストーキングで彼女だと思い込んでいるだけでもどうかしているが、その彼女に女は嘘を吐くからななどと暴言を放ちまくっているのも謎過ぎる。いったい何がしたいんだろう。とても彼女に対する態度じゃなかった。
 喉の奥に苦いコーヒーを流し込みながら、俺は尋ねた。
「ケントとは、どういう知り合いなんです?」
「知らない……言いたくないとかじゃなくて。ケントが誰なのか。知ってるのは名前だけ」
「そうですか。調べる、とか言ってたし、なんか、その」
「そうですね、ちょっと怖いところの人かもしれない……」
「もしくは探偵や興信所を活用するつもりかもしれませんね、もう一人の彼は」
「彼氏でも何でもないです。ただ家が近いので昔……私といろいろとあって。塾とかバイト仲間かなんかの話と思ってもらえれば……その……」

 しばらくの沈黙。
「話したくないなら、別に」と、言いかけた辺りで、彼女は続けた。

「……奇行みたいなのがあって、他人に『遊びで』輪ゴムを食べさせてたり、いきなり怒鳴ってきても、こっちが我慢するように言われ続けていたことがあったり。
本人も覚えてないっていうんです。麦茶みたいに。
心の病気を持つ人だから、一緒に居るのが余計に嫌でした。覚えていない暴力を振るわれて覚えていない暴言を吐かれるのが、それが、病気で無かったことになるのが、本当に……

とにかく。携帯にあったのはその頃の日記です。彼が何をしても、彼の病気で許される現状が恐ろしくて、せめて、そういう状況があることが誰かに届いて欲しくてブログ形式で書き留めていたものでした」
「麦茶?」
またブログか、と思うよりも先に、麦茶が気になった。
「麦茶、というハンドルネーム……どこかで、聞くことがあれば調べてみてください」
「わかった」

 彼女を見て居ると、なんだか自分のことや、事務所のことを思いだす。
『証明してみろ』と言われ、『許してやれ』『仕方なかったんだから』と言われ、いつも自分の気持ちがないがしろにされてきた。
辛い気持ちをどこかに吐き出せば、それすらも馬鹿にされ、こき下ろされる。
ケントが叫んでいたのも、その類のことなのだと思うと、同情を禁じ得ない。

「意味がわからないけど……ストーカーを生業としていたケントが突然彼氏面で乗り込んできて、
 さらに加害者に、彼氏面でにらみを利かせて、身に覚えのないことを言われたという発言を受けて仲良くなり、
一方的に今度はあなたを恫喝している?」
「そうです、みんなそう。やっていることは恫喝や弱みを握ってるだけ……その提供元になっている人が居るだけ。それを強さだなんて間違ってる」


2022年8月7日21時23分

















「誰も、私の心を、心だと認めてくれない」

だれも、俺の心を、心だと認めてくれない。

「みんな、あの人の被害に合った人は、みんな同じ被害者の名前で呼ばれる」

みんな、あの人の被害に合った人は、みんな同じように『未来』と呼ばれる。

そこに、心があったはずなのに。

「そこに、私が居たはずなのに。被害者はみんな『めぐみ』って呼ばれて居るんですよ」




・・・・・・・・・

薄々予想していたが話を聞くうちに
 これも、ブログに関わる事件だったのだが、でもあまり他の人に言いたくないとのことなので、聞くだけに留めて置く。

 ただでさえちょうどその時期は、誘拐を含めネットの出会い系などで知り合った男女の事件が相次いで起きており、動機と結びつけて語られた。
世間の親世代を中心とした大人たちは『これだからネットは』という目を向けていたし、PTAなどで出会い系が議題に上がるのは勿論、フィルタリングなども盛んに叫ばれた。オタク文化などと並んで悪印象がつきものだった。
たとえ他人だとしても『醜聞』を避けたかったのだろう。

 作家性をこじらせた「ジン」の執着がブログに移って行きつつあったその頃のことだ。


「ジンって、知ってる?」と聞いてみた。

「影法師っていう名前のブログ……もしかしたら知っているかもしれないけど。その頃に『ジン』とも知り合って……その頃は西崎ジンって名乗っていたのかな。このタイトルは、シチカちゃんが決めたものだけど」
「あぁ、違うんです、個人のブログは歌を――――そう、歌を……辞めちゃったんですけど……そのあと、ジンが流行り出して」
「なるほど」
「影法師はみんなでやってる交換日記みたいなものです。特に変わったところはありませんね。理由は細かくはわからないけど、急に私がストーカーに合うようになって、その頃にちょうどジンが歌うようになって。
彼、大体の内容が『陽炎』や『影法師』に拘ってたので
なんて言えば良いのか。どことなく不気味で、目が離せなかったっていえばいいのかな。何かを先回りするみたいな……まるで見張られているみたいな歌が多くて……」
「で、ケントは?」
「実は、私も聞きたいくらいなのですが、気が付いたらよく家の前をうろうろしてるとしか」
「うーん……」
「西崎ジンと、ケントの付きまとうタイミングは似てて、同一人物なのかもってよく思うんですよね。でも、ジンは音楽イベントでは顔出ししてるし。あれが、影武者だったら話が別なんだけどなぁ」



しばらく話して、アパートに送り届ける。
これが、『彼女』と話した最期の記憶だ。最期、最後に言ったことといえば、『ぜんぶめぐみさんにされてしまう』という事だろうか。
ブログに書いた内容を全部めぐみさんのこと、というタグを付けられてしまうのだ、と。ジンやケントは此処に居て、確かに彼女を脅迫していて、それでも表に出る話題、はなぜか彼女のことではなく『めぐみさん』になってしまう。

 実はあらゆる、世界中の被害者が『めぐみさん』と呼ばれているのが本来の被害の実情なのだという。
 めぐみさんが何者で、ジンやケントが何の為に一般の他人にまで絡んで『めぐみさん』を量産しているのか。

2022年8月12日5時20分















 『彼女』が表から姿を消し、アパートにも戻らなくなったことを知ることになったのは、それから、暫く経ったある日、事務所に来た電話だった。
 リュージさんからで、署内で行方不明として新たに扱われる人物として彼女があがってきたというものだった。
最期に会った俺が何か知らないかというのだ。

 俺は知っていることを語った。
「ケントがストーキングの常習犯であった」ということ。「被害妄想にとりつかれており、それ絡みの問題を起こしていた」「男を恐喝し、事前に口裏を合わせていた」

それから、西崎ジン。
それと──『めぐみさん』


「めぐみさん?」
送話口からのリュージさんの声がやや尖る。
「めぐみさんが、なにか」
「行方不明者の一人だ。随分前の……なぜ、今頃になって……別の事件で名前を聞くなんて」

 事情はわからないが、手慣れた様子からするに、これまでもずっと『めぐみさん』を都合よく造り上げ、他の事件を隠蔽することに成功してきたのだろう。きっと当の『めぐみさん』だって望まなかっただろうに。
 かつて世間を騒がせた誘拐事件の被害者の一人。一人、というが、行方不明者は本当はまだまだ居る。同じように、それか違う手口でどこかに連れ去られ、あるいは殺害されている可能性が高いという。 
『めぐみさん』
なぜか、彼女の名前ばかりが連日テレビに映る。他の被害者の情報は、なぜか、ほとんど話題にならない。もしかすると、他の被害者の情報も、誰かがめぐみさんにしてしまったのかもしれない。俺には知る由もないことだ。

「なにか相談しても、めぐみさんと言われる、とは言っていましたが……今の子が揶揄する話題では無いですよね」
「少なくとも、ケント、あるいは西崎ジンは、『めぐみさん』について何か知っている可能性は高いな」


 『あの報道』に上がることとなる、ブログのコメント等も仕組まれたものだったとするなら、それが、本当に、あの国が絡むものだったとするなら──
めぐみさん、が一種の記号で、都合の良いモデルケースでしかないとするなら──

「合成音声──声帯模写っていうのかな?」

真実は……どこにある?
隠された、その奥。


「やっていることは恫喝や弱みを握ってるだけ……その提供元になっている人が居るだけ」

『それ』が可能な、すぐには見つからない技術があるとしたら、大統領でも大臣でも女王でもなんでも手に入るのではないか。秘密裏にそのための技術が一般人で試験されているとしても、滅多なことがない限り、露見することがないだろう。


『ジン』というアーティストが現れたのは、彼女がブログをやめた後。
まるで惜しむかのようだ。

『女性の声』で、ギターを持って歌うジンは一躍時の人になる。もしも、彼女になろうとしたのだとするなら、ケントのストーキングと同じように、ある種の執着心を感じてしまう。
ストーキングしなければ手には入らないような、弱味や恫喝材料を、惜し気もなく世間に曝し上げることを、まるで自らの個性のように唄う。

──拉致した人に、成りかわるみたいじゃないか?


 りくさんが茶を啜り、一息ついた。
それから改めて言う。
「……界瀬さんの、お母様──彼女があの日、テレビで……占いをしましたね」
「──あぁ。プロデューサーだかスポンサーだかの意向としか思えない、偏った占いだったけれど」




2022年8月12日5時20分─9月23日AM6:48
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