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Oetling fleezing
Oetling fleezing
しおりを挟む夜中。
界瀬たちが会場を出てから到着した花子は、
エントランスで待っていた俺を見るなり
おはよー!と言った。
「あぁ、来たか。おはよう」
彼女はおっとりと頷きながら試験管の蓋を閉める。
「真っ暗な雰囲気、なんか恐いねぇ」
ポケットにいつも入れている、採取用のソレは、まだなにも入っていないが、緊張なのか、期待なのか。癖でつい開け閉めしてしまうのだろう。
「セブン……の出所はわかった?」
「これからだ、だから待ってる」
俺が状況を説明しようと口を開くより早く、花子はうふふと笑って会場の廊下を歩き始める。
二人だけでこうやって歩いていると、なんだか仕事中なのにちょっと浮かれたくなる。そんな俺を見透かしたように、彼女の方は移動中も平然と仕事の話だった。
「薬の取り締まりは某国ルートがまだ緩い。日本は中間地点にあるから経由しやすいんだろうね」
最近、某国とその国境沿いが戦争を始めたことにより、武器などの輸出が増え、どこもピリピリしたムードが漂っている。
そんななかで増えたのがもうひとつ。薬の輸出入だ。通常の消毒、止血、栄誉剤などの他、持病などの薬──それから、
「戦時中の士気を高める為に、痛みを麻痺させる為にも昔から薬は回っているから……儲けるなら此処も噛んでくるでしょうねぇ」
「なんかああいうのさ、感度が倍になるんだって? どんな感じなんだろう。知りたくないけど」
「菊ちゃんが言うとぉ、変態っぽいー!」
「おん? どういう意味だ?」
密売人が此処に来るとしても、薬を回している某国の関係者だろう。
相手国の口座は停止してしまっているので、直接の受け渡しは監査の都合がある。こういう場で取引した金額からの手回しというのも有り得る話だった。
「今からあいつら戻って来るらしいけど、取引っていうと、商社が付きものじゃん……あいつ、大丈夫かな」
「あ。宴会、始まるって! いこいこ!」
廊下の途中に見えてきた、←会場、の看板
を目にするなり、花子がはしゃぐ。
──『招待状』の紙は『よく見ると』透かしが施されている。
数字。夜の部の時間帯と踏んだ俺は密かに宴会で飲むのを、じゃなかった
、此処が夜にどう変わるのかを拝ませて貰おうと狙っていたわけだ。
「なんかスパイファミリーみたいだねぇ! 観たあれ? ちょっと私たちがネタにされてるみたいで面白ーい!」
「ファミリーでは無いだろ……」
夜中だからか変なテンションの花子を眺めつつ、昔の病弱さが、少しマシになっていることに安堵する。
「なんか、トト浦さんのとき以来、久しぶりじゃない? あの時もすごい燃えたよね。田辺君と、カルト宗教の子が面白かったな」
花子は素直で穏やかそうに見えて、ほとんど本音を話さない。
凄惨な殺人現場を見た時も、麻薬中毒の患者が暴れる姿でも、容疑者に見つかり自身が脅迫されているときでも、彼女は笑いながら面白いと言った。
悪霊や、変な物を毎日のように見続けているのだから、恐怖に慣れ続けるしかなかった彼女の感性も、静かに歪んでいるのだろうか。
(笑えるかよ……)と言うのもなんだかガラじゃないので、曖昧に微笑む。
「あまり騒ぐと目立つ」
思えばあのときくらいからか。宗教の介入。
最近は特にわざとらしいほどネタの流用などが目立つようになった。
性的指向に対する目は、時代とともに変わり始めたが、まだ超能力者に対する世間の目は厳しい。本人たちが嫌だと思っても、立証するものが無い。
表に出さないからと言って能力について傷つけるようなことが平気で行われることや、事件に巻き込まれることも多かった。きっとBPO も審議しないだろう。
会場からは酔っ払いの賑やかな騒ぎ声がしていた。ドアの向こうの様子が此処からも見えた。
4月7日PM3:12-2022年4月24日1時44分
各々が楽し気に宴会? なんだか密談なんだかの用意をする中で、数人の男たちが隅の方に集まって何やら深刻そうに話をしているのに注意を惹かれる。
隅の方、といっても入り口側の壁際、つまりすぐそばだったので、その姿はよく見えた。
着物姿の白い髭の怖そうな老人、優しそうな髪の薄い老人、中年くらいのスーツの男性……奇妙なのが、なぜか彼らの殆どの手に提げているバッグの中に天狗のような狐のような面があったことだったが、近くで縁日でもあったに違いないと、強引な解釈をする以外なかった。だって、上手く言えないが異様な空気だ。怖い。
良い歳のおじさん、おじいさんたちが、和やかな会場でひと際目立ち、謎の狂気をにじませているような気がする。奇妙な気迫が感じられた。
――――この他の特徴といえばこの手の人たちによくある、腕に数珠のようなストーンのブレスレットを付けていたくらいだが、これは彼らに限ったことでは無い。占い師にしても、他の術師にしても、石が好きな人が多いのだ。
理由はよくわからないけど、なんか落ち着くんだろう。俺もいくつかお守りで持っているものや、貰ったものがある。別に変な宗教の商売品ではなく、その辺のアクセサリーショップのものだけれど。いや、石の事は良い。
彼等の一人、スーツの中年男性が、徐に電話をかけ始めたのが気になった。
隣から花子が「どうしたの?」と声をかけているのにも気が付かないくらいに、なぜだか彼から目を離せない。
「――えぇ……前回は、あの山の行方不明者のことで。あのときは、色様はお元気そうで」
色様。
そんな名前の人物を、一人、思い当たる。他に、身近に同じ名前が居るようにも思えなかった。そうこうしているうちに会話が進んでいく。
「彼は、どうです? 例の事件以外に何か知って居そうですか」
色様、が何かを答える。数秒の沈黙。
「そうですか……」
落着き払った、やや寂しそうな声。
「でしたら、いちど、こちらに戻られては如何でしょうか。『彼』の情報も充分に手に入ったでしょう」
藍鶴色。そもそもは、あの事務所の所長が連れてきた『曰くつき』の男だ。
どんなことがあっていったいどうしてずっと事務所に居るのか、俺達でも詳しくは知らない。何かの事件のことを探しているのか。
「――――え? 戻らない?」
しばらく聞いて居たら、男たちが慌てだした。というか、俺たち、どのタイミングで中に入ろう。花子が「界瀬君の事かな?」と聞いてくる。俺は答えられない。そうなのだろうか。
「ですが……」
なにか説得しようとした男は、やがて、慌てたような、そして弱弱しい声で答える。
「えぇ……色様の心は、会社に、世界中にあります」
何度も言わせているかのような、やけに畏まった言い方だ。
「えぇ……魔除けの為に、仕方の無いことだった。会社もそのような方針です。それを壊すと……何社か、潰れるでしょうね」
どうやら、逆に向こうから説得をされているらしい。なんだかわからないが、気圧されている。だけど、どういうことだ?
魔除けの為に仕方の無いこととか、会社や、世界中に心があるとか。
彼自身、「俺の心は会社が持ってるから」は口癖だったし、
寡黙なやつで、事件に関する話題など以外では一言二言くらいしか話さない。
心を持っている、というのは何を意味しているのかまでは俺にはよくわかっていない。
会社だけではなく、世界中が持っているから、という言葉が意味するのは、
本人の中にはほとんどないということだ。
周りが持っているのに、本人は持っていないということだ。
花子がボソッと「あの子も、そうなんだ」と呟いた。
いつもにこやかな彼女にしては珍しい、悲痛そうな面持ちで続ける。
「私のこの目と同じだよ。ううん、同じでは、無いね。ねぇ、菊ちゃんも、覚えがあるんじゃない? 『一番最強の兵器は人間なんだって』 」
2022年5月4日3時58分
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