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Oetling fleezing
Oetling fleezing
しおりを挟む――――ねぇ、色ちゃん。
此処に来て最初の頃。
火事で家が建て直すまでの間、色ちゃんと事務所に泊まり込んだ。
食事は、給湯室で簡単に料理したり、あとカップ[D:40629]や菓子パンのときがあるくらいで思ったより普通。寝るときは、適当にその辺で寝ていたけど、慣れてくるとそんなに不便は感じなくなっていた。
夜の町は静かで、見慣れない部屋は寂しかったけど、色ちゃんが時々話し相手になってくれた。
やることがあると、疲れて他のことなど考えられないのも大きい。
――――ただ、仕事が特に無いときは、ひたすらに暇だった。
テレビはどうせ事件のことばかりだし、寝るか、外に出るか、『超・超能力捜査官1』を延々と読んでいる。娯楽がそれくらいしかない。
雑に今後処理する予定の書類があちこちに積み上げられている中で、なぜか一つだけあった漫画の本。
それも、私たちが生まれる何十年か前の本だ。
よれよれだし、ところどころかびてるし、でも、何度か補強したり接着剤が張りなおされていて、だから、もしかしたらなんらかの思い入れがあるのかもしれない、と思ったりした。
だから、わたしも何回も読んだ。
毎回のように刑事たちが宇宙人じゃないのかと疑われて、それでもどうにか誤魔化してる。事件よりそっちの方が大変そうだ。
まるで、私みたい。
此処に居る人たちも、みんなそうだったのかな。
そんなことを考えながら、此処のことや彼のことが、理解出来るのかもしれないと思って。
ただ、最後の話だけ『続く』で止まっていた。
1巻しかないと、ほとんど覚えてしまったし、続きが気になってしまう。
だからある日、思い切って聞いてみた。
「もう、何回も同じの読んだんだけどさ、これ、1巻しかないのー?」
「うん……此処には、それだけだよ」
彼はなんだか寂しそうにそう言った。
無表情なのに、私にはなんだか、そう見えたのだ。
「えっ、出版社や作者さんになにかあったとか?」
彼は、静かに首を横に振って、静かに答えた。
「前の先輩の忘れ物。だからこれだけ」
――――それは確かに嘘ではないと思う。
でも私が聞きたかったのはそんなことじゃない。
給料だって貰ってるのに、色ちゃんは家にも帰らないし、ホテルとかに泊まるのも見ないし、ずっと同じところに居てぼんやり窓を見ているか、ネットでなにか探しているか、寝てるだけだ。
本屋さんに行きたくないなら、ネットで買うことだって出来るのに。
「あっ、じゃあ、あたしが、続き、買って来ようか」
「要らない」
コミュニケーションがしたくて、提案した私に、そのときだけ、彼はやけに冷たく答えた。
「あ……ううん、なんでもないんだ。君はしたいことを、すればいい」
ただの、世間話のつもりだった。
何度か再販されているし、そこまで手に入りにくいこともない。
忙しくても、揃えたいなら揃えられるだろう。
ずっと、窓の外ばかり見ているのが、暇だからなんだ、とそう思いたかった。
ううん、私は、私が、今、どうしたいのか、考えたかったのだろう。
そう、ただ、私は、
「何か、遊びたいのかい。きみくらいの子が、何が必要なのか、よく知らなくって」
「あたし、色ちゃんがしたいこと、したいな。どうすれば、笑ってくれる? ねぇ、どうしたら、いいの?」
あの日からずっと、私の事ばかり。
だから、私は、色ちゃんのことばかり考えていた。
「さぁね、それがわかれば、苦労しないんだけど。俺は、いったい、なにがしたいんだろう、君を本屋に連れて行くくらいなら、できるかな」
「本屋、嫌いなの?」
苦笑いした彼を、私はまっすぐに見つめる。
窓からの日差しで、不健康な肌が柔らかく照らされている。
「この本だって……」
「さぁ。実際、好きなものがあるって、どんな気持ちなんだ?
俺にはみんなみたいな心が無いからな、
わからないんだ」
「心が無い、って、何?
冷たいって、こと? ネットも、嫌い?
ただ単に──私が、信頼できない?」
声が、震える。
不安定になっていく感情を堪えて、俯いた私の頭に、色ちゃんがそっと手を置く。
「どれも、はずれだ。――俺、本を、読むの、苦手なんだよね。漫画に限らず、小説でも何でも。他人からの感情が怖いんだ、なんてね」
そっと、手を差し出されて、私はその手に触れる。
「少し、歩こう」
昼間。
坂道の途中にある桜並木が、綺麗だった。
白昼夢みたいに、ぼやけた景色の中。
白い月。
色ちゃんと、なにをするでもなく、人通りの少ない道を歩く。
――――どうして1巻だけずっとあるの?
――――なんで、かなぁ……やっぱり、先輩の私物だから?
っていうのは、半分冗談なんだけど。前にも言ったように俺が、怪物だからさ。
――――ふふっ、なにそれ
――――心霊スポットに行くと、心霊体験しちゃうやつっているだろ?
――――あぁ。たまにいるね。霊能者とかが、よくテレビで言うやつ。
――――そんな感じ。だから、他人の本がほとんど読めないんだ。
変な夢とかばっかり見て、怪奇現象が多発して。気分が悪くなることもあって、
一回だけ間違ってしまったんだけどさ。
――――間違った?
――――いや、別に、間違いでも無いか。間違いでも勘違いでもない。
――――色ちゃん?
――――なるべく避けて関わらないようにしているうちに、無理やり読まされた事があったから、言わないのもよくないのかな、それとも、言う方が良いのかな、わかんないや。
でも、気を遣わせてしまったね。ごめん。
そう、そうだったんだ。
(だから、1巻しか、『読めない』?)
──読めないこともないよ。
でも良いことがない。
──良いこと、ね……
──影響を受けてるとか、利用している、とか理不尽な噂をばらまくだけだし、
──そういうこと、あったの?
──なんて言ったらいいかわからないけど、
ちょっとした付き合いで、本の感想を聞かれたときにね……見えたことを言ってるのに。
──そうなんだぁ……
──この前の、記事見た?
ああやって裁判で実物を公開処刑してさ。
あれで綺麗事語ってるんだから。
──あー、あれも、酷かったね。
能力は、補うためでもあるのに、頭ごなしに否定して、証拠は承認はとか言って……
勝った負けたって。
挙げ句、H.S.P!
──あんなのと一緒なわけないよ。
こっちは避けるのに必死なのに、社会生活でちょっと広告程度目に入るだけで、見えてしまうんだから。
受けたくて影響なんか受けない。毒電波と同じ。
……。まあ、娯楽なんて結局、空でも見てた方がマシだな。
──そっか、予知能力、だったね。
そうやって制御、してるんだ。
──あぁ。無駄に消耗したくない。
椅子のならびを眺めてる時間だって、窓を見るのだって、俺には充分に楽しい。
──なぜ椅子……
──。まあ、でもたまにはこうして他人の動くところを見ているのも、良いな。心って、こんなふうに、あるんだ。
「まさか、その後そこに、王子(笑)が出てくるとは思わないじゃないですかあっ!」
「そ、そーよねぇ……」
「うえーん、花ちゃん……花ちゃん……」
「私、橋ちゃんのそういうとこ、好きよぉ」
「ありがとう……」
「色ちゃんも、昔祖先に魔女だか神様が居るとか王がとか言ってたから……ある意味波長が合うのかも」
「え、そうなの?」
「らしいよ……ほら、前の調査のときに、白い服の人が、ぞろぞろ集まってたの、見たって、言ってたでしょ」
「あー、居たなぁ、そんなの」
「あれって、王政復古?だか目論む人たちらしいよ……前に菊ちゃん言ってたもん」
「えー、こわっ」
あとそれは天皇。
屋上に続く階段の踊場にきていた菊さんと花子さんに呼び止められたついでに、ガールズトーク?なう。
っていうか、魔女って何……。
「魔女は、心を凍らせているからね。心を動かしたら死んじゃったりして!」
花子さんが物騒なことを言う。
「でも、恋が呪いになったり、真実の愛が難易度高い呪いだったりはするよね……」
ちなみに、菊さんは、あいつら呼んで来るわ、と降りていってしまった。
「あの二人といえば、ずっと二人で話してるし! 車内も……、はぁ、わかっててもちょっと切ない……」
「王子様と色ちゃんは元気そうー?」
「うん……たぶんね……しかしブロンドで背が高いと王子様って、誰が言い出したんだろうね……」
「元気出してぇ~。今度一緒にイカリングカレー食べに行こう?」
「…………食べる。うぅ……」
でも、私もそうだったし、あの彼もそうだったというだけなんだろうということは、わかっている。
なんだか放っておけなくて、後先なんか考えずに力を使ってしまうんだ。
そんな色ちゃんが好きだ。
彼奴には教えてやらない。
最低な気持ちだ。
──彼が本心では憎んでいる、理解できない感情を、事情を聞いた私が彼に向けてしまうなんて。
恋はいつも、虐めでしかない裏切りだ。
犠牲になり奪われてきた感情を、見せつけるなんてそんな酷いこと、出来る?
だけど、断片的にでも、知らないだけで、本当は、あるのかな。彼には解るのだろうか。私は……
……いや。
「まあ、幸せならそれで良いか」
だから──私は何も言わない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
更新2022年3月19日3時32分
(※リメイクなので、最初の原案は結構昔2011年以前です(当時)
https://www.pixiv.net/artworks/96976364よりも前になります。
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