かいせん(line)

たくひあい

文字の大きさ
上 下
49 / 113
Oetling fleezing

Oetling fleezing

しおりを挟む

   ――――ねぇ、色ちゃん。






 此処に来て最初の頃。
火事で家が建て直すまでの間、色ちゃんと事務所に泊まり込んだ。

 食事は、給湯室で簡単に料理したり、あとカップ[D:40629]や菓子パンのときがあるくらいで思ったより普通。寝るときは、適当にその辺で寝ていたけど、慣れてくるとそんなに不便は感じなくなっていた。
 夜の町は静かで、見慣れない部屋は寂しかったけど、色ちゃんが時々話し相手になってくれた。
やることがあると、疲れて他のことなど考えられないのも大きい。

――――ただ、仕事が特に無いときは、ひたすらに暇だった。
 テレビはどうせ事件のことばかりだし、寝るか、外に出るか、『超・超能力捜査官1』を延々と読んでいる。娯楽がそれくらいしかない。
 雑に今後処理する予定の書類があちこちに積み上げられている中で、なぜか一つだけあった漫画の本。
それも、私たちが生まれる何十年か前の本だ。

 よれよれだし、ところどころかびてるし、でも、何度か補強したり接着剤が張りなおされていて、だから、もしかしたらなんらかの思い入れがあるのかもしれない、と思ったりした。
 だから、わたしも何回も読んだ。
 
  毎回のように刑事たちが宇宙人じゃないのかと疑われて、それでもどうにか誤魔化してる。事件よりそっちの方が大変そうだ。
まるで、私みたい。
此処に居る人たちも、みんなそうだったのかな。


 そんなことを考えながら、此処のことや彼のことが、理解出来るのかもしれないと思って。

 ただ、最後の話だけ『続く』で止まっていた。
 1巻しかないと、ほとんど覚えてしまったし、続きが気になってしまう。
だからある日、思い切って聞いてみた。


「もう、何回も同じの読んだんだけどさ、これ、1巻しかないのー?」


「うん……此処には、それだけだよ」
彼はなんだか寂しそうにそう言った。
無表情なのに、私にはなんだか、そう見えたのだ。
「えっ、出版社や作者さんになにかあったとか?」
 彼は、静かに首を横に振って、静かに答えた。
「前の先輩の忘れ物。だからこれだけ」
――――それは確かに嘘ではないと思う。
 でも私が聞きたかったのはそんなことじゃない。

 給料だって貰ってるのに、色ちゃんは家にも帰らないし、ホテルとかに泊まるのも見ないし、ずっと同じところに居てぼんやり窓を見ているか、ネットでなにか探しているか、寝てるだけだ。
 本屋さんに行きたくないなら、ネットで買うことだって出来るのに。
「あっ、じゃあ、あたしが、続き、買って来ようか」
「要らない」
 コミュニケーションがしたくて、提案した私に、そのときだけ、彼はやけに冷たく答えた。
「あ……ううん、なんでもないんだ。君はしたいことを、すればいい」

ただの、世間話のつもりだった。



 何度か再販されているし、そこまで手に入りにくいこともない。
忙しくても、揃えたいなら揃えられるだろう。


 ずっと、窓の外ばかり見ているのが、暇だからなんだ、とそう思いたかった。


ううん、私は、私が、今、どうしたいのか、考えたかったのだろう。




 そう、ただ、私は、


「何か、遊びたいのかい。きみくらいの子が、何が必要なのか、よく知らなくって」
「あたし、色ちゃんがしたいこと、したいな。どうすれば、笑ってくれる? ねぇ、どうしたら、いいの?」

 あの日からずっと、私の事ばかり。
だから、私は、色ちゃんのことばかり考えていた。


「さぁね、それがわかれば、苦労しないんだけど。俺は、いったい、なにがしたいんだろう、君を本屋に連れて行くくらいなら、できるかな」
「本屋、嫌いなの?」
苦笑いした彼を、私はまっすぐに見つめる。
 窓からの日差しで、不健康な肌が柔らかく照らされている。
「この本だって……」

「さぁ。実際、好きなものがあるって、どんな気持ちなんだ? 
俺にはみんなみたいな心が無いからな、
わからないんだ」

「心が無い、って、何?

冷たいって、こと? ネットも、嫌い? 

ただ単に──私が、信頼できない?」
 声が、震える。

不安定になっていく感情を堪えて、俯いた私の頭に、色ちゃんがそっと手を置く。

「どれも、はずれだ。――俺、本を、読むの、苦手なんだよね。漫画に限らず、小説でも何でも。他人からの感情が怖いんだ、なんてね」



  そっと、手を差し出されて、私はその手に触れる。
「少し、歩こう」






 昼間。
坂道の途中にある桜並木が、綺麗だった。
白昼夢みたいに、ぼやけた景色の中。
白い月。
色ちゃんと、なにをするでもなく、人通りの少ない道を歩く。




――――どうして1巻だけずっとあるの?
――――なんで、かなぁ……やっぱり、先輩の私物だから? 
っていうのは、半分冗談なんだけど。前にも言ったように俺が、怪物だからさ。
――――ふふっ、なにそれ
――――心霊スポットに行くと、心霊体験しちゃうやつっているだろ?
――――あぁ。たまにいるね。霊能者とかが、よくテレビで言うやつ。
――――そんな感じ。だから、他人の本がほとんど読めないんだ。
変な夢とかばっかり見て、怪奇現象が多発して。気分が悪くなることもあって、
一回だけ間違ってしまったんだけどさ。
――――間違った?
――――いや、別に、間違いでも無いか。間違いでも勘違いでもない。
――――色ちゃん?
――――なるべく避けて関わらないようにしているうちに、無理やり読まされた事があったから、言わないのもよくないのかな、それとも、言う方が良いのかな、わかんないや。
でも、気を遣わせてしまったね。ごめん。



そう、そうだったんだ。
(だから、1巻しか、『読めない』?)

──読めないこともないよ。
でも良いことがない。

──良いこと、ね……


──影響を受けてるとか、利用している、とか理不尽な噂をばらまくだけだし、

──そういうこと、あったの?

──なんて言ったらいいかわからないけど、
ちょっとした付き合いで、本の感想を聞かれたときにね……見えたことを言ってるのに。

──そうなんだぁ……


──この前の、記事見た?
ああやって裁判で実物を公開処刑してさ。
あれで綺麗事語ってるんだから。

──あー、あれも、酷かったね。
能力は、補うためでもあるのに、頭ごなしに否定して、証拠は承認はとか言って……
勝った負けたって。
挙げ句、H.S.P! 


──あんなのと一緒なわけないよ。
こっちは避けるのに必死なのに、社会生活でちょっと広告程度目に入るだけで、見えてしまうんだから。
受けたくて影響なんか受けない。毒電波と同じ。


……。まあ、娯楽なんて結局、空でも見てた方がマシだな。



──そっか、予知能力、だったね。
そうやって制御、してるんだ。


──あぁ。無駄に消耗したくない。
椅子のならびを眺めてる時間だって、窓を見るのだって、俺には充分に楽しい。


──なぜ椅子……
──。まあ、でもたまにはこうして他人の動くところを見ているのも、良いな。心って、こんなふうに、あるんだ。










「まさか、その後そこに、王子(笑)が出てくるとは思わないじゃないですかあっ!」
「そ、そーよねぇ……」
「うえーん、花ちゃん……花ちゃん……」
「私、橋ちゃんのそういうとこ、好きよぉ」
「ありがとう……」
「色ちゃんも、昔祖先に魔女だか神様が居るとか王がとか言ってたから……ある意味波長が合うのかも」
「え、そうなの?」
「らしいよ……ほら、前の調査のときに、白い服の人が、ぞろぞろ集まってたの、見たって、言ってたでしょ」
「あー、居たなぁ、そんなの」
「あれって、王政復古?だか目論む人たちらしいよ……前に菊ちゃん言ってたもん」
「えー、こわっ」
あとそれは天皇。
 屋上に続く階段の踊場にきていた菊さんと花子さんに呼び止められたついでに、ガールズトーク?なう。
っていうか、魔女って何……。

「魔女は、心を凍らせているからね。心を動かしたら死んじゃったりして!」
花子さんが物騒なことを言う。
「でも、恋が呪いになったり、真実の愛が難易度高い呪いだったりはするよね……」


 ちなみに、菊さんは、あいつら呼んで来るわ、と降りていってしまった。



「あの二人といえば、ずっと二人で話してるし! 車内も……、はぁ、わかっててもちょっと切ない……」
「王子様と色ちゃんは元気そうー?」 
「うん……たぶんね……しかしブロンドで背が高いと王子様って、誰が言い出したんだろうね……」
「元気出してぇ~。今度一緒にイカリングカレー食べに行こう?」
「…………食べる。うぅ……」
 でも、私もそうだったし、あの彼もそうだったというだけなんだろうということは、わかっている。
 なんだか放っておけなくて、後先なんか考えずに力を使ってしまうんだ。


そんな色ちゃんが好きだ。
彼奴には教えてやらない。
最低な気持ちだ。
──彼が本心では憎んでいる、理解できない感情を、事情を聞いた私が彼に向けてしまうなんて。
恋はいつも、虐めでしかない裏切りだ。
犠牲になり奪われてきた感情を、見せつけるなんてそんな酷いこと、出来る?


だけど、断片的にでも、知らないだけで、本当は、あるのかな。彼には解るのだろうか。私は……


……いや。
「まあ、幸せならそれで良いか」
だから──私は何も言わない。










・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

更新2022年3月19日3時32分
(※リメイクなので、最初の原案は結構昔2011年以前です(当時)
https://www.pixiv.net/artworks/96976364よりも前になります。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

ヤンデレでも好きだよ!

はな
BL
春山玲にはヤンデレの恋人がいる。だが、その恋人のヤンデレは自分には発動しないようで…? 他の女の子にヤンデレを発揮する恋人に玲は限界を感じていた。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

短編集

田原摩耶
BL
地雷ない人向け

処理中です...