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Oetling fleezing
Oetling fleezing
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――夜の車道は空いていて、俺たちの乗る車の音だけがする。
「好き!」
「あぁ」
狭い車内。色は俺にしがみついていた。
頬をつんつんしてみると、彼はふにゃんと笑った。
「すき、すき、好き……!」
「じ……時間差!」
頬擦りされて、なんの攻撃なんだと頭を抱えたくなる。
「えへ、へへへ……すき!」
「ああ」
目の前の彼はいつもよりちょっと良いスーツだ。よりスマートな感じが出ていて、こう……ずっと見ていると、普段以上にそわそわしてしまう。
なんだか、いけない雰囲気になったらどうしよう、と、目が泳ぐ。
「……えっと」
橋引さんはつっこんでくれない。
ちなみに運転手は相変わらず無言。
(さぁ! 運転、運転……! と言い聞かせているのが伝わる)
「仲が良いのは良いことだね」
橋引さんが棒読みで言いながら、窓の外を眺めている。
「……おう」
目的地に向かって、車で移動中。
久々に真夜中も行動。
式場に戻って大丈夫なんだろうかと思いはするのだけれど、色もかなり迷っているようだけれど。麻薬のことが気になる。
それに結局どこへ逃げたって、あいつらはこっちを追いかけ続けるだろう。
(っていうか、こいつもこの調子じゃ、相当疲れているみたいだけども……)
「色……えっと、その」
「今日は、かいせも一緒だね!」
「そ、そうだね(?)」
…………。
優しくなでるくらいしか出来ない。
体調を気遣うだとか、なんか気の利いたなんか、無いかな、と思うのだが、動揺でそれどころじゃない。
そいつを引き寄せて、ぎゅっと抱き締める。
漫画みたいに、いつまでもガタが来ない人間はいない。
どんな力も、命を削っている。
僅かな居場所にすがり付くしかない自分たち
を嘲笑うみたいに、ゆう子さんはその命の価値を売り渡している。
「……色」
お前も、どこに居てもそうだったのかな。
淀んだ目がぼんやりと、揺らいでいる。
抉るような、突き刺さるような、鋭い心の痛みが、幻肢痛のように肌に伝わる。
「おにぎり、持ってくれば良かったな」
色は俺から離れると、座席にもたれ、ポケットから小さな手帳を出して、なにかを書き始めた。
おにぎり。という文字。
サンドイッチ。
お寿司。
カルパッチョ。
それから…………、うーん、かげになって、ここからじゃなにか、わからない。
大人が描く小学生の絵日記みたいなそれは、大人びた字や見た目から受ける、彼の済ましたイメージよりずっと幼く、ちぐはぐだ。
だけど、だからこそ楽しそうな印象を受ける。雑じり気のない純粋な言葉。
──王子とかホストとかあだ名が散々だぜ。お前は良いよな、なんか普通に平凡な意味で女子受けしそう。
──ところが、俺いつも見た目よりずっと幼いって言われてフラれるんだけど。
──あー……言われてみればそうか。
ずっと心を聞いてたから、あんま考えたことなかった。
──彼女とか、楽しませるの、苦手だし……
ずっと、ぼーっとしてる。
──嘘つけ。橋引とは意気投合してたじゃねぇか
──あれは、特別だよ。たまたま気が合ったから仲良くなっただけ。
界瀬は心があるから良いと思う。
心が無いと、世界中に怯えなくちゃならない。
──良いのかねぇ……ありすぎても困るんだけど
──いっぱい、お話出来て、楽しそう。そんなあだ名がつくくらいに弄られて羨ましい。
──……う、うーん。よくわかんねえけど、ありがとな。
──王子ー!
──おい。
──まっ、ここには『あの人』も、居ないから。好きにすれば良いんじゃないか?
──うーん、好きにするって、なんだろう。
ごみ袋がガサガサするの聞くと、今でも書類描くのに冷や汗が出る。
誰かが見ていると思うと、
俺は、生きてちゃいけないんだ、って、
生まれなきゃ良かったって、
心なんか
仕方がない、悪くないんだ、だって俺はなにも考えちゃいけなくてなにも話しちゃいけなくて
──あの人に会っても苦しむだけだから。
俺は普段からずっと事務所に居るんだ。
謝るとか謝らないとかじゃない。
居るだけでどうしようもなくわかりあえない人って、居るんだよ。
「はっしー、宴会って、なんか美味しいものあるかな?」
「さぁー、ほとんどつまみじゃないの?」
「つまみかー……界瀬はなんか食べたい?」
「え? あぁ、そうだな……寝たい」
「確かに、夜だもんね」
「朝になりかけてるけどな」
橋引と話していると、色が小さく呟いた。
「必ず捕まえてやる。そこ、動くな」
2022年2月9日4時51分─2/104:18
「その子が、耳鳴りがするっていうと、いっつも地震が起こるの。占いをしてるんだけどね?」
「それは動物でも人間でもあることですよ。占いで決めているわけじゃありません。気圧とか、地球が出している微弱な磁力、そういうのの、些細な変化を感じられると言われていますね」
「えー、そうなの? 確かに、ドジョウとか犬とか、占いしてるわけじゃないわね。もー、ブレスレット買おうかと思っちゃった!」
「占いは学問ですから……」
「なぁんだー、そっかー。つまんないのー! 安食さんって詳しいのね」
――うわ……めっちゃくちゃ居心地悪ぃ。だから占い師って苦手なんだよ。
他人のことあれこれ分析してインテリ気取るから。
――インテリか知らないけど、わかる。既に帰りたい。
――ちょっと眠くなってきたな……。
夜の式場(ホール側)は、もはや宴会場と化していた。
テーブルのセッティングは同じはずなのに、酒とつまみとオヤジとオバチャンが増えるだけで、こんなに様変わりするのか。なんだか悲しくなってくる。
あぁ、冒頭の会話はオバチャンたちだ。こっちもこっちで、ちょっと嫌な感じ。出入り口付近の席は主に彼女たち、反対の、ステージ側にオヤジたちが群れを成している。
「なんか、前の事件のこと、言いがかりだーとかって言ってますけど、どうも、それだと納得いかない部分があるんですよ。今のこれも、どう思います? 」
「あー。いつものですよ。先に上乗せして、全部没案に持ってく手口。いっつもそれで対立を起こしてはしばらく勝手に喚きますから。人が命懸けでやってることをなんだと思っているんでしょうかねぇ?」
「本音を言うと、いちいち付き合ってられないんですけど、家にまで回り込んできます。なんか、しわしわのじじばばが、新聞片手に家の前立っとんですよ。あれは怖いですよ連中。平気でポスティングまでしおる」
「それ、違反で訴えたら良いんじゃないですの?」
「恥なんか、奴らにあったら、やっていけるわけないない! それくらいやりますよ。近所にまで出てきますからね」
「まぁ、一杯どうぞ」
「どうもどうも……」
「どうしてそんなにまでして、対立が好きなんだろうか?」
――なんの話だろう?
――さぁ……
.
「あ、麻美さん! 麻美さん! 今度ね、ドラマがやるそうよ。青木さんの。ベールに包まれた“公安警察”ドラマ。『没入して、没頭して、夢中になって観てほしい』ですって」
安食さんたちはいつの間にかドラマの話をしている。
「なんの話ですか?」
橋引がオバチャンたちの中に入って普通に聞きに行く。
少しして戻ってきた彼女とともに、一旦ホールの外側に出た。
「なんか、超能力の人権協会側が一部のメディアとかのあり方が人権の搾取だって言って聞き取りしてるみたいで、それが嫌な、ゆう子さんたちの側が反発してるって感じ」
「嫌がらせはそのためか」
「うん……前に、全盲の透視? 遠視? 能力者が、能力を切り売りされた事件、あったでしょ?」
「処分した記事、確かに、そういうのもあったな」
色が静かに思い出す。
俺は外回りが多くてよくわからないけど、二人が言うならあったのだろう。
「目が見えない代わりに、能力で補って生活してた人が居たんだよ。
それを、儲けになるからっていって目を付けた人が居て、ゆう子さんみたいに。それで重点的に、化け物って叩いて、それでいて、そういう能力系の小説とか漫画とかが、流行った」
「ひでぇ話だな、結局それはどうしたんだ?」
「確か能力が使えない、使うとメディアに囲まれるからって、
なるべくやらないようにして、でも周囲の物が見えなくて、生活に支障が出て、それで裁判を起こしたんだけど、相手側は『言いがかりだ』の一点張りだった」
目に浮かぶ。やつらは、『目で見たものしか信じない!』 が口癖だから、平行線となったのだろう。果てには、証明してみろだの言いだして、公開処刑で火あぶりにする。
「そう、結局、『目に見えないから』『証拠が無い』って、向こうが有利になった。 そもそもそうなるときに裁ける法律が無いからって、俺たちは争わないように過ごして来たんだ……それを……」
『いつもの』『先に上乗せして、全部没案に持ってく手口』
『対立を起こしてはしばらく勝手に喚く』
命懸けでやってることをなんだと思っているのか。
此処に集まっているのは能力者関係が多く、無視できない議題だった。
「いや、そもそも、没って、人をなんだと思ってるんだよ。他人の命を強引に弄んでるなんて、俺たちの心を……」
こんなの法律で通すとかってやってるんだろ?
確かに、人権協会の問題になるだろう。
だけど、わからない。そもそもの、人権ってなんだ?
「あ。あのテーブル、美味しそうなチキンとかある。また頼んだのかな」
俺がやや苛立っている横で、色は呑気につまみを眺める。
「うわー。どっかにピザない? 遠くから見る限り、カタログが散らばってるけど、まだ来てないわね」
橋引もはしゃいでいる。
おいおい……
掴んだ色の指先から、陰険な事件とは全く関係ない心が伝わってくる。
――自由に何か、思って良いなんて、視界に映して良いなんて、幸せ!
不謹慎なのはわかるけど、
事件でもなければ、こんなに自由に、行動出来ない! えへへ。
「……しょうがないやつらだ」
橋引と二人、あちこち見渡している色を見ながら、なんとなく息を吐く。
.
「こんなに色々あると、ファミレスみたいだよね」
「ふぁみれす?」
「そう。ファミリーレストラン。家族連れでも気軽に入りやすい形式にしたレストランだよ。もしかして、行ったことない?」
「外食は……高いから……あんまり」
「そっかぁ。 デートとかで行くのも嫌だって子も居るしね」
「なんで?」
「なんか、自分も喜ばなきゃいけないとか強制されている気がして嫌なんだってー」
「なんで?」
「さぁ、ポリコレじゃない? 前にも、胸を強調した服を着た女性がファミレスに居る写真がネットで炎上してたし」
二人がなぜか不毛なファミレスの話をしている間に、俺は各テーブルを見渡してみた。
スーツの人。普段着の人。意外と男女入り混じっているが、此処にそもそも呼んだリュージさんの姿はやはり今も見えなかった。
――今から葬儀会館に打ち合わせに向かって、終わったら、また会社に戻って……こんな時に限ってヘビーな修正ばかりある……
――この前のパンフの修正「このページだけ、地図の背景色が違ってる」って指摘があった。そりゃ画像取り込みだもんっておもったんだけどぉ。色まで合わせようとおもったら、描き直さないと。
――うぅう。メンタルが崩壊しそう。ゆっくりさせて……。
――一枚目は表紙なのでノンブルずらせだってさ
――得意先行ってた社長から「スポーツ選手のときのアルバム冊子の修正、そろそろやばいで」って言われた。
やばいでと言われても……こっちは一人なんだけどぉぉ。
何処でも大変な時期なようだ。
「どうかしたの?」
ぼーっと雑音に飲まれていると、肩を掴まれた。
色が戻ってきていた。
「いや。社長がお得意先から、また納期の短い仕事を、たくさん持ってかえってくるらしい」
「え、誰の話?」
「いや……なんでもないんだ」
「そう」
あまり関心が無かったのか、今度は嬉しそうに、置いてあったチキンナゲットを俺に見せてくる。
「貰っちゃった、食べる?」
「お前、好きだな」
色は戸惑ったように視線をさ迷わせた。いつものように即答しない。
「す、き……」
どこか曖昧な発音でそれだけ答えると、視線が床を向く。
重みのある「好き」だった。
たぶん気心が知れている俺に普段言っている以上に、その言葉は重たい。
「す、すき……、浮気に……入る?、どうしよう。食べちゃった……うわ……」
「大丈夫だよ」
好きな物を持つことそのものがどれだけ重みのある行為なのか、彼にとって奇跡のようなことなのか、それだけでも充分に伝わる。
大丈夫だと言ったにも関わらず、色は動揺したままだった。
ぶりの照り焼きに好きだというだけでも酷く気を遣っていたので、本人にとっては重要な事項らしい。好きな物があることが嬉しいことと、新たに好きな物が生まれることとで、順位をどうしようか、一生懸命悩んでいる。
「あの人」や「元社長」らに監視されなくなって、初めて生まれた、彼の世界。
もう理不尽に取り上げられなくて良いのだと思うとなんというか感慨深い。
「いろんなものを知らないと、何が特別かもわからないもんな」
これから好きなだけ悩んで、順位を付けて、比べて、考えると良い。
「あ。橋引は?」
ふと、周囲を見渡して橋引が居ないことに気が付いた。
「たぶん、菊さんのところ……」
(2022年2月12日9時59分) ー(2022年2月15日20時43分ー2022年3月2日0時31分加筆)
「好き!」
「あぁ」
狭い車内。色は俺にしがみついていた。
頬をつんつんしてみると、彼はふにゃんと笑った。
「すき、すき、好き……!」
「じ……時間差!」
頬擦りされて、なんの攻撃なんだと頭を抱えたくなる。
「えへ、へへへ……すき!」
「ああ」
目の前の彼はいつもよりちょっと良いスーツだ。よりスマートな感じが出ていて、こう……ずっと見ていると、普段以上にそわそわしてしまう。
なんだか、いけない雰囲気になったらどうしよう、と、目が泳ぐ。
「……えっと」
橋引さんはつっこんでくれない。
ちなみに運転手は相変わらず無言。
(さぁ! 運転、運転……! と言い聞かせているのが伝わる)
「仲が良いのは良いことだね」
橋引さんが棒読みで言いながら、窓の外を眺めている。
「……おう」
目的地に向かって、車で移動中。
久々に真夜中も行動。
式場に戻って大丈夫なんだろうかと思いはするのだけれど、色もかなり迷っているようだけれど。麻薬のことが気になる。
それに結局どこへ逃げたって、あいつらはこっちを追いかけ続けるだろう。
(っていうか、こいつもこの調子じゃ、相当疲れているみたいだけども……)
「色……えっと、その」
「今日は、かいせも一緒だね!」
「そ、そうだね(?)」
…………。
優しくなでるくらいしか出来ない。
体調を気遣うだとか、なんか気の利いたなんか、無いかな、と思うのだが、動揺でそれどころじゃない。
そいつを引き寄せて、ぎゅっと抱き締める。
漫画みたいに、いつまでもガタが来ない人間はいない。
どんな力も、命を削っている。
僅かな居場所にすがり付くしかない自分たち
を嘲笑うみたいに、ゆう子さんはその命の価値を売り渡している。
「……色」
お前も、どこに居てもそうだったのかな。
淀んだ目がぼんやりと、揺らいでいる。
抉るような、突き刺さるような、鋭い心の痛みが、幻肢痛のように肌に伝わる。
「おにぎり、持ってくれば良かったな」
色は俺から離れると、座席にもたれ、ポケットから小さな手帳を出して、なにかを書き始めた。
おにぎり。という文字。
サンドイッチ。
お寿司。
カルパッチョ。
それから…………、うーん、かげになって、ここからじゃなにか、わからない。
大人が描く小学生の絵日記みたいなそれは、大人びた字や見た目から受ける、彼の済ましたイメージよりずっと幼く、ちぐはぐだ。
だけど、だからこそ楽しそうな印象を受ける。雑じり気のない純粋な言葉。
──王子とかホストとかあだ名が散々だぜ。お前は良いよな、なんか普通に平凡な意味で女子受けしそう。
──ところが、俺いつも見た目よりずっと幼いって言われてフラれるんだけど。
──あー……言われてみればそうか。
ずっと心を聞いてたから、あんま考えたことなかった。
──彼女とか、楽しませるの、苦手だし……
ずっと、ぼーっとしてる。
──嘘つけ。橋引とは意気投合してたじゃねぇか
──あれは、特別だよ。たまたま気が合ったから仲良くなっただけ。
界瀬は心があるから良いと思う。
心が無いと、世界中に怯えなくちゃならない。
──良いのかねぇ……ありすぎても困るんだけど
──いっぱい、お話出来て、楽しそう。そんなあだ名がつくくらいに弄られて羨ましい。
──……う、うーん。よくわかんねえけど、ありがとな。
──王子ー!
──おい。
──まっ、ここには『あの人』も、居ないから。好きにすれば良いんじゃないか?
──うーん、好きにするって、なんだろう。
ごみ袋がガサガサするの聞くと、今でも書類描くのに冷や汗が出る。
誰かが見ていると思うと、
俺は、生きてちゃいけないんだ、って、
生まれなきゃ良かったって、
心なんか
仕方がない、悪くないんだ、だって俺はなにも考えちゃいけなくてなにも話しちゃいけなくて
──あの人に会っても苦しむだけだから。
俺は普段からずっと事務所に居るんだ。
謝るとか謝らないとかじゃない。
居るだけでどうしようもなくわかりあえない人って、居るんだよ。
「はっしー、宴会って、なんか美味しいものあるかな?」
「さぁー、ほとんどつまみじゃないの?」
「つまみかー……界瀬はなんか食べたい?」
「え? あぁ、そうだな……寝たい」
「確かに、夜だもんね」
「朝になりかけてるけどな」
橋引と話していると、色が小さく呟いた。
「必ず捕まえてやる。そこ、動くな」
2022年2月9日4時51分─2/104:18
「その子が、耳鳴りがするっていうと、いっつも地震が起こるの。占いをしてるんだけどね?」
「それは動物でも人間でもあることですよ。占いで決めているわけじゃありません。気圧とか、地球が出している微弱な磁力、そういうのの、些細な変化を感じられると言われていますね」
「えー、そうなの? 確かに、ドジョウとか犬とか、占いしてるわけじゃないわね。もー、ブレスレット買おうかと思っちゃった!」
「占いは学問ですから……」
「なぁんだー、そっかー。つまんないのー! 安食さんって詳しいのね」
――うわ……めっちゃくちゃ居心地悪ぃ。だから占い師って苦手なんだよ。
他人のことあれこれ分析してインテリ気取るから。
――インテリか知らないけど、わかる。既に帰りたい。
――ちょっと眠くなってきたな……。
夜の式場(ホール側)は、もはや宴会場と化していた。
テーブルのセッティングは同じはずなのに、酒とつまみとオヤジとオバチャンが増えるだけで、こんなに様変わりするのか。なんだか悲しくなってくる。
あぁ、冒頭の会話はオバチャンたちだ。こっちもこっちで、ちょっと嫌な感じ。出入り口付近の席は主に彼女たち、反対の、ステージ側にオヤジたちが群れを成している。
「なんか、前の事件のこと、言いがかりだーとかって言ってますけど、どうも、それだと納得いかない部分があるんですよ。今のこれも、どう思います? 」
「あー。いつものですよ。先に上乗せして、全部没案に持ってく手口。いっつもそれで対立を起こしてはしばらく勝手に喚きますから。人が命懸けでやってることをなんだと思っているんでしょうかねぇ?」
「本音を言うと、いちいち付き合ってられないんですけど、家にまで回り込んできます。なんか、しわしわのじじばばが、新聞片手に家の前立っとんですよ。あれは怖いですよ連中。平気でポスティングまでしおる」
「それ、違反で訴えたら良いんじゃないですの?」
「恥なんか、奴らにあったら、やっていけるわけないない! それくらいやりますよ。近所にまで出てきますからね」
「まぁ、一杯どうぞ」
「どうもどうも……」
「どうしてそんなにまでして、対立が好きなんだろうか?」
――なんの話だろう?
――さぁ……
.
「あ、麻美さん! 麻美さん! 今度ね、ドラマがやるそうよ。青木さんの。ベールに包まれた“公安警察”ドラマ。『没入して、没頭して、夢中になって観てほしい』ですって」
安食さんたちはいつの間にかドラマの話をしている。
「なんの話ですか?」
橋引がオバチャンたちの中に入って普通に聞きに行く。
少しして戻ってきた彼女とともに、一旦ホールの外側に出た。
「なんか、超能力の人権協会側が一部のメディアとかのあり方が人権の搾取だって言って聞き取りしてるみたいで、それが嫌な、ゆう子さんたちの側が反発してるって感じ」
「嫌がらせはそのためか」
「うん……前に、全盲の透視? 遠視? 能力者が、能力を切り売りされた事件、あったでしょ?」
「処分した記事、確かに、そういうのもあったな」
色が静かに思い出す。
俺は外回りが多くてよくわからないけど、二人が言うならあったのだろう。
「目が見えない代わりに、能力で補って生活してた人が居たんだよ。
それを、儲けになるからっていって目を付けた人が居て、ゆう子さんみたいに。それで重点的に、化け物って叩いて、それでいて、そういう能力系の小説とか漫画とかが、流行った」
「ひでぇ話だな、結局それはどうしたんだ?」
「確か能力が使えない、使うとメディアに囲まれるからって、
なるべくやらないようにして、でも周囲の物が見えなくて、生活に支障が出て、それで裁判を起こしたんだけど、相手側は『言いがかりだ』の一点張りだった」
目に浮かぶ。やつらは、『目で見たものしか信じない!』 が口癖だから、平行線となったのだろう。果てには、証明してみろだの言いだして、公開処刑で火あぶりにする。
「そう、結局、『目に見えないから』『証拠が無い』って、向こうが有利になった。 そもそもそうなるときに裁ける法律が無いからって、俺たちは争わないように過ごして来たんだ……それを……」
『いつもの』『先に上乗せして、全部没案に持ってく手口』
『対立を起こしてはしばらく勝手に喚く』
命懸けでやってることをなんだと思っているのか。
此処に集まっているのは能力者関係が多く、無視できない議題だった。
「いや、そもそも、没って、人をなんだと思ってるんだよ。他人の命を強引に弄んでるなんて、俺たちの心を……」
こんなの法律で通すとかってやってるんだろ?
確かに、人権協会の問題になるだろう。
だけど、わからない。そもそもの、人権ってなんだ?
「あ。あのテーブル、美味しそうなチキンとかある。また頼んだのかな」
俺がやや苛立っている横で、色は呑気につまみを眺める。
「うわー。どっかにピザない? 遠くから見る限り、カタログが散らばってるけど、まだ来てないわね」
橋引もはしゃいでいる。
おいおい……
掴んだ色の指先から、陰険な事件とは全く関係ない心が伝わってくる。
――自由に何か、思って良いなんて、視界に映して良いなんて、幸せ!
不謹慎なのはわかるけど、
事件でもなければ、こんなに自由に、行動出来ない! えへへ。
「……しょうがないやつらだ」
橋引と二人、あちこち見渡している色を見ながら、なんとなく息を吐く。
.
「こんなに色々あると、ファミレスみたいだよね」
「ふぁみれす?」
「そう。ファミリーレストラン。家族連れでも気軽に入りやすい形式にしたレストランだよ。もしかして、行ったことない?」
「外食は……高いから……あんまり」
「そっかぁ。 デートとかで行くのも嫌だって子も居るしね」
「なんで?」
「なんか、自分も喜ばなきゃいけないとか強制されている気がして嫌なんだってー」
「なんで?」
「さぁ、ポリコレじゃない? 前にも、胸を強調した服を着た女性がファミレスに居る写真がネットで炎上してたし」
二人がなぜか不毛なファミレスの話をしている間に、俺は各テーブルを見渡してみた。
スーツの人。普段着の人。意外と男女入り混じっているが、此処にそもそも呼んだリュージさんの姿はやはり今も見えなかった。
――今から葬儀会館に打ち合わせに向かって、終わったら、また会社に戻って……こんな時に限ってヘビーな修正ばかりある……
――この前のパンフの修正「このページだけ、地図の背景色が違ってる」って指摘があった。そりゃ画像取り込みだもんっておもったんだけどぉ。色まで合わせようとおもったら、描き直さないと。
――うぅう。メンタルが崩壊しそう。ゆっくりさせて……。
――一枚目は表紙なのでノンブルずらせだってさ
――得意先行ってた社長から「スポーツ選手のときのアルバム冊子の修正、そろそろやばいで」って言われた。
やばいでと言われても……こっちは一人なんだけどぉぉ。
何処でも大変な時期なようだ。
「どうかしたの?」
ぼーっと雑音に飲まれていると、肩を掴まれた。
色が戻ってきていた。
「いや。社長がお得意先から、また納期の短い仕事を、たくさん持ってかえってくるらしい」
「え、誰の話?」
「いや……なんでもないんだ」
「そう」
あまり関心が無かったのか、今度は嬉しそうに、置いてあったチキンナゲットを俺に見せてくる。
「貰っちゃった、食べる?」
「お前、好きだな」
色は戸惑ったように視線をさ迷わせた。いつものように即答しない。
「す、き……」
どこか曖昧な発音でそれだけ答えると、視線が床を向く。
重みのある「好き」だった。
たぶん気心が知れている俺に普段言っている以上に、その言葉は重たい。
「す、すき……、浮気に……入る?、どうしよう。食べちゃった……うわ……」
「大丈夫だよ」
好きな物を持つことそのものがどれだけ重みのある行為なのか、彼にとって奇跡のようなことなのか、それだけでも充分に伝わる。
大丈夫だと言ったにも関わらず、色は動揺したままだった。
ぶりの照り焼きに好きだというだけでも酷く気を遣っていたので、本人にとっては重要な事項らしい。好きな物があることが嬉しいことと、新たに好きな物が生まれることとで、順位をどうしようか、一生懸命悩んでいる。
「あの人」や「元社長」らに監視されなくなって、初めて生まれた、彼の世界。
もう理不尽に取り上げられなくて良いのだと思うとなんというか感慨深い。
「いろんなものを知らないと、何が特別かもわからないもんな」
これから好きなだけ悩んで、順位を付けて、比べて、考えると良い。
「あ。橋引は?」
ふと、周囲を見渡して橋引が居ないことに気が付いた。
「たぶん、菊さんのところ……」
(2022年2月12日9時59分) ー(2022年2月15日20時43分ー2022年3月2日0時31分加筆)
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