30 / 106
Zeigarnik syndrome
Zeigarnik syndrome
しおりを挟む・・・・・・・・・・・・・・・・
──それは、あまりにも似ていて、巧妙で、だから最初は見分けがつかなかった。
それくらい、あまりにもややこしくて、巧妙で、だから、わからなかった。いや、わかりたくもなかったから、長い間、勘違いしていたままにしていたのだ。
──むしろ、これが、その後の為の伏線であるかのようだと、いまは思っていたりする。
だから、外れているし、当たっているし、外れている。
他にどう言えばいいのか、俺にはわからない。つまり、外れているし、当たっているし、外れているのだ、と。
────────────
「──目が、覚めて 最初に見たのは、工場なんだ。車の、使われてない。灰色の」
歩道橋を、歩きながら俺は呟く。
その頃は、別に死のうと思ったわけじゃないけれど、生きようともしていなかった。ただ、少し、いろいろと起きただけ。生きていても迷惑にしかならないし、死んでも迷惑にしかならないし、ただ、生きたかったけれど、その為の世界が、あまりにも狭かった。
「──灰色の、って、コンクリートか?」
夕暮。
界瀬は、俺に劣らず、やや虚ろな──けれど俺よりは光のこもった目でこちらを見ながら付いて来て、聞き返した。行き先? 特にない。
「さあ……知らないけど、俺が、目覚めたとき、最初に見たのが、倉庫だった」
カンカンカンカン、と小馬鹿にしているみたいに降りる度に階段が鳴らされる。足音すらうるさい。
「車の、って、思ったのが、灯油とか石油とか、とにかく、油臭かったから。タイヤも、辺りに詰まれてた、たぶんそこで、誰かが、縛られてたんだろうな、よく、わからない」
「──それで、どうしたんだ?」
「わからない。目覚めたとき、コンクリートの壁に、何かわからない液体が撒かれてて、たぶん、渇いた血とか、誰かだと思ったけれど──少なくとも誰かのお宅ではないよ」
あのときは、ただひたすら寒くて、冷たくて、こんなコンクリートに寝ていたら、凍えてしまう、と、怖かった。
どこか知らない寒い場所で、日が暮れていくのが、怖かった。
界瀬が話せと言ったのに、彼は、静かだった。静かに、何か、考えているらしかった。
昨日も変に眠れなくて寝不足だ。早いとこ寝たい。
「だから、俺にはその灰色の、コンクリートの壁のイメージが、強すぎる」
道を歩く。歩きながら、考えていた。
考えて、考えても、わからない。
「近くに、車が、あったな。ワゴンかワンボックスか忘れたが、それの荷台に詰められたか何かだと思うよ」
こんな楽しくない話をしながら、ふらふらと、街中を歩いている。どんな愉快な思考をしていたら、こんな話をしながら、平然と歩いていけるのだろう。
「便宜上倉庫と言ったけど、案外工場跡なのかもしれない、そこで、たぶん、誰か、死んだ」
縛られて、磔にされて──
「結果的に、海に沈めるのだから、変わらないかもな」
な、と俺はふと振り向いた。
界瀬があまりにも無言で俯いていたからだ。
案外壁だけじゃなく沈めるのに使ってたかもしれないし、とか言おうと思ったけれど、言えば言うだけ、別の、何かを彷彿とさせそうで言葉に詰まる。なんとなく、だけど。
猟奇的な連続殺人が、同じ手口というのは多い。気がする、とか。
「どうか、したのか?」
「──いや、なんでも、ない」
明らかに顔色がよくなさそうだったけれど、俺は続けた。
「これでもだいぶん端折っている。話したら、話すと言ったじゃないか、やめておく?」
目の前の道路に車が、一台、二台、通り過ぎていく。三台、四代、通り過ぎていく。
「気にするな、倉庫って聞くと、俺も考えることがあるだけだ……」
この時期の、ちょっと前も、隣町の倉庫で事件があって、女性の遺体が海から引き上げられた。この頃はそういうことが、ときどき、起きて世間を脅かしていた。
──後に捕まった犯人グループのやつの動機も、不気味なくらい、わからなかった。
「そうか。それで──俺は、そのときに、見てきた『話を』ただ、しただけなんだ、それが最近の話」
「最近の、ねぇ」
彼が、俺の手を握る、握るというか、繋ぐというか、絡める、というか……
初対面なのに変な繋ぎかただった。
「──成る程な」
少しして、手を離した彼は勝手に納得していた。
「あぁ。コンクリート、と、女性、という単語だけで、当初、ちょうど賑わせていた別の事件を追う奴らに追われて──それからだった」
未来なんか見ても、過去なんか見ても、人間に出来るのは今目の前にあることだけだ。
それなのに、馬鹿な連中にはそれがわからない。
「でもなんで、そんなに追われるんだよ?」
彼は、改めて、そんなことを聞いた。
「勘違いとか、そういうの、わかりそうなものだろ?」
「別に。ただ、事件には、優先される事件があって、優先される人が居る。正義はおまけみたいなもんだった、だからだよ」
儲かる、名が上がる、外交上役に立つ、巻き込まれたくない。
「よく、わからないな」
「別の事件があっても優先される事件に負ければそれまでで、えっと、だから──
死体隠滅系の事件があの時期他にも起きてただろ。どうも、『優先される事件』と重なったのがよくなかったんだ。『聞きたくなかった』ってやつ」
「あぁ……袋を叩いてロバを打つやつか」
「案外罪も増えるかもしれないし、ややこしくなるより隠したかったんだろ。知らないけど」
手に入れられないものを征服しようとする。それすらも可能性に満ちた『現在』を壊しているに過ぎない愚かな行為なのに、その大切さに彼らは気付かない。
「まあ、俺が見ただけなんて証明手段が無いしな」
ひらひらと手を振りながら、苦笑する。
「容疑者とか言われて、能力者ってのは楽じゃない──で、お前のときは倉庫で、何が、あった?」
俺がそう聞き返したときの、彼の表情は忘れない。
目を見開き、意表をつかれたかのような、ちょっと間抜けな、けれど、滅多に見ない真面目な表情。路地裏に差し掛かり、短い階段を登った小道に上がり、少し、間を置いて、彼は答えた。
「あー、実は俺、輸入品なんだよ。倉庫に、他の荷物と一緒に、運び込まれた」
なるべく笑っていよう、という意思を感じる、笑顔だった。
「荷物と?」
「そ。貿易船でな。まあ体質が体質なもんだからさ。怪しい占い師やってる母さんとか居て、そういうのの関係で本家でゴタゴタがあって、あとを継ぐかとかなんとか……普通の、暮らしがしたかったから、しばらく『そこの』商社に居たわけだ。クビになったけど」
「ふうん、どうして?」
さすがにそれは知らない。俺に会うまで、彼が居たのは更に別の、会社だったのだから。
「あー。そのときも、輸入品にヤバいものがあって、思えばこんなんばっかだ……」
彼が頭を抱えたので、俺はそれを横目に、よっ、と近くの塀に上る。それから、慎重に目の前のちょっと低い建物の屋上に乗り移るとそこに腰かけた。
彼も、ぼやきながら同じようについてきた。
「俺は普通にしてんのに、ずっと、こうやって、何かしら回って来るんだよなぁぁ~もうほんと……」
なんだか、子どもの頃みたいだ。
こうやって、高いところを歩いたりしたっけ。
「残念だな、履歴書に記載しとけば良かったのに」
「それは笑う。厨二だろ」
海の向こうの夕焼けが、見える。少し肌寒い風が、髪を撫でていく。
「色は、どうしてずっと、その会社に居るんだ?」
彼は、怪訝そうにした。
「え。なんか、採用されたから」
「そうじゃない、そういうことじゃ」
保育園の頃、周りから俺が作ったもの全部、どうたらって、言われて──周りと自分は違うし心がなくなればいいのにと思っていた。
なにも、自分が自分であると示せるものがなかった。
「当時、テレビで超能力捜査官がやってたじゃん。あれなら努力次第で出来るかもって思ってさ」
俺はおどけたつもりだったのに、界瀬は、意外にも笑わなかった。努力でなんとかなるのかとか、厨二かよとかそういうのを、予想していたのに、ごく普通に、こちらを見ていただけだった。
「そっか」
「そしたら、俺も、なにか楽しいことがあるかなと思った。それだけ」
生きる意味、存在価値、そういうものがどこかにあるのなら、誰だってきっと手を伸ばすだろう。でも、今、こうやって、窶れた身体でふらふら歩いている。だからなのだろうか、彼が、笑わなかったのは。
「危険や追われることはあるけど、家に来た男に体質のことを家族に言いふらされた日に比べたら、ほとんどのことがマシ」
「そこまで──されたのか」
「性癖よりキツい、あれを、わざわざ、知らせるなんて、おかしいだろ、おかしいのは俺なのか?」
みんなの前とか、知り合いとかの前で、見せびらかして、例えばお化けが見えますーとかやるやつが居るだろうか。普通に変な目で見られて詰んでしまう。嫌われるかとかじゃない、ただでさえ、ややこしくなる。
なんだかむきになって、笑わないかと、期待して、付け加えるけれど余計に彼は笑わなかった。俺も余計に虚しくなる。
「心なら、在るだろ」
ぼんやり、海の方を見ながら、彼は呟いた。
「今、こうして、痛がってる」
俺はなにも、答えない。
あぁぁ……とよくわからない呻きが溢れて、顔を掌で覆った。どうして、いつも在るのは痛いとか、怖いとか、それだけなんだろう。
痛みを知る前の時間の価値を、もうずいぶんと思い出せていないと、そう、思ってしまうから、あまり首肯く気になれない。
家族にすら俺は売られた。
彼が輸入品なら、俺は輸出品なのだろう。
たった1つだった『それ』を。
それすらも、あの場所は認めてくれなかった。誰か、が、黙ってさえいてくれれば、その頭さえあれば壊されなくて良かったはずのアイデンティティーを、勝手に、メリットだと言い触れ回った。どうして、普通はあり得ないようなそんな非道な真似が出来たのかはわからないけれど、人間に見えていなかったんだと思う。
それで、そんな風に見られながら平然とあそこに居る方が無理ってものだ。
だからずっと──
「──輸入品」
界瀬の声が揺れる。『ワイングラスなんかが』あのメーカーだってことは、商社とやらとなにかしら繋がりがあるってことになる。
「俺が読んだ、なかに……」
2021/8/274:28/ 22:50
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
たまにはゆっくり、歩きませんか?
隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。
よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。
世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる