かいせん(line)

たくひあい

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Zeigarnik syndrome

Zeigarnik syndrome

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 ◆◇


『――きみは、いつ此方に来るんだい?』



◆◇



シャンデリアの光る、嫌な空間の中の景色は、なんだかセンスのない成金みたいだと俺は思った。
教会に行くかと思いきや、まずは隣接するホテルの会場の中で、主催だかなんだかの挨拶だった。
色はきょろきょろとサンドイッチを探すし、橋引は宝石を探してる……気が合うのね。俺少し寂しい。
で、冒頭の台詞は、俺の後ろに立っていた中太りのゲスみたいな男から。
にやにやして、歓迎すると笑ってた。
「俺はな――」

 挨拶聞いてた方がマシだった。
そう言いかけた俺の前にさっきまで出歩いてた色がやってきた。

やや大きめのスーツ姿で、強く言う。
「あんたらに気に入られて一喜一憂するために、ここに来てるわけでも、生きてるんでもないわけ。未来を変えるのに干渉するためにこの席に呼ばれただけなんだ。そして俺らの上はその許可を出した。だから俺らの身体には、わりと深刻に明日がかかってる。
気やすく触らないでくれないかな?」


 誰のためでもなく未来のため。将来に向けて残すためのもの。などと言われてその男は笑っていた。

そんなこと、なんの役にたつ?と。



「嫌なわけじゃない。ただ、可哀想な、とか、どこかしらロマンチックにされるのが、なんだか許せなくて」

「まあ、勝手だけどな、他人の」




「そうだね」
 何が言いたいかって、いや別にお前に救ってもらいたいわけじゃないし、なにしてんの?
っていう感じで。
「俺のことは俺が決めるし、いくらか、折り合いも付けてきたものだ。今更それを引き出されて同情に使われるから、馬鹿らしい」
「だよな」
「あははっ」
「面白いね、ラブリーだ」
男は首の、ごつい龍のペンダントを見せつけるようにして手を叩いた。
「愛の戦士にでも使えそうだよ」
しかし、色は表情を変えたりせず、そいつをじっと見ていた。
「――俺らさぁ。おじさん一人の行く末より、将来の子どもたちへの影響の方が、ずーっと気にしてる」
「おい……」
慌てて、肩をつかんで止めようとするけれど、そいつは一度スイッチが入ると、なかなか止まらない。
「妨害されたら、俺らじゃなくて、みんなの未来に影響が出ていくわけ――」
「んなの当たっても、仕方ないだろ?」
「いま、いいとこなんだよねー」

ワイングラスを手に、そいつは、くすっと笑う。
「やっと、愛しい女神を説得出来そうで。勘違いをただして、機嫌を納めてもらえて交渉がうまくいってた。あんたらが、偽情報を俺らと同時に流さない間は――被せてこられると何を信じたらいいのかと、時が混乱しちゃって、未来に影響する。違う方法にしてくれないかな」

 確かに、言われている『時の女神』のために俺らは未来に干渉するしかないこともある。
それがどんな姿のなにかは誰も知らないが、『上』から言われてるので従っているくらいなものだった。
まあ、立場としては、中立、ということだ。極端に未来に関わるような決断は、俺らはしないし、極端に危ないことがあるのなら俺らは、バランスのために動く。
だから、大方は、少数の味方をする。バランスを合わせるためだ。
平等、中立、均衡。
正しいと判断された方に、正しいと感じられるときだけは、向いている。
正しいって、なんだよ……とは、思うけれど。
たぶん。
『女神』とやらが、気に入るかどうかなんだろう。

それから。

「おい、色」

グラスをかかげて、そいつは――――












「同じ世界を愛するもの同士、仲良くしましょう」
 女の声がした。パーティドレスに身を包んだ橋引だった。
「争って蹴落とし合うよりも、認め合う方が素敵だわ」

俺はちらりと彼女を見上げた。





 色はなにも言うなという視線を送ってくる。わかってるって。
「宝石見てたんじゃないのかな」
代わりにひそっと囁いてくる。
「さぁ……」
「もともと、海外の不動産関連からバブルが弾けて株価が暴落したことからの不況のせいでもあるのよ。
日本は、非正規雇用が増える一方で、海外からの雇用者も追い出されて、バブルを求める資産家や企業がついに『こういうもの』にも頼り始めた」
宗教家とはまたさらに違う線も絡むということらしい。日本は非正規雇用と正規雇用で賃金に格差がある。『能力』はそれとはまた違う枠組みでもあった。だからこそ、楽をしたいだけの『偽物』がよく沸いているのだけれど、名ばかりの仲間内が増えたのもたしかであり、年功序列的な派閥が存在していた。


 まぁ、結局はどこにだって差があるのは変わらないのだけど、 それにしたって根本にあるのは非正規と正規雇用の差というのもひとつだと彼女は言うらしい。
海外は、またそれとは違うと聞いたことがあるけれど……
俺にはよくわかってない。

「争ったって、何にも良いことないわ。こちらはこちらだし、あなたたちはあなたたちだもの。いずれ老いた順に消えていくだけ。
能力者の寿命はそう長くないといわれてる。
私、少ない余生を楽しみたいの」
「無駄に長生きしてるとこみると、消耗が激しくなさそうね。私たちと違って」



















 二つ音声が聞こえ、一瞬彼女がどちらを言ったか俺にはわからず、ぱちくりと目を動かしてしまった。
中途半端な力が一番危険だ。だから、足を引っ張られるようなこの状態こそ、危険なのはわかりきっている。
確かにどうにか、引きずるような真似をやめさせないと何かあったとき彼らまで巻き添えになるだろう。

「ピザ屋さんないかな」
色が、グラスをテーブルに戻しながら唐突に呟いた。
「ピザが、見えるんだ……どこか、近く。俺ピザ食べたい」
こんなパーティ会場にピザ屋が来てるわけないだろうと漠然と思うが見えるならあるのかもしれなかった。
「色、ピザ以外に何かあるか?」
「……リング」
「え?」
「わか、わからない、白い粉? スパイスかも。しれない」
「待ってろ」
なんかわからないが高い場所を探すことにした。
 見張らしがよくないと千里眼は使いづらい。人がごったがえす廊下を走り抜けて、ベランダへ向かうとそこから屋根へ出た。

誰かがピザ屋のフリをして別のデリバリーをしてるって場合もある……










#6/59:26


  走っていたときふいにゆらゆら、身体が波に揺れる感覚に見舞われた。


確かに地面に足をつけているはずなのに、空間がぐにゃりととろけ、身体が浮き上がる。
――離して! 怖い……!!


逃れられない水面。少女のような、悲鳴。流され、浮いたまま陸から離れる身体。 その声はよく聞くと自分自身のようにも見えた。
「今のは――」
呼吸を整えながら、自分の身体に異常がないか一応確認する。視界は、だんだん現実をとらえてきた。まだ手は震えている。動悸がする、心臓が動いてる。この映像は恐らく津波か、死体放流、どっちかだった。
「ったく、心臓に悪い」

 もちろん、俺の体質は事件に関係ない変な『拾いもの』をしてしまうこともある。近くに海辺があるせいなんだろう。こんなものまで流れ込むとは。
「はぁ、早く戻って、アイツを抱き締めないとヤバいな……」


色は、俺の精神緩和剤だった。6/59:26
















――と。
そのとき《無線》が入る。
俺らの特殊回線だ。

《おい》

と色はまず言った。
《聞こえるか》
「あぁ、聞こえるよ」

どっか人がいる部屋はないかと歩いていく俺に、色は淡々と言う。
《笹山……笹山って警官が、撃たれる》

「は?」

《というか、追い回されている、かな、撃たれるべく追われる予定だ》

「予定、ね」

《俺はそっちをあたるよ》

「なんでまた」

《名前が、浮かんだのは見たものがニューステロップだったからだ。どうもテレビに干渉したらしい……背後が気になる、日本じゃあまり、こんな、乱発無さそうだ》

「今どうにかなるもんかね……未来は」

《さあ。リュージさんあたりに一応念のため繋いどくよ、まあ未来は変わることもあるからな》

予知は、曖昧なものだ。
変わるようなものだ。
普通は、だからこそ簡単に占いなんかに使わない。

「そのおっさん、生き残れるならいいが」

《死んだって俺に直接関わらないさ。それから、そっちはどうだ》

「宅配を一応探してるんだけど、いまんとこは」

《どうせ配達、こっちに来るかもしれないのに》

「玄関でお出迎えした方が早いだろ」

《……まあうまくやれよ》

「オーケー」
2019.7/138:11







ピザの配達屋を探してると、確かに食べたくなってくる。

「そういや、色のスーツ姿は最高だったなぁ」

涎が垂れそうになり、慌てて気を引き締める。怪しいモンが出てきた場合はお預けになる。
その場合、なんか別のを食べるしかないが、と……完全に食事方面に意識が行きそうだった。やばいやばい。

ふっと目を閉じて、今そいつが何をしてるか探る。
笹山、ではないだろうが男性と何やら話している。
あいつ、人当たりがめちゃいいわけでもないのに、人から話しかけられるんだよな。
なんていうか。

《逆に話しかけて嫌がられたい》みたいなやつ。変態が特に。

まぁ、わりと容赦ない性格をしているから安心してるけれど、テレビか新聞の関係者か?
場所は、まだホールみたいだが。
廊下を歩いてると突然、欅坂46の『語るなら未来を… 』のイントロが響いた。


「えっ、な、なに?」
キョロキョロと辺りを見渡す。小さな女の子が立っていた。
長い髪で隠れた顔が、そっとこちらを見る。
何も話さないが、近くに行くと《声》が脳内に届いた。

 ―――あなたも――
探しているの?


「え?」

気がつくと、その子はいなくなっていた。
そして、脳内の無線が、また始まる。


――巡査部長。

――巡査部長。


「巡査部長?」

なんのことだ。どういう意味だ。すぐにノイズがかかってしまう。

頭に映像が写る。
パーティ会場のホールで、誰か酔いつぶれでもしたんだろう、赤い顔をした人が、テーブルに崩れ落ちるように倒れていた。

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