かいせん(line)

たくひあい

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「――出て」

橋引が車の動きを無理矢理止め、座席のドアを無理矢理開けた。
俺も動く。かいせも黙って周囲を睨んだ。

運転手も、慌ててドアを開けると外に転がり出る。四人で物陰というか、壁の角に隠れていると、どこかから人が集まってきた。

「いつバレたんだ」

「さあね。あなたたちがいちゃついていたのが目立ったんじゃなーい?」

 かいせと橋引は仲が良いから、少し羨ましい。俺は冷静に思考を巡らせる。
今向かっているのは、山なので、山歩きにふさわしい格好に着替えてはあるけど、できるならあまりキツい運動はやだなと思う。

「この辺りにある山のどれかなんだが」

と事前にかいせに言われたことを、俺が細かい情報を組み立て予測してマップ化している。
目の前には、山が1、2、3とならんでいた。

またかいせが、千里眼を使い始める。
俺は、そばで情報を聞き取り組み立てていく。
やりとりをしながら、なんだか、おかしくなった。
「ふふ、ふふっ」

懐かしくて。
慣れたやりとり。
思わず笑ってしまう。
そうか。

「あん? いきなり笑い出して、なんだ色ちゃん」

かいせが、ひきつったように睨んで来るのさえ、笑えてくる。

「いやあの。今ふと思ったんだ。俺には『好き』って空気より軽い意味でしか無いとね」

「それが今どう関係し――」

「俺はたぶん」

好みなんか、聞いてない。
「必要だと、言われないと納得できないんだと思う。強欲なんだ。それくらい、誰も信じられない」

「そんなの、好きなら、必要に決まって」

「ないよ」

「え……」

「決まってないよ。必要かどうかなんて。
傘だって好きだけど壊れたら捨てる。人間もそう。好きだけど面倒なら捨てる。好きじゃだめだよ、気の迷いかもしれないからね」

「そんなの――お前は」

「岩がある場所だったな、この辺りの地質からして」
「おい」

急に切り替えると、鋭く突っ込まれる。
地質からして、雪崩はそう起きなさそうに見えている。いや、だいたい岩を落としているのだから、ご遺体は下の方、頂上とはいかないだろう。
それから、岩だがどのくらいのサイズなのだろう。
――――と。

「色様」

後ろから声。白い車が停車し、見知った男たちが寄ってきた。

「なんか知らないが、俺は戻らない」

 昔から、たまにやってきた『何か』。

俺のことを知っているみたいだが俺には関係がない。四人、似たようなスーツの人たちがじりじりと向かってくる。

(だって、あんなの聞いたら笑うだろ、医者じゃなくても)

 俺は特異能力科の、特例だ。でも細かいことは言いたくない。

「あなたがたが、何を調べているかは、だいたい見当がついている」

一人、目の前に出て、はははと笑う。
俺はじっと彼を見つめる。指先だけ、後ろでくいくい動かす。さっと橋引が彼の足を払う。
転んだ彼の上に、かいせが乗って、手のひらを背中に当てた。

「じゃ。教えてよ、おにいさん?」


















 意外と早く片が付いたことや、場所の状態からして、念力は必要なさそうだったことなどから、橋引は帰る許可を出され、先に帰っていった。
 しばらく書類を書かされたり報告があった後、俺とかいせは、バスに乗り込む。空は暗くなっていた。
あとは帰宅すればいい。
「誰がそばに居たのかは、まだわからずじまいだな」
「そうだね。遺骨が掘り出されたら、まだ、少し進展するかもしれないけれど、それは俺らの仕事ではない。だが、在りそうだということだけはわかった」
 器用に逃げ出して物陰に隠れた運転手が、黙々とハンドルを握るのをミラー越しに見ながら、またぼんやりする。
 さきほどの客は今回の件ではなくて、昔の件について用があったらしい。一人がそう言っていた。そして、俺らの会話を車から盗聴していた、と。あちこちの点検を怠らないようにしなくては。
「なぁ、色」
「なんだ」
「……恋って、ショッピングみたいなものだと、お前は思ってるんだな」
「している自分が、楽しいだけなんだよ。品物なんか、やがて飽きる。ならんでいるからきれいに見える、それだけなんだ。そして買ったからには好き勝手にしたい。そういうものだ。だから、俺はよく、そういうのに捕まって、もう、嫌なんだ。好きって、言うことをきかせることなのか?」
だったら、関係なんか要らない。
「あきない。なあ、こっちを見てよ」
「……」
「おーい」
なんだか、眠たい。
「好きだよ」
「だから?」
うとうとしながら、優しい声を聞く。
「好きだから、なに」
「信用出来ないのは、なぜだ? 信用してほしくて言ってる」

口だけで、ぱくぱくと話す。声を出す気力はもうなかった。

信用しなければ裏切られても、好きでいられる――――

誰かのお人形さんは、もう沢山なんだよ、カイセ。
なのに、お人形さんだった頃の癖が抜けない。
誰に何を、どう言われても、にこにこしていられるように。
俺は、なんでも受け入れなくちゃならないと、それが、愛なのだと。
それは間違いだと。
どちらも思っていて。

「    なんだよ、」



















 嬉しい、悲しいも。
愛している、だろうということも。別に嘘ってわけじゃない。

「なんで……」

知恵の輪に残っていたあいつの感情が、俺を乱す。なんで、なんで。
「       」

――――藍鶴色は。



家に、帰って来ない。
沢山の感情だけ、俺に渡してふらっと、消えてしまった。

俺はいつものように、テーブルに食事を用意して、ぼんやりと頬杖をついていた。


「お前が面白いからなのかな?」


 なんだよ、それ。
頭を抱えて踞る。
なんとなく泣いてしまいそうになった。


小さな頃。

藍鶴色の最初、に居た親は、
父親が不倫をしていると周りに言われて、母親もそれを信じて別れたらしい。
恋というのは、忌々しくて、少し関わっただけで、周りに恋と言われれば、それが不倫になる、
いつ自分がその輪に組み込むことになるかわからないという価値観。恐怖。
「――違うよ、それは」

 その二人は、すでに互いを信じてなかった。
そうじゃないか?
その事実に挟まれる自分が、怖かったんじゃないのか?
そう思いつつも、誰かと親しくしたことが、いつのまにか誰かの生活を壊しかねないことを学んだのはかわらないだろうが。

だからこそ大人たちは浮気を隠すこと。
そして隠すものを見抜けるだけの自信がない、と。


(まぁ、そうだよな……)
好きだとか嫌いだとかを、まともに学ぶことがなければ、
その感情の偽りを見抜けるかどうかさえわからないだろう。

ひとことで言えば、信じてないというより、

 テーブルの上のパスタ。自分のぶんだけ、巻き取りながら、ぼーっと考える。今日はカルボナーラだ。

(信じたものが、なにもかも嘘だったという光景を、何度も、知ってしまっているのか)



 ぼんやりと、頭に念じると、あいつの居場所がわかった。
スーパーの屋上。
高いところが好きなのだろうか。ほんとに猫みたいなやつだな……

 コートを着込んで外に出る。夕飯はお預けだ。あいつは。
なにも求めていない。
誰も求めていない。
何かを探している。
何かを求めている。
けれど、それが何なのかは、わからないのだろう。

走る。
最近はあまり走ってなかったから息があがった。なんどか屋根を伝い、階段を飛び、町をショートカットしながら、目的地に向かう。
スーパーの近くのビルから、そこの屋上に着地する。
時間はもうだいぶん暗かった。

「あ、きたんだ」

そいつは、ぼんやりと空を見ていた。

「きれいだねぇ。星」

後ろから抱きつくと、だいぶ冷えていた。
体温が低いやつなので、彼も、とても寒いだろう。
「好きとかはわからない、星は、綺麗だと思う」

「俺は?」

「は?」

驚いた顔。
そして俺は真剣だった。
「橋引に、教えてもらうこと、無しにしない?」

「……また、読んだ」

「ごめん。でも」

「顔、つめたい、ね」

温かい、手のひらが頬に当たる。すり、と頬を寄せるとそいつはクスクスと笑った。藍鶴色は、勝手にひょいひょいと下に降りていく。
身軽なやつだ。


追おうか迷いながら立ち尽くす俺を放置して、そいつはどこかに消えていく。

「はぁ……」

さっぱりわからない。
全く、わからない。
今度の週末の全容、細かく橋引に聞いてみようかな。

「あ、そうだ。かいせ」

ビルの下方から声がかかる。







 異常だなぁと思うことには慣れてしまって、ただそればかりで、現実にまるで現実感が無かった。
 だから、あぁやっと、『現実だ』と思ったものだった。
俺を壊して、壊して壊したのは一体なんだっただろう。
ぼーっと、別のビルの屋根に伝って空を見上げる。
俺は、たぶん、死ねと言われたらわかりましたと答える気がする。
怖い、痛いのは嫌。
なのに。
心は痛いのに、そこで傷ついた顔をするということが出来ないのだ。
淡々とどのようにすればいいかをひたすら質問し続けたことがある。
相手が、悲鳴をあげたのは驚きだった。

「もう、いい。やめてくれ、そんなつもりじゃないんだ」

それを聞きながら、ぼーっと怒りが込み上げてきた。
「そんなつもりじゃないのに言いやがったのか、ふざけるな、そんな気軽な気分で――」




 ずっと一緒だと言っていたものがずっと一緒だった記憶は無い。
死んだり、いなくなったり、おいてったり、俺じゃない誰かを好きになるから。
どうせ変わる。
変わるたびにいつも取り残される。
そのたびにいつも、俺は孤独になる。

毎日毎日、何かが変わるから、今更期待するものなどは、ないのだった。




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