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palihgenesis
palihgenesis
しおりを挟む諦める方がいいだろうかと思う。なぜだか、うまくいかない。
というより、それにすがっているのか。
怖いのは、たぶん間違いじゃない。
優しい顔で近づいてきた他人だって、やがて豹変するかもしれない。
どこかに売り飛ばすのかも。
何をどう信じろというのだろう。
何も、どうも、信じられない。
船の汽笛が聞こえる。そばで藍鶴が海の映像をじっと見ているが、何か楽しいのだろうか?
「懐かしいよ」
船は、俺は、好きじゃないが。
「きれいだな、海は」
そうだろうか。
死者の声に、埋もれそうになる場所だ。
いつも、なにかに追いかけられ、声を聞き、もがくしかできない。
どうすれば解放されるかなど、俺にもわからない。
抱き締められて抱き返した身体は少し、震えていた。テレビの画面に、海が映っている。
そいつは、どんな気分で観ているのだろう。
その蒼に何を、重ねているのだろう。
「……と、を、……て」
「なに?」
眠くなったのか、腕にぎゅうっと引っ付いてくる。そのままにしていたら、そいつは、そのまま目を閉じて寝息をたて始めた。
目の端からは、ゆっくりと涙が流れていた。
聞こえはしない何かを呟いていた。
なんの話だ?
寝てしまったら、記憶が読みづらいじゃないか。 諦めて、そいつを運ぶ。見た目よりもずっと軽かった。
「ん……」
唸りながらなにやら暴れている手足を握って落ち着かせて、ベッドにのせ、布団をかぶせた。
「ほら。ここで寝ろ」
そいつは、答えない。
離れて欲しくないのか、腕だけを伸ばしてくるので、きゅっと握ってやる。
『なかないで……』
寝言が聞こえる。泣いてるのはお前もだろう、と思いながらも、しばらくその横顔を見つめ、やがてテレビを振り返った。砂嵐が映っていた。放送、終わったのか。
俺は海を見るのが好きだった。
……だった、というのは、つまり、そういうことだ。
海は、ときに見たくないものまで、見えてしまうようで、あまり近づかないようになったのは、ずいぶん前からだ。
なんだか、やけに昔を思い出してしまう。
海の映像なんか、見たから。いや。それとも。
「なぁ――色」
答えはない。
「していい?」
「……」
寝顔に無理矢理口付ける。少し眉を寄せながらも、応えてくれた。
満足して、彼の横に滑り込み、布団に横たわる。
「おやすみ」
さざ波が聞こえる。
たぶん気のせいだが。
いつかは、あいつの目の前で死のう。
それが復讐になる日が来るだろうか。
生きているんだか死んでいるんだかわからない毎日。
傷ついていないのに傷ついていると言われなければならない苦痛。あの頃だって『痛い』と知らなければ、痛みなんか、感じたりしなかった。
布団から起き上がり、軽く運動してから、ぼんやりと携帯で時間を確認する。まだ朝の4時だ。解瀬は寝ている。
少しだけ嘘を吐いている。大事、と好き、は別だということ。
『すき』が、正直、まだよくわかっていない。
『恋』も、よくわからない。特定の、というほど、他人を信頼した記憶がないのだろう。
いつか消える。消える。消えるのは、俺の頭の中。
裏切られ続けたショックから逃れるためなのか、一定以上の好意がある順に、相手の記憶を喪失するらしい。
らしいというのは、思い出せないからだ。治せるなら治したいけれど、もう大分、他人を忘れたせいなのか、そもそもの対象になる相手さえ居ないため、不便さえなくなってしまっていた。だから『無関心』ではない他人との関係は、なんとなく、落ち着かないのだ。まともに覚えているということが、なんだか異様な気さえする。
きっといつか忘れるのに。あいつのことも。
それを無くしたとき、俺は何をなくしたかわからないまま、しばらくぼんやりする日々を過ごす。
何度も覚えようとする、そのくらいしか、今はできない。だから。正直、全くわからない。
『好き』が、『恋』でなければならない理由も。二つの違いも。
何を見ても、どんな本を読んでも全く理解できなかった。
ただ、そこに相手と自分がいる。それだけの話じゃないのだろうか?
世界には、誰一人居ないかのようで。とてつもなく、寂しい。けれど、失うのも同じ。
彼が、特別な関係に拘る意味もわからない。特別だとなにか変わるのだろうか。
相手に特別な好意を求める彼と、相手に好意を持つことそれ自体が異例で特別な俺では、性質が違う。
誰一人信頼出来ずに裏切られ続けてきた結果――好意と、万が一のときのショックから逃れること、二つがセットになっている俺とは。
顔を洗いながら、橋引と待ち合わせる時間を考えた。
彼女は、いつも早く来て休んでいる。今日もだろう。かいせが起きないうちに会えるだろうか。
橋引のことも、好きだ。他の連中は大抵嫌いだが、彼と彼女は、信頼できるから。
ピンポンとチャイムが鳴る。出てみると、ツインテールの髪を元気よく揺らす彼女が居た。
「来ちゃったっ!」
「うん。おかえり」
「ちがうよ! おかえり、は家族とかが戻ってきたときの台詞でね、こういうときはいらっしゃい」
「あ、そっか。ごめん」
「もー。本当になにもわからないんだね」
「ああ」
「朝から目の前に美少女、やったね!」
「……やった?」
首を傾げていると、まあいいやと言われる。
難、しい。
「ねぇ」
「ん?」
そうだ。
「俺と組まない?」
「なんで?」
「恋、と、好きの違いを知りたいから」
「あっきれた。かいせは教えてくんないの?」
「今ひとつ、ピンと来ないんだ。どきどきとか、そんなのしか、聞けない。全力疾走したあとも、恋なの?」
「んー……難しいわね。それは。色ちゃん、たまに変な人にモテるでしょう?」
「あー、絡まれてるのかどっちか」
「好きって言われたら、どうしてたの」
「見たらわかるから『知ってる』って」
おお、と、彼女が引いたような反応をする。
「でも、それは正しい返答じゃないんだって。この前、初めて知ったんだよね。嬉しい。
俺、もっといろんなことが知りたいと思った」
「私でいいの?」
「うん」
感情を本当に、知ったとき、目の前に居る相手に対して考えることが変わったりしていたら、なんだか、すごく居づらい。
「かいせが、浮気とか怒るでしょー! 私も彼が好きだけど」
「……でも。まだ、わからないこと、沢山あるし。こっそり、勉強するだけだから」
「じゃあ、週末に二人で出掛けようか」
と、女の声がした。何やら賑やかだなと思っていたら、玄関先に他人が二人。
藍鶴と……
あれは、橋引だ。
「俺を抜きにして、なにしてんの?」
まさか真剣に朝食をつくっている間に浮気に走るとは。
近づいて行くと、藍鶴は曖昧な顔で笑った。よくわからん。
橋引は、あ、おはよう!と明るい声ではしゃいでいる。
「おはよう。あのね、色ちゃんがね!」
「……はっしー」
「ごめんってばー」
「なになに。浮気の相談?」
色が、ふいっと目を逸らす。あー、これはこれは。なにか隠していらっしゃるな。
「こっちを、見ろ」
無視される。
「……」
ハイハイわかりました、
と、彼女の方を向くと、やけに真面目な顔をしている。
「ああ、かいちゃん。
無線から、情報が来たの」
なんだよ。
「……急に仕事の話かよ」
がっかりしていたとき、こそっと、耳元でささやかれる。
「あとね、色ちゃんは、痛いとか怖いとか、鈍いところがあるから気をつけてあげて」
「あ、ああ」
「自分が辛いのかどうかたまに自覚出来ていないみたい」
「……ああ。それは俺も、薄々感じていた」
どうしようもなく辛くなったときには。あいつはきっと俺にさえ、頼らない。
しねと言われたら『うん』と言うし、きえろと言われても『わかった』と言ってしまう。
それに何の疑問も持たない。彼にとっては、
それらの言葉は、ただの日常会話。
「あと、はい……」
彼女が手を出してくる。掌にあるのは、引きちぎられた小さなペンダントだった。
ただ黙って、それを握る。目を閉じる。
さざなみが聞こえた。
ああ、海は嫌いだ。
「ざっくりしたことしかわからないが、まず狙うのは海の見える範囲だな。それから……これは、海外か? 英語の文字が浮かんでくる」
それ、から……
頭が痛い。
痛い。
痛い。
痛い。
「こんなん、ばっかかよ」
チッと舌打ちをするが、気は紛れない。
「なにか見えた?」
「念力が必要なのは、何らかの下じきになった、持ち主をつれてくるためか」
橋引が頷く。
「そのペンダントも、引きちぎられてるでしょ。唯一持ってこれた遺品なの」
「なるほどね」
藍鶴が、紙とペンを差し出して来る。
黙って雑な絵を描くと、そいつはそれをじっと見つめて、顎に手を当てた。
関係無いが、こういうしぐさがたまに艶っぽくて、つい、ときめいてしまう。
「そうだな。海がある範囲で、さらにこの形状の石がある場所……」
「恐らくは5940年代辺りから6250年代の山での噴火事件。遠くに時代にあった会社の建物が見えたからな」
俺が言うと、そいつは黙って考える顔をして、少しして、肩に手をのせてきた。
「ん?」
「少し補給させろ」
囁かれて口付けられる。え。
なに、なにこの流れ。
「ちょ、と、色ちゃん」
獣のような、目。
しばらく俺を堪能してから、また無表情に戻る。俺は照れて顔が熱いというのに。
「……どうも。元気になった」
「ソウデスカ」
「そうだな、海が見える範囲というのは、確かか」
「重点的にはな。だが、油断するわけにも行かない。岩のそばに誰かが居た感じがするんだ」
「誰か、ね……他に、わかることは」
橋引が言う。
「例の、あいつらよ」
色が、青ざめる。俺は、ただ黙っていた。色が、拳をぎゅっと握る
「わかった。できる限り俺もやる」
拳を握って怖い顔をしている、藍鶴色に近づき、そっと掌を握る。
「だから、そんな困った顔すんなって」
「……困った?」
不思議そうだ。
わかっていないらしい。
「それより早く、会社に戻ろう」
きゅるる、と彼の腹の虫が鳴る。恥ずかしくて抱きついてきた色を、なにかを願うように、優しく抱き締める。
大丈夫。俺らは、生きてきた。
これからも。
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