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Weigerts law
weigerts law
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ぎゅ、と背中に抱きついていたら、皿を並べているかいせが、不思議そうにこちらを向いた。
「ん、どうかした?」
「何もない」
「あら、そう」
そっけない会話。
ちょうどいい、どうでもいい距離。
コトッ、と皿が置かれる音がしているなかで、俺はただずっと、かいせに引っ付いている。
「えーと。なにかな?」
「……」
「黙られてると、なんか、こわいですが」
「読めよ」
感情を読み取ったのか、かいせは少しして、ぎょっとした顔になった。
「あれから、ほんのちょっと不機嫌なんだ」
「ほんのちょっと?」
「……」
「ごめん」
しばらくしがみついていると、さすがに邪魔だったのか、引き剥がされる。おとなしく椅子に体育座りしておくことにした。
「んで、なんで枕を引き裂いてた?」
「……」
「手を出せないようにプラモとかに鍵かけちまったからか」
「……」
ふい、と背中を向ける。 かいせは俺が何に対して 何を思ってるか知ってるはずだ。
だけど、なのに、どうして不機嫌なのかわからないのだろうか。
「あのなぁ。それでも枕は引き裂いちゃだめ。あれがお前の愛情表現じゃないことくらい、わかるんだぞ? いつも一緒にいるんだから」
「あぁ、もう!」
突然、声をあげた俺に、かいせがびっくりしている。俺は訳も告げずに、外に飛び出した。
最近、車が多すぎないか。なにかのイベントなのだろうか。
俺はただでさえまともに道路を見ていない。
沢山人が居る歩道はなるべく通りたくないというのに、近頃の渋滞ラッシュには、ものすごく歩行を阻害されていて不愉快だ。少し前までは、壁に手をついて歩いていた。今ではそれが無いとはいえ、空間認識能力がさほど高いわけじゃない。向かってきた物や人に気付かないときだってある。だからだろうか。苛々する……
ただでさえ通りにくい道をさらに狭くされ、挑発されているかのようだ。
この辺りは特に都会でもない。だからこそ道にほとんど人が居なくて歩行も快適だった。のだが。
もしイベントなら、早く終わらないかな。大事な歩行通路。広いなら広い方が良い。さっさと退いて欲しいと思いながら、ふいっと顔を背けて歩く。ビビってんのかと声がかかる。ああ、もうなんでもいい。とにかく退いてくれ。
横断歩道を渡り、苛々したまま、行く宛もなく彷徨く。ふと、耳元で無線が入る。
『おい、どこに居る?』
名乗りもしないし、ぶっきらぼうだ。
答えない。
『お前、確か』
答えない。
おい、とかお前とか、なんだかむかつく。
『戻ってこい』
答えない。
ばし、と電柱に肩が衝突した。景色は見えてる。
想定してた輪郭と、予想の幅が違っていたのか。
痛い。
目の前の、二つ目の横断歩道の辺りの渋滞から苛々が増してきて、思わず無線に返す。
「うるさいな、少し頭を冷やすから、話しかけるな」
クククク、と笑われる。
『お前またあれか、渋滞に苛ついてるのか』
かいせは相変わらず愉快そうだ。よくわからん。
「そうだが、なにか?」
小さい頃、誰かに、そんなに車や他人が怖いのねと言われたことがある。どちらに曲がるかわからない気まぐれなものが、固まってやってきて道を狭くする。確かに、怖い。単体なら少しは怖くない、気もするが、歩く道を邪魔される不快さは、あの人にはわからないだろう。
こんな日に外出するのは、億劫だ。なんで出てきてしまったのだろう。ついてない……
俺は道が好きだ。
地面が、地面だという事実はいまだにどこか、信じられていない。
けれど、落とし穴や、歪んだ場所はそれほどないのだと、最近はわかっている。ふわふわと足元が浮いているみたいで数年前は道路を歩くのが少し怖かったっけ。
今は、マシだといってもやはり、渋滞は嫌いで、集団も嫌い。
身体が少し震えるのを気付かないふりをして、なるべく目を逸らして、それが見えない道へ逃げ込む。
早く、早く。どこに行こう。邪魔するあいつらが視界から無くなる場所がいい。
そう思うと、結局、帰って来てしまった。
「ただいま」
なんだか、気まずい。
玄関先でしゃがんでいると、ぎゅー、と抱き締められる。
「おかえり」
「…………」
なんだか、ぶわっとなにかが込み上げて来て、そのまま泣いてしまう。
「どうした?」
「なん、にも」
怖い、痛い、苦しい。
ただ、そう思った。
「ん、どうかした?」
「何もない」
「あら、そう」
そっけない会話。
ちょうどいい、どうでもいい距離。
コトッ、と皿が置かれる音がしているなかで、俺はただずっと、かいせに引っ付いている。
「えーと。なにかな?」
「……」
「黙られてると、なんか、こわいですが」
「読めよ」
感情を読み取ったのか、かいせは少しして、ぎょっとした顔になった。
「あれから、ほんのちょっと不機嫌なんだ」
「ほんのちょっと?」
「……」
「ごめん」
しばらくしがみついていると、さすがに邪魔だったのか、引き剥がされる。おとなしく椅子に体育座りしておくことにした。
「んで、なんで枕を引き裂いてた?」
「……」
「手を出せないようにプラモとかに鍵かけちまったからか」
「……」
ふい、と背中を向ける。 かいせは俺が何に対して 何を思ってるか知ってるはずだ。
だけど、なのに、どうして不機嫌なのかわからないのだろうか。
「あのなぁ。それでも枕は引き裂いちゃだめ。あれがお前の愛情表現じゃないことくらい、わかるんだぞ? いつも一緒にいるんだから」
「あぁ、もう!」
突然、声をあげた俺に、かいせがびっくりしている。俺は訳も告げずに、外に飛び出した。
最近、車が多すぎないか。なにかのイベントなのだろうか。
俺はただでさえまともに道路を見ていない。
沢山人が居る歩道はなるべく通りたくないというのに、近頃の渋滞ラッシュには、ものすごく歩行を阻害されていて不愉快だ。少し前までは、壁に手をついて歩いていた。今ではそれが無いとはいえ、空間認識能力がさほど高いわけじゃない。向かってきた物や人に気付かないときだってある。だからだろうか。苛々する……
ただでさえ通りにくい道をさらに狭くされ、挑発されているかのようだ。
この辺りは特に都会でもない。だからこそ道にほとんど人が居なくて歩行も快適だった。のだが。
もしイベントなら、早く終わらないかな。大事な歩行通路。広いなら広い方が良い。さっさと退いて欲しいと思いながら、ふいっと顔を背けて歩く。ビビってんのかと声がかかる。ああ、もうなんでもいい。とにかく退いてくれ。
横断歩道を渡り、苛々したまま、行く宛もなく彷徨く。ふと、耳元で無線が入る。
『おい、どこに居る?』
名乗りもしないし、ぶっきらぼうだ。
答えない。
『お前、確か』
答えない。
おい、とかお前とか、なんだかむかつく。
『戻ってこい』
答えない。
ばし、と電柱に肩が衝突した。景色は見えてる。
想定してた輪郭と、予想の幅が違っていたのか。
痛い。
目の前の、二つ目の横断歩道の辺りの渋滞から苛々が増してきて、思わず無線に返す。
「うるさいな、少し頭を冷やすから、話しかけるな」
クククク、と笑われる。
『お前またあれか、渋滞に苛ついてるのか』
かいせは相変わらず愉快そうだ。よくわからん。
「そうだが、なにか?」
小さい頃、誰かに、そんなに車や他人が怖いのねと言われたことがある。どちらに曲がるかわからない気まぐれなものが、固まってやってきて道を狭くする。確かに、怖い。単体なら少しは怖くない、気もするが、歩く道を邪魔される不快さは、あの人にはわからないだろう。
こんな日に外出するのは、億劫だ。なんで出てきてしまったのだろう。ついてない……
俺は道が好きだ。
地面が、地面だという事実はいまだにどこか、信じられていない。
けれど、落とし穴や、歪んだ場所はそれほどないのだと、最近はわかっている。ふわふわと足元が浮いているみたいで数年前は道路を歩くのが少し怖かったっけ。
今は、マシだといってもやはり、渋滞は嫌いで、集団も嫌い。
身体が少し震えるのを気付かないふりをして、なるべく目を逸らして、それが見えない道へ逃げ込む。
早く、早く。どこに行こう。邪魔するあいつらが視界から無くなる場所がいい。
そう思うと、結局、帰って来てしまった。
「ただいま」
なんだか、気まずい。
玄関先でしゃがんでいると、ぎゅー、と抱き締められる。
「おかえり」
「…………」
なんだか、ぶわっとなにかが込み上げて来て、そのまま泣いてしまう。
「どうした?」
「なん、にも」
怖い、痛い、苦しい。
ただ、そう思った。
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