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aimed at precision
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しおりを挟む「しっかし契約書関係の書類、厚すぎ!」
ぱらぱらとページをめくり、間違いなどを照らし合わせる。
事務作業の手伝い。
夕方、柳時さんが、ショートケーキとともに訪ねてきて、これを任されたのだった。
調査に出掛けるらしい。
「ねー、色ぉ」
「やかましい、働け」
「つーめーたーいー」
「ケーキ分の労働をしなければ」
「うー、優しくしてよー」
だらだらと唸っていたら、藍鶴が近づいてきた。そして、額にちゅっと口付けてから、さっさとしろ、と言った。
「はい……」
可愛い、と言うと殺されるので言わないが。
(優しさが染みるっ)
どうしよう、幸せ。
事務作業を終えてから、少しだらだらした。
「ねー、色ぉ……」
「死ね」
「俺何もしてないよ!?」
資料をまとめて机に置き回転椅子に腰かける。
その横にいるそいつは、背もたれにもたれてくる。
「……なあ」
ふと。
藍鶴はいう。
「なんだ?」
「俺らは人間なのかな」
当たり前のことを、あえて確認しなければならないほどに。
そいつは。
「当たり前だ」
「そうだよ、ね……」
何か見たり聞いたのだろうか。
「人間だよね。こんな体でも、人間、だよね」
プライドとかそんなんじゃなくて純粋に疑問なのだ。疑問で、それだけだった。
「俺らくらいしか、いないの、かな」
「どこかには、居るさ。きっとな」
「俺、傷つくのって苦手なんだよね。つい笑っちゃって、おかしくなって苦しくて、泣けなくて」
「どうかしたのか?」
そいつは首を横に振った。話したくないならいい、と、そっと手を掴む。断片的な感情がごちゃごちゃしている。
「会わなければ、ここにいなければ、何も伝わらないんだから、結局は残しておきたいのかもね」
寂しそうに、そいつは言う。
「あ、ごめん――記憶、勝手に読んでしまって」
「わかっているのに。わかってるのに……! わからないよ、自分が」
ばさ、と舞った資料に書かれているのは、未解決事件たちだ。それから。 俺らのような人たちの研究書類だ。合ってるんだか違うのだかわからないような、曖昧なそれらは、まるで。
「放っておいてももらえない……、望む言葉なんて、どこにも、無いのに。どこにも無いもの、を、なんで!」
「どこにも無いから、作ろうって、言ったよな?」
じわ、とそいつの目から涙が滲んでくる。
「どこにも無くても、俺らが生きていれば誰かの希望になるかもしれない。そう、言ったよな?」
抱きついてきたそいつを抱き締める。あたたかい。
「俺……」
「わかってる」
「人間だよ。血が通ってて、どこにでも、居る」
けれど圧倒的に少ない。間の当たりにすると、やはり、衝撃は大きいだろう。まるで、異常者の証みたいで。
「こんなの、読みたくない」
拾い直しながらそいつは言う。
「いや……研究者は、関係ない。ただ、俺が」
そう言って、しゃがみこんでしまう。わかっている。余計に寂しさが増すということなのだろう。
「見たくないと言うほど、俺らが生きるほど、増えていく。
どうしていいか、わからない。
こんな葛藤さえ興味の対象か? そんなに、面白いのかよ!」
「色っ……」
額をさわる。熱い。
「少し休め」
昔から、熱があると怒りっぽくなる。けれど別に本心じゃないだろう。
「かいせまで、俺を見捨てたぁ……」
泣けないから、中途半端な顔で、笑い出すそいつを、また抱き締める。
「よしよし、少し寝ような?」
「やだあ……」
「添い寝する?」
そいつは数秒考えてから、抱きついてくる。
「何が望み?」
「ひとりにしないで」
「放っておいてほしいのに?」
「……うん。話しかけないで」
懐かしい夢を見る。
優しい夢。
なのに胸がキリリと悲鳴をあげて苦痛を訴えた。この気持ちは、言葉でどう表せばいいのだろうと思う。
「仕方ないじゃない!」
仕方ないなら次からはわかりあえる?
わかってもらえるのかな。もう、研究対象なんていやだ。分析されなければならないような人間になんて、なりたくない。
研究資料を見つけてはぐしゃっと潰したくなるのを堪えてファイルに束ね、マジックで番号をつけ作業をする。
りゅうじさんも、ちゃんと掃除してほしい。
「こういうのを見るのが嫌なのは、当たり前の感情だと思っていたっけ」
プライドが高いと思われてしまうようだから、もう言わないでおくということを学習したのは、わりと、最近のことだと思う。
「どした?」
かいせが横から声をかけてくる。ハニーブロンドの髪。
無駄に優しくて、邪魔なくらいお節介だ。
だから、あまり甘えてしまわないように無愛想に接することにしている。
「……」
無視していると、ご機嫌斜めかー? と聞かれてしまった。
やかましい。
「話しかけるなと言ったはずだが」
「だって、お前、寂しそうだから」
答えない。
かいせは額に指先を当てて、かってに記憶を読み取る。
「……っ」
恥ずかしくなって目を逸らすと、よしよしと抱き締められる。苦しい。
「不安になるのは仕方がないよな。それで家族に気味悪がられてんだから仕方のないことだ」
もう少しデリカシーというか、オブラートに包んだ言い方はできないものかと思った。
でも、まぁ、いい。
気にかけてくれたことだけは伝わるから充分なのだろうか。
「俺……」
へらっと笑ってみる。苦しい。
「信じる人なんか、誰一人居なかったんだとそのとき思ったよ」
何処にも居られないのに一ヶ所に居なければならない。
椅子にもたれていたそいつはやがて、俺の太ももに座った。
「どう、した」
「裏切られるのってさ、なんか、だめ」
「あぁ。そうだな」
寂しいのか、ぎゅっと抱きついたままで動こうとしない。
「可愛いな」
「……ん」
もしかしたら、泣いているのかもしれない。
顔を見せようとはしなかった。俺やこいつは、いったいどこから壊れてしまったのだろう。
今まではただ、まっとうに、普通に生きていきていたような気がする。窓からの陽光が周囲を照らして、綺麗な黒髪を、少しだけ金色が混じったように見せていて。
それを撫で付けながら、ひどく感傷的になる。
俺だって、平凡に生きてきた。なのに、触れただけで感情が伝わるあの力があったせいだろうか。
突然、呼ばれた上司に、さわってみなさいと差し出された書類。
そしてそこから伝わったもの――――俺が、驚いた顔をしたからなのだろう。そこからは素早く、気付いたときには、俺はリストラだった。
ふと、我に返るとじっと見つめられていた。
あぁ、かわいすぎる。
ちゅー、と唇を吸うと、そんなつもりでは無かったのかさすがに驚いた顔で硬直している。
「んっ……」
びくびくと震えながらも、しばらくされるがままになって、それから離れた。口から糸が伝う。
「なにするんだ」
「ちゅー」
ぱしんと頭を叩かれた。あまり痛くはないが。
目元を見たら、どうやら泣いてたみたいだ。
「なに、なんか思い出しちゃった?」
「思い出したく、ない」
「そうか。ま、そうだよな」
小さい頃は、よく、カウンセリングを受けさせられた。そのときも、何があったか話しなさいと言われるとどうしても気が進まなかったように思う。
俺は、かいせにそれを言おうかどうか迷った。けれど、まあ、いいかと思い、素直に口にする。
「少し、妬いたんだ」
「んー?」
彼にしがみつく。
相変わらず、ふざけたやつだ。妬いたっていったら、わからないのか。
「あのとき、りゅーじさんが、訪ねてきただろ。従わないと、ただ雰囲気を壊されただけで終わってしまう気がしたんだ」
「あぁ、あれ、反抗したつもりだったの? 俺はてっきり、俺よりも仕事が大事なのかと思った」
「俺は、何も大事にしたくない」
がーん、と彼は、あからさまなリアクション。
やかましいやつだ。
「手放せないものなんて持ちたくない。お前か俺が、死んだら、苦しく、ない、かも」
「なに、苦しいの?」
聞かれて、無視して書類を束ねるのを再開する。
「前だって。俺は一人で仕事してた。疲れてるから無理させないようにってなるべく抱えた。でも、すごく」
「わかったわかった。俺も、無理してもらいたいとかじゃないし……」
無視して、また書類を束ねる。
「好きだといいながらも、いつも、俺は置いていかれる」
「ごめん」
腰に手が回る。邪魔だ。べたっとひっついてくるそいつを引き剥がさないまま、分類表を確認する。
「お前も自分の仕事しろ……」
あきれた声を出したはずだが、彼は嬉しげだった。いや、働け。
「まだある? 俺がきいてないこと」
「俺を束縛したがるわりにはお前は、誰かと遊びに行った話しかしないわけだが」
「スミマセン」
ぎゅ、と抱きつく。
頭を撫でてくれる。
「怖い、俺は、一人になってしまう、から。二人になったら、また一人になる……」
「うん。それで?」
「怒るのは苦手だ。だから、お前がそうするなら、俺もそうする」
「俺が浮気してたら、お前もそうするって?」
「ああ」
はぁー、とため息をつかれる。意味がわからない。
彼から離れて、ファイルにひとつずつ分類通りの記号を書き込む。
さきほどよりもだいぶん片付いて来たはずだが、目の前の事務机には、まだまだ書類がある。
「お前は冷たいんだか、デレてるんだか、わかりにくいな」
無視して作業をする。
しかしこいつは俺には全体的にわかりにくいわけだが。
「好きだよ」
右耳に囁く。
かいせは、少し、びくっと震えた。
「好きだよ」
もう一度囁く。
彼は、目を閉じて聞いていた。
「好きだよ。だから、寂しくなりたく、ないんだ」
「じゃ、ショートケーキは、口実か」
「4割くらいは、な」
がば、と抱きつかれそうになったのを押し退けていくらかのファイルを棚に戻していく。
「あー、やっぱ可愛いなお前」
「動け、仕事しろ」
「ちゅー、していい」
「動け、仕事しろ」
「ケーキなんか俺が買ってやるのに」
「しかし、食べたい気分は今日だったんだよ」
「じゃああとで、買いに行こう、な?」
優しくそう言われて、少し嬉しくなる。が、そう簡単に優しくする気はない。
「まず動け」
「えー、つれないー」「お前が頑張ったら、ご褒美に、俺もあげようか」
「えっ?」
「なんて、な」
あははは、と笑うが、まに受けているのか彼は赤くなっている。
「まあ俺は、攻めが良かったんだけど。お前がどーしてもっていうなら。さらに、セーラー服とか、猫耳とか付けてもいいぞ」
目の前のこの大量の書類の山。受けたはいいが、なんか一人じゃ片付く気がしないしな。
「マジで!」
……。
なんでそんな、乗り気になったんだコイツ。
あんな言葉だけで、そいつは急に楽しそうに手伝い始めてしまった。
理解が出来ない。
「お前は、俺を誤解してないか」
「そうだな、お前の方が変態だったな」
「えっ」
噛み合わない会話は置いておきつつ、黙々と作業を再開。やはり二人でやる方が早い。
「だめだ、お前のキャラが見えて来ない」
「俺は、かいせのキャラが見えて来たよ」
並べる係と、まとめる係になることにして、俺はまとめる係をする。
きれいに束ねられた書類たちに、ナンバーを付けていき、次に棚に戻すか廃棄するかを検討。
そのとき。
ばさっと書類から一枚が舞った。そこに映っていた客の一人の資料に目を奪われる。
「や、だ……やだあああああああ!!」
騒ぎだした俺を押さえつけながら、かいせがおい、とか、落ち着けと言ってくる。無理、無理だ。
「おい、お前」
「なんで俺だけ生きてなきゃならないの!? 利用されてたのは、俺の方なんだよ、なんで、誰も俺を信じてない、なんで俺は背負わなきゃならないの、なんで、傷付いても死なない、なんで橋に居た俺を、突き落としてくれなかったの、なんでまだ……」
俺は生きてるんだよ。
「怖い、こんな世界も、この会社も、俺自身も、だいっきらい! いやだ! うんざりだ! 今更、失ったものばっかり、戻らないものばっかり! いい加減にしろ、俺はっ――」
叫んでいる俺をなだめようと、かいせが手を伸ばしてくる。うるさい。いらない。
「……俺は」
かいせは微笑んでいた。
「お前が生きているなら、それで、嬉しいと思うよ」
俺は。
何も答えられない。
「お前が生きているから、それで、いい。あのときも、橋の側に居てくれて、俺と、会ってくれて。ありがとう」
やだ。
聞きたく、ない。
甘えてしまうのは、きっと。
何もない証拠だ。
「……泣くなよ、だから」
頭を抱えて、踞る。
足元にある資料に映る少女は、優しくわらっている。戻って来ない。
大事なものは、いつか、なくなる。
「俺は、大事なものなんて、持ちたくない」
涙で、視界がぼやける。塩辛い味がしている。
それはとても懐かしい味。
「失うものなんて、要らない。なくなっちゃうものなんか、要らない!」
呼吸が苦しくなる。
痛い。痛い。痛い。
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