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01.
高いところからの方が探しやすそうだから、スーパーから出ると、塀を登り、どこかのお宅の屋根に勝手によじのぼった。
「よっし」
捜索、開始。
目を閉じて一心に念じる。藍鶴、どこだ……藍鶴……
脳裏に浮かぶ風景を足し算して、居場所を割り出す。頭の中に、見慣れた場所が映った。
人間の視覚は不思議だ。眼球以外の神経が、画像を拾ってくる原理については、まだ科学的にもよくわかっていないが、いわゆる、心の目、は存在する。
俺はその心の「視力」がいいらしく、会社にそれを買われている。
俺たちがいるのは、つまり、そういう世界。
「あー、いー、づーくん」
写った風景からしても、居場所はわかりやすかった。あいつが会社をサボタージュしてまで来る場所なんか、限られている。『そこ』のひとつは、俺の居る、ボロアパートだった。
カンカンと抜け落ちそうな錆びた階段を登り、自分の部屋のある202号室へ。
ドアの前にチャイムがあるが、ピンポン、と押しても、居留守の常連の奴のこと、どうせ出てくれないので、っていうか自宅だし、鍵を開けて中に入る。
幸い、チェーンはかかっていない。冷たい空気をまとう短い廊下を歩いて、2LDKの、一部屋のふすまを開く。
「あーいーづーくん」
長めの黒髪を肩に垂らし、背中を丸めて、縮こまりながら、そいつはケタケタ笑っている。
足元では俺の、ロボ君一号1/50スケールのプラモが、バラバラになっていた。
……あーあー。
「こら」
肩から覆い被さってみると、彼はこちらを見もせずに「かいせ……」と俺の名を呼ぶ。
「おかえりー」
「はい、ただいま」
そのまま押し倒すと、藍鶴は肩から上を砕きかけのプラモ共々、畳に倒された。
「……会社が探してるよ」
先に用件を告げる。
彼は、いやいやと首を横に振った。
わかる。
俺だって、あいつの立場ならそうしたい。精神が壊れても、そこに居続けなきゃいけないなんて、そんなの、拷問だ。
一緒に逃げてやりたいが、なかなか、それさえもできない。
「……かいせも、追い出す」
涙目で睨まれたので、よしよしと頭を撫でてみる。彼はふにゃんと笑った。
「追い出してないだろ? つーか、これ完成させんの大変だったんですけど」
ばらけたプラモを指差してささやくと、藍鶴――藍鶴 色(あいづ いろ)は、寝転がったまま知りませーんとでもいうように、ふいっと顔をそらす。
前はストーブを破壊しやがったから、冬場買い直すのが怠かった。組み直せばいいんだがそういや、あれはめんどくさくて捨てた。
「あー……もー!」
あきれればいいのか宥めればいいのか、怒るべきか考えたが浮かばない。
「色」
名前呼びしてやると、顔を引き寄せられて口付けられる。彼は無防備な体勢で、少しドキドキしてしまう。
「ん……お仕事より、かいせと、いちゃいちゃしてたい、な」
にへ、と笑って言われて、俺はうっかりほだされそうになる。
知ってる、いつもの手だ。こいつは、誰かを陥落させるのがうまい。
俺たちがいるのは、特殊な体質や技能から、普通の世界ではぐれものになってしまった人間で結成された組織なのだが、だから一種の自己アピールなのだろう、ある意味カラフルな人間が多い。見た目からやばいのもいる。
そんななかで、彼のまったくそめていない黒髪というのが珍しく、藍鶴の、その自然体の美しさというか……惹かれてる部分も確かにあるし、俺の中では潤いみたいになっている。が。いやいや……
だめだ。
どんなに好きでも、惑わされちゃいけない。
好きだよ。
藍鶴色。
「――それでも。お前、今呼ばれてるんだよ。命令は、逆らっちゃだめ。終わったらいっぱい甘やかしてやるから」
じわあ……と、彼の疲労でくぼんで隈のできた目が、涙で潤んで来る。
「……あはっ、あはははは、あはっ、あは、はは」
うまく泣けないから、彼は笑った。悲しそうに笑う。俺だって断って、こいつが気のすむまで一緒に居たいけれど、そうもいかない。起き上がらせて、目元の涙を手の甲でぬぐってやる。うえっ、うえっ、と、そいつはえずくような声を出した。苦しいだろう。
背中をさすって、よしよしと撫でる。
少しして泣き止むと、濡れた目で、そいつは微笑んで聞いてきた。
「かいせも、行く?」
俺は休みだっつーの、お前のせいで福引き抽選会間に合わんっつーの、と言ってやりたかったが、
はあ、と諦めの息を漏らし、行くなら、お前も戻るな? と聞いてみる。
彼の返事は抱擁と「いやだ」だった。
高いところからの方が探しやすそうだから、スーパーから出ると、塀を登り、どこかのお宅の屋根に勝手によじのぼった。
「よっし」
捜索、開始。
目を閉じて一心に念じる。藍鶴、どこだ……藍鶴……
脳裏に浮かぶ風景を足し算して、居場所を割り出す。頭の中に、見慣れた場所が映った。
人間の視覚は不思議だ。眼球以外の神経が、画像を拾ってくる原理については、まだ科学的にもよくわかっていないが、いわゆる、心の目、は存在する。
俺はその心の「視力」がいいらしく、会社にそれを買われている。
俺たちがいるのは、つまり、そういう世界。
「あー、いー、づーくん」
写った風景からしても、居場所はわかりやすかった。あいつが会社をサボタージュしてまで来る場所なんか、限られている。『そこ』のひとつは、俺の居る、ボロアパートだった。
カンカンと抜け落ちそうな錆びた階段を登り、自分の部屋のある202号室へ。
ドアの前にチャイムがあるが、ピンポン、と押しても、居留守の常連の奴のこと、どうせ出てくれないので、っていうか自宅だし、鍵を開けて中に入る。
幸い、チェーンはかかっていない。冷たい空気をまとう短い廊下を歩いて、2LDKの、一部屋のふすまを開く。
「あーいーづーくん」
長めの黒髪を肩に垂らし、背中を丸めて、縮こまりながら、そいつはケタケタ笑っている。
足元では俺の、ロボ君一号1/50スケールのプラモが、バラバラになっていた。
……あーあー。
「こら」
肩から覆い被さってみると、彼はこちらを見もせずに「かいせ……」と俺の名を呼ぶ。
「おかえりー」
「はい、ただいま」
そのまま押し倒すと、藍鶴は肩から上を砕きかけのプラモ共々、畳に倒された。
「……会社が探してるよ」
先に用件を告げる。
彼は、いやいやと首を横に振った。
わかる。
俺だって、あいつの立場ならそうしたい。精神が壊れても、そこに居続けなきゃいけないなんて、そんなの、拷問だ。
一緒に逃げてやりたいが、なかなか、それさえもできない。
「……かいせも、追い出す」
涙目で睨まれたので、よしよしと頭を撫でてみる。彼はふにゃんと笑った。
「追い出してないだろ? つーか、これ完成させんの大変だったんですけど」
ばらけたプラモを指差してささやくと、藍鶴――藍鶴 色(あいづ いろ)は、寝転がったまま知りませーんとでもいうように、ふいっと顔をそらす。
前はストーブを破壊しやがったから、冬場買い直すのが怠かった。組み直せばいいんだがそういや、あれはめんどくさくて捨てた。
「あー……もー!」
あきれればいいのか宥めればいいのか、怒るべきか考えたが浮かばない。
「色」
名前呼びしてやると、顔を引き寄せられて口付けられる。彼は無防備な体勢で、少しドキドキしてしまう。
「ん……お仕事より、かいせと、いちゃいちゃしてたい、な」
にへ、と笑って言われて、俺はうっかりほだされそうになる。
知ってる、いつもの手だ。こいつは、誰かを陥落させるのがうまい。
俺たちがいるのは、特殊な体質や技能から、普通の世界ではぐれものになってしまった人間で結成された組織なのだが、だから一種の自己アピールなのだろう、ある意味カラフルな人間が多い。見た目からやばいのもいる。
そんななかで、彼のまったくそめていない黒髪というのが珍しく、藍鶴の、その自然体の美しさというか……惹かれてる部分も確かにあるし、俺の中では潤いみたいになっている。が。いやいや……
だめだ。
どんなに好きでも、惑わされちゃいけない。
好きだよ。
藍鶴色。
「――それでも。お前、今呼ばれてるんだよ。命令は、逆らっちゃだめ。終わったらいっぱい甘やかしてやるから」
じわあ……と、彼の疲労でくぼんで隈のできた目が、涙で潤んで来る。
「……あはっ、あはははは、あはっ、あは、はは」
うまく泣けないから、彼は笑った。悲しそうに笑う。俺だって断って、こいつが気のすむまで一緒に居たいけれど、そうもいかない。起き上がらせて、目元の涙を手の甲でぬぐってやる。うえっ、うえっ、と、そいつはえずくような声を出した。苦しいだろう。
背中をさすって、よしよしと撫でる。
少しして泣き止むと、濡れた目で、そいつは微笑んで聞いてきた。
「かいせも、行く?」
俺は休みだっつーの、お前のせいで福引き抽選会間に合わんっつーの、と言ってやりたかったが、
はあ、と諦めの息を漏らし、行くなら、お前も戻るな? と聞いてみる。
彼の返事は抱擁と「いやだ」だった。
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