丸いサイコロ

たくひあい

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丸いサイコロ13

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「わからない。私にも……」

わからない。《あのとき》のことは、彼女にも不可解なことが多かった。首を振る彼女に、まつりはただ頷く。一応、信じてくれたのだろう。

「そう。───あ、そうだ! 身分とか歳とか関係なく……すごいって、誉めてくれた人もいてね!」

──まつりは唐突に、話を切り替え、戻した。わからない、という答えが出た時点で、さっきの問いは済んだのだ。


なんだか、子どもっぽく無邪気に話すな、と彼女は思った。昔のことを話すと、話し方まで変わるのだろうか。

「……はあ」

 彼女は反応に困ったまま、ただ聞いている。動くのが、だるかったし、下手に動くと頭を押さえつけられそうだと彼女は思った。だが、まつりはそんな素振りを、見せない。


「あんまりそんなふうに言われないから、嬉しかったんだけど、その人、死んだんだ。──自分自身で。『あんな化け物には、耐えられない』が、最後の言葉」


 淡々とまつりは話す。
何の感情も込めず──あるいは、込めないように気をつけながら。


「……耐えられない?」


「さあ。何にだろうね。その人が、死んでから、数ヶ月でその人の会社、経営が悪化したんだって誰だったかな、言ってた。どうして──かな」

経営のことではなく、どうして死んでしまったのかという問いなのだろう。


「その人……」

彼女はなにか、言おうとした、だが、まつりは聞きたくなかったので、遮る。


「本当は、気をつかってくれただけで──少しでも、彼には、そう、見えていたのかなって思ったら、いろいろ、よくわからなくなったりして」


「……そう」


「彼は、とてもすごかったんだって、知ってるんだ。まつりには統率とか取れないし」

 すごい、と本当に、嬉しそうに、まつりはその人物を語っていた。対照的に、自分を無力と言う。彼女には、どこか、意外に思えた。一人では、生きられない。生活も周囲に依存していて、そういうことを、言ったのだろうかと、彼女は考える。



「──単純だったからね、嬉しかった。力になれたらいいなあって思ってね。あそこに来た際に知り合ってからは、たまに相談とかに乗っていたんだけれど──ある日『やっぱりきみには、この程度、楽勝なんだな』って言われて、それから一切そういうのが無くなった」


それは──別れの挨拶だったのだろうか。

「安心してたよ。もう、悩むことがなくなったんだな、良かったって。──笑える?」


とても、笑えはしなかった。わかっていて、聞いたのだろう。
 だけど、まつりは、笑っていた。自嘲だ。誰が悪いではなく、ひたすら自分に後悔や、責任を感じているようだった。


「──最初から、散々言われ続けてたけど、そのことがあってからは、なんだか、よくわからないまま更にひどくなってさ。
『こんな異常なやつがいるから』って指さされて──今思うと、あの場所に居ては、いけなかったんだよ。……あの人たちの中の、社会とかのバランスを、崩してしまったら、それはどちらみち『敵』なんだ、って。
昔はさ、頑張ったら認められるとか、勝手に思っちゃってたけど……ちょっと、違ってたね。そういう問題じゃ、なかったんだ」


──枠から、出てはいけない。
あの場所の、社会から、周囲の能力や、平均から、はみ出ては、いけない。
合わせて生きていくことは、多大な制限が要求される。そういうことだろうか。


「今思うと、もっと、気付くべきことが、あったんだ。その日は──周囲と関わることに、ついに留めを刺された。彼らには、いい機会だったのかも」

「……そう、それで?」


「周りの人も『まだ小さいのにこんなこと勉強させてる』とか、言われたみたいでさ。それから、突然遊び時間が増えたかな。……っていうか、親にまで、とうとう見放されて放置されちゃった。……結構好きでやってたんだけど、信じてはもらえないもんでね、好みは人それぞれとかいってるくせに。ははっ……迷惑かけちゃっただけだし」

 自分を眺め、まつりは、あはははは、と笑った。うまく笑えもしないのに。彼女には、その言葉が、暗に問いかけているいくらかのことが、わかった。
言葉通り、そのまま受けとる話でも、ないのだろう。ただ、聞いていた。


「でも、そうはいっても、途中からは散々強制で関わらせておいてさー、ちょーっと落ち込むよね。ある日ね、突然『あなたは我々の足並みを乱すので、やっぱり関わらないでください、以上!』 みたいな」


「あなたは──」


 事情の詳しい部分は、わからなかったが、(適当に、一方的に、話したい部分を話しているだけなのだろう)

それでも、少しは彼女にも理解できた部分がある。

──まつりは、ただ生きていた、本人はそれだけのつもりなのだ。出来ることだけを、ただ、純粋に出来るだけこなしていた。



『役に立たなきゃいけないと、思っていたから』

 きっと、それだけで、生きるために、切実だった。


「なに?」

「いえ……」


 本人の中では、どこか曲がって劣等感じみてしまったそれらを、抱え続けたまま、生きて──歪んだのか。

(もともと、この子も、純粋で素直な──子ども、だったんだな……)



「あなたは――」
彼女はそこまでで、そっと言葉を飲み込む。言えなかった。

『だから、ふざけたふりなんて、しているのか』




 あっさり空気を壊し、そんなことよりー、と言ったのもまつりだった。彼女の意識がはっきりするのを待っていただけらしい。
その為の話題に、つらい思い出を選んだ意図が、彼女には理解出来なかったが、もしかしたら、自分のために話してくれていたのかと、思ってしまう。


仮面を適当にゴミ箱(木で覆われた、景観を崩さないもの)に投げ入れ、彼女を立たせると、にっこりと笑った。
切り替えの早さは、生まれつきだ。


「……誰かに言われた? それとも、本当に殺しに来たの? ──ねぇ、答えてよ。あの子が、死んじゃうのは、嫌でしょ?」


 顎を無理矢理あげさせ、視線を合わせる。半ば脅迫だ。怒ってはいたようだった。

「……あの子……やっぱり」

「うるさい、まず答えろよ。裏切るつもりなら、別に勝手で構わないんだけどね。従うふりをされるのが、一番厄介なんだよ。うわべの事実的な根拠ばかり増えて面倒だからね」


「……私は、ただ──」


「ああ、おじさまに言われたんだ? ふうん、なら、どうでもいいや。今日、あんまりさあ、時間がないんだ。詰め詰めで行かなきゃね!」

──まだ忘れ物してるのか?

と、ふいに夏々都の声が聞こえてきた。
すると、まつりは彼女からあっさり手を離し、さっさと、うまく逃げなよ? と言って部屋に戻っていった。



<font size="5">29.見逃してきたもの</font>


「──だから、彼女があのシチューかなんかに毒を入れていたか、スプーンに毒を塗って、改めて渡すつもりで、近くで待機して見てたって、そういうこと?」

 現在、昼過ぎ。
ソファーの背もたれにもたれて、ぼくが言うと、さっきまで、ぼくが居ない間の話をしてくれた(要所要所、かなり端折られたが)まつりは、ソファーで足を組んだまま、どこかどうでも良さそうに返した。


「……まあ、そういうこともあるかもね。追及しないけど。でも、《最初のもの》はシチューじゃなかったのかも。それに、飲ませないためにスプーンを撤去……したってあんまり意味がなさそうだから」

──その反応は、ぼくには、意外だった。その時点で死亡者か、被害者が出ている、と思っていたからで、そういうときの話は、後からしづらいと思ったのに。

「吐いたときか、上からかけたときのような広がり方の跡、手形。それを、隠してあったのは、結局、それを口にしたやつがいた、ってことじゃないのか──っていうか、お前が隠してたから、そもそもよくわかんなかったけど」


「いや、跡を隠したの自体は、違う理由だと思うよ。吐いたかもあんまり関係ないかな。むしろあれは、こぼれてたよ。量的に。でも、んー、それだったらさ、倒れたときのような擦れた跡とかそういうのは、他に見つからなかったからなあ。案外、すごい不味かったってことなのかもね!」


「……大丈夫なのか、そんなこと言っても」

「──なんか入ってたけど頑張って転がってそこに倒れなかったとか。毒っていうか、あっても睡眠導入剤みたいなのだったりしてたり!」


「そういえばぼくは、きゅうりだけ食べたけどな──あっ!」

もしかして。そういう──


「なんだよ、何か気付いた?」

「いや、いい……言うほどのことじゃない。それより、あの救急箱、睡眠薬と胃薬の箱、やけに多かったな。って、今思えば」

「胃が繊細な人か、眠れない人が多かったんじゃない?」

まつりは、にっこりと、笑った。──ああ、やはり、真面目に話していないようだ。さっきから。

「効き目がなかなか現れない人っているよね」


「なんの話だ」

「ん、なんでもないよ? むしろ今はそれで良かったと思ってる」

──こいつ、何か知ってたな? と思うが、どうせ教えては、くれないのだろう。楽しそうだなあ。楽しそうでなにより。


「──っていうかさ、お前の栄養失調気味のが、ぼくは気になってたんだけど、食べてなかったの?」


「食べて、考えて、かなりそのときに消耗して、だけど面倒で寝てた」


「……はあ。わからんが、栄養は取れよ。びっくりするじゃないか」

「ずっと眠いんだよー。最近、夢見が悪いし、消耗が激しいし」


「ふうん。そう……」


 まつりは、けらけら笑っていたが、ぼくはあんまり笑えなかった。あいつはまだ、あの頃を悔やんでいるのだなと、感じたから。

「あのさ」

 呼びかけると、ぼーっとしていたまつりが、ひょえ!? と肩をびくつかせた。悪かった……


「──確かにお前は悪いけどさ、腹黒くて、怖いけど。でも、全責任を負うべきなようなやつじゃない」

 ぼくは言う。
本当は、わかってるのだろうと。

 おそらく、周囲の《誰も》が、彼の、それ以前に『根本にある理由』に、気付かなかったか、目をそらしたのだろう。悪気もなく、一方的な正義だけを持っていて、目の前の『敵』以外を疑うことさえしなかった。


 きっと、まつりは、そのことも感じていて、でもまるで心当たりのある言い訳か、彼らへの八つ当たりみたいで、訴えることは出来なくて──そうやって理不尽な現実から、目をそらした。



 ──自分一人だけが悪い、で、すべてに完璧に理由が付けられるとは、思わないが、なんとなくでもまとまるのなら、明確で、単純な理由だ。他を考えるような必要はないのだから。


 詳しくは知らないが、それから、不気味な噂だけが先行し、更に周囲から距離を置かれてしまったらしい。この頃から、自殺者を出しやすい人物に認定されたようだし、現に、何人かが、周りで死んでいる。

 
──あいつのことをよく知らないので、代わりにぼくの年齢に当てはめると、ぼくが5歳くらいのときの話らしい。その幼さと、釣り合わない、異様な思考だけが、際立っていたり、遠目で見るにはあまり理解し難い、解体癖などからの印象もあったのだろう。
おそらく、より、不気味さを助長していた。


──誰も、その噂について異議を唱えなかったのは、他の人にとっても、もともと『いつか周りで自殺者が出てもおかしくない人物』で納得出来てしまうような子どもだった、ということなのだろう。
 もともと、あまり良好じゃなかった関係に、完全に亀裂が入ったのは
──まつりが、関係の修復のための努力を諦めたのは、その辺りからだと、ぼくは考えている。

「だから、その……」

何か言おうかと思っていたら、まつりは、なにかを数秒考えてから(──思えばぼくが、いきなり話を変えてしまったので、何の話かとその間で推測したのかもしれない。申し訳ない……)、笑った。
楽しそうに。

「……ふふっ、悪くないとは言わないんだ」

ぼくは、答えない。


「……まあ、最後に会ったのがまつりだったし、たびたび来てて、話してもらった回数が、一番多いのもあったのかも。家族とは話さなかったみたいで……でも、うん、そうだね。ただ、やりきれないだけなんだ」

ぼくは────切り替えた。


「──問題が解けたよ。ヒントが多すぎたくらいだ。お前のやりたかったこと、7割くらいは、わかった」
まつりは、試すような目で、ぼくを一瞥してから立ち上がる。それから、一言。

「さあ、どうだか」


──それは、信頼しないという意味の信頼だった。
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