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03.イン・ポスター

佳ノ宮ささぎ

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「貴方。私の可愛い天使に何ちょっかいをかけてるの?」
背後から新しい声がした。
凛とした、鋭い声だ。

「ささぎ、お姉さま……」
 ボブヘアーの彼女が、硬直する。
心なしか青い顔色をしていた。

「ひさしぶりね。海外出張は、今日までだったのだけど、私、あまり人に言わないから、あなたたちも驚いたでしょう」


 ささぎお姉さまと呼ばれた人物は、本当に、白衣を身にまとった、まつりに本当に本当にそっくりな人物で、ぼくは、開いた口がふさがらない思いだった。しかし眼鏡が似合っていて、まつりよりも、顔立ちに少し、女性的な丸さが見える。

まっすぐに此方に歩いてくると、ぼくたちを通り過ぎ、『彼女』を冷たい相貌で見詰めた。


「──さて。じゃ、もういいわ。貴方は下がりなさい。これは貴方が手を出していいような子じゃないの。早く出ていって」
「で、ですが……」
震える声を出す彼女を、ささぎさんは冷たく睨み付ける。
「下がりなさい」
威圧的なわけでもないのに、有無を言わさない、恐ろしい闇を秘めたような、その声音に、彼女が震えながら頭をさげる。
「す、すみません……」
「いいから、失せて」
にこにこ笑いながら、言葉に刺を感じる。
 まつりから聞く、お姉ちゃんの様子は、ほんわかして可愛らしくて、お菓子作りが好き、という優しさに溢れたイメージだったが、今の彼女のイメージは、今まで、経験したことがなかったタイプのおっかない人間だった。







「はい……」
 迫力に気圧されたような怯えを見せ、彼女は、無言のまま走り去る――――前に、一度屈んでぼくの足元にハンカチを落とした。
意外とおっちょこちょいなのかもしれない。

「あっ、あら、ごめんなさい!」
彼女はそれから優雅な動作でそれを拾い上げ、ぼくにさりげなく、頬を寄せる。
「『その、未来を見透かすような目。いつも気に入らなかった』」

「――――え」

「ね、侵入者さん」

ふんわりと、甘い花の香りが漂う。
「あの……」
けれど、そんな事を考えるより先に彼女の声に微かな怒りのようなものを感じる。戸惑ううちに彼女は言った。

「『宮さんと和さんのレーザーは、いつ殺し合うの?』」

彼女はぼくにだけ聞こえる耳元でそう囁くと、
「ヒロシ君に、よっろしくー!」
と、
今度こそさっさと場を去っていった。















「なんだったんだ? なんか物騒な人っぽかったけど」
ぼくが尋ねるとまつりは肩を竦めた。
「さぁね? たぶん、不審者の事もあって危ないって止めに来たんだと思うよ」
いや。ぼくらが不審者扱いされていなかったか。
保険とか張り付いてるとか、暴力制度とか言ってなかったか。
暴力、排除保険、張り付き……
「ヒロシ君によっろしくー!ってのも、ムーンライト伝説ってのも言ってたよ」
「ムーンライト伝説は初耳なんだが」
まつりは答えない。
「最近個人情報の濫用に厳しくなってきているからな」と独り言をつぶやいている。


――――と。

「まつりさん、ちょっといい?」
ぼくら以外の声がした。
しばらく後輩を見送っていたささぎさんが、いつのまにか此方に来て居る。
「おねえちゃん……」
まつりがそちらを向く。
なんだか少し怯えているようだった。ぼくにしがみついてくる。
無表情で近づいて来たささぎさんの腕がまつりに伸ばされ――――

「騒ぎを起こしちゃだめでしょ、びっくりしたんだから!」
ぐいいいいい。と、ささぎさんの指がまつりの頬を引っ張った。
「ごめんなさいー」


ぼくも共犯なので、慌てて間に入る。
「あ、あの、助けてくださって、ありがとうございます、ぼくらは──」
そのときになって。ささぎさんは、今やっとぼくを認識したらしい。
「ハッ。可愛い……!」
驚いてから、瞬時に抱き付こうとしてきた。
ばさっと白衣が舞い、ほのかに薬品のような香りがしない事も無い。
頬に僅かに眼鏡のフレームが触れる。



「あ、あの……」
 女装につっこんでもらえない。
女装だよ、女子を、装ってるんですけど……
下手に振りほどけないし、どうしようかなと思っていると、ささぎさんが、まつりに腕を押さえられた状態のまま、ぼくに聞く。
「で。あなたが『なとなと』?」
「え……あ、あの。ぼくを、ご存知で……」

「うん。まつりがいつも、黙ってご飯を持ってってたの、あなただったのね。ふふふ。そっか。昔はお姉ちゃん一筋だったあの子が、そんなに──」

「おねーちゃん……!」
まつりが、慌てて間から止めた。

まつりが、必死に彼女の言葉を遮り、ぼくの前に立つ。

「なあに? いいじゃない。私が持ってたはずのあなたのハートを、奪っていった紳士が、どんな人か、気になるだけよ。ねーえ、ハグしていい?」
「え、えっと……」


ぼくが戸惑ったまま固まっていると、まつりが首を横に振って断ってくれる。
「だめ。ななとはいきなり人に触られると、拒絶反応が出るんだよ」
「そうなの?」
ささぎさんが、不思議そうにぼくを見つめる。
「はい……そう、です」

「夏々都は敏感肌だから、ちょっとの刺激が辛いんだよね?」
ぼくは、必死に頷いた。





「あらあら……」

ささぎさんは心配そうにもう一度ぼくを見る。
「────それなら仕方ないわねぇ」
ちょっと残念そうだった。
それからまつりの方を見て、ため息交じりに尋ねる。
「でもどうしてもっと早く、私に連絡してこなかったの? あなたには、帰る日も、お伝えしていたはずよ」
まつりは、困ったように眉を寄せる。
「だ、だって……事前に来たら理由とかいろいろ聞かれるだろうし、今住んでるところ、まだ盗聴されていないか心配だから電話から答えるの恐かったし、ななとの可愛い格好が見たかったし、それから、それから……っ!」
どんどん、目が潤んでいく。泣き出しそうだ。
「おねーちゃん、どこに居たの? どうして、どうして、おねーちゃんは……!!」

ぼくは一瞬、何の話かと思ったけれどたぶん、
あの事件のときのことを指しているのだろう。
ささぎさんは寂しそうに笑って、バカね、と言った。



「ずっと、あちこちに行って、あなたを探してた。本当に、本当に、心配だったのだから。あなたこそ、どこに居たの?」
まつりを抱き締めて、優しく、ささぎさんが囁く。

まつりが嬉しそうに、彼女にしがみつく。
「…………」
その光景に。

ぼくは――――
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