136 / 143
10.前夜祭
にゃんこの絵 /オムライス宜しく
しおりを挟む
ひとまず寮に戻って、食堂を目指そうということになったので、
細かい片付けや対応を任せてぼくとまつりは寮を目指す。
道中は互いに無言だったのもあって、それぞれが考え事をしていたと思う。
ちなみにぼくはというと少しずつ日が暮れかけているせいなのか、あの夜を思い出してしまっていた。
『ご主人様って呼んでいいよ』
と言って、布団に入って来ようとした……あんなことは今まで一度も無かったせいなのか、恐ろしくて、気持ちが悪かった。
たとえそれが自分の母親でも蹴りつけてしまいたいくらいに。
気持ち悪い。理解出来ない。信じられなかった。
『ご主人様って呼んでいいよ』
自他の境界を簡単に無視して、一方的に布団に入って来るような――――
(そんな、非常識な事の為に?)
あんなの、違う……あんなのは、まつりじゃない。
自分の感情だけを優先して、すり寄ってきたりしなかったのに。
噴水を通り過ぎ、寮に辿り着くとまた玄関を抜けて、今度は宿泊棟ではなく食堂へ続く分岐する廊下を進む。
こっち側は初めて向かう道だったが、寮の入り口に地図があったのでなんとなく道筋は理解していた。
道中白い壁にいくつかの絵が飾ってあって、トマト、トウモロコシ、キュウリと続いていたが、一つだけ白い猫の絵が飾ってあった。
作者の名前は『K』とだけ記されており、タイトルは「冷たい部屋の中で」
背景は日差しを受ける窓際とベッドが描かれていて、その真下に布のような塊があり、そこに白猫が座って此方を見ている。
普通の部屋にしか見えないけれど、きっと作者なりの冷たい部屋なのだろう。
「可愛いにゃんこだねぇ」
しばらく黙っていたまつりがポツンと呟く。
「これって、生徒が描いてるのかな」
足の下にある布の塊を服と考えると、人間から猫になったみたいでもある。
(そういえば、動物は裸なんだ――――)
裸と、獣。
ぼくが、何か言いかけたと同時に誰かが後ろから走ってきた。
「オムライス! ねぇ、今日オムライス! よろしくー!」
ドタバタ、と足音をさせながら食堂に叫ぶと数人の生徒に混ざって宿泊棟の階段を上がっていく。
「今日オムライスだっけ」
言いかけた言葉の代わり聞いてみる。
まつりはさぁ?と首を傾げた。
そう言えば今日のメニューは知らなかった。
ミネストローネがあるらしいというのは聞いているけれど。
――――いや。
「生徒じゃ、無いな……」
生徒に混じって、成人女性――――生徒の母親くらいの年齢の女性が歩いている。教員だろうか。
ぼんやり見ていると、彼女はあちこちで生徒に絡み始めていた。
「あっ。椿さんって何処に居るか知ってる?」
「え? さぁ。私は存じませんけれど」
やや困惑気味に生徒たちはそんな事を言い、通り過ぎていき、そのたびに他の生徒を捕まえて話を聞いている。
それでも有力な手掛かりは無いようで、生徒たちの流れが止まると同時に途方に暮れていた。
「困ったなぁ。先に理事長に会って来ようかしら……はぁ、学校はサボるし、婚約者に顔向け出来ないとなると……上の子達は働いているのに、結婚すらも出来ない。何も出来ない子……せめて仕事でも……オムライスが先かな?」
どうやら椿さんと言う人を探しているらしいが、ぼくもまた、椿さんを知らないので特に力になれそうにない。
ただ――――
「この後鬼滅の刃遊郭編みんなで見て笑って、スイートポテトを食べる計画が……あれって、ふふ……何も出来ないあの子はまさに鬼滅の刃の……」
(ただ、なんだか……)
――――好きなものって、ありますか
――――この前も友達に『自分は優しい言葉をかけたのに勝手に発狂した』とか言われちゃうし……
――――好意があると、『それは何なのだろう』って
好意がある、が意味するもの。
内側と外側。
当事者と傍観者。
どくん、どくん、と心臓が音を立てる。
何か思いかけたと同時に、まつりがぼくの服の裾を引いた。
「行こう。絡まれたら厄介だ」
確かになんだか関わると面倒そうだと感じた。
彼女が移動するまで隠れていよう。
細かい片付けや対応を任せてぼくとまつりは寮を目指す。
道中は互いに無言だったのもあって、それぞれが考え事をしていたと思う。
ちなみにぼくはというと少しずつ日が暮れかけているせいなのか、あの夜を思い出してしまっていた。
『ご主人様って呼んでいいよ』
と言って、布団に入って来ようとした……あんなことは今まで一度も無かったせいなのか、恐ろしくて、気持ちが悪かった。
たとえそれが自分の母親でも蹴りつけてしまいたいくらいに。
気持ち悪い。理解出来ない。信じられなかった。
『ご主人様って呼んでいいよ』
自他の境界を簡単に無視して、一方的に布団に入って来るような――――
(そんな、非常識な事の為に?)
あんなの、違う……あんなのは、まつりじゃない。
自分の感情だけを優先して、すり寄ってきたりしなかったのに。
噴水を通り過ぎ、寮に辿り着くとまた玄関を抜けて、今度は宿泊棟ではなく食堂へ続く分岐する廊下を進む。
こっち側は初めて向かう道だったが、寮の入り口に地図があったのでなんとなく道筋は理解していた。
道中白い壁にいくつかの絵が飾ってあって、トマト、トウモロコシ、キュウリと続いていたが、一つだけ白い猫の絵が飾ってあった。
作者の名前は『K』とだけ記されており、タイトルは「冷たい部屋の中で」
背景は日差しを受ける窓際とベッドが描かれていて、その真下に布のような塊があり、そこに白猫が座って此方を見ている。
普通の部屋にしか見えないけれど、きっと作者なりの冷たい部屋なのだろう。
「可愛いにゃんこだねぇ」
しばらく黙っていたまつりがポツンと呟く。
「これって、生徒が描いてるのかな」
足の下にある布の塊を服と考えると、人間から猫になったみたいでもある。
(そういえば、動物は裸なんだ――――)
裸と、獣。
ぼくが、何か言いかけたと同時に誰かが後ろから走ってきた。
「オムライス! ねぇ、今日オムライス! よろしくー!」
ドタバタ、と足音をさせながら食堂に叫ぶと数人の生徒に混ざって宿泊棟の階段を上がっていく。
「今日オムライスだっけ」
言いかけた言葉の代わり聞いてみる。
まつりはさぁ?と首を傾げた。
そう言えば今日のメニューは知らなかった。
ミネストローネがあるらしいというのは聞いているけれど。
――――いや。
「生徒じゃ、無いな……」
生徒に混じって、成人女性――――生徒の母親くらいの年齢の女性が歩いている。教員だろうか。
ぼんやり見ていると、彼女はあちこちで生徒に絡み始めていた。
「あっ。椿さんって何処に居るか知ってる?」
「え? さぁ。私は存じませんけれど」
やや困惑気味に生徒たちはそんな事を言い、通り過ぎていき、そのたびに他の生徒を捕まえて話を聞いている。
それでも有力な手掛かりは無いようで、生徒たちの流れが止まると同時に途方に暮れていた。
「困ったなぁ。先に理事長に会って来ようかしら……はぁ、学校はサボるし、婚約者に顔向け出来ないとなると……上の子達は働いているのに、結婚すらも出来ない。何も出来ない子……せめて仕事でも……オムライスが先かな?」
どうやら椿さんと言う人を探しているらしいが、ぼくもまた、椿さんを知らないので特に力になれそうにない。
ただ――――
「この後鬼滅の刃遊郭編みんなで見て笑って、スイートポテトを食べる計画が……あれって、ふふ……何も出来ないあの子はまさに鬼滅の刃の……」
(ただ、なんだか……)
――――好きなものって、ありますか
――――この前も友達に『自分は優しい言葉をかけたのに勝手に発狂した』とか言われちゃうし……
――――好意があると、『それは何なのだろう』って
好意がある、が意味するもの。
内側と外側。
当事者と傍観者。
どくん、どくん、と心臓が音を立てる。
何か思いかけたと同時に、まつりがぼくの服の裾を引いた。
「行こう。絡まれたら厄介だ」
確かになんだか関わると面倒そうだと感じた。
彼女が移動するまで隠れていよう。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
後悔と快感の中で
なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私
快感に溺れてしまってる私
なつきの体験談かも知れないです
もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう
もっと後悔して
もっと溺れてしまうかも
※感想を聞かせてもらえたらうれしいです
若月骨董店若旦那の事件簿~水晶盤の宵~
七瀬京
ミステリー
秋。若月骨董店に、骨董鑑定の仕事が舞い込んできた。持ち込まれた品を見て、骨董屋の息子である春宵(しゅんゆう)は驚愕する。
依頼人はその依頼の品を『鬼の剥製』だという。
依頼人は高浜祥子。そして持ち主は、高浜祥子の遠縁に当たるという橿原京香(かしはらみやこ)という女だった。
橿原家は、水産業を営みそれなりの財産もあるという家だった。しかし、水産業で繁盛していると言うだけではなく、橿原京香が嫁いできてから、ろくな事がおきた事が無いという事でも、有名な家だった。
そして、春宵は、『鬼の剥製』を一目見たときから、ある事実に気が付いていた。この『鬼の剥製』が、本物の人間を使っているという事実だった………。
秋を舞台にした『鬼の剥製』と一人の女の物語。
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
消された過去と消えた宝石
志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。
刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。
後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。
宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。
しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。
しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。
最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。
消えた宝石はどこに?
手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。
他サイトにも掲載しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACの作品を使用しています。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる