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10.前夜祭

にゃんこの絵 /オムライス宜しく

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 ひとまず寮に戻って、食堂を目指そうということになったので、
細かい片付けや対応を任せてぼくとまつりは寮を目指す。
道中は互いに無言だったのもあって、それぞれが考え事をしていたと思う。




 ちなみにぼくはというと少しずつ日が暮れかけているせいなのか、あの夜を思い出してしまっていた。
『ご主人様って呼んでいいよ』
と言って、布団に入って来ようとした……あんなことは今まで一度も無かったせいなのか、恐ろしくて、気持ちが悪かった。
たとえそれが自分の母親でも蹴りつけてしまいたいくらいに。
気持ち悪い。理解出来ない。信じられなかった。
『ご主人様って呼んでいいよ』
自他の境界を簡単に無視して、一方的に布団に入って来るような――――
(そんな、非常識な事の為に?)


あんなの、違う……あんなのは、まつりじゃない。


 自分の感情だけを優先して、すり寄ってきたりしなかったのに。
















 噴水を通り過ぎ、寮に辿り着くとまた玄関を抜けて、今度は宿泊棟ではなく食堂へ続く分岐する廊下を進む。
こっち側は初めて向かう道だったが、寮の入り口に地図があったのでなんとなく道筋は理解していた。

 道中白い壁にいくつかの絵が飾ってあって、トマト、トウモロコシ、キュウリと続いていたが、一つだけ白い猫の絵が飾ってあった。
 作者の名前は『K』とだけ記されており、タイトルは「冷たい部屋の中で」
背景は日差しを受ける窓際とベッドが描かれていて、その真下に布のような塊があり、そこに白猫が座って此方を見ている。

普通の部屋にしか見えないけれど、きっと作者なりの冷たい部屋なのだろう。
「可愛いにゃんこだねぇ」
しばらく黙っていたまつりがポツンと呟く。
「これって、生徒が描いてるのかな」
足の下にある布の塊を服と考えると、人間から猫になったみたいでもある。

(そういえば、動物は裸なんだ――――)

裸と、獣。
 ぼくが、何か言いかけたと同時に誰かが後ろから走ってきた。



「オムライス! ねぇ、今日オムライス! よろしくー!」
ドタバタ、と足音をさせながら食堂に叫ぶと数人の生徒に混ざって宿泊棟の階段を上がっていく。

「今日オムライスだっけ」
言いかけた言葉の代わり聞いてみる。
まつりはさぁ?と首を傾げた。
そう言えば今日のメニューは知らなかった。
ミネストローネがあるらしいというのは聞いているけれど。

――――いや。

「生徒じゃ、無いな……」
生徒に混じって、成人女性――――生徒の母親くらいの年齢の女性が歩いている。教員だろうか。

ぼんやり見ていると、彼女はあちこちで生徒に絡み始めていた。

「あっ。椿さんって何処に居るか知ってる?」

「え? さぁ。私は存じませんけれど」
やや困惑気味に生徒たちはそんな事を言い、通り過ぎていき、そのたびに他の生徒を捕まえて話を聞いている。
 それでも有力な手掛かりは無いようで、生徒たちの流れが止まると同時に途方に暮れていた。
「困ったなぁ。先に理事長に会って来ようかしら……はぁ、学校はサボるし、婚約者に顔向け出来ないとなると……上の子達は働いているのに、結婚すらも出来ない。何も出来ない子……せめて仕事でも……オムライスが先かな?」


 どうやら椿さんと言う人を探しているらしいが、ぼくもまた、椿さんを知らないので特に力になれそうにない。



ただ――――

「この後鬼滅の刃遊郭編みんなで見て笑って、スイートポテトを食べる計画が……あれって、ふふ……何も出来ないあの子はまさに鬼滅の刃の……」



(ただ、なんだか……)

――――好きなものって、ありますか
――――この前も友達に『自分は優しい言葉をかけたのに勝手に発狂した』とか言われちゃうし……
――――好意があると、『それは何なのだろう』って

 好意がある、が意味するもの。


内側と外側。
当事者と傍観者。

どくん、どくん、と心臓が音を立てる。

 何か思いかけたと同時に、まつりがぼくの服の裾を引いた。
「行こう。絡まれたら厄介だ」
確かになんだか関わると面倒そうだと感じた。
彼女が移動するまで隠れていよう。

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