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09.吉崎先生と知念先生
DVDの中身
しおりを挟む蓋を閉じた裏側には小さな画面が付いているのだが、そこに映像が映りだす。
映像といっても真っ暗で、何処の映像なのかわからない。
微かに見て取れるのは鉄格子。
何かが檻の中で、ギィ、ギィーと唸り声のような、悲鳴のようなものを上げている。
やがて。
それはするどい絶叫へと姿を変えていた。
「ウワァアアアアアアアー」「アアアァアアアアアアアァアアア!!」
薄っすらと見える檻の住民の姿。どこか二足歩行の生き物のように見え、
叫びからは、人間染みた哀愁のようなものを感じてしまう。
しばらくそれが映された後で「猿たちの研究が進んでいます」というテロップが入った。
続いてのカットでは猿が床から何かを拾い上げ、壁に何度も突き刺している。
「ウワァアアアアアアアー」「アアアァアアアアアアアァアアア!!」
観測している研究員たちの含み笑い。
それはやがて、多くの人を巻き込んでの大爆笑に変わる。
そしてぽつりと、白い小さな文字で誰かの言葉が映る。
「私は猿――人類の敵で、すべての悪の根源」
侵略をしに来たであろう猿が逆に捉えられ、研究者によって研究することになりました。研究者たちにとって実に幸運だったと言えるでしょうね。
猿が人類に勝つことは出来るのでしょうか!?
そして、白衣を着た『鹿頭の男』が一瞬浮かび上がると、徐に、担いでいるラジカセでピアノの音楽を流し、担ぎながら踊り始める。
「いぇい! いぇい! ゴーストが出たぜ!」
最後に、『1月11日』という掠れた白文字が闇の中に浮かび上がると――映像は立ち消えていた。
「なにこれ……?」
ささぎさんが露骨に顔をしかめる。
確かに趣味の悪い余興って感じだ。
素人の作った適当なホラー映像のオマケみたいにも見える。
まつりはきょとんと、映像を見ていた。
まるで「懐かしいなぁ」と動物園の思い出でも語るみたいに。
先生?はというと、DVDを入れていたケースを振りながら「これ……、先生、何だろうと思って調べちゃったんですけどぉ……でも、1年ごとに、監視カメラ類のDVDを入れ替えてたので。もしかしたら、保管されてるファイルが一部何かの拍子に落ちてたのかなって思って」
とぼくらに示す。
「ディスクのファイル番号をPCで見ると、うちの監視カメラのファイル名と同じ形なんですよね。その辺のビデオを保存したときの名前じゃなくて……K学園を示す記号と、日付、などが記されてる」
つまり同じようなカメラを使って、学園のカメラを使って撮影されているのか。
昼間の事を思い出してみる。
「校舎に爆発物を仕掛けた」とだけ書かれた紙。
それを見せられたまつりの表情。
ダイヤさんから聞いた、殺し屋を雇っているという言葉。
「ふむ」
まつりは、何かを数秒だけ考えた。
そしてチラっと周囲を見ると、何処かに電話を掛ける。
ぼくも周囲を見渡――そういえばダイヤさんが居ない……?
何処に行ったんだろう。と思っている背後で、まつりが端末を見ながら舌打ちした。
「警察は来ないみたいだな」
「えぇっ!?」
「通報自体が無かったことになってる……どころか、事件なんて嘘だ、虚偽の通報だ、って事にされてる」
「何それ!?」
「理由はわからないけど、まぁ、警察は疑うのが仕事だからなぁ」
まつりは別にどっちでも良さそうだ。
「い、いや、でも、待ってよ! それじゃあ……」
ぼくは、なるべくこの庭の隅の方を見ないようにまつりの方を向いて目で訴える。
それじゃあ、1月11日は!?
あの焼死体は!?
どうしよう!と思っていると、青ざめた先生が視界の端に映った。
「あら……あれは、何かしら?」
あれ、というのは
――道の隅っこ、植木に隠れるように存在する資材小屋の方向。
寮の方角からは、ちょうど噴水や女神像の影になってしまうからかあまり目立って居なかったが、見ようと思えば見る事が出来る。
其処には、消火器の液で濡れた跡が残る、炭の塊があった。
細長い丸太で、先が5つに分かれており、全体で見れば人の手か足のようにも見えなくもない。
先生が、硬直する。
「……一体」
今のところは炭の塊、ということしかわからない。
けれど。それでも、最悪の事態を考えずにはいられない、不気味な形状をした塊だった。
「あぁ……あぁ。あれ、も、も、も、もしかして」
先生の口がわななく。
ささぎさんは、平常心のままだった。
「まだ決まったわけではありません。警察が来ないのであれば、私が分析にかけましょう」
と、迷わず提案した。
「随分燃えているので、難しそうですが……探せば少しでもマシな部位があるかもしれません」
「でも、薬品や機械があるの?」
まつりが訊ねると、彼女はにっこりと笑った。
「それはあるんだけどね……」
「ふうん、じゃあ、そっちは任せる」
まつりはそう言うなり先生に向き直った。
「知念先生。他の先生はどちらに居ますか?」
先生は、困った顔になっておどおどと答える。
「えぇ……えぇとぉ。今日はお休みだからぁ……寮とか、用事のある先生以外は自宅に帰ってると思うけどぉ」
相槌もそこそこに、まつりは余計な時間が惜しいというように端的に次の質問をしている。
「で、寮には誰が残ってますか?」
そのときだった。
寮の方から、キャアアア!と甲高い悲鳴が上がる。
複数人が一斉に叫んでおり、ただ事では無さそうだ。
「また寮!?」
ささぎさんが驚く。
――そのとき、ふと、ぼくは見た。
何気なく向いた校舎側――校舎の屋上のところに男性のような人影が立っている。
立ってこちらをじっと、見つめているような気がした。
(え……)
それは、一瞬、ぼくの方を向く。ぞわっと肌が粟立つような感覚と、寒気。
あの人、どうして今の屋上に上ってるんだ?
――と思った次の瞬間、人影は見えなくなった。
高さがあったので物陰の死角になっているんだろう。
「どうかしたの?」
まつりが話しかけてくる。ぼくは首を横に振る。
「どうもしないよ」
まつりは不思議そうに首を傾げたものの、追及はしなかった。
2023年7月23日 01:07
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