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07.レタスと1月11日
殺し屋
しおりを挟む――――でも、確かにそうだ。殺し屋が居るなら依頼人が居る。
「そういえば、此処の事務員、知らない? 探している」
まつりが唐突に尋ねる。
「誰かしらいるでしょう。行方不明にでもなったの?」
彼女はやはり呆れたようにまつりに言う。
まつりは、誰も「居ないよ」と言った。
居ないって何? と混乱するダイヤさん。
「ご主人様」
ぼくは思わず口を挟む。
「何ー?」
まつりは雑に応答し、ぼくは続けて訊ねた。
「あのこと、言っても良いやつ?」
まつりはなぜか数秒迷っているようだったが、やがて、「うーん……そうだなぁ、言っても変わらないと思うけど、許可しましょう」と言った。
「さっさと言えば良いのに、なんでこの人の許可がいるの」
ダイヤさんは不満そうだ。
そうか、彼女の方は、知らないのか。
「だって、ご主人様だからね」
えっへん、と胸を張るまつり様。端末で何処かに連絡している。
「ご主人様!?」
「えぇ。そうです。ご主人様。ぼくの命は、まつりが持っていますからね」
ダイヤさんが、訳がわからないという顔をする。
単なる量産型小説の設定みたいに思われるのは遺憾というか複雑なのだが、まぁ分からなくてもいいけれど。
まつりはいつもの笑みを浮かべて言った。
「うん。自分では持つことが既に不可能となった意識の基本情報部分を代用すると思えばいいかな」
記憶力がいい人が特定の範囲で記憶力を発揮するその反面、
物の位置や、道順などの極端な情報判断が苦手となる例をご存じだろうか。
通常、
道を歩いて良いのか、とか、これを触っても良いのか、とかの判断に置いて基準として重視される『経験』や『体感的記憶』──それらは、自らが知覚し行動する自由意思から生み出されるのだが……
記憶力を持つ人が、その部分も適切に情報を処理し、記憶しているとは限らない。
これには記憶を更新、最適化する部分の問題、
あるいは感情的な拘り等様々な推測がたてられている。
本来、生活の中で緩和や改善を試みると思うのだが、ぼくの場合は違う。
わけあって常に生活が監視されている身であるぼくには、
それを自分の内側に持つことそのものが困難だった。
よって『その道で』『その物で』合っているのかという不安を常に目に映るあらゆる物体、概念に覚えつつ、明確に理解出来ない物に囲まれた生活を強いられるのだが――
「とにかく。夏々都が望んで、まつりをご主人様にしたんだよ」
まつりが言い、ぼくもそうですねと言った。
――視えても、視えなくても、まつりが選ぶなら、ぼくはきっと、怖くないから。
ダイヤさんはやはりわかっていないようで、きょとんとしているだけだった。ぼくは強引に話題を変えた。
「まぁ、それは後にしましょう。
事務室は、血塗れになっている以外に、中に誰も居ませんでした」
「あら」
ダイヤさんが微かに目を見張る。
記憶を思い返してみると、血はかなり飛び散って居たものの、もがくような手形足形が殆ど無かったのも気になるところだ。
ヒトの身体をスタンプしたような血が、7人分くらいあった、くらいで。
推測だけで言うなら、これは誰かが、どこかしらで殺人した遺体を、
『改めて事務室の中に持ち込んだ上』、切り刻むなりしているのだろうという事になる。
「でも、それにしたところで、かなり飛び散ってるんだよな」
うーん……
「時間が経った肉の方が解剖するときには汚く出血するんだよ」
まつりはまつりで、そんな事を言う。
刺殺程度ではなく、刻まれればあのくらい飛び散るというのもあるだろうか?
「まぁ、鮮度の良い奴に比べて変に脂ぎって生臭くなるけど、ね」
考えて居る横で、まつりは美味しい肉の捌き方を解説している。
おえ……想像したくない。
「だけど、そう、それなら、血の付いたグッズがまだどっかにあるかもなんだな。気軽に捨てれないから」
「グッズって言うな」
滴下血痕が、それを示していると思ったからぼくはあの中庭に出て、
――――何故か屋根にいる界瀬さんと出会ったのだが。
「そう……事務室の内線の直後に……」
ダイヤさんはというと淡々と何か思案している。
「何か知ってる?」
まつりが端的に聞いた。
「私も、組織には居たけど、別に、居ただけで、直接そこまで何かしてたわけじゃないし……あのババアほどいかれちゃいないもの。でも、手慣れてる、ようには思う」
手慣れてる、か。確かにそうかもしれない。
少なくとも唐突に殺して、バラバラにして、気付かれないように死体だけ焼いて、という作業を7体?分こなすなんてとても素人が突発的にやっているとは思いたくなかった。
事務室には、監視カメラがあった……と思うけど。
記憶を思い返してみればそんなものは無かった。
いや……そういえば黒い留め具みたいなものはあった。ネジで挟み込んで壁に固定するものだ。しかしカメラは本来ある筈の位置に、存在していなかったのだ。多分物理的に撤去されているのだろう。
管理室のモニターだけなら……とも思いそうだが、
用意周到な犯人なら、中のSDカードまで持ち出しているかもしれない。
――――と、その辺で、まつりが端末を耳に当てる。
「あぁ、ご苦労様」
とか「そうか」とか無表情で言いながらなにやら、一言、二言、挨拶を交わした後、突如スピーカーモードにして、ぼくらにも声が聞こえるようにしてきた。
『学園側の殺し屋――ですが――どうも悪質な依頼を受けてきた犯罪のプロのようですね。その、政界関係者や、何処かのVIP御用達の』
リュージさんだ。
まつりの知り合いの一人で、今は刑事?か何かをしていて――――
あと、まつりのパシ……下僕である。
前回の事件の時に世話になった。
「ふうん、思ったより詳しいね」
まつりが淡々と言うと、彼は「えぇ、ちょっと……」と言葉を濁した。
表で言えないような方法で調べたのだろうか。
『わがままを言うと、もう少し、高解像度だと分かりやすいと言う事ですが』
「ごめん、今んとこ、それしかないや」
っと、話を切り替えて端末を閉じたまつりはやれやれと言うように呟いた。
「なんだって?」
ぼくが聞いてみると、まつりは、もうじき死体を調べに来るみたいだと言った後、だけど通報しても組織としての警察が来るかについては『いろんな理由で』難しいかもしれないと答えた。
少なくとも確固とした証拠が無いと逆に、此方に嫌疑がかけられて危ないかもしれないそうだ。(まぁ、不法侵入者だしな……)
それに、まつりやぼくたちそのものを目の敵にする連中もあちこちに居る。事情のでっち上げにちょうど良いなら利用されかねない。
「そっか……でも、その、殺し屋の情報なんか出回ってるもんなのか」
「さすがに今回はレアケースだからね。ちょっと非正規《チート》してみた
」
そう言いながら、まつりは端末側のカメラで黒焦げになった遺体?を撮影する。それから持っているカメラでも、写真を撮影していた。
ぼくも一応、目の前の光景を記憶する。
――――わかってはいるけれど、黒焦げになった何らかの不気味な塊を直視し、記憶するのはそれなりに気分が悪かった。けれど、慣れるしか、無いのだろう。
「元上司は相談程度の話ししかしていなかったようだ。それを、殺害依頼と受け取り、依頼金を要求……あれじゃ自分が全て悪かったなんてことは、口が裂けても言わないだろうな」
「まったく、だから、言ったのに」
ダイヤさんが呆れたようにため息を吐く。
「殺し屋…ルビーたんはワイヤー使ってたよな」
ぼくは一応呟いてみる。
まつりは肩を竦める。
「使おうと思えば何でも使うと思うけど」
と、そこまでで言葉を止めた。
「けど?」
続きが気になって、言葉を繰り返す。
まつりは、なんだか寂しそうに呟いた。
「……うさぎの首を跳ねたのも、同一犯なのかな」
2023年7月9日11時45分‐2023年7月16日23時03分
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