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07.レタスと1月11日
異臭とレタス
しおりを挟むそしてまっすぐに、道の隅っこ、植木に隠れるように存在する資材小屋の方を指差す。
ぼくらが居る側からはよく見えるが、寮の方角からは、ちょうど噴水や女神像の影になってしまうからか、あまり目立って居なかったが……
そこに──火があがっていた。
「たった今燃えたみたい」
何が燃えているのだろう、なんというか、これは……
「お肉のにおいだねぇ」
まつりはどこか陽気に言いながら、そちらに歩いていく。
喝采を浴びせるかのように火が弾けていて、さっきからもくもくと沸いている煙が目にしみる。少し、怖い。
「そういえば松本の人、なんでお肉捨ててたんだろ。全部焼いちゃえばいいのにねー」
まつりは、呑気にそんなことを言う。
「焼ききれないお肉を捨ててたのかなぁ」
「なぁ」
ぼくは、ふと、火の隙間からちらちら見える黒い塊を見て言った。
「ん?」
「これ、なんか変じゃないか?」
これとは、火の隙間から見える、黒い何かの炭だ。
それは細い丸太みたいで、その先端は樹木のように5つに枝分かれし――――
「おぉ。普通の死体だね」
まつりはぱちくりと瞬きした。
死体に普通とかあるんだろうか。
「……だよな」
何のかはわからないけど、何かの死体のように見える。上に向かって助けを求め伸ばされた腕のように、まっすぐな丸太が斜めに伸びている。
「やっぱこれ、指かな」
まつりは少しだけ悲しそうにそれを見ていた。
通常の豚には指が5本も無いし、鳥だって牛だってそうだ。
「……焦げてないか聞かれる毎朝、ねぇ」
まつりは、さして興味も無さそうに口にする。
いまのところ、歌詞と事件が関係すると断言できないけれど、それでもなんとなく、気になってしまう歌詞。
「――もしかして、事務員の死体だけ見つからないのって、まさか、少しずつ、毎朝焼いてるから?」
はっとして言ってみたが、まつりは特に表情を動かさなかった。
「さぁね、何の肉かわからないし。とりあえず、鑑定……出来ると良いんだけど、火を消すもの持ってこないと……」
「え、あっ、そうだ」
こういう時って、とりあえず水、で良いんだろうか?と、聞こうと振り向くと、まつりは何か考えていた。
「どうかしたのか?」
「いや、仮にあの部屋で殺したとしても、此処まで運ぶ間に――『二人』に見つからないなんて――」
界瀬さんたちのことだろう。
ぼくは霊感とか超能力者とかには詳しくないけど、話に聞く通りだと、遠くの景色を脳内で見る事が出来たはず。
「そうかな。偶然じゃないのか? 何か藍鶴さんを探してるって言ってたし忙しかったとかさ。ファンタジーじゃないんだから能力に責任を負わせるのはよくないよ」
「そうだけど、そういう意味じゃない」
んん?
どういう意味なのだろう。
能力の責任の話じゃないとすると、二人が通るルートと、犯人が接触してるはずだと言う事か。
「まぁ、そういう意味だったとしても、強い殺意があれば察知していても不思議じゃないけど」
まつりは、それだけ言うと、ふらっと寮の方に歩いていく。
噴水の水か、あるいは、消火器か……
「水使うのは良く無かったような……え、えっと、消火器、でいいのかな」
救急車が消防車も呼んでくれないだろうかなどと考えて居る場合ではなく、寮まで走る。
道中、ぼんやりと考えてみた。
――――ルート……
ぼくはあの血を見つけたとき、どうした?
「……」
足元を見る。綺麗なままだ。
「なぁ」
ぼくはすぐ後ろを『歩いて』いるまつりに言う。
「ん?」
まつりは不思議そうにぼくを見た。
「此処って今、殺人犯とか、危ない人が居るんだよな」
まつりは嬉しそうに首肯く。
「そうだよ。それもヤバいやつばかりだぜ」
――あ。
い、いや、そうじゃない!
そうなのか!?
わけがわからなくなってしまう!
「えっと……日本刀立てこもり犯とか」
「あぁ」
「でも、みんななにも触れてない気がするし、やけに静かだと思わないか? 今日は土曜日って言ったってさ」
正直頭のなかは倫理と常識と情緒がない混ぜになっていた。そういえば椅子についてたのはどうみても刃物の跡だったけれど、日本刀とは限らない……でも、もしかしたらとも考えずにはいられないし。
「その……日本刀立てこもりが起きてるわりには、みんな出歩いてたよね? 理事長だって秘書さんだって何も言わなかった。おかしくないか?」
「まあ、閉鎖空間なのに、『俺の悪口を言ったのを見たぞ!』と外から電話が掛かってきてる次点ですでに突っ込みどころしかないし、おかしいけど……」
ネットマナーでいう、晒し行為だぞ、と。
晒しを正当化して、脅迫までしている異常者なのだ。
「実は、必要もないのに無理矢理同じ土俵に立たせて一方的に戦ってふんぞり返ってたのが真相だからびっくりだよね」
まつりは、あまり緊張してないのか、そう見えるだけなのか、きょとんとしたままだ。それどころか、「さて、みんなが静かなのはどうしてでしょう!」
と出題してきた。
「え……えっと……えぇっと……」
なんて言っていると背後でシュー、となにか吹き掛ける激しい音。白い煙が舞い、こちらにも跳んでくる。何事かと振り向くと、居たのは消火器を吹き付けるダイヤさんだった。
「はぁ……あのババアといい、お姉様といい、どうしてこう……変なのが沸くのかな」
つまりね、とまつりはニッコリ笑って言った。
「雇ってたんだよ。殺し屋を」
7月5日PM7:49
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