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05.理事長
日本刀立てこもり事件
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「理事長……」
しばらく無言を貫き、ドアのそばに凭れていた秘書さんが、彼女を呼ぶ。
通話は終わったらしい。
受話器を握ったまま、理事長は呆然と言う。
「職員が……しょくいんが」
「どうかしたのですか」
秘書さんが淡々と聞くが、彼女はなかなか口を開かない。
「職員が犯人でしたか」
「わからない」
「わからない?」
理事長が恐る恐る口にした内容。日本刀を持った何者かが事務室に現れ、『死んでやる!』と言いながら立てこもっている報告があった、ということだった。立てこもりがどうなったか聞こうとしたところで不自然に連絡が途切れたらしい。
誰しも言葉を失う。
理事長は、口をぱくぱくと動かすだけで、言葉を紡げなくなっていた。
「一人、残らず?」
「――――わからない」
「わからない、とは」
理事長は、口をぱくぱくと動かすだけで、言葉を紡げなくなっていた。
「まつり」
ぼくは、まつりを見上げる。
「行くぞ」
まつりはばさっと白衣を翻して廊下に出ていく。
ぼくも頷いて部屋から飛び出す。廊下を走ってはいけない、とは誰にも言われなかった。
事務員の部屋は、職員昇降口のある、正面玄関を少し右に曲がった辺りにあった。
学校が大きいからか、ここの職員も多いのだろう。
部屋は広い。
受け付けが窓から出てこないし、ドアに鍵がかかっていないので、ぼくらは中に直接侵入した。
「失礼します……」
中を、見渡す。
血の海。
血の赤が、あちこちにペイントされている。
花が広がるような丸い形に、インクの滲んだ資料が床に散乱し、ガラスにはヒビが入り、椅子は、切れ込みがカレイの煮付けように入って、内側の綿やスポンジが見える。
味気ない、事務椅子と机の、灰色の世界が――
こうも、赤に塗り替えられた様は、なんというか。
地獄だ。
「……うわ」
ぼくは特に感想が出てこない。
あの切れ目は日本刀によるものだろうか?
一体何を思ったらこんなに部屋中をズタズタにすることになるのだろう?
さっきの電話、途中までしか聞こえなかったけど、
――――職員が犯人でしたか
――――わからない
――――わからない?
秘書さんが恐る恐る口にした内容。
日本刀を持った何者かが事務室に現れ、『死んでやる!』と言いながら立てこもっている報告があった、ということ。立てこもりがどうなったか聞こうとしたところで不自然に連絡が途切れたらしい。
――――名前や番号は聞いてなかったの?
――――ナンバーディスプレイでは無かったので……なんか理事長を出して欲しいと言ってましたが悪戯だと思って、ぼくは早くお家に帰ろうね~!と。
――――……
(それから、掴み合いの喧嘩になっていた)
まつりはというとすぐ目の前で、無表情で、あるはずのものを探していた。
そう、体。人間の、体。
こんな惨状でありながら、死体は見つからないのである。
「なぁ、これ、どう思う?」
……返答が無い。
でもなんだか、嫌な予感がした。漠然と確かな実感を持って。
「……まつり」
ふと、右隣のまつりを、見る。ばらばらにしか、興奮しないアブノーマルで、壊れた幼馴染みは、無表情――――だが、
「はぁっ――はははっ……」
しばらく無言を貫き、ドアのそばに凭れていた秘書さんが、彼女を呼ぶ。
通話は終わったらしい。
受話器を握ったまま、理事長は呆然と言う。
「職員が……しょくいんが」
「どうかしたのですか」
秘書さんが淡々と聞くが、彼女はなかなか口を開かない。
「職員が犯人でしたか」
「わからない」
「わからない?」
理事長が恐る恐る口にした内容。日本刀を持った何者かが事務室に現れ、『死んでやる!』と言いながら立てこもっている報告があった、ということだった。立てこもりがどうなったか聞こうとしたところで不自然に連絡が途切れたらしい。
誰しも言葉を失う。
理事長は、口をぱくぱくと動かすだけで、言葉を紡げなくなっていた。
「一人、残らず?」
「――――わからない」
「わからない、とは」
理事長は、口をぱくぱくと動かすだけで、言葉を紡げなくなっていた。
「まつり」
ぼくは、まつりを見上げる。
「行くぞ」
まつりはばさっと白衣を翻して廊下に出ていく。
ぼくも頷いて部屋から飛び出す。廊下を走ってはいけない、とは誰にも言われなかった。
事務員の部屋は、職員昇降口のある、正面玄関を少し右に曲がった辺りにあった。
学校が大きいからか、ここの職員も多いのだろう。
部屋は広い。
受け付けが窓から出てこないし、ドアに鍵がかかっていないので、ぼくらは中に直接侵入した。
「失礼します……」
中を、見渡す。
血の海。
血の赤が、あちこちにペイントされている。
花が広がるような丸い形に、インクの滲んだ資料が床に散乱し、ガラスにはヒビが入り、椅子は、切れ込みがカレイの煮付けように入って、内側の綿やスポンジが見える。
味気ない、事務椅子と机の、灰色の世界が――
こうも、赤に塗り替えられた様は、なんというか。
地獄だ。
「……うわ」
ぼくは特に感想が出てこない。
あの切れ目は日本刀によるものだろうか?
一体何を思ったらこんなに部屋中をズタズタにすることになるのだろう?
さっきの電話、途中までしか聞こえなかったけど、
――――職員が犯人でしたか
――――わからない
――――わからない?
秘書さんが恐る恐る口にした内容。
日本刀を持った何者かが事務室に現れ、『死んでやる!』と言いながら立てこもっている報告があった、ということ。立てこもりがどうなったか聞こうとしたところで不自然に連絡が途切れたらしい。
――――名前や番号は聞いてなかったの?
――――ナンバーディスプレイでは無かったので……なんか理事長を出して欲しいと言ってましたが悪戯だと思って、ぼくは早くお家に帰ろうね~!と。
――――……
(それから、掴み合いの喧嘩になっていた)
まつりはというとすぐ目の前で、無表情で、あるはずのものを探していた。
そう、体。人間の、体。
こんな惨状でありながら、死体は見つからないのである。
「なぁ、これ、どう思う?」
……返答が無い。
でもなんだか、嫌な予感がした。漠然と確かな実感を持って。
「……まつり」
ふと、右隣のまつりを、見る。ばらばらにしか、興奮しないアブノーマルで、壊れた幼馴染みは、無表情――――だが、
「はぁっ――はははっ……」
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