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04.まつりとささぎ

関係性

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  ささぎさんが、まつりは、調理しているのでは待てないみたいだと判断し「部屋には今これしかないから」とベッドの下から非常食のカップ麺を取りだし、分けてくれた。
 それは、普通に買うとちょっとお高めだが、でもわりかし庶民的なものだ。
「良かったな」
と、まつりに言ってみるが、そいつは黙って、きちんとお行儀よく、お湯を入れた醤油味の麺が出来上がるのを待機する。
「……ほんとに待ってれば食べられるの?」
興味深いらしく、そいつは真剣にカップを見つめる。
「そうだよ、待ってれば食べられる」
「なんで?」
「なんでだっけ、底の方が、空洞になってて……? えっと……とりあえず増えるワカメみたいな感じじゃない?」



適当なことを言っておく。ぼくも知らない。
「ふうん……でも、あれ、増えてるわけじゃなくて、解きほぐされただけだよね」
「まあ、そうだろうけどさ」
増えてるみたいに見えるじゃん、と言ったところで、まつりは思い出したように「でも、まひろくんだと、すぐ高いのにしようとするんだよなあ」と言った。
「ん?」
「まひろくん、遅刻したらめちゃくちゃうるさいおネエだって」
「そりゃわかるが」
 まつりはいつも会話が唐突に変わるので、まひろくんがどうなったか知らないがまあ、深く気にしてもどうしようもない。
「おネエの話なんかするから思い出した。まひろくん、すぐ高いの食べたりするし待たないから。すぐ高って呼ぶ……」
「なんか料金プランみたいだな」




 ぼくらがしばらく会話をしていると、ふとささぎさんが、珍しそうにこちらを見ているのに気づく。

「どうかしました?」
「いいえ。まつりは、大切な人にこんな顔をするんだぁーと、思ってね」
「……?」
よくわからない。
まつりはまつりで、充分な時間が経ってないのに蓋を開けようか迷っていて、聞いちゃいなかった。
そのまま、数秒、ぼくらは静かに座っていたが、またしても、ささぎさんが、唐突なタイミングで改めて、ぼくらに聞いてくる。



「ねぇ、夏々都くんはどっちなのぉ? 抱くのと抱かれるの」
「…………えっと、お姉様」
なんだこの話題。
ぼくだけが、変な汗をかいてしまう。
「あの……!」
すごいことを、さっきの恥じらいはどこへやら、(気が緩んだのかな)
すごく真面目に聞かれて、めまいがする。
まつりは相変わらず、じいっとカップ麺とにらめっこしている。



「ぼくらは、そういうんじゃないですから」
おろおろしながら答えるが、ささぎさんは、納得いかない様子だった。
笑顔のまま、ぼくに詰め寄る。
────威圧感。
「でも、まつりが『ああいうもの』だ、と貴方は知ってるのでしょう? どうしてかな。あれは、表に出してはならないのに。そういう関係だった、くらいしか、答が浮かばないのだけど。腕だって──なんで、あんなに上着を着込むか──予想はついてるでしょう?」
「……それ、は。でも、まつりはずっと、服なんか脱がなかったですよ。それは本当。ずっとそう」
「フフフフ。だとしたら、あなたが《そっち側》だったのかしら? まあそれもそうね……いえ、もしかして、それより悲惨かも? 幼いあの子の、まつりの生け贄。可哀想に……」
「……答えるわけ、ないでしょう」
「そうね、フェアじゃないか。じゃあ私が、ひとつ質問に答えるなら、あなたも答える?」
まつりを、ちらりと見る。麺が出来上がったらしい。目を輝かせて、蓋を開けていた。たぶん、この様子だと、話を聞いてないだろう。
「……じゃあ、聞きたいことが、あります」
「ええ、なんでもどうぞ」
ささぎさんは、余裕な表情で、ぼくを促す。ぼくは、一呼吸置いて、それから、口を開く。
「あなたたち、どうしてそんなにそっくりなんですか」
「おぉっと」
意外だ、と言うように、彼女は目を丸くした。
「これはこれは。なかなか、鋭いな。痛いところをつかれたって感じ?」
「双子とか三つ子でもいいけど、だとしたら、年代が、違いすぎる」
「ええ。同じ日に生まれなくちゃね」
「……兄弟でも、そっくりっていうのはあると思う。でもあなたたち、なんていうか、あまりにも、そっくりです。ここまでそっくりなんてこと──」
 何がといえば、何もかも。性格は、ささぎさんが、おっとりしているけれど、眼差しや、息のつきかた、指の動かしかた、瞬き────細かい点で、あまりにも、まつりに似ている。うまく言えないけれど、なんだか。変だ。
「人形みたい? それか、コピーされたクローンか何かみたい?」
「そ、れは……」
「まあ、私への質問だったね、うん……そうだなあ、まつりと私が似ているのは、認めます。でもね」
「はい──」
「まつりはメイド好きだけど、私はメイドより執事が好き!」
「知らねえよ!」
はぐらかされた……
しかし、ささぎさんにも、答えるのが難しい質問だったらしい。
「何の話かと思えば、その話か」
と。しばらく嬉しそうに麺をすすっていたまつりが、呟いた。



──まつりが、戻ってきた。大人びた佳ノ宮まつり。呆れたようにぼくらを見ていた。
 まつりがメイド好きだという話を指しているならぼくとしては、気が楽だったが、たぶん、そうじゃない。



「まつりが、お姉ちゃんとそっくりな理由──ね」
まつりは、クスクスと笑う。何がおかしかったのだろう。
「でもほら、たとえば人体クローンは技術的には可能だけど、製造禁止なんだよ? なんでかわかるかな」
「死の、尊厳が、揺らぐから?」
ぼくが、咄嗟に言うと、まつりはそうだね、20点、と採点して続ける。
「これはちょっと、突っ込むところもいくつかある例えだけど──たとえばものすごい犯罪者が居る。そいつが、自分そっくりなクローンを作り、世界中に流すだろ? どれがそいつなのか、世界は大混乱。的な」
「なるほど……」
「まあ、リアルなのは、人身売買がより気安くなることかもね。人間製造工場ー、なんちゃって。ブラックどころじゃない、ジョークにさえならない問題だね」
「……そうだな」



「んで。そもそも根本的な問題だ。同じような遺伝子でも、全く同じ性格になるわけじゃないことは、わかるよね。違う遺伝子でも、一見似たように見える人間はいる」
「ああ、兄弟でも、わりと性格は違うからな。双子も──ああ、つまり」
「そ。心が独立すれば、それは、個人なんだ。同じような見た目でもね。記憶や経験が頭の良さだったらさあ、生まれてまもない赤ちゃんが、完全に親のそれを引き継いで生まれてるわけないでしょ? 芸術面とか体質は、影響することがあるらしいけど。それ以外は結局環境や、時代に伴う必要性もあるわけだから」
「心は、そのときの、個人にしか所有出来ない、か……──だから同じ思想の、同じ心のコピーが出来上がるとは限らない」



「そう。人間は作れても、完全に同じ人間は、だから、本来作れない」



話に飽きたのか、そこで、話題を切りあげ、まつりはまた、麺をすすった。クールなふりして口の周りがべたべたである。



(2021/6/21/23:09一部加筆




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