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04.まつりとささぎ

佳ノ宮ささぎ

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 こっちは『事件』に合っている。
それも社会全体が揉み消し、なかったことになってしまうほどの事件だ。
ぼくに長いこと口止めの圧力をかけ続け、まつりが錯乱し続けている事件だ。
加害者だけでなく被害者も含め、変な話題になったり探られると危ない。

(だからこういう予告不可能な突撃訪問をすることになってしまうわけだ)
なるべく裏側の事情を知る接触者を少なくしなくてはならない。
(巻き込まれ追い出された側なのに、圧力がかけられるなんてどこか不条理な気もするが悲しいことに、これまでの経験で慣れてきてしまった)
「名乗ったら名乗ったで、お父様とかに連絡が行って、殺しに来るかもしれないからね!」
「あなた……何を、言ってるの?」
「これはまぁ軽い冗談なんだけどさ」


 相手──前髪をピンでとめた、そばかすがチャーミングな、ボブヘアーの女の子は、むっとした様子で、ぼくらを睨む。そんな軽い冗談があってたまるか。
 ちなみに実の親やきょうだい、親戚総出で潰しにかかっていた子どもこそが、まつりなので、そんなに笑えなかったりする。大人には出来ないことをしてしまうと、出る杭として人はそいつに殺意を覚えるという典型だ。

 今でもこいつはそこに居るだけで「消えてくれ」と言われている。
これについてはある体質を持つぼくも同じようなもので、「目の前に出てくるな」とか軽い挨拶をされるのが日常と化していた。
まぁ、そんな意味では軽い気持ちであって、『このくらい』冗談なのかもしれない。
 なんにしても侵入者のフレンドリーな受け答えが不本意らしい。
「ふざけないで。理事長に会わせる理由を言って。みんなを呼ぶわ」
「呼びたかったらどうぞ。その前にあなたの前髪をさらに短くするくらい、簡単だよ」
「…………!」
「ぼくの前髪、こいつが切ったんです。なかなか上手いでしょう」
「ちょっと黙ってろ」
まつりに睨まれた。
うう……。



「……わかった。でも私は一歩も引かない。まず、理由を言って」
彼女がなお引き下がる。まつりは肩を竦めて言った。
「この子の転入手続きの不備を」
ぼくの肩にぽんと手を置いて。彼女は騙されなかった。
「そんなの、それこそ、こそこそ入らなくていいと思うわ」
「……うーん、事情が込み入ってるもんで、学生には刺激が強いからさ……言えないんだよね」
まつりが曖昧に答える。彼女は、さらにむっとした。
「あなたも子どもでしょう!」
「子どもじゃな──」
反論しかけたまつりの口を押さえてから、ぼくは頭を下げる。
「お願いします……理事長にあわせて欲しい。こんな身勝手なこと言って、都合がいいのはわかりますが、でも──それしかなくて」
「それしかない? そりゃ犯罪者はそれしかないのね。そんなの不可能」
彼女は、戸惑いを浮かべて、少し、考えて、それから────










「私の可愛い天使に何ちょっかいをかけてるの?」
背後から新しい声がした。凛とした、鋭い声だ。
「ささぎ、お姉さま……」
 ボブヘアーの彼女が、硬直する。心なしか青い顔色をしていた。
「ひさしぶりね。海外出張は、今日までだったのだけど、私、あまり人に言わないから、あなたたちも驚いたでしょう。会えて嬉しいわ。でも、ああ、それどころか、こんな贈り物まであるなんて……! いきなり放送であれが聞こえたから、何かと思って探してみて良かった」


 ささぎお姉さまと呼ばれた人物は、本当に、白衣を身にまとった、まつりに本当に本当にそっくりな人物で、ぼくは、開いた口がふさがらない思いだった。しかし眼鏡が似合っていて、まつりよりも、顔立ちに少し、女性的な丸さが見える。



「──さて。じゃ、もういいわ。貴方は下がりなさい。これは貴方が手を出していいような子じゃないの。早く出ていって」
「で、ですが……」
震える声を出す彼女を、ささぎさんは冷たく睨み付けた。
「下がりなさい」
威圧的なわけでもないのに、有無を言わさない、恐ろしい闇を秘めたような、その声音に、彼女が震えながら頭をさげる。
「す、すみません……」
「いいから、失せて」
にこにこ笑いながら、言葉に刺を感じる。
 まつりから聞く、お姉ちゃんの様子は、ほんわかして可愛らしくて、お菓子作りが好き、という優しさに溢れたイメージだったが、今の彼女のイメージは、今まで、経験したことがなかったタイプのおっかない人間だった……



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