24 / 143
03.イン・ポスター
怪しい会話
しおりを挟む着地。
ぼくは少しよろけたが、まつりは隣で涼しい顔をして白衣のほこりを払っている。植え込みはさほど乱れていない。
「さて、此処からどうするかな」
姿勢を立て直し、辺りを見渡す。
放送室から出て来て、校庭の植え込みに居るってわけだけど……
なんだか、整備された森の中みたいでちょっぴりワクワクする。
とはいえ、ずっと此処に居たら不審者だし、もう一度中に入るしかないのだった。
まつりはきょろきょろと校舎を見渡す。
「さっきのところ、まだ開いてるかな……もう閉めてあるかな」
「そういえば、さっきはどうして、廊下の窓が開けてあったんだろう」
ぼくは素直な疑問を口にする。
まつりは、それはね、と何か言おうとした。
のだが、それは途中で止まってしまった。
植え込みの陰を抜けて、最初に来た入口に向かっていると今度は進行方向の近くの廊下から叫び声がしている。
「ねぇどういうこと!? あれさ、同じ人が引っ越して変えてたってこと!? つまりあの人でしょ。はぁ? 知らないんだけど!!あれささぎなんだよね? なんか違うって言ってる人居たけど、あれささぎだよね?」
「あれはささぎですよ。違うって誰が言うんです?」
「だよねー--!!!!あー-!! 今までどこに居たの? 住所知ってたらついていったのに!今度調べてあちこちに晒して貼り付けてやるんだから」
「松本もいっつも名前変えますよね!」
ドッ、と笑い声があがる。なんだか恐ろしいノリだ。
「うわー、何処でなにしてようと自由なのにね?」
まつりは不愉快そうに呟く。
同じIDと見た目を利用して侵入できるとはいえ、ささぎさんもささぎさんで熱烈な大歓迎を受けていたとはまつりも思わなかったのではないだろうか。
静かに穏便に侵入はこの段階で無理そうだなとぼくは早々に悟った。
「昔運動部の使ってた薬缶場所あちこち移動するから、松本とか、それこそ名前とか全部書いておこうってことになってー結局学校中から近所中かけて探し回って、どう見てもウチの薬缶あれば回収お願いしますっていって回ったなぁとか。事前に場所や名前を言えないやつが多すぎるんですよ」
「え、サイコが? そこまでして探してくるくらいなら買えばいいのに」
「さすがに備品は自腹出したくない。ムカつく、あいつら、ちゃんと事前連絡出来ないから備品も返せないし」
――――しかし、なんだろう、この、人を人とも思っていないかのような。
怒り方がおかしいっていうか。
なぜ、彼女たちに逐一居場所や個人情報を把握させなければいけないのか?
そんな義務はない筈だけど……備品に対する執着も変だ。
「なぁ」
ぼくは言う。
「此処って基本的に、中流とか上流とかの人がいるんじゃないのか?」
こそっと尋ねると、まつりはただ肩を竦めた。
「一般生徒も多いよ。まぁ、入れれば」
けど……この様子、というか、さすがに、創立関係者のお嬢様である
ささぎさんを呼び捨てにして怒っている度胸なんて一般の人間にあるとは思えない。
「ほら、お金持ちも、異常にケチな人居るし……備品に自腹出したくない!って人も居るんじゃないかな」
「うーん」
なーんか、なんか、違うんだよな。
ケチとかそういうレベルじゃないっていうか。いや、やっぱりおかしい。
ふと、会話が止む。
ちょうど移動していたときだったことと、
窓の位置がさっきよりも近かったので、彼女たちと目が合っている。
「ごきげんよう」
ぼくが何も言えなかったのに対し、まつりは笑顔。堂々としていた。
髪に派手な花柄のバレッタを付けている子が此方を向く。
挨拶は返してくれなかった。
ずかずかと歩いてくるなり、ぼくに目掛けて「あなた!」と言う。
「その着こなしはどうなの? 伊井さんに対して失礼です」
お姉様、じゃないから先輩ではなく同級生なんだろうか。
「竹田お姉様……小物に絡んでいる場合ではないのでは?」
横から背の低い丸顔の子がこそっと囁き、他の子も頷く。
「それよりも週末のパーティについて、決めてしまいません?」
あれは大導寺彩ちゃんだよ、とまつりが教えてくれた。
だいどうじあや、言わずと知れた名前らしいのだが、ぼくは知らなかった。
「そろそろ人数分のパーティ券の配布を……」
大導寺彩の横に居る子が、パーティの話をしようとするのを遮ると、
「いいえ! 言わせて貰います!」
と竹田お姉様は宣言し、そして、こちらに人差し指をつき向けた。
「貴方、伊井さんが、気分を害するので、率直に言って、目の前に存在為さらないで欲しいのです、そこの人と合わせて!」
びしっと、指をさされたのは、まつり(のやっているお姉さま)だ。
あれ?
っていうか伊井さんって誰ですか?
と物凄く聞きたいが、聞いて無事で済みそうな雰囲気ではない。
まつりがこそっと制服を作ってる人らしいよ、と言う。
だから着こなしの話をしているのか。
「でも裏側で伊井先生のパクリの話とかあって、ちょっとごたごたしてて、学園内でも取引のある会社の令嬢たちのグループが分裂したことがあったらしい」
「そうなんだ」
親の都合で青春まで変わるとは、真偽は定かではないにしろ面倒な学園生活だ。
ささぎさんはその辺で伊井先生のところと竹田さんたちと何かあったのだろう。
「ちょっと! 何を吹き込んでいるの? 伊井さんは何も盗作していないし、何も悪いことはしていない。だからこうして世の中に認められているの」
竹田さんの横に居る子がそうだそうだと加勢する。
っていうか、何が問題なんだろう……と、まつりを見るが、そいつは涼しい顔をして「着こなしの問題かしら? そんなにおかしくはないようだけど」と答える。
「ほぉ。それは、昔みたいに敵対してもいいってこと?」
「えぇ、かまわない、私も井伊先生は気に入らなかったのよ。次々新作を出すけど、みんなどこかで先に見たものじゃない。『今日子のときだって』」
ピキピキ、と竹田さんの頭上に怒りのマークが浮かんだ、気がする。
――今日子?
「何? 私が悪いって言いたいの?」
竹田さんの声が低くなった。
気を遣ってやって居るのに、わざわざ対立を煽りに来たのかという苛立ちが鋭い眼光として現れている。今日子のときのこと、は何か気に障る発言だったらしい。
「えぇ。最悪。貴方みたいなのって本当に嫌い」
まつりは堂々と頷いていた。
途端に、竹田さんの背後に居た人たちが騒ぎ出す。
「嫌いって言った! 今! おねえ様を嫌いって言ったあ! うわー!嫌いって言ったー!」
「私達、表立ってささぎを否定したことありましたかぁ!? 何であんたに嫌われなくちゃいけないの!?」
「嫌いとか正面から言うやつって、やっぱり人格がおかしいわ!」
奥へと進むぼくたちの後ろから、あーっとかうわーっとかのヒステリックな声が響き渡る。
「だいたい、こっちは、ささぎばっかり優遇してやってるのおかしくない?こっちは優遇されてるの普段から我慢してるんだから」
「なんで優遇しなくちゃならないのでしょうかね! せっかく今年は選ばれなかったのに、話題にならないし」
「ささぎばかり優遇するのって、変ですよね、創立者がなんだっていうの! コネですか!? 私達を差し置いて!!」
「わたしだってあいつくらい頑張ってるんですが!」
「あいつさぁ、いっつもさっさと終わらせて来るんだよね。
年季が入ってないっていうか、みんなと同じくらいの長さで研修やってないんだよ! 依怙贔屓!」
「えー! 本当ですかぁ!」
「でもやっぱ仲良くしとく方が得だから、シーっよ、わかった?」
「わかってますけどぉ」
「あー!!本当ムカつくー。チカラしか取り柄無いんだから、永遠に引っ込んでて欲しいー」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
後悔と快感の中で
なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私
快感に溺れてしまってる私
なつきの体験談かも知れないです
もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう
もっと後悔して
もっと溺れてしまうかも
※感想を聞かせてもらえたらうれしいです
無限の迷路
葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。
若月骨董店若旦那の事件簿~水晶盤の宵~
七瀬京
ミステリー
秋。若月骨董店に、骨董鑑定の仕事が舞い込んできた。持ち込まれた品を見て、骨董屋の息子である春宵(しゅんゆう)は驚愕する。
依頼人はその依頼の品を『鬼の剥製』だという。
依頼人は高浜祥子。そして持ち主は、高浜祥子の遠縁に当たるという橿原京香(かしはらみやこ)という女だった。
橿原家は、水産業を営みそれなりの財産もあるという家だった。しかし、水産業で繁盛していると言うだけではなく、橿原京香が嫁いできてから、ろくな事がおきた事が無いという事でも、有名な家だった。
そして、春宵は、『鬼の剥製』を一目見たときから、ある事実に気が付いていた。この『鬼の剥製』が、本物の人間を使っているという事実だった………。
秋を舞台にした『鬼の剥製』と一人の女の物語。
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる