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15.灰雪華
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「げほっ、げほっ」
今日は昨日の天気が嘘のように綺麗な澄んだ青空が見えました。ああ、久しぶりに太陽の光を浴びたいなぁ。など考えてはいても実際は呼吸苦と倦怠感、身体を動かすことができないのです。
医師から告げられた正式な「スペイン風邪でしょう」という言葉は私を絶望させるには十分すぎました。さらに、「もう呼吸すらおつらいでしょう。あとは悔いの残らない生活をしてください」とまで言われてしまったのだから、暗にこれは余命残りわずかということとなる。命が終わることが怖い。こんな年齢で死へと向かうのだから。
医師に言われた通り、呼吸するのがやっとで思考することさえも億劫になりつつある。それでもなんだか今日は縁側でこの陽の光を浴びたいと思ったのです。
私は枕元に置かれた呼び鈴を鳴らして冬臣さんを待つ。この呼び鈴は私が声を出すのもつらくなり始めた時に置いたものだ。
「チヨ」
「あの……縁側に、行きたいです」
「──わかった」
そう言って冬臣さんはやせ細った私を姫抱きして縁側へと向かう。ああ、冬臣さんの胸に埋まるのがこんなにも心地良いのか。と、これだけで満足してしまっていました。
「わあ、いい天気」
「そうだな」
縁側に冬臣さんが胡坐をかいて座り、その脚の隙間に私のお尻を埋めるようにして赤子を抱くような感じでいました。
冬の寒さと太陽の暖かさ。どれだけ寒くても太陽の光があるだけでここまで暖かくなるということに、太陽の偉大さを痛感する。
「くっ……」
「どうしましたか」
「なんでもないよ」
冬臣さんの眉間に皺が寄り、何か痛いのか苦しいのかわからないけれど、何かありそうで心配でした。
「あ、雪」
こんなにも晴れた空からふんわりと大きな雪が降ってくるので私は面白くなって手を伸ばします。手のひらに落ちた雪の華はすぐに溶けてしまいます。その儚さがあるからこそ美しいのだと感じたのです。
なんだか冬臣さんの体調が悪いように見えて、心配になってそろそろ戻ろうと顔を見た時のことです。
「え、冬臣さん」
「はは、バレてしまったな」
徐々に雪が灰のような色になって、そして冬臣さんがかすんでいるように見えたのです。私はまた目の調子が悪いのかと疑って擦りますがどうやら本物のようでした。
冬臣さんから出ている灰と雪が混じっていたのです。
「冬臣さん、雪が灰色です。それに──」
「俺は吸血鬼なんだ。すまない。今まで黙っていて」
「そんなっ、じゃあここ、陽の光はダメでしょう?!」
「いいんだ。君と最期を過ごしたい」
「げほっ、かはっ、はーっ……冬臣、さん……」
やはり外の冷たい空気は肺に悪いようでした。それでも、なんだかぽかぽかと暖かくて。ここから離れたくなかった。冬臣さんの腕の中から離れたくなかったのです。
「吸血鬼なのに、どうして私の血を吸わなかったの。吸血鬼は血を吸って仲間を増やすのでしょ?」
「初めてだった。『ヒト』を愛したいと思ったのは。ただそれだけだ。愛する君の血をいただくなんて考えられなかった。吸血鬼だと知られたくもなかった。だって怖いだろう」
「そんなことない……私はあなたを愛しているのに。こんなにも幸せなのに」
「吸血鬼になれば長寿になる。君のその病気も治るだろう。病気なんてめったにならない強さがあるから。そして圧倒的回復力を持つから。だが、それを君に与えてしまっては人としての──君としての美しさを穢してしまうこととなると感じたんだ。だから……」
この方はどこまでも私を愛しているのだわ。なんでそんな悲しそうな顔をして私を抱いているのです? 私はとても幸せなのに。私を私のままに愛してくれたのでしょう?
この死に際の告白は正直驚きましたが、なぜかそのおかげで死ぬことが怖くなくなってきました。不思議ですね。
「それと、今更言うのもおかしいが……。君に教えていなかったが軍の特殊部隊、吸血鬼や悪魔祓い、そんな者たちが集められた部隊で夜に町の警備をしていたんだ。仕事はそれだけではないが」
「陽に当たれないものね。それに夜を護っていたのですね。ふふ、かっこいい」
今までに見せたことの無い表情をまた見せてくれるあなたが大好きです。
「呪いだ。俺のこの身は。異種族間で愛など育んでも悲しいだけだからな。それなのに、君が現れた。この田舎で独身を貫いているせいで怪しまれないために君をもらったようなものだった。最初の頃は──」
「ははは、そうだったのですね」
私は急に老いているように見える冬臣さんが面白くて笑ってしまう。くしゃくしゃの顔が見えるのだけれどこれは私の視界が歪んでいるのもあるかもしれません。この時代の風潮が私と冬臣さんを出逢わせてくれたのなら、感謝いたしましょう。
冬臣さんの頬を撫でると、私の手の上から重ねてぎゅっと握ってくれました。
「愛している」
「ええ。私も。愛しています」
灰の雪華が私を包む。涙が溢れてきて。胸が苦しい。
ゆっくり燃えて消えていく冬臣さんをじっと見つめながら私の灯も消えようとしていました。こんな素敵な最期を迎えることができて私は幸せですよ、本当に。
「そろそろだな。先に逝って待っているよ」
「私もきっとすぐに追いつきますから」
抱えていた腕も、埋まっていた胡坐も重なる手も消えて、私は縁側に横たわる。この家にもお世話になりましたね。ああ、本当に。まだ嫁いで間もないというのに濃密な時を過ごしました。
──しんしんと 我が愛し君 灰雪華──
(終)
今日は昨日の天気が嘘のように綺麗な澄んだ青空が見えました。ああ、久しぶりに太陽の光を浴びたいなぁ。など考えてはいても実際は呼吸苦と倦怠感、身体を動かすことができないのです。
医師から告げられた正式な「スペイン風邪でしょう」という言葉は私を絶望させるには十分すぎました。さらに、「もう呼吸すらおつらいでしょう。あとは悔いの残らない生活をしてください」とまで言われてしまったのだから、暗にこれは余命残りわずかということとなる。命が終わることが怖い。こんな年齢で死へと向かうのだから。
医師に言われた通り、呼吸するのがやっとで思考することさえも億劫になりつつある。それでもなんだか今日は縁側でこの陽の光を浴びたいと思ったのです。
私は枕元に置かれた呼び鈴を鳴らして冬臣さんを待つ。この呼び鈴は私が声を出すのもつらくなり始めた時に置いたものだ。
「チヨ」
「あの……縁側に、行きたいです」
「──わかった」
そう言って冬臣さんはやせ細った私を姫抱きして縁側へと向かう。ああ、冬臣さんの胸に埋まるのがこんなにも心地良いのか。と、これだけで満足してしまっていました。
「わあ、いい天気」
「そうだな」
縁側に冬臣さんが胡坐をかいて座り、その脚の隙間に私のお尻を埋めるようにして赤子を抱くような感じでいました。
冬の寒さと太陽の暖かさ。どれだけ寒くても太陽の光があるだけでここまで暖かくなるということに、太陽の偉大さを痛感する。
「くっ……」
「どうしましたか」
「なんでもないよ」
冬臣さんの眉間に皺が寄り、何か痛いのか苦しいのかわからないけれど、何かありそうで心配でした。
「あ、雪」
こんなにも晴れた空からふんわりと大きな雪が降ってくるので私は面白くなって手を伸ばします。手のひらに落ちた雪の華はすぐに溶けてしまいます。その儚さがあるからこそ美しいのだと感じたのです。
なんだか冬臣さんの体調が悪いように見えて、心配になってそろそろ戻ろうと顔を見た時のことです。
「え、冬臣さん」
「はは、バレてしまったな」
徐々に雪が灰のような色になって、そして冬臣さんがかすんでいるように見えたのです。私はまた目の調子が悪いのかと疑って擦りますがどうやら本物のようでした。
冬臣さんから出ている灰と雪が混じっていたのです。
「冬臣さん、雪が灰色です。それに──」
「俺は吸血鬼なんだ。すまない。今まで黙っていて」
「そんなっ、じゃあここ、陽の光はダメでしょう?!」
「いいんだ。君と最期を過ごしたい」
「げほっ、かはっ、はーっ……冬臣、さん……」
やはり外の冷たい空気は肺に悪いようでした。それでも、なんだかぽかぽかと暖かくて。ここから離れたくなかった。冬臣さんの腕の中から離れたくなかったのです。
「吸血鬼なのに、どうして私の血を吸わなかったの。吸血鬼は血を吸って仲間を増やすのでしょ?」
「初めてだった。『ヒト』を愛したいと思ったのは。ただそれだけだ。愛する君の血をいただくなんて考えられなかった。吸血鬼だと知られたくもなかった。だって怖いだろう」
「そんなことない……私はあなたを愛しているのに。こんなにも幸せなのに」
「吸血鬼になれば長寿になる。君のその病気も治るだろう。病気なんてめったにならない強さがあるから。そして圧倒的回復力を持つから。だが、それを君に与えてしまっては人としての──君としての美しさを穢してしまうこととなると感じたんだ。だから……」
この方はどこまでも私を愛しているのだわ。なんでそんな悲しそうな顔をして私を抱いているのです? 私はとても幸せなのに。私を私のままに愛してくれたのでしょう?
この死に際の告白は正直驚きましたが、なぜかそのおかげで死ぬことが怖くなくなってきました。不思議ですね。
「それと、今更言うのもおかしいが……。君に教えていなかったが軍の特殊部隊、吸血鬼や悪魔祓い、そんな者たちが集められた部隊で夜に町の警備をしていたんだ。仕事はそれだけではないが」
「陽に当たれないものね。それに夜を護っていたのですね。ふふ、かっこいい」
今までに見せたことの無い表情をまた見せてくれるあなたが大好きです。
「呪いだ。俺のこの身は。異種族間で愛など育んでも悲しいだけだからな。それなのに、君が現れた。この田舎で独身を貫いているせいで怪しまれないために君をもらったようなものだった。最初の頃は──」
「ははは、そうだったのですね」
私は急に老いているように見える冬臣さんが面白くて笑ってしまう。くしゃくしゃの顔が見えるのだけれどこれは私の視界が歪んでいるのもあるかもしれません。この時代の風潮が私と冬臣さんを出逢わせてくれたのなら、感謝いたしましょう。
冬臣さんの頬を撫でると、私の手の上から重ねてぎゅっと握ってくれました。
「愛している」
「ええ。私も。愛しています」
灰の雪華が私を包む。涙が溢れてきて。胸が苦しい。
ゆっくり燃えて消えていく冬臣さんをじっと見つめながら私の灯も消えようとしていました。こんな素敵な最期を迎えることができて私は幸せですよ、本当に。
「そろそろだな。先に逝って待っているよ」
「私もきっとすぐに追いつきますから」
抱えていた腕も、埋まっていた胡坐も重なる手も消えて、私は縁側に横たわる。この家にもお世話になりましたね。ああ、本当に。まだ嫁いで間もないというのに濃密な時を過ごしました。
──しんしんと 我が愛し君 灰雪華──
(終)
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