灰の雪華 ~大正淡愛物語~

彩乃遥

文字の大きさ
上 下
16 / 16

15.灰雪華

しおりを挟む
「げほっ、げほっ」

 今日は昨日の天気が嘘のように綺麗な澄んだ青空が見えました。ああ、久しぶりに太陽の光を浴びたいなぁ。など考えてはいても実際は呼吸苦と倦怠感、身体を動かすことができないのです。
 医師から告げられた正式な「スペイン風邪でしょう」という言葉は私を絶望させるには十分すぎました。さらに、「もう呼吸すらおつらいでしょう。あとは悔いの残らない生活をしてください」とまで言われてしまったのだから、暗にこれは余命残りわずかということとなる。命が終わることが怖い。こんな年齢で死へと向かうのだから。

 医師に言われた通り、呼吸するのがやっとで思考することさえも億劫になりつつある。それでもなんだか今日は縁側でこの陽の光を浴びたいと思ったのです。
 私は枕元に置かれた呼び鈴を鳴らして冬臣さんを待つ。この呼び鈴は私が声を出すのもつらくなり始めた時に置いたものだ。

「チヨ」
「あの……縁側に、行きたいです」
「──わかった」

 そう言って冬臣さんはやせ細った私を姫抱きして縁側へと向かう。ああ、冬臣さんの胸に埋まるのがこんなにも心地良いのか。と、これだけで満足してしまっていました。

「わあ、いい天気」
「そうだな」

 縁側に冬臣さんが胡坐をかいて座り、その脚の隙間に私のお尻を埋めるようにして赤子を抱くような感じでいました。
 冬の寒さと太陽の暖かさ。どれだけ寒くても太陽の光があるだけでここまで暖かくなるということに、太陽の偉大さを痛感する。

「くっ……」
「どうしましたか」
「なんでもないよ」

 冬臣さんの眉間に皺が寄り、何か痛いのか苦しいのかわからないけれど、何かありそうで心配でした。

「あ、雪」

 こんなにも晴れた空からふんわりと大きな雪が降ってくるので私は面白くなって手を伸ばします。手のひらに落ちた雪の華はすぐに溶けてしまいます。その儚さがあるからこそ美しいのだと感じたのです。

 なんだか冬臣さんの体調が悪いように見えて、心配になってそろそろ戻ろうと顔を見た時のことです。

「え、冬臣さん」
「はは、バレてしまったな」

 徐々に雪が灰のような色になって、そして冬臣さんがかすんでいるように見えたのです。私はまた目の調子が悪いのかと疑って擦りますがどうやら本物のようでした。
 冬臣さんから出ている灰と雪が混じっていたのです。

「冬臣さん、雪が灰色です。それに──」
「俺は吸血鬼なんだ。すまない。今まで黙っていて」
「そんなっ、じゃあここ、陽の光はダメでしょう?!」
「いいんだ。君と最期を過ごしたい」
「げほっ、かはっ、はーっ……冬臣、さん……」

 やはり外の冷たい空気は肺に悪いようでした。それでも、なんだかぽかぽかと暖かくて。ここから離れたくなかった。冬臣さんの腕の中から離れたくなかったのです。

「吸血鬼なのに、どうして私の血を吸わなかったの。吸血鬼は血を吸って仲間を増やすのでしょ?」
「初めてだった。『ヒト』を愛したいと思ったのは。ただそれだけだ。愛する君の血をいただくなんて考えられなかった。吸血鬼だと知られたくもなかった。だって怖いだろう」
「そんなことない……私はあなたを愛しているのに。こんなにも幸せなのに」
「吸血鬼になれば長寿になる。君のその病気も治るだろう。病気なんてめったにならない強さがあるから。そして圧倒的回復力を持つから。だが、それを君に与えてしまっては人としての──君としての美しさを穢してしまうこととなると感じたんだ。だから……」

 この方はどこまでも私を愛しているのだわ。なんでそんな悲しそうな顔をして私を抱いているのです? 私はとても幸せなのに。私を私のままに愛してくれたのでしょう?

 この死に際の告白は正直驚きましたが、なぜかそのおかげで死ぬことが怖くなくなってきました。不思議ですね。

「それと、今更言うのもおかしいが……。君に教えていなかったが軍の特殊部隊、吸血鬼や悪魔祓い、そんな者たちが集められた部隊で夜に町の警備をしていたんだ。仕事はそれだけではないが」
「陽に当たれないものね。それに夜を護っていたのですね。ふふ、かっこいい」

 今までに見せたことの無い表情をまた見せてくれるあなたが大好きです。

「呪いだ。俺のこの身は。異種族間で愛など育んでも悲しいだけだからな。それなのに、君が現れた。この田舎で独身を貫いているせいで怪しまれないために君をもらったようなものだった。最初の頃は──」
「ははは、そうだったのですね」

 私は急に老いているように見える冬臣さんが面白くて笑ってしまう。くしゃくしゃの顔が見えるのだけれどこれは私の視界が歪んでいるのもあるかもしれません。この時代の風潮が私と冬臣さんを出逢わせてくれたのなら、感謝いたしましょう。
冬臣さんの頬を撫でると、私の手の上から重ねてぎゅっと握ってくれました。

「愛している」
「ええ。私も。愛しています」

 灰の雪華が私を包む。涙が溢れてきて。胸が苦しい。
ゆっくり燃えて消えていく冬臣さんをじっと見つめながら私の灯も消えようとしていました。こんな素敵な最期を迎えることができて私は幸せですよ、本当に。

「そろそろだな。先に逝って待っているよ」
「私もきっとすぐに追いつきますから」

 抱えていた腕も、埋まっていた胡坐も重なる手も消えて、私は縁側に横たわる。この家にもお世話になりましたね。ああ、本当に。まだ嫁いで間もないというのに濃密な時を過ごしました。

──しんしんと 我が愛し君 灰雪華──

(終)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...