灰の雪華 ~大正淡愛物語~

彩乃遥

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14.あなたの誕生日

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今日は冬臣さんの誕生日です。

 体調は相変わらず悪くて、正直言うともう先は長くないのかなと自分で感じてしまっていたりします。それでも、今日を迎えることができたので良かったです。
 私から冬臣さんへ何も用意することはできませんでしたが、せめて何かこの想いを伝えられるように……ああ、そうだ。詩を書きましょう。
 直接言うよりもよく考えて表現できるし、私らしいでしょう。

詩で思い出しました。ハナちゃんは私が床に臥していることを知り、お手紙をよこしてくれました。その綴られた文がハナちゃんらしくて大変元気をもらったこともありましたね。
 彼女は私から借りたままの本をどうしたら良いか気にかけていたようなので、私からの贈り物ということにしてそのまま譲りました。

あの本は私が大湊へ来る前に読んでいたもので、邸に住んでいた頃、どうしてもつらい時に読んで自分を励ますために読んでいたものです。きっと、ハナちゃんにも力を与えてくれるでしょう。

 と添えて。

 私の周りでも次々と風邪に侵されていく人が多く、大湊は混乱の渦に巻き込まれていました。少人数であればもしかしたら差別や迫害などが起こっていたかもしれませんが、今はそれどころではないことをみんながよく理解して、町全体が協力して何としても感染を広めない、収束させることに尽力していました。

 町医者が田名部にしかおりませんが、軍の医師も大湊の人々を中心に診察することが可能になり軍に勤めている人とその家族(同居)を優先して診ていました。また、それ以外は田名部の医者が大湊まで来て診察を進めていました。

 この風邪はどうやら本当に日本全国で流行っており世界各国でも大流行して、死者も多いと聞きました。若い世代は特に死亡率が高いということで、兵隊さんも多くの方が警戒対象となっていて、どのようにすれば多数の死亡を食い止められるのか。それがわからない世の中ですから混乱と恐怖に陥っていたのです。

「どんな詩を書きましょうか……」

 今日は具合が悪くても何とか身体を起こせそうなので机に向かってみましょう。冬臣さんが用意してくれた一口と少々くらいのおかゆを何口にもわけて時間をかけて咀嚼し呑み込んで水を飲む。食欲などとうに消えてしまっているのですが、それでも『食べる』という行為を奪われてしまえばそれはもう生きている実感が湧かなくなってしまうので無理にでも食べていました。

「そういえば私、冬臣さんに愛していると伝えたことない……かも」

 ふと気づいたのです。今まで私は冬臣さんから愛していると言ってもらっているのに、私はちゃんと気持ちを伝えたことがないのです。このままではまずい。どうしたら良いものか。
 しばらく机と紙をじっと睨むように見て考えていました。

「だめだ、思いつかないわ」

 いざ書こうとすると筆は進まない。ご主人様と奥様には手紙をすらすらと書けたというのに。長い文というのは書こうと思っていると書けなくなってしまう。

「うーん……」

 すらすらと書けていた時の自分を振り返ってみました。
あの手紙が届くころ、あの2人はどうしているのか。そう考えながら書いていましたね。そうすると自然と筆が動いていました。詩でもないけれど、文を生み出す原動力というのはいつもこうした「思い」を筆に乗せることだと思うのです。

──ああ、そうか

 そうやって書けばいいのだろう。別に詩にこだわらなくてもいい。短歌、川柳、俳句だって創作なのだから。まずは言葉を楽しまなければ。書き上げて完成した作品の文字数に囚われていて創作とは何かを忘れていた。書くこと自体を楽しまなくてはいけませんね。

 ゆっくりでいい。私は私。思いついたら冬臣さんへの思いを作品に込めよう。

「チヨ、入るぞ」
「はい」

 冬臣さんが部屋に入る前に机の上に置いていた物たちを隠して本を読んでいるふりをしました。

「起きていたのか。大丈夫か」
「はい、たまに身体を起こさないとだめになってしまうと思って。それに退屈してたんです」
「なんだ、今日はやけに元気だな」
「ふふ、お誕生日おめでとうございます! 冬臣さん」
「──誕生日? そうだったか。長い間祝われたこともないから忘れていた」
「もうー、忘れないでください。私のは覚えていたのに」

 冬臣さんは少し照れくさそうに私から目を逸らして頭をぽりぽり掻いている。この間私を祝ってくれた流れで冬臣さんに聞いたのです。
 ああ、私が元気であれば何かご馳走とお酒を用意していたのになあ。
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