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13.初雪
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翌々日
初雪が大湊に降りました。
初めて見るふんわりとした雪に私は初めて雪を見た子どものように心を躍らせておりました。
しかし、この前の回復ぶりはなんだったのかと悲しくなるほどにその日以降、日を重ねるごと症状がまた前のように戻っていたのです。
寒い空気が肺を凍らせるかの如く重たい冷たさで内部から冷めていく。すると自然と咳がゴホゴホと出ていきました。
「冬臣さん、雪です、ふふ。げほっ、かはっ……」
冬臣さんは私のために仕事を休むようになりました。お忙しい方だというのに私のせいで。けれど、私はその気持ちをもらえたのが嬉しくて嬉しくて。
雪だけではしゃいでいたわけではないのかもしれない。冬臣さんは私が咳込んだのを見て慌てて背中をさすってくれました。大きな手が浮いた背骨を撫でる。慣れない手つきなのがなんだか可愛らしいなと感じています。
「大丈夫か」
「はい。大丈夫です」
私の近くに寄ってこられるとこの長く続く風邪──恐らくスペイン風邪──をうつしてしまいそうで近くに来ないでほしいのですが、冬臣さんはそんなことを気にせず私に寄り添い看病をしてくれるのです。
「冬臣さん? 私にあまり近づかないでください。うつってしまいます」
「俺のことは気にするな。自分の妻を看病できなくて何が男だ」
私の汗ばんだ身体を寝衣を脱がせてお湯で濡らしたタオルを使って拭いてくれる。タオルの通ったところに爽快感があって少し楽になったように思います。かけてくれる言葉ひとつひとつが私の心に響いて、前向きにさせてくれます。そして、自分のできないことを代わりにやってくれて心強い。これが『看病』なのでしょうね。
病気をみるのではなく人をみる。看病といえば男の人がやることではない。そういう世の中ではありますが、私には家族もいませんし、冬臣さん以外に人がいない家ですから、男であっても行ってくれたのでしょう。それに対して適当にやったりせず真心込めて世話をしてくれる。
その態度、姿勢に感動しているのです。この頃には、冬臣さんを呼びたくても呼べない時が時々あったので、呼び鈴を枕元に置いていつでも呼べるようにしていました。
ずっと家事をして生活していた私ですから、1日中横になっているのはとても退屈してしまう。そこで気づいたのが、私の部屋から見える窓の前を通る猫の存在です。猫を一瞬でも見られると癒されます。ああ、もふもふで撫でてみたい。そう思っていますがこの部屋から出ることはできません。
「猫ちゃん、おいで」
硝子戸の向こうのあの子に私の声が届くこともないのですがね。私は気まぐれなあの猫が羨ましくてたまらなくなりました。自由に外を行き来しているのが羨ましかった。私は昔から丈夫で寝込むことも、医者の世話になることも何もありませんでした。だから、こうして床に臥せる人の苦しみを想像はできても知りませんでした。
自分の無力さにも嘆いています。世話をしてもらわねば生きていけない。やっとの思いで生きていても苦しくて動くこともままならない。そんな自分の急激な変化を受け入れられませんでした。
私は積んでいた本を手に取り読んでいました。「愛と牙」の連載も冬臣さんに頼んで読んでいました。この物語の終わりを見ることができればいいのになぁと願ってはいますが叶う気がしません。
愛と牙の最新話では、ヒロインが、恋人が吸血鬼であることを知ったところまで進んでいます。今まで自分に対して親切にしてくれたのは獲物を逃がさないため、信頼を得てからじっくりいただこうとしていたのか? と問いかけていた描写がとても考えさせられました。吸血鬼の男にも葛藤があったのです。知らない方が良い事実もあると。それでも愛するヒロインに隠し事はしたくないということで勇気を振り絞って秘密を打ち明けていました。
その葛藤を読者は知っていますがヒロインはもちろん知りません。だから、打ち明けられた時のヒロインは戸惑いが大きかったでしょうね。まさに題名の『愛と牙』でしょう。愛に抱かれながらその愛には牙があった。捕食対象として見られていたのではないかとヒロインも考えてしまうのも無理はありません。
ここからは私の想像ですが、ヒロインは例え相手が吸血鬼だろうと愛は揺るがないと思うのです。真実を聞いた時は反射的に自分を食べるためなのか、と考えてしまうでしょう。私もそうだと思います。ですが、今まであれほど愛されていたヒロインですし。そして、何より心優しく差別などしない、王子様のような存在だと女学校でそう呼ばれていた、女性から見ても惚れてしまうような格好良さがあるヒロインでもあります。そんな彼女が、吸血鬼が恋人だからといって恐れて逃げるなんて考えられませんから。
私は、強くて憧れの対象であるヒロインも乙女と同様に恋に揺れるところが大好きなのです。恋と牙、完結を見守りたいなと。何度も読み返して思いました。
読みふけっていたら、陽が沈むのが早い今の時期のせいか、外は雪がまた振って薄暗くなっていました。
初雪が大湊に降りました。
初めて見るふんわりとした雪に私は初めて雪を見た子どものように心を躍らせておりました。
しかし、この前の回復ぶりはなんだったのかと悲しくなるほどにその日以降、日を重ねるごと症状がまた前のように戻っていたのです。
寒い空気が肺を凍らせるかの如く重たい冷たさで内部から冷めていく。すると自然と咳がゴホゴホと出ていきました。
「冬臣さん、雪です、ふふ。げほっ、かはっ……」
冬臣さんは私のために仕事を休むようになりました。お忙しい方だというのに私のせいで。けれど、私はその気持ちをもらえたのが嬉しくて嬉しくて。
雪だけではしゃいでいたわけではないのかもしれない。冬臣さんは私が咳込んだのを見て慌てて背中をさすってくれました。大きな手が浮いた背骨を撫でる。慣れない手つきなのがなんだか可愛らしいなと感じています。
「大丈夫か」
「はい。大丈夫です」
私の近くに寄ってこられるとこの長く続く風邪──恐らくスペイン風邪──をうつしてしまいそうで近くに来ないでほしいのですが、冬臣さんはそんなことを気にせず私に寄り添い看病をしてくれるのです。
「冬臣さん? 私にあまり近づかないでください。うつってしまいます」
「俺のことは気にするな。自分の妻を看病できなくて何が男だ」
私の汗ばんだ身体を寝衣を脱がせてお湯で濡らしたタオルを使って拭いてくれる。タオルの通ったところに爽快感があって少し楽になったように思います。かけてくれる言葉ひとつひとつが私の心に響いて、前向きにさせてくれます。そして、自分のできないことを代わりにやってくれて心強い。これが『看病』なのでしょうね。
病気をみるのではなく人をみる。看病といえば男の人がやることではない。そういう世の中ではありますが、私には家族もいませんし、冬臣さん以外に人がいない家ですから、男であっても行ってくれたのでしょう。それに対して適当にやったりせず真心込めて世話をしてくれる。
その態度、姿勢に感動しているのです。この頃には、冬臣さんを呼びたくても呼べない時が時々あったので、呼び鈴を枕元に置いていつでも呼べるようにしていました。
ずっと家事をして生活していた私ですから、1日中横になっているのはとても退屈してしまう。そこで気づいたのが、私の部屋から見える窓の前を通る猫の存在です。猫を一瞬でも見られると癒されます。ああ、もふもふで撫でてみたい。そう思っていますがこの部屋から出ることはできません。
「猫ちゃん、おいで」
硝子戸の向こうのあの子に私の声が届くこともないのですがね。私は気まぐれなあの猫が羨ましくてたまらなくなりました。自由に外を行き来しているのが羨ましかった。私は昔から丈夫で寝込むことも、医者の世話になることも何もありませんでした。だから、こうして床に臥せる人の苦しみを想像はできても知りませんでした。
自分の無力さにも嘆いています。世話をしてもらわねば生きていけない。やっとの思いで生きていても苦しくて動くこともままならない。そんな自分の急激な変化を受け入れられませんでした。
私は積んでいた本を手に取り読んでいました。「愛と牙」の連載も冬臣さんに頼んで読んでいました。この物語の終わりを見ることができればいいのになぁと願ってはいますが叶う気がしません。
愛と牙の最新話では、ヒロインが、恋人が吸血鬼であることを知ったところまで進んでいます。今まで自分に対して親切にしてくれたのは獲物を逃がさないため、信頼を得てからじっくりいただこうとしていたのか? と問いかけていた描写がとても考えさせられました。吸血鬼の男にも葛藤があったのです。知らない方が良い事実もあると。それでも愛するヒロインに隠し事はしたくないということで勇気を振り絞って秘密を打ち明けていました。
その葛藤を読者は知っていますがヒロインはもちろん知りません。だから、打ち明けられた時のヒロインは戸惑いが大きかったでしょうね。まさに題名の『愛と牙』でしょう。愛に抱かれながらその愛には牙があった。捕食対象として見られていたのではないかとヒロインも考えてしまうのも無理はありません。
ここからは私の想像ですが、ヒロインは例え相手が吸血鬼だろうと愛は揺るがないと思うのです。真実を聞いた時は反射的に自分を食べるためなのか、と考えてしまうでしょう。私もそうだと思います。ですが、今まであれほど愛されていたヒロインですし。そして、何より心優しく差別などしない、王子様のような存在だと女学校でそう呼ばれていた、女性から見ても惚れてしまうような格好良さがあるヒロインでもあります。そんな彼女が、吸血鬼が恋人だからといって恐れて逃げるなんて考えられませんから。
私は、強くて憧れの対象であるヒロインも乙女と同様に恋に揺れるところが大好きなのです。恋と牙、完結を見守りたいなと。何度も読み返して思いました。
読みふけっていたら、陽が沈むのが早い今の時期のせいか、外は雪がまた振って薄暗くなっていました。
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