灰の雪華 ~大正淡愛物語~

彩乃遥

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12.たすかりたい

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 昨日の怠さが嘘のように、身体が軽く熱も下がったように思います。食欲だってあるし運動しても大丈夫な呼吸状態。やっと治ったのか。ああ、そうだとしたらどれだけ良いか。

「ごほっ、ごほっ……」

 咳にはやはりわずかに血が混じっていました。『治った』とは言えないことは私がいちばんわかっています。だって、今動けるのは頑張ってやっとのことだし、呼吸はしやすくなったけどすぐに息切れしてしまうのだから。それでも立ち上がって、誤魔化しながら家事をしようとすると、急に息苦しさで倒れそうになってしまって壁に寄りかかることもしばしばありました。
 なぜそこまでするのか。それは、冬臣さんを心配させたくなかった。ただそれだけなのです。私のことを心配してくれる冬臣さんの存在はとてもありがたいです。ですが迷惑をかけすぎてしまうのも嫌なので、なるべく元気に振る舞いたいのです。

「チヨ、おはよう」
「おはようございます」

 いつもより早い時間に起床してきたようです。私は深呼吸して咳込んだりふらついたりしないように気を強く持ちました。
 医者に診てもらえればいちばん良いのでしょうが、大湊には医者はおらず、田名部の方にしかいませんしこのご時世、たくさんの人が医者を呼ぶものですからなかなか連絡が繋がらないこともありました。それに、休養していれば治ると、気の問題だと根性で治そうとしておりました。

「なんだかやせ細ってしまったな。本当はまだ具合が悪いのではないのか」
「はは、大丈夫ですよ」

 私は心配させないようにと返事をするのですが、腕を掴まれてしまってしばらくまともに食事を摂れていないせいで細くなってしまっていることがバレてしまったようです。
 その話題からなるべく自然に遠ざかるために、朝ごはんの支度をしながら違う話題に切り替えます。

「そういえば昨日の夜、不思議な夢を見たんです」
「なんだ」
「庭に軍服姿の冬臣さんがいて。傷だらけだったんです。そしてなんと、吸血鬼のような鋭い牙もあって。読んでいた小説のせいですかね、あはは」
「──そうだな。あとは熱でうなされていたのだろう」

 なんだか、どう答えたらいいのかを考えていたかのような間を感じました。なんと返事して良いのかわかりにくい話題ですものね。

「今日は茶漬けです」

 私はさっと作れる茶漬けと沢庵を出して、なるべく冬臣さんに姿を見られたくなかったので自室に戻ろうとした時です。

「隠さなくていい。本当は立っているのも辛いだろう」
「えっ」
「呼吸、汗、目力……何もかも隠せていない。俺が君をどれだけ愛しているかわからないのか。自分の妻の体調が悪いことに気づかないとでも思っているのか」
「冬臣さん……」

 あくまで自然な流れで冬臣さんはそう言いました。こんなにも人に愛されたことがなかった私は、自分を大切にしないクセがありました。だから、隠し通せると思ってしまっていました。

「だから、まずは安静に休んでくれ」
「わかりました」
「家事は俺がやるから。心配するな」
「ありがとうございます、じゃあお言葉に甘えて」

 促されるままに自分の部屋に戻って着物を脱いで楽な格好にして布団に潜る。

「はぁ。はあ……」

 息が上がっていたことに今やっと気づいたのです。そして、確かに額や脇、背中などの汗をかきやすい汗ばんでいたのでタオルで拭き取って、水を持ってきて机に置いておきました。

「ふう……」

 目を閉じてみると、やっぱり具合がどんどん悪くなってきたのです。病は気から、と思って気合を入れて一時的に耐えることはできてもその持続は危険だし時間も限られているということを身をもって知ったのでした。

「冬臣さん、私のこと好きすぎでしょう……」

 実は、さっきの冬臣さんの発言にきゅんと胸を締め付けられるような、ばたばたと暴れたくなるのを抑えるので精一杯だったのです。
 私が体調を崩してから冬臣さんの愛が直接伝わってきていっぱいいっぱいなのです。大きな愛に抱かれて暖かな気持ちになりました。

 冬臣さんのためにも、治さなくてはいけませんね。
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