灰の雪華 ~大正淡愛物語~

彩乃遥

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10.流行り病

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 あの日以降、私と冬臣さんの仲が深まったように感じています。なんとなく、これまでは冬臣さんと釣り合うことなど絶対ありえない自分がなぜ妻となったのか、また、そのことに対して後ろめたさがありました。私よりも相応しい人はたくさんいるでしょうに──と。
 でも、溺れてしまうほどの愛に触れてから、冬臣さんは私の想像をはるかに上回って私のことを愛してくれていたのだと言葉や指先、表情、全てから感じさせられたのです。私がこのまま自分自身を愛せなければ、そんな態度は冬臣さんの気持ちに対して大変失礼に値すると考えたのです。

「では行ってくる」
「行ってらっしゃいませ。お気をつけて」
「ああ」

 私が玄関で見送ると、微かに笑って手を振ってくれます。
 あんな顔もするようになったのだなと嬉しくて。でも、いつも私は彼の背中に向かって手を振っていました。

 大湊での暮らしはのどかでありながら、活気のある人々が毎日生活しています。都会とは違った、軍のある地域でもあって特殊な環境であると感じることも多々あります。
例えば、海軍士官の社交場として建てられた北洋館が完成したことを記念に、軍人さんの妻で集まる『夫人会』が開催されることとなり私も招待されました。その招待を断るわけにもいかず出席してきたのですが、その時の会話で知りました情報で、最近流行り病で都会の方では騒がれているらしいです。なんともその流行り病は風邪であるのに感染力が強く、世界の方でも大きな問題になっているのだとか。

 マスクなるものを鼻が隠れるように鼻を含めてそれから下の部分を布で覆うことで、予防になるというのも知りました。顔の半分を覆うのは苦しそうですが、どうやらこのマスクは咳やくしゃみの飛沫があらゆる場所に飛ばないようにするために着用するのだそうです。

ふと、今朝の新聞が目に入ったので文字を読みたくなったのも相まってゆっくり中を読もうと座って読んでいきました。

「あら、そんなことが……」

 どうやら青森県でもその流行り病の患者が増えてきたということが報じられていました。大湊は軍港で港町ですから、外部との交流も盛んです。恐らくこの流行り病も大湊に渡ってくるのでしょうか。怖いですね。そして、もうひとつ気がかりな点もありました。

「大丈夫でしょうか……ご主人様と奥様」

 都会、といいますと私の生まれ育ったあの屋敷があった場所も都会と言えましょう。東京ですしね。時間の流れというのは早いものですね。あの屋敷から大湊に来てから半年以上経過していたとは。そろそろお手紙でも書いてみましょうかね。奥様に捨てられるかもしれませんが、これは私のためです。ご主人様と奥様にはお世話になりましたし、それに奥様が私と冬臣さんを繋げてくれたようなものですし。それが例え私を追い払いたいだけだとしても。

「さて、書きましょうか」

 誰かに宛てた手紙というのは、書くだけで心が弾むものです。便箋とペンを引き出しから取り出して何から書こうか考える。創作をする時もこのような気持ちでやっているので、わくわくして仕方がありません。

「ごほっ、ごほっ、はぁ。そろそろ冷えも辛くなってきたなぁ」

 最近咳込む回数が増えています。乾燥もありますし、秋も終わりに近づき寒さが強くなってきました。大湊では雪が降り積もるようですから恐ろしいです。手を擦り合わせて摩擦で温かくしながら私は羽織るものを引っ張ってきて喉の乾燥を潤すために水を飲んでから手紙を書くべく机に向かいました。

「んん、寒い」

 こんなに寒い中、冬臣さんはお仕事をされているのでしょうね。今度のおやすみにはお鍋でも作って温まってもらいましょう。
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