灰の雪華 ~大正淡愛物語~

彩乃遥

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7.かんざし

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 夏も過ぎ、肌寒くなってきました。秋の訪れもまもなくでしょう。
 そろそろ衣替えやらなんやらを始める時期になってきました。ついでに断捨離もしておきましょうか……

「はあ、秋かぁ」

 秋。食べ物がおいしい季節。何か豪華なものでも食べようかな、とか考えているだけで楽しみです。

 それと──

「明日、16歳になる、のか……」

 16というのは区切りになる年齢でもあります。正式に結婚が可能な年齢になるのです。実は、今現在、籍は入れていませんが内縁の妻という立場にあるのですが、これから籍を入れることとなるのだろうか……。そういうことを考えてしまって、ぼおっとしてしまうことも多くなりました。

 冬臣さんが仕事に向かう前に炊き込みご飯を炊いて、汁物と沢庵、魚を用意しておきました。今日はなんだかおいしいごはんを食べたくて。豪華にしすぎましたが秋ですし、たまには許してくれるでしょう?

 夜勤の前に少し食べて、お仕事の休憩中にも軽く食べることもあるらしいので、その軽食も兼ねて用意しておくのです。
 私はこの炊き込みご飯をおにぎりにしておいて寄せておきました。

 あれこれしていると、冬臣さんが厨房に顔を出してきました。

「いい匂いだ」
「今日はちょっと豪華に用意してしまいました。へへ」
「ああ。たまには良い。それに明日はチヨの誕生日だろう。帰って来てから寝てしまうが、明日は休みにしておいた。一緒に過ごそう」
「え、えっと」

 冬臣さんに私の誕生日を教えた記憶はないのに、なぜか彼は私の誕生日を知っていました。だから本当に驚いてしまいました。

「合っている、よな?」
「はい、それは、はい。でも、あの……なんで知っているのかなと思って」
「ああ。この間、言っていたじゃないか」
「あれ、そうだったっけ……?」

 どうやら私が記憶にないだけで、自分で話していたようです。
 それでも、しっかり覚えていてくれたのだと思うとなんだか嬉しいような照れくさいような。複雑な感情がありました。
 しばらくもじもじとしながら恥ずかしさが強くなって冬臣さんの顔を見ることができずにいましたが、やっとのことで顔をあげると目の前に冬臣さんの顔がありました。

(わぁっ、綺麗……あ、え、待って、これ近いっ!?)

 驚いた私は思わず冬臣さんの顔をベチっと叩いてしまい、頬が若干赤くなってしまっていて、痛そうに見えました。

「す、すみません」
「具合が悪そうに見えたから心配したのだが大丈夫そうだな」

 私の頭をポンと叩いて冬臣さんは茶碗とお椀を出して、何もなかったかのように日常に戻っていました。私はというと、時が止まったかのように感じているというのに。この方はたまに距離感が近すぎることがあるんですよね。
 でも、冬臣さんの気にしないという態度のおかげでなんとか私も引きずることなく戻ることができています。

「具合は悪くないです。大丈夫。あ、お椀よこしてください」
「はい。ああ、明日が楽しみだ。君を抱ける日がやっときた」
「……は?」

 今なんとおっしゃいました? 私を抱く、とは、それは一体なんという意味でおっしゃったの? え、ええ!?
 たしかに私たちは夫婦となりますし何もおかしいことではないのですがそれでも私はまだまだ子どもですよ!?
しかし、結婚できる年齢というのはもう女にとってそれは『おとな』同然なのです。そうでしたね。覚悟を決めなければならない時が来たのでしょう。

「楽しみにしている」
「は、はひ……」

 冬臣さんの目は私の目を貫き、離せなくなってしまいました。どこまでも見透かされるような不思議な妖しい雰囲気もあるその紅い瞳を見てしまうと私はどうも敵わないのです。

「だから、今これを君に」
「なんですか」

 そう言って私の両手に置かれた白い包み。それを開けるとそこには素敵なかんざしがありました。素朴な見た目だからこそ、上品な仕上がりになっていて色の美しさと形状の滑らかさを強調するようになっている。薄紫と桃色の中間のような柔らかい色。気品を感じさせながら、ちょっとだけ色っぽさもある。そんなかんざしでした。

「誕生日に祝いの品を」
「あ、ぅ……うれしいです……」
「それはよかった」

 涙がぼろぼろと溢れてきて前が見えませんでした。
 なんとか拭いてご飯の支度を続けて食卓に置いて食事を摂る。夕飯を豪華なごはんにして良かったです。最高の気分でこのご馳走を食べることができて幸せすぎます。

「美味いな」
「そうですねぇ、ふふ」

 自然と笑みがこぼれているのが自分でもわかるくらい、口元が緩んでいる。
 口に含んだごはんを咀嚼していると、急に冬臣さんがこちらをじっと見つめてきました。

「あ、あの、どうしました」
「可愛いなと思って」
「ありがと、ございます……」

 今ならこの言葉もお世辞だと思わないでいられる。それは、冬臣さんの表情からも私を愛してくれていると嫌でもわかるほど強く伝わるものだったから。私を愛してくれている冬臣さんのおかげで、私の自己肯定感は昔に比べるとかなり高まったことでしょう。

「チヨがこのかんざしをつけてくれるのも楽しみだ。似合うだろうと思って選んだんだ」
「そうなんですか。嬉しいです」
「ああ」

 この幸せな時間が永遠に続けば良いのに。
 何度もそう願いました。

 明日はこのかんざしを髪に挿してみましょうかね。
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