灰の雪華 ~大正淡愛物語~

彩乃遥

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6.趣味の時間

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 この間、ハナちゃんがうちにやってきたので例の小説を読んでもらいました。そのほかにもおすすめしたい本があったので貸したり、文芸雑誌を引っ張ってきて一緒に読んだり、詩を書いたり楽しい時間を過ごしました。

 その時に教えてもらった「乙女世界」という月刊誌がとても面白かったので、今度から自分で購入したなぁ、など思っておりました。
 しかし、この雑誌に限らずあらゆるものが都会の方とだいぶ時差があるので、例えば8月号を買うには都会の方では7月下旬からでもこちらでは8月を過ぎることもあるわけですね。基本的に北の果ての大湊で生活する分には不便ではないのですが、この連載作品を待っている時間を考えると、とてももどかしいものがあります。

 乙女世界では主に10~20代前半女性を対象にした雑誌で、恋の悩みや相談お返事のページなど、興味深い話題に溢れていました。
 中でも私は、読者投稿の恋愛話や小説、エッセイなどの文芸を扱うページでした。そして私は、この読者投稿にあった新連載のお話『愛と牙』のファンとなっていたのです。

 このお話を読むためだけに買おうと思ってしまうほど楽しいものでした。表現の豊かさ、言葉の引き出しの多さだけでなく、描写の繊細さや登場人物たちの台詞に無駄がなく、洗練された小説を書く先生でしたから、その良質な文章を摂取したいのです。

「チヨ、最近その雑誌ばかり読んでいるな」
「ああ、そうですね。この『愛と牙』という恋愛小説を書いていらっしゃる米谷まどか先生の文が本当に素敵で何度も読んでしまいます」

 私は思わずいつもより大きな声でつい語りかけてしまい、慌てて口を閉じました。

「いいじゃないか。チヨも文を書くのだろう。その話はどういう内容なんだ?」
「そうですね……吸血鬼のおはなしです。この話の中ではヴァンパイアと呼んでいます。ヴァンパイアの彼が、ヒロインに心を奪われてしまうのですが、そのヒロインには婚約者がいて……というお話です。まだ連載したばかりで先が読めませんが読者からの感想によると好評らしいです」
「ヴァンパイア──」

 冬臣さんの表情が何だか悪いように見えて、心配になり声をかけようと息を吸うと、それに被って冬臣さんの声が上書きしてきました。

「吸血鬼は寿命が長い。人間よりもずっと。だから、愛など……ましてや人間相手となど。太陽のもとにも出られない。人間からは恐れられる。ひっそりと暮らしていくしかない闇に生きる怪物だ」

 何か諦めを感じるような、無気力な眼で遠くを見るようにぼそりと呟く。
 そんな冬臣さんをはじめて見ました。無表情で難しい人だとばかり最初の頃は思っていましたが、表情が大きく変わらないだけでたくさんの感情を表す人。だから、この表情もはじめてだし、昨日見たあの顔だってはじめて。
 出会って数ヶ月しか経っていないのだから当たり前でしょうけども。

 けれど、既にわかっていることがあります。それは、表情に出す時は言葉が少なくなるのも特徴だということ。

 だからこそ、今のこの言葉の裏には何があるのか。

──考えてみても全く答えが出てきません。

 ただの作り話の登場人物の話をしただけなのに。そのまなざしは、いったい何を訴えていらっしゃるの?
 私にはまだわからない。それでも、あなたがそのようにおっしゃるのならそれを受け止めましょう。それでも、私は私の言葉で伝えます。

「まあ、そんなこと言わないでくださいな。寿命が違っても、記憶に残るような熱い愛をしたのなら、それはもう運命共同体でしょう。怪物なのは人間だって同じです。簡単に裏切ったり殺したり。異種族間の愛は人同士とはまた違った深まりがあるでしょうね」

「チヨ……」

 弱々しく私の名を呼んで俯く冬臣さん。
 威厳があって、いつも凛々しい冬臣さんの弱々しい一面がなんだか可愛らしく思えてしまって。思わず垂れた頭を撫でてしまう。

 さらりとした1本1本が細い綺麗な黒髪。他人の髪なんて触ったことはないけれど、こんなふわりさらりとした触り心地の髪になったことなど私自身もない。
 その触り心地が気持ち良くて、何度も撫でる手が止まらない。

「あ、あのっ、すみません」
「いい。こんな感覚久しぶりだ。なんだか懐かしい」

 口角が緩んだ口元には、先程までの暗さはなくなっているように見えました。
 私よりも年上の冬臣さんにも、子どもっぽい、愛らしいところがあるのだなと思いました。

 この暑さは、大湊にも夏が訪れているからなのでしょうか。
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