灰の雪華 ~大正淡愛物語~

彩乃遥

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3.冬臣さんとえがお

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 冬臣さまだけで今まで住んでいらした私の新たな住まいは、2人で住むにも十分すぎる広さでありました。
 平屋で、広々とした敷地に建つその家には、客室であったり他にも空き部屋が何室かあったりしていた。東京の屋敷とはまた違う広さがありました。縁側からは桜の木が生えていて、お金持ちの家なのだと感じました。
 案内されるがまま玄関から主に使っているのであろう居間に向かいました。

「あの、これは一体」
「すまない……どうしても生活を後回しにしてしまいがちで」
「なるほど……」

 ごちゃごちゃと物が散乱しており、掃除も得意ではないという。
 家具が多いとかそういうものではなく、大きな物は少ないのに床に衣服が無造作に投げ捨てられていることが、そう汚く見えるのであろうなと。
 ですが、まぁよく考えてみれば軍人さんというのは過酷な場所でも生活することもあるでしょうし、身の回りが衣服や物で散乱していても慣れてしまうのか……でも、陸上勤務になる前は軍での集団生活もあっただろうし、できないわけではないでしょう。苦手なことを押し殺して頑張られていたのだろうか。そう思うと冬臣さまは責めることもできません。

「整理整頓が苦手なんですか?」
「……必要なものを近くに置こうとするとこうなってしまう。それに1人じゃ尚更だ」
「そうですよね」

 軍では集団生活を強いられ、整理整頓や規則に従うことが基本でしょう。
 もしかしたら、冬臣さまはそれが嫌で陸上勤務に異動したのだろうか?これを聞くのはまだまだ先になりそうですね。
 正直、彼に尋ねたいことはたくさんあります。それをぐっと堪えて今は嫌われないようにせねば。今のところ私が冬臣さまに対して抱いている印象は、表情は決して豊かでないけれど、優しさと頼もしさを持った方で安心はしています。

「では私が片しておきますが、その前によく使うものを分けてください。それらを取り出しやすいところに置きますから」
「なるほど……そうすれば良いのか。助かる」
「いえ、とんでもないです」
 彼は私よりいくつも年上ですが、それを感じさせない柔らかで話しかけやすい雰囲気をかもし出す方だったようです。軍服を脱いで軽装に着替えながら、床に散らかったモノたちを見ながら何やら考えている様子は、まるで子どものようでした。私は彼の着替えてる様子を見ないように目を逸らし、立ち上がって部屋の収納を確認した。

(せっかくいい箪笥があるのに……)

 立派な箪笥を撫でる。わずかな寂しさがふと滲み出てきたのを手のひらで握り締めた。

「チヨ」
「は、はひっ!」

 急に名前を呼び捨てで呼ばれ、変な声を出してしまった。

「俺の仕事は夕方から深夜の時間帯なんだ。大抵昼間は家にいるが気にしないでくれ。今日は非番だがな」「わかりました」
「そうだ。その、なんだ。冬臣さま、と呼ぶのはやめてくれ。なんだか恥ずかしい」「すみません。それでは冬臣さんと呼びますね」
「……あぁ、そうしてくれ。あと、これ、よく使う必要なものは分けた。君に任せきりはよくない。俺に教えてくれ。それと、料理だって知りたい。今までできなかったのはやり方を知らなかったからだ」
「はぇ」

 思いもよらぬ言葉に変な声が漏れてしまいました。冬臣さんは変わったお人だ。
 真剣な眼差しで家事を教えてくれと女の私に頼んできたわけです。男性は女性に家事を任せるものだというのに。これも性格なのでしょうか。

 とにかく、私の旦那様は私が今まで出会ってきた男性とは違った独特な人でした。


「ですから、私的にはここにしまうのがよろしいかと」
「なるほど」
「つぎは料理ですね。気づいたらもうこんな時間……遅くなりましたが夕飯の時間ですからついでに教えます」
「助かる」

 今思えば、上野から青森に着き一泊してから大湊に船で移動し、到着して家へと参りました。

 家では少し休憩しながら片付けを行っていましたが、それでも大変疲労が溜まる日程です。
 よく倒れないな、など自分の体力に自信がつきました。きっと、学校から帰った後にすぐ屋敷の家事を奥様に罵られながらも行って、その後自分の世話をしていましたし、場合によっては力仕事もやっていたからでしょうね。

 腐っていない野菜があり、沢庵もあった。焼き魚がないのはさみしい食卓になりますが、まずこの方や大湊の日常の食事の様子を知ることも必要です。

「魚を用意できないので野菜だけになりますが……」
「構わない。いつもの俺の食事は茶漬けと沢庵だけだからな。それに比べたら豪華だ」
「食事はお嫌いで?」
「いや。そういうわけではない。ただどうしても難しくてな」
「それは良かったです」

 そうして、時折質問のような雑談をしながら初の料理を作っておりました。
 冬臣さんには妹がいることや、この屋敷は売りに出されていたのを買い取ったこと、近所の子どもが最近大きくなって元気に走り回っているだとか。

 飯を炊いておひたしと味噌汁を作りました。工程を見せながらしっかり教えると冬臣さんは「これなら出来そうだ」と言っていました。

 できた食事を一緒に摂ると、冬臣さんは「誰かと食べるというのは美味しいのだな」と小さく笑いながら味噌汁をすすっていました。表情があまり変わらないお顔が急にぱぁっと明るくなるのは反則でしょう。

 嗚呼。私は冬臣さんのことがすきになってしまったのかもしれません。
 
 夫になったのですから、すきになったって良いのでしょう。それはわかっています。
 ひどい男の人だったらどうしようという不安を抱えていた今の私にとって、冬臣さんはあまりにも私の心に響いたのです。
 しかし、そんな軽率に、人をすきになっても良いのだろうか。そういった葛藤が生まれてきたわけでした。
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