灰の雪華 ~大正淡愛物語~

彩乃遥

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2.北の果ての地

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 目が醒めると、朝になっていました。
 まさか車内でここまでぐっすり眠れるとは思っていなかったので、自分のどこでも眠れるということは特技になるのではないかと感じました。

 随分遠くまで進んだようです。
 到着は夕方ですから、まだまだ時間があります。それまで私は趣味の小説を読んだり物語を考えたりして車内でしばらく過ごし、未来への不安を取り除こうとしました。



『まもなく、青森、青森──』

 青森というのは、青森の中心部に位置する場所ですから、そこからさらに北に向かわなければなりません。
 そのため、青森から大湊へ行くには船を利用する必要があるそうです。

 今まで私は船に乗ったことがないのですが、聞いた話によれば、とにかく『酔う』人は酔うらしいので不安を抱えていました。

 そろそろ青森に到着するようで乗客が荷物をまとめて降りる支度をはじめました。
 私も彼らに合わせて荷物をまとめ、いつでも降りられるようにしていました。

 車窓から見えるのは、たくさんの緑。
 これが青森という場所なのでしょう。私は今まで都会と言ってもその都会からやや距離のある場所に住んでいましたが、ここを見れば『ああ、都会であったのだなぁ』と思わされるような、落ち着いた風景が広がっていました。

 しばらくすると、駅に到着しました。そうしましたら、私はくたくたの身体を無理にでも動かしてまずは船が出るのは明日なので、今日は寝泊まりする場所まで移動しなくてはなりません。

 少しだけ駅から離れると紙に記しておいた名前の旅館が見つかり、思っていたより迷わずに辿り着きました。それから手続きをして眠りにつきました。



─翌朝─

 あらかじめもらっていた情報によると、旅館からそこまで遠く離れていない場所にあるようでした。駅の方面に向かって少し歩くと、すぐそこに大きな船が目に入ってきたのです。

「お、大きい……」

 船を目印に乗り場を探すべく近づくと、親切なおばさまが私に声をかけてくれてすぐに辿り着くことができました。

 その方曰く、青森の港から定期航路で大湊まで行くようです。

 他所では鉄道が続々と整備されているのだから船以外の選択肢も増えるだろうけど、どうだろうね。など笑いながら話していて、私も増えると思います、と明るい未来を願いながら返事しました。

 やがて船も出発する時刻となり、いよいよ大湊へと向かい始めました。

 海の上を動く船というのは不思議なものですね。

 私にはどのような仕組みでこれほど重い物体が浮かんでいるのかはわかりませんが、技術の進歩のすさまじさを肌で感じたのでした。

 そして、海はきれいな青で、本当に広かった。
 あの独特の潮の香は今の私には合わず、息を止めたくなりましたが。

しばらく船に乗っていると、頭痛がして具合も悪くなってきました。
意識が遠のいていく。眠ってしまえば楽になるのでしょうか。

 またしても私は眠ってしまったようです。



「お嬢さん、大丈夫かい」
「あ、はい……すみません」
「あんた大湊に行くのかい」

 そう話しかけてくれた気さくな女性は私の顔を見て心配して声をかけて確認をわざわざしてくれました。なんと親 切な方なのか。
 今まで私は、母以外の年上の女性から優しくされたことなどありませんでしたから、慣れないことに若干むず痒さに似た感覚を覚えました。

「遠くから来たんだろう?」
「東京から来ました」
「はぁ! そりゃ大変だ」
「あの、なんでわかったんですか? 遠くから来たって」
「ああ、なんだろうね。所作とか訛りかね。説明は難しいさ。感覚だからね」

 しばらく私はこの女性とおしゃべりをしていました。
 そうするとだんだんと気分の悪さも落ち着いてきてきたのです。多分ですが、この具合の悪さは単に船酔いをしただけではなかったのでしょう。
 そう気づいた頃には女性とは途中で別れ、蒸気船は大湊に到着していました。

「ついた!」

 到着してから、あたりを見渡すとそこには多くの人やモノが行き来していて港町の栄えた様子が一瞬で伝わってきました。
 珍しい、はじめての画でしたから、しばらくキョロキョロと見ながらゆっくり歩いていると、とても背の高い男性が私の目の前に急に現れました。

「あ、すみませんっ」
「いいえ。ああ、君か。チヨさん」
「え」
「俺が天内冬臣だ。今日から君の夫になる男だ」

 その言葉を聞いた瞬間、急に音が聞こえなくなってしまったように思いました。
 軍服をまとい、軍帽を深く被った彼の顔は身長差でよく見えませんでした。
 低く響く声と、軍人というには思っていたよりもだいぶ細身のすらっと伸びた手足。黒い軍服を着ているせいなのだろうか。
 とにかく、私が今まで会ったことのないような雰囲気の男性でした。

「さあ行くか」
「えっと、どこに」
「どこ? 家だが」
「あ、ああ、そうですよね! ははは」

 彼は私の質問を聞いて少し首を傾げながら答えた。
 それもそうだろう。だって、嫁いできた身なのにそんなことを聞く女があるだろうか。
 ああ、恥ずかしい。

 彼の歩幅が大きくて、ついていくのでやっとだった。

「坂が多い町なんだ、ここは」
「たしかにそうですね……」
「すまない」
「はあ、はあ……えぇ」

 振り向いた時に私との距離と疲労度を感じ取ったのでしょう。彼は、冬臣さまは私の近くまで寄ってきてしゃがんだ。

「乗れ」
「え、あの、わたし、だいじょうぶですから、あ、わわ」
「気にするな。それに、長旅だっただろう。俺のために東京から大湊まで」
「は、はい……では、お言葉に甘えて」

 冬臣さまの広い背中にまたがると、ひょいと軽々と立ち上がった。
 高い。

「それに家はあと少しだから」

 堅苦しい方かと思っていたのに、思いやりのある優しい方なのでしょうか。
 これからの夫婦生活に不安が募っていた私でしたが、柔らかな陽ざしが道を照らしてくれました。
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