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エピローグ
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何度も季節は廻り、ルキアとウィリアムは三十代も目前になっていた。その頃には、肌を重ねることも少なくなっていて、それでも夫婦の絆は確かなものであると確信し、信頼し合っている関係へと発展していた。
真新しかった家も、落ち着きが見えるようになり、真っ白で眩しかった部分も、くすんで程よい暗さに落ち着いていて、目に優しい外観になっていた。その中でも、また何軒か新しく家が建っていき、引っ越してきた者たちも加わり、ますます町は栄えていった。
「おかあさーん!」
焦げ茶色の髪をなびかせ、全力疾走で駆けていく少年が元気よく母を呼びドアを開ける。
「おかえり」
一回の夜だけで見事に子どもを授かり、無事に出産した。子どもは大きな病気や怪我を負うこともなく、すくすく育っている。ルキアはすっかり母となっていた。若かりし頃の身体とは変わり、程よく肉が乗り、柔らかさと包容力を感じさせる体つきとなっていた。それに加え、男顔負けの凛々しい顔も、子どもを産んでからはまるで聖母のような慈愛に満ちた笑みを浮かべるようになり、母であることを滲み出していた。
息子・ハルトは目元の凛々しさはルキアにそっくりであるが、顔全体の雰囲気はウィリアム譲りであった。ハルトは父のように警備隊に入隊したいと夢を見て、日々、剣術や体力作りに興味を示している。練習を真面目に取り組むような性格は、母親譲りなのかもしれない。昼食後は、少し休んでから近所の男の子と一緒に外で遊ぶことが多い。ルキアは休みの日は時々ハルトが遊ぶ様子を見て心を和まされていた。
朝は暇な時間があると本を読んだり、外で子ども用の模造剣を使って素振りをしたりしている。おやつを少し食べてから活動に入るため、それから昼の金が鳴る前に、空腹を感じると家に戻ってくる。
「そっくりだ。父さんも昔ハルトのようだった」
「そうなの?」
「うん。だから、ハルトもきっと立派な警備隊隊員になれるよ」
「わーい! じゃあ、もっとがんばらなきゃだね」
「そうだね。じゃあまずは手を洗ってごはんにしようか」
用意していた昼食をテーブルに並べると、ハルトはスプーンやフォーク、飲み物を用意して待っている。今日は一週間の終わりの日のため休日であるが、警備隊は当番であれば仕事へ出る。基本的に警備隊は一年間で休みは無く、日勤、準夜勤、夜勤でシフトを回している。本日、ウィリアムは日勤の日であったので朝早くから出勤していた。本来であればもう少し遅くに家を出られるのだが、勤務地がやや遠い地域に配属されていること、早めに行ってやりたい仕事もあり早い時間に家を出る。ルキアとハルトがまだ眠っているのを見てから音を立てずに仕事へと向かう。
ルキアは日ごろの疲れと育児、加齢のせいか、休日は特に朝早く起きることが苦手になっていて、ウィリアムを見送ることが難しかった。それでも、ハルトが起きるよりも前には起きて朝食を作り、ハルトが朝にしっかりご飯を食べられるように準備して待っている。ハルトが生まれる前は二人でパンとミルクだけというような、適当に済ませることもあったが、ハルトが生まれてからはハルトに栄養バランスの良い食事と、好き嫌いをなるべくさせないような工夫をする必要があった。そのため、以前に比べると料理をする時間も増えたし、スキルも上がった。ルキアも学校で働いているため、ウィリアムが家にいる時間が長い時や休みの日は家事を率先して行っている。この時代の男性は、基本的に家事は女性がするものだと考える人が大半であるが、ウィリアムの両親が使用人として働いていたのもあって、家事や誰かに尽くすことを男性が行うことに抵抗も違和感も無かった。それもあって、料理は一通り出来たし、掃除や洗濯も仕込まれているため実践していた。当時の男性としてはとても珍しく、ルキアの同性の同僚からは羨ましがられていたし、ウィリアムの職場の同僚からは「珍しいな」と言われていた。しかし、ウィリアムの同僚の中で、ウィリアムに感化されて家事に参加するようになったという男性が現れ、そのほかの男性隊員も次々と試しにやってみるといった行動変容が生まれた。今現在、ウィリアムが配属されている課はみな既婚者であり、妻との関係や家庭を大切に思う人が多かった。警備隊の激務をこなしながら父として育児や家事に参加するウィリアムにならって広まった行動は、次第にほかの課にも伝わり、話題を呼んだ。
やがて、ウィリアムは部下を教育する立場となったり、ルキアは自分に憧れて女性剣術教員を目指す学生に出会ったりした。それぞれが、夢や希望を与える立場となったのだ。
人生というものは何が起こるかわからない。困難が目の前に現れてもなお、隣に愛する人さえいれば乗り越えられると信じ続けて、一生を誓った男女の物語。
これから先、どんな困難があろうと、二人は信じ、愛し、そして我が子を護りながら力強く歩んでいくだろう。
真新しかった家も、落ち着きが見えるようになり、真っ白で眩しかった部分も、くすんで程よい暗さに落ち着いていて、目に優しい外観になっていた。その中でも、また何軒か新しく家が建っていき、引っ越してきた者たちも加わり、ますます町は栄えていった。
「おかあさーん!」
焦げ茶色の髪をなびかせ、全力疾走で駆けていく少年が元気よく母を呼びドアを開ける。
「おかえり」
一回の夜だけで見事に子どもを授かり、無事に出産した。子どもは大きな病気や怪我を負うこともなく、すくすく育っている。ルキアはすっかり母となっていた。若かりし頃の身体とは変わり、程よく肉が乗り、柔らかさと包容力を感じさせる体つきとなっていた。それに加え、男顔負けの凛々しい顔も、子どもを産んでからはまるで聖母のような慈愛に満ちた笑みを浮かべるようになり、母であることを滲み出していた。
息子・ハルトは目元の凛々しさはルキアにそっくりであるが、顔全体の雰囲気はウィリアム譲りであった。ハルトは父のように警備隊に入隊したいと夢を見て、日々、剣術や体力作りに興味を示している。練習を真面目に取り組むような性格は、母親譲りなのかもしれない。昼食後は、少し休んでから近所の男の子と一緒に外で遊ぶことが多い。ルキアは休みの日は時々ハルトが遊ぶ様子を見て心を和まされていた。
朝は暇な時間があると本を読んだり、外で子ども用の模造剣を使って素振りをしたりしている。おやつを少し食べてから活動に入るため、それから昼の金が鳴る前に、空腹を感じると家に戻ってくる。
「そっくりだ。父さんも昔ハルトのようだった」
「そうなの?」
「うん。だから、ハルトもきっと立派な警備隊隊員になれるよ」
「わーい! じゃあ、もっとがんばらなきゃだね」
「そうだね。じゃあまずは手を洗ってごはんにしようか」
用意していた昼食をテーブルに並べると、ハルトはスプーンやフォーク、飲み物を用意して待っている。今日は一週間の終わりの日のため休日であるが、警備隊は当番であれば仕事へ出る。基本的に警備隊は一年間で休みは無く、日勤、準夜勤、夜勤でシフトを回している。本日、ウィリアムは日勤の日であったので朝早くから出勤していた。本来であればもう少し遅くに家を出られるのだが、勤務地がやや遠い地域に配属されていること、早めに行ってやりたい仕事もあり早い時間に家を出る。ルキアとハルトがまだ眠っているのを見てから音を立てずに仕事へと向かう。
ルキアは日ごろの疲れと育児、加齢のせいか、休日は特に朝早く起きることが苦手になっていて、ウィリアムを見送ることが難しかった。それでも、ハルトが起きるよりも前には起きて朝食を作り、ハルトが朝にしっかりご飯を食べられるように準備して待っている。ハルトが生まれる前は二人でパンとミルクだけというような、適当に済ませることもあったが、ハルトが生まれてからはハルトに栄養バランスの良い食事と、好き嫌いをなるべくさせないような工夫をする必要があった。そのため、以前に比べると料理をする時間も増えたし、スキルも上がった。ルキアも学校で働いているため、ウィリアムが家にいる時間が長い時や休みの日は家事を率先して行っている。この時代の男性は、基本的に家事は女性がするものだと考える人が大半であるが、ウィリアムの両親が使用人として働いていたのもあって、家事や誰かに尽くすことを男性が行うことに抵抗も違和感も無かった。それもあって、料理は一通り出来たし、掃除や洗濯も仕込まれているため実践していた。当時の男性としてはとても珍しく、ルキアの同性の同僚からは羨ましがられていたし、ウィリアムの職場の同僚からは「珍しいな」と言われていた。しかし、ウィリアムの同僚の中で、ウィリアムに感化されて家事に参加するようになったという男性が現れ、そのほかの男性隊員も次々と試しにやってみるといった行動変容が生まれた。今現在、ウィリアムが配属されている課はみな既婚者であり、妻との関係や家庭を大切に思う人が多かった。警備隊の激務をこなしながら父として育児や家事に参加するウィリアムにならって広まった行動は、次第にほかの課にも伝わり、話題を呼んだ。
やがて、ウィリアムは部下を教育する立場となったり、ルキアは自分に憧れて女性剣術教員を目指す学生に出会ったりした。それぞれが、夢や希望を与える立場となったのだ。
人生というものは何が起こるかわからない。困難が目の前に現れてもなお、隣に愛する人さえいれば乗り越えられると信じ続けて、一生を誓った男女の物語。
これから先、どんな困難があろうと、二人は信じ、愛し、そして我が子を護りながら力強く歩んでいくだろう。
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