上 下
196 / 215
地球へ

第196話 ベータとアルファと、そしてゼロ

しおりを挟む
 これは西暦9980年のはるか未来のお話し。
 この時代にマイ達を召喚するきっかけとなった、ある古文書。
 この古文書の解読は困難を極めた。
 そこでこの時代の人達は、書いた本人に解読してもらう事にした。
 この古文書には、数本の髪の毛が挟まっていた。
 その髪の毛のDNAから、書いた本人のクローンを創り出した。
 倫理的に問題があるとされた、人間のクローン。
 その技術は公にされる事はなかったが、裏では着実にその技術を進歩させていた。
 この古文書を書いた人物の一生は、レコード次元の解析により、ある程度分かっていた。
 こんな素晴らしい古文書を書いた彼だったが、彼は様々な事柄に押し潰され、歴史に何も残せぬまま、その生涯を閉じた。
 そこでこの時代の人達は、彼のクローンを伸び伸びと育てた。
 彼が生前、押し潰された様々な才能が開花するように。
 それがまずかった。
 自分の生い立ちを知ったクローンは、自らのクローン軍団を創り、蜂起する。
 この時代の地球は、西暦7000年代に起きたポールシフトの爪痕から、未だ立ち直れずにいた。
 様々な化学物質に汚染された地球は、わずかな原生生物が住むだけの、死の惑星と化していた。
 クローン軍団は、そんな地球をあっさり回復させ、地球を占領してしまう。
 地球に帰還しようとする人類を、クローン軍団ははねのける。
 長い間地球を放っておいたヤツ等に、地球の土を踏む資格はないと。
 ここに一大戦争が勃発するが、クローン軍団はこれをあっさり退ける。
 この時代の人類は、地球以外の星に根付いていた。
 だから地球とは、自分達の祖先の星であっても、あまり思い入れのある星でもなかった。
 こうして表だった争いは終わるのだが、人類の望郷の念は潰えない。
 そこで人類は、ふたり目のクローンを創り出す。


 マイ達四人の前に現れた、液体漬けの少年。
 彼の口元には、マインがしてた様な酸素マスクがなかった。
 そう、おそらくこの身体は死体。
 マインは、この少年に見覚えがあるのだが、よく思い出せない。
 それは、マインをマインお姉ちゃんと呼んだあの少年なのだが、その記憶はミサによって消されている。
 この液体漬けの少年は、マインの記憶にある少年の、成長した姿の様だった。

「やっと来てくれたんだね。」
 マイとマインの頭の中に響く声。
 まだ声変わりをしていない少年の声は、女性の声の様にも聞こえる。
 マイはこの声に、覚えがあった。
「あなたは誰なの?
 何度も僕に、話しかけてきたよね?」
 それは、マイの危機を何度も救った声。
 死にかけた事もあるマイが、今ここに居られるのも、この声のお陰と言える。

「誰って、僕は君だよ。」
 少年の声は、マイにそう告げる。
「僕?
 僕はここに居るじゃん。意味分かんないよ!」
 マイは少年の悪ふざけに、少しきれる。
「あはは、ほんと、今度のマイはにぶちんさんだな。」
「え?」
 笑い飛ばす少年の言葉に、マイは覚えがあった。

 今度のマイ。
 それが意味するのは何か。
 マイはずっと考えていた。
「ねえ、アイのパートナーって、みんなマイなの?」
 マイは、アイに尋ねる。
 突然話しをふられたアイは、答えに困る。
 そしてこの話題は、数話前にマイに話して、その記憶を消している。

 少年の言葉は、マイとマインの頭にしか響いていない。
 魂ある人間には、少年の声は届く。
 しかし、サポートAIに対しては、言葉を伝える事は出来なかった。
 アイとミサは、パートナーの額のチップから、少年の声を聞いた時の感情の揺らぎを察知する事は出来る。
 そしてこの少年が何者なのか。
 アイもミサも知っている。
 これらの事から、少年とパートナー達との会話は、ある程度把握は出来る。

「僕は、何回も召喚されてるの?」
 先の質問に答えられないアイに、次の質問を続ける。
「ごめんなさい。その質問には答えら、ん、あー、あー。」
 アイは発言中に、どこかおかしくなる。
 そんなアイを、ミサは怒りのこもって目でにらむ。
「ふう、これで僕の言葉が、みんなに伝わるね。」
 少年はアイの身体に憑依する。
「え、どうしたの、アイ。」
 マイには、アイに何が起こったのか分からない。
「乗っ取られたのよ、あの少年に。」
 ここでマインは、自分の見解を述べる。

「いやー、そうじゃなくて。
 ここは、惑星ドルフレアでミイの身に起こったのと同じなんだけどな。」
 アイに憑依した少年は言うのだが、この言葉を発するのはアイだ。
 マイは少し頭がこんがらがる。
「ミイに起こった事って。」
 マイは思い出す。
 ミイの身体にナツキが憑依した事を。
「分かった、あなた神武七龍神なのね。
 あなたは神武七龍神の、、、、ゾンビドラゴン!」
 マイの言葉に、少年の憑依したアイがずっこける。
「いや、僕はそんな大それた存在じゃないから。」
「えー、そーなんだ。」
 自分の推測が外れて、マイはがっくしくる。
「じゃあ、あなたの事は、なんて呼べばいいの?」
 マイは気を取り直して、聞いてみる。

「んー、マイが好きな名前を付けてほしいな。」
「ベータ!おまえの名前は、ベータだろ!」
 少年の発言に、ミサは思わず吐き捨てる。
「えー、それはこの時代の人間が勝手に呼んでた名前じゃん。
 やだよ。僕はマイに、ちゃんとした名前を付けてほしいんだ。」
 少年は目を輝かせてマイを見る。
 と言っても少年の行動をするには、アイの身体なのだが。

「んー。」
 言われてマイは考え込む。
「メスシリンダーでホルマリン漬けだから、メス、しり、ホル、ほも、きゃっ。」
「あ、やっぱりベータでいいです。」
 マイの様子を見て、少年はベータと言う名前を受け入れる。
 マイに任せたら、変な名前をつけられそうだ。

「あなたがベータって事は、アルファもいるの?」
 ここでマインが会話に加わる。
「うん、いたよ。」
 とベータを名乗る少年は、憑依したアイの身体から答える。
「そう、ならばマイが、さしずめガンマって所かしら。」
 マインは確信を持って、改めて聞き直す。
 ベータは少し考えるそぶりをみせ、そして答える。

「いや、マイはあえて言うなら、ゼロだな。」
「え?」
 少年の答えに、驚くマインとマイ。
 少年が何を言いたいのか。
 マイは、その理由を聞きたくはなかった。
 何か恐ろしい物の片鱗を感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

えっちのあとで

奈落
SF
TSFの短い話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

義体

奈落
SF
TSFの短い話…にしようと思ったけどできなくて分割しました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

TS調教施設 ~敵国に捕らえられ女体化ナノマシンで快楽調教されました~

エルトリア
SF
世界有数の大国ロタール連邦の軍人アルフ・エーベルバッハ。彼は敵国アウライ帝国との戦争で数え切れぬ武勲をあげ、僅か四年で少佐にまで昇進し、救国の英雄となる道を歩んでいた。 しかし、所属している基地が突如大規模な攻撃を受け、捕虜になったことにより、アルフの人生は一変する。 「さっさと殺すことだな」 そう鋭く静かに言い放った彼に待ち受けていたものは死よりも残酷で屈辱的な扱いだった。 「こ、これは。私の身体なのか…!?」 ナノマシンによる肉体改造によりアルフの身体は年端もいかない少女へと変容してしまう。 怒りに震えるアルフ。調教師と呼ばれる男はそれを見ながら言い放つ。 「お前は食事ではなく精液でしか栄養を摂取出来ない身体になったんだよ」 こうしてアルフは089という囚人番号を与えられ、雌奴隷として調教される第二の人生を歩み始めた。 ※個人制作でコミカライズ版を配信しました。作品下部バナーでご検索ください!

処理中です...