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Episode4 京子

322 ブランク

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銀次ぎんじ

 壁際で地面に座り込むマサに声を掛けられた。
 一緒に綾斗あやとを運び込んだ朱羽あげははあっという間に外へ引き返して行ったが、そのまま残った彼を、正直ずっと気になって仕方なかった。
 「はい」と答えた声が震えて、銀次はきつく息を飲み込む。
 前に会った時も緊張してあまり話すことが出来なかったが、そこから全く成長できていないらしい。

 ただでさえ颯太そうたのキーダー復帰に頭の中が混乱状態だ。銀次は肩で大きく深呼吸して「どうしましたか?」と彼を振り返った。

「水、もらっていい?」
「勿論です。ちょっと待って下さい」

 言われるままクーラーバッグに走って、冷えたペットボトルを手渡す。
 マサは「サンキュ」とキャップをひねった。目立った怪我はないが、かなりの疲労は目に見える。
 マサは半分ほど水を飲んで、仰いだ天井に再び目を閉じた。
 少し前に別の施設員がベッドやソファを勧めていたが、「いらねぇよ」と断った声は遠くから耳に入っていた。

「どこか辛いところはあります?」
「いや。休憩してるだけだよ」
「なら良いんですけど……」

 休んでいるキーダーと長話ながばなしするわけにもいかず「失礼します」と頭を下げると、マサは「なぁ」と銀次を呼び止めた。

「はい?」
「お前、昔の俺を知ってるって言ってた奴だよな?」
「──はい」

 思わぬことを聞かれて、余計に緊張が増してしまう。
 「だったよな」と笑うマサに促されて、銀次は彼の横に「失礼します」と腰を落とした。

 小さい頃からずっとキーダーになりたいと思っていた。
 テレビに流れた制服姿のマサが、子供心にキラキラと輝いて見えたからだ。
 キーダーへの夢は諦めても、あの時の気持ちはずっと胸に残っている。

「俺なんかに緊張するなよ」
「……すみません」

 「謝るなって」と笑って、マサはまた水を一口飲んだ。
 彼は消されていた能力を復帰させてキーダーに戻ったが、順風満帆じゅんぷうまんぱんには行かないのだと零す。

「キーダーに戻れたからって、他の奴らみたいに動けると思ったら大間違いだな。ブランクを埋めたくて我武者羅がむしゃらに戦ってたら、急に動けなくなった。自分がオッサンだってこと忘れてたぜ。ずっと現役で訓練してきた奴とは積み上げたものが違うんだな」
「マサさん……」
「要するに、体力がねぇって事だよ。ただでさえ力を使うと体力吸われるのにな。この感覚忘れてたぜ」
「そんなに凄いんですか?」
「あぁ──快感だけどな」

 ニカッと笑って大袈裟に脱力してみせるマサを、やっぱり羨ましいと思う。

颯太そうたさんは凄ぇよ。キーダーなんか嫌だとか言って、あんなに動けるんだからな」
「俺、颯太さんが薬飲んだって聞いてビックリしましたよ。颯太さんて解放前のアルガスに居たんですよね?」
「あぁ、そうだ」

 颯太は当時一番若かったというが、今は50に近い歳だ。
 テントに着いて申し送りをした後に戦場へ出た彼をしばらく見ていたが、その年齢とは思えない動きで敵と戦っていた。

 マサはゆっくりと立ち上がって水を飲み干す。

愚痴ぐち聞いてくれてありがとな。俺は戻りたかった場所に戻れたんだ、弱気になんてなっていらんねぇよ」
「頑張って下さい」

 銀次も立ち上がり、今まできちんと言えなかった言葉をマサに伝える。

「俺は貴方が居なかったら、今ここに居ませんでした。これからも応援しています」

 「よろしくな」と細めたマサの目が、ハッと見開いた。
 向こうのベッドにいた綾斗も同じように反応して、「マサさん」とこちらに呼び掛けてくる。

「向こうで何か始まりましたね」

 ノーマルの銀次には何も分からなかった。


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