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Episode4 京子

309 キーダーですから

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修司しゅうじ……」

 そっと呟いた不安は、屋上に吹く夜の風にさらわれていく。
 綾斗あやとが本部を出て、そろそろ一時間が経つ頃だ。

 海の向こうの廃墟が今どんな状態か詳細は分からない。京子が空間隔離くうかんかくりに飲まれたというが、綾斗がいれば問題ないだろう。
 しらせがないのは良い報せだという言葉に希望を持ちつつ、美弦みつるは屋上の鉄柵に張り付いて遠くの廃墟に目を凝らした。

「気配は感じるんだけどな」

 観覧車の光は相変わらず煌々こうこうとしていて、建物の黒いシルエットも健在だ。流石にこの距離だと音までは届いてこないが、強めに放たれる能力の気配はうっすらと感じ取ることが出来た。
 仲間がそこで戦っていると思うと、心が急いて落ち着かない。

 修司はりつと再会したのだろうか。
 綾斗に『ここは任せて下さい』と大口おおぐちを叩いたが、本当は自分も連れて行って欲しくてたまらなかった。
 だがここを空ける訳にも行かず、深呼吸して衝動をリセットさせる。

「お嬢ちゃん、元気ねぇな」

 ふと聞き覚えのある声がして、美弦は「えっ」と振り返る。屋上には待機の施設員や護兵ごへいが10人程いたが、入口から姿を見せた制服姿の彼にそれぞれがピッと敬礼していた。

平野ひらのさん! 来てくれたんですね!」
「おぅ、新幹線でさっき着いたトコだ」

 銀環ぎんかんをはめた初老の男は、東北支部のキーダー・平野芳高よしたかだ。彼とは何度か会う機会があって、顔馴染みだ。

「ここが手薄になるだろうってな、長官直々じきじきの出撃命令が来たんだよ」
「長官ですか。けど、こっちは暇で退屈してたとこです」
「そりゃ結構な事じゃねぇか」

 平野は海の向こうへ顔を向ける。「あそこか」と細めた目が鋭いく光った。

「まぁ俺も向こうの方が良いけどな」
「ですよね」

 苦笑して肩をすくめると、階段を駆け上がる音が響いて下階から施設員の男が現れた。二人の前までやって来て、疲労顔で敬礼する。

「修司さんが負傷して運ばれたそうです」
「修司が?」

 驚いた声が裏返って、平野が「落ち着け」となだめる。
 「大丈夫なの?」と焦る美弦に、若い施設員は「命に別状はないという事です」と前置きして片手に掴んだメモを読み上げた。
 脳震盪のうしんとうを起こした状態で忍と戦って倒れたという。

「アイツ、馬鹿じゃないの?」

 不安な気持ちについ苛立いらだってしまう。男はビクっと肩を震わせて、「八島病院に運ばれたそうです」と続けた。

「お嬢ちゃん、行っても構わないぞ? 俺はこういう時の為に呼ばれたんだからな」

 病院は本部からそう遠くはない場所にある。
 今すぐ顔を見たいと思うが、それはきっと自分が安心する為でしかない。京子を助けるために現地へ向かった綾斗とは違う。
 なら返事は一つしかなかった。

「命には係わらないんですよね? なら残ります。ここを離れたらきっと後悔するんで」

 もしここで何かが起きたら、修司の所へ行った自分を一生許せないだろう。

「お嬢ちゃんは大人だな」

 にんまりと笑う平野に、美弦は「キーダーですから」と胸を張った。




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