上 下
595 / 622
Episode4 京子

298 苦手な先輩

しおりを挟む
「会えたみたいだね」

 スマホに入れてあるシステムの反応に、久志ひさしは「良かった」と安堵あんどして再びテントの外へ出た。もう少し時間が掛かるかと思ったが、綾斗あやとはあっという間に京子へ辿り着けたようだ。

 予想を遥かに超えたバーサーカーの威力も相当だが、破壊された隔離壁かくりへきの影響も並ならぬものだった。
 むせる程の気配の濃さに思わず鼻を押さえながら、久志は廃墟一帯を見渡す。
 綾斗が押したスイッチの位置情報からすると、京子が居たのは観覧車の辺りだろう。

 佳祐けいすけの件で銀環ぎんかんからGPSを抜いてから、敵の悪用こそ防げたものの不便な点も多かった。
 これから先を見据えて色々と検討していたところでホルスとの戦いが本格的になり、試作品を綾斗に預けた次第だ。猪突猛進ちょとつもうしん型の京子なら必要になるかもしれないと思ったが、案の定仲間の目をすり抜けて敵の生成した隔離壁に閉じ込められてしまったらしい。

「あんまり綾斗に心配かけないでよ」

 白衣の袖を肘まで上げて腕を組むと、ズシャリと足音を立てて人影が真横にせまった。
 昔から生活音の一つ一つがやかましい。それだけで誰か分かる。
 綾斗と一緒に現れてからずっと避けていた距離を詰められて、久志は思わず「げっ」と不満を漏らした。

「げっ、って何だよ。お前が怪我したって言うから心配してたんだぞ?」
「もう治ってますよ。こっちの仕事が終わったら、僕も出撃します」
「なら良いけどよ。お前は髪の毛伸びて雰囲気が変わったな。ロン毛も似合ってるぜ」
「ロン毛って……ありがとうございます」

 反論しても相手のテンションを上げさせてしまうだけだ。
 粛々しゅくしゅくと礼を言って、久志は「やりますよ」と曳地をテントの中へ促した。朱羽あげは同様、銀環の制御を外すためだ。仕事と私情を混同させるつもりはない。

 曳地が「おぅ」とコーラ片手に中へ入り、一番奥に設置した机にドンと腰掛ける。
 膝を突き合わせて黙々もくもくと作業すると、曳地が短い溜息ためいきを零した。

「お前、沙織さおりの事聞かねぇの?」
「……僕にはもう関係ない話ですよ?」
「冷てぇな」

 曳地は苦笑する。沙織は彼の妹で、久志より二つ年上の男勝りな女性だった。
 名前を聞いただけで頭の中をき乱される。込み上げる感情に唇を噛んでぎゅっと目を閉じると、今度は妙に懐かしい気持ちになった。

「元気なんですか?」
「元気だぜ。相変わらずうるせぇ女だよ」
「曳地さんがそれ言います?」
「俺をアイツと一緒にすんなよ。そんでな、今度結婚するらしい」
「────」

 彼女に恋人が居る事は、風の噂で知っていた。どこか宙に浮いたような話題の気がしていたのに、実の兄にハッキリ言われると思っていたよりダメージが強い。

「おめでとうございます」
「お前が言うなよ。ここだけの話、俺はお前が弟になると思ってたんだけどな。アイツだって──」
「僕はお断りします」

 久志は早口に言葉を突き付ける。それ以上は聞いちゃいけない。
 「終わりましたよ」と手を離すと、曳地は残念そうに「チッ」と舌打ちしてズズっとうるさく椅子を引いた。

「彼女の所に戻っても、同じ事を繰り返すだけだ。だから側に居てくれる人が居るなら、それが一番なんですよ」
「お前がそう言うだろうって、分かって言ってんだよ」
「……すみません」
「いいんだ。それより、お前はここに残ってろよ?」
「えっ……?」
「まだ足痛ぇんだろ? 俺がお前の分まで戦ってきてやるから任せときな」
「曳地さん……」
「じゃあ、行って来るぜ」

 昔から何でもお見通しだ。
 曳地は装備を整え、ペットボトルに残っていたコーラを飲み干す。
 走り出す彼を、久志は過去の思い出を重ねながらじっと見送った。

「やかましくて、うるさくて、しつこくて──」

 小さくなっていく彼の背に向けて、久志は自分が泣いている事に気付く。

「僕が嫌っているって思ってるみたいだけど、別に僕はアンタを嫌いな訳じゃないんだよ。一方的に彼女と別れた僕が、アンタとどんな顔して会えばいいのか分からないだけだ」

 それが曳地に対する行動や言動の全てだ。
 もどかしい気持ちがいつか晴れたら、もう少し距離を詰めても良いかなとは思う。

「いつか……だけどね」

 少し気持ちが落ち着いた気がして目の端を拭うと、

「何、ひたってんだよ」

 今度は別の男が横に立った。そういえばしばらく姿が見えなかったが、トイレにでも行っていたのだろうか。
 「お疲れ様です」と振り返って、久志は驚愕きょうがくした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...