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Episode4 京子
274 最後のひと押し
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ホルスとの戦闘が始まる。
本部から連絡が入り、朱羽が事務所に待機できたのは15分だけだった。
──『朱羽は行かなきゃなんて思わなくて良いから、来たくなったら来て』
ついこの間京子にそんなことを言われた。キーダーとして戦う意思が固まった訳じゃない。
なのに開戦を聞いてじっとしてなんかいられなかった。
龍之介が淹れた紅茶を飲み干して、部屋のクローゼットを開く。銀次の件があった時から、制服はここに入れたままだ。
衝動のままに着替えて部屋を出ると、龍之介がさすまたを手に困惑顔で待ち構えた。
ゴクリと音の聞こえそうな程に息を飲み込んで、彼は強い目で訴える。
「俺も行ける所まで行かせて下さい」
「いいよ。けど、まだ迷ってるの」
「それでも構いません」
彼を付き放そうとは思わない。自分の優柔不断さに嫌気を感じながら「行くわよ」と夜の街へ飛び出した。
10メートル程走った所で一度足を止め、事務所の入口を振り返る──またここに帰って来るだろうか。
少しの寂しさを背負いながら通りでタクシーを拾い、湾岸地区へ渡る橋の手前で車を降りた。
ホルスから提示されたという戦いのルールは把握済みだ。戦闘の境界線ギリギリに張ったというアルガスのテントまで行こうかと思ったが、対岸に見える観覧車の光を見た途端気持ちにブレーキが掛かってしまう。
「朱羽さんは、向こうで何が起きているか分かりますか?」
「分かるわよ。もう戦いが始まっているわ」
「そうですか」と目を凝らす龍之介は、まだ高校生のノーマルだ。
「私はもっと、自分がキーダーだって自覚しないといけないわね」
冷えた風に紛れて感じる能力の気配に、深呼吸したその時だった。ポケットに入れていたスマホが高い音を鳴らす。
何だろうと確認したモニターには、想像もしなかった相手の名前が表示されていた。
「はい、矢代です……」
途端に緊張を走らせるが、相手は「よぉ」といつもの調子だ。耳元で彼の息遣いを感じて、両手でぎゅっとスマホを握り締める。
マサは今、海の向こうの戦場に居る筈だ。
「お前今どこに居るんだ? 事務所か?」
「…………」
すぐに返事できない朱羽を待たずに、マサは話を続ける。
「なぁ朱羽、キーダーとして復帰する覚悟があるなら、お前もこっちに来い」
「────」
「待ってるぜ」
一方的に話して通話は途切れた。
ひと呼吸分余韻に浸ってスマホを耳から離すと、龍之介が「朱羽さん?」と不安げに顔を伺う。
「龍之介……私、アルガスに戻ろうと思う」
この所、ずっと考えていた事だ。龍之介を理由にはしたくないけれど、龍之介が理由の一つであることは嘘じゃない。
一瞬だけ寂しさを垣間見せた彼に、朱羽は「けど」と今の想いを吐き出す。
「龍之介が前に言ったでしょ? アルガスに来たいって。私、それを待ってても良いのかしら」
「朱羽さん……勿論です!」
「恋愛感情じゃないかもしれないわよ?」
「それでも追い掛けさせて下さい!」
きっぱりと言い切る彼を「ありがとう」と抱き締めて、朱羽は橋の向こうへと走り出した。
本部から連絡が入り、朱羽が事務所に待機できたのは15分だけだった。
──『朱羽は行かなきゃなんて思わなくて良いから、来たくなったら来て』
ついこの間京子にそんなことを言われた。キーダーとして戦う意思が固まった訳じゃない。
なのに開戦を聞いてじっとしてなんかいられなかった。
龍之介が淹れた紅茶を飲み干して、部屋のクローゼットを開く。銀次の件があった時から、制服はここに入れたままだ。
衝動のままに着替えて部屋を出ると、龍之介がさすまたを手に困惑顔で待ち構えた。
ゴクリと音の聞こえそうな程に息を飲み込んで、彼は強い目で訴える。
「俺も行ける所まで行かせて下さい」
「いいよ。けど、まだ迷ってるの」
「それでも構いません」
彼を付き放そうとは思わない。自分の優柔不断さに嫌気を感じながら「行くわよ」と夜の街へ飛び出した。
10メートル程走った所で一度足を止め、事務所の入口を振り返る──またここに帰って来るだろうか。
少しの寂しさを背負いながら通りでタクシーを拾い、湾岸地区へ渡る橋の手前で車を降りた。
ホルスから提示されたという戦いのルールは把握済みだ。戦闘の境界線ギリギリに張ったというアルガスのテントまで行こうかと思ったが、対岸に見える観覧車の光を見た途端気持ちにブレーキが掛かってしまう。
「朱羽さんは、向こうで何が起きているか分かりますか?」
「分かるわよ。もう戦いが始まっているわ」
「そうですか」と目を凝らす龍之介は、まだ高校生のノーマルだ。
「私はもっと、自分がキーダーだって自覚しないといけないわね」
冷えた風に紛れて感じる能力の気配に、深呼吸したその時だった。ポケットに入れていたスマホが高い音を鳴らす。
何だろうと確認したモニターには、想像もしなかった相手の名前が表示されていた。
「はい、矢代です……」
途端に緊張を走らせるが、相手は「よぉ」といつもの調子だ。耳元で彼の息遣いを感じて、両手でぎゅっとスマホを握り締める。
マサは今、海の向こうの戦場に居る筈だ。
「お前今どこに居るんだ? 事務所か?」
「…………」
すぐに返事できない朱羽を待たずに、マサは話を続ける。
「なぁ朱羽、キーダーとして復帰する覚悟があるなら、お前もこっちに来い」
「────」
「待ってるぜ」
一方的に話して通話は途切れた。
ひと呼吸分余韻に浸ってスマホを耳から離すと、龍之介が「朱羽さん?」と不安げに顔を伺う。
「龍之介……私、アルガスに戻ろうと思う」
この所、ずっと考えていた事だ。龍之介を理由にはしたくないけれど、龍之介が理由の一つであることは嘘じゃない。
一瞬だけ寂しさを垣間見せた彼に、朱羽は「けど」と今の想いを吐き出す。
「龍之介が前に言ったでしょ? アルガスに来たいって。私、それを待ってても良いのかしら」
「朱羽さん……勿論です!」
「恋愛感情じゃないかもしれないわよ?」
「それでも追い掛けさせて下さい!」
きっぱりと言い切る彼を「ありがとう」と抱き締めて、朱羽は橋の向こうへと走り出した。
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