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Episode4 京子
262 絶望の一言
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トレードマークの丸いサングラスが足元に転がった。
忍が指を放すのと同時に、リョージの身体は地面に崩れる。
抵抗する間は与えなかった。もがく事も声を出す事もないまま、一瞬で絶命する。
忍の触れていた胸の一点が黒い点を残して、そこから同じ色の液体が広がった。
剥き出しの瞳は焦点を定めず、暗い空を漂う。
あまりにも突然の事態に、ギャラリーは状況をすぐに理解することが出来なかった。
少し長めの沈黙の後に、海を行く船が遠くでポーという高い汽笛を鳴らした時だ。
「死んでる」
どこからか声が聞こえて、最前列の長髪男が甲高い悲鳴を上げる。
「うぎゃあああ!」
忍は、本能的に背を向けて走り去ろうとした彼の肩を掴んで離さなかった。
恐怖の連鎖で一斉に走り出そうとした全員が凍り付く。
「薬を飲んだんだろ? 働けよ」
「…………」
遠くまで見渡した一人一人の表情は暗がりに隠れて良く見えない。ただ、誰一人として忍と目を合わせようとはしなかった。
きっと後悔しているんだろう。
けれどこんな事態になる事は最初から分かっている。その為に目的を明確にしなかったのだから。
「俺の勝ちだね」と安堵して、忍は長髪男を突き放すように解放し、足先に触れたリュージの腕を蹴飛ばした。
「戦って勝てば良いんだ。さっきコイツを殺った気配を感じ取れたんだろう? お前等にも力の兆候が表れてる証拠だよ」
目の高さに右手を突き出し、掌に光の球を作って見せる。皆の恐怖がそれだけで緩むのが分かった。
「同じことが出来るようにイメージして。訓練なんてしなくても、それだけで戦える」
そんなアドバイスに、ギャラリーの真ん中で同じ白色の光がポンと沸く。皆はたちまち「わぁ」と歓声を上げて、光が次々に現れた。リュージの死を気にしてる暇はない。
目の前に現れた奇跡に、過ぎた恐怖などあっという間に消えてしまう。
忍は「凄いね」と満面の笑みを広げた。
「その調子で好きに暴れてくれよ」
能力を得てキーダーと戦う──欲望の先に待ち受けるのは未来の消滅なのかもしれない。
後戻りできない現実を一人一人が受け留めようとした時、再び全員を恐怖に陥れる時代が起きた。
「きゃあ」と数少ない女子が悲鳴を上げたのは、側に居た男が突然その場に倒れたからだ。
薬の副作用だ。彼を皮切りに、何人もが意識を失ってしまう。
忍は「仕方ないよ」と首を横に振った。
「薬ってのは誰にでも効くものじゃない。合う人間と合わない人間が居るんだから。いつその症状が現れるかも分からないし、麻薬のようなものだよね」
忍はクツクツと笑って、ジャケットの内ポケットに忍ばせた別の薬のシートを取り出した。見せつけるように高くかざし、パチリと弾いた指先の光を触れさせる。
炎のように揺らぐ光に包まれて、シートは秋の空気に散り散りに溶けた。
「やっちまったのか」
ずっと黙っていた松本が、戸惑うギャラリーを一瞥して、呆れたように口を開いた。
彼の言葉も、忍のパフォーマンスの意味も皆には伝わっていない。
「こんなもの要らないからね」
「それは何なんだ──?」
恐る恐る尋ねたのは、金髪でガラの悪い男だ。
「何だと思う?」と忍は勿体ぶるが、流石にそろそろタイムリミットだ。「まぁいっか」と自嘲して、あっさりと答えを出す。
「さっきみんなが飲んだ薬の解毒剤だよ。これで全部無くなった」
絶望の一言だ。
遠くにヘリの音が聞こえて、忍は遠い空を見上げた。
忍が指を放すのと同時に、リョージの身体は地面に崩れる。
抵抗する間は与えなかった。もがく事も声を出す事もないまま、一瞬で絶命する。
忍の触れていた胸の一点が黒い点を残して、そこから同じ色の液体が広がった。
剥き出しの瞳は焦点を定めず、暗い空を漂う。
あまりにも突然の事態に、ギャラリーは状況をすぐに理解することが出来なかった。
少し長めの沈黙の後に、海を行く船が遠くでポーという高い汽笛を鳴らした時だ。
「死んでる」
どこからか声が聞こえて、最前列の長髪男が甲高い悲鳴を上げる。
「うぎゃあああ!」
忍は、本能的に背を向けて走り去ろうとした彼の肩を掴んで離さなかった。
恐怖の連鎖で一斉に走り出そうとした全員が凍り付く。
「薬を飲んだんだろ? 働けよ」
「…………」
遠くまで見渡した一人一人の表情は暗がりに隠れて良く見えない。ただ、誰一人として忍と目を合わせようとはしなかった。
きっと後悔しているんだろう。
けれどこんな事態になる事は最初から分かっている。その為に目的を明確にしなかったのだから。
「俺の勝ちだね」と安堵して、忍は長髪男を突き放すように解放し、足先に触れたリュージの腕を蹴飛ばした。
「戦って勝てば良いんだ。さっきコイツを殺った気配を感じ取れたんだろう? お前等にも力の兆候が表れてる証拠だよ」
目の高さに右手を突き出し、掌に光の球を作って見せる。皆の恐怖がそれだけで緩むのが分かった。
「同じことが出来るようにイメージして。訓練なんてしなくても、それだけで戦える」
そんなアドバイスに、ギャラリーの真ん中で同じ白色の光がポンと沸く。皆はたちまち「わぁ」と歓声を上げて、光が次々に現れた。リュージの死を気にしてる暇はない。
目の前に現れた奇跡に、過ぎた恐怖などあっという間に消えてしまう。
忍は「凄いね」と満面の笑みを広げた。
「その調子で好きに暴れてくれよ」
能力を得てキーダーと戦う──欲望の先に待ち受けるのは未来の消滅なのかもしれない。
後戻りできない現実を一人一人が受け留めようとした時、再び全員を恐怖に陥れる時代が起きた。
「きゃあ」と数少ない女子が悲鳴を上げたのは、側に居た男が突然その場に倒れたからだ。
薬の副作用だ。彼を皮切りに、何人もが意識を失ってしまう。
忍は「仕方ないよ」と首を横に振った。
「薬ってのは誰にでも効くものじゃない。合う人間と合わない人間が居るんだから。いつその症状が現れるかも分からないし、麻薬のようなものだよね」
忍はクツクツと笑って、ジャケットの内ポケットに忍ばせた別の薬のシートを取り出した。見せつけるように高くかざし、パチリと弾いた指先の光を触れさせる。
炎のように揺らぐ光に包まれて、シートは秋の空気に散り散りに溶けた。
「やっちまったのか」
ずっと黙っていた松本が、戸惑うギャラリーを一瞥して、呆れたように口を開いた。
彼の言葉も、忍のパフォーマンスの意味も皆には伝わっていない。
「こんなもの要らないからね」
「それは何なんだ──?」
恐る恐る尋ねたのは、金髪でガラの悪い男だ。
「何だと思う?」と忍は勿体ぶるが、流石にそろそろタイムリミットだ。「まぁいっか」と自嘲して、あっさりと答えを出す。
「さっきみんなが飲んだ薬の解毒剤だよ。これで全部無くなった」
絶望の一言だ。
遠くにヘリの音が聞こえて、忍は遠い空を見上げた。
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