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Episode4 京子

238 まだ知られたくない

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 最終の新幹線で東京へ戻り、彰人あきひとと駅で別れた。
 新幹線のデッキで京子と少し通話して今日の報告と『おやすみ』の挨拶をしたが、アルガスが見えた所で帰宅のメールを追加した。もう寝ているかもしれないと思ったけれど、『おかえりなさい』と返事が届く。

「お休みなさい」

 彼女に届かない声をスマホに投げ掛けて、綾斗あやとはそのまま宿舎ではなく本部の門を潜った。
 消灯後の廊下はすっかり暗く、小さな明かりが所々に灯るだけだ。

 食べる時は食べて、寝る時は寝た方が良い──それは分かっているけれど、今日の成果をもう一度確認しておきたくてホールへ向かった。
 盾と空間隔離の生成はまだまだ確実なものではないが、手ごたえは十分だ。後は精度を上げて臨機応変に引き出すことが出来れば、少しは戦いを良い方に持って行くことが出来るかもしれない。

 二度三度と繰り返して、限界の手前で部屋へ戻った。


   ☆
 翌朝本部へ行くと、先に鍛錬を済ませていた美弦みつるに呼び止められる。
 長官が用事があるらしいとの事だが、呼ばれる理由に見当はつかなかった。綾斗は「分かった」と答えて朝のルーティンを済ませる。
 昨日遅かったせいで、まだ少し眠かった。

 朝食を食べてから、長官の在庁ざいちょうを確認して部屋へ向かう。

「失礼します」

 「どうぞ」と言われるまま長官室へ入り、ソファへ腰を下ろした。

「昨日は遠山とおやまくんと一緒に福島に行ってきたんだって?」
「はい。貴重な経験をさせて貰いました」

 誠は「お疲れ様」と特に緊迫した様子もなく、普段通りにねぎらう。
 昨日の詳細を知っているのは長官ゆえのことだろう。そこを掘り下げて来るかと予想したが、そうではなかった。
 本題を告げられた途端、眠気がぶっ飛んでしまう。 

「え……」
「考えておいてくれればいいよ」

 いつかそんな日が来るかもしれないと思った事はあった。
 可能性を考えれば少しくらい覚悟していても良かった筈だ。けれどまさか戦いを控えた今のタイミングで来るとは思わず、何も返事を用意できていない。

 戸惑ったままあっという間に話は終わって、綾斗は長官室を出た。
 すると、廊下のすぐ横に美弦が居たのだ。胸に書類を抱き締めた彼女は、誠の用事で来たらしい。
 「すみません」と目を泳がせる様子で、事情は理解できた。

「聞いてたの?」
「立ち聞きしようなんて思ってはいなかったんですけど……」
「別におかしな話してた訳じゃないから、構わないよ。けど、まだ京子さんには黙っててくれる?」

 彼女にはちゃんと自分の口で話さなければならない。
 美弦は「分かりました」と申し訳なそうに頭を下げて、長官室へ入って行った。



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