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Episode4 京子
235 託された一錠
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横浜での事件が起きる直前まで、彰人は監察員として安藤律に接触していた。
お互いがホルスやアルガスだという素性を隠し、野良のバスク同志という関係だったらしい。そんな二人の元に偶然修司が加わり、彰人の機転で彼はその後キーダーとしてアルガスへ入る事となる。
しかし洗脳とまでは行かなかったものの、修司にとって律と居た時間は相当居心地が良かったらしい。始めの頃は彼女がホルスの人間だと言ってもなかなか信じては貰えなかった。
彰人と話す時の律を見れば、その理由が何となく分かる。敵意を剥き出しにしているかと思えば、それがどこか内輪揉めのようにも聞こえてくるのだ。
3人が仲間として過ごした期間はほんの僅かだ。
はっきりとした敵味方の関係を突き付けられても尚、彼等の中には特別な空気が流れている──そんな事を考えながら、綾斗は地下牢への扉が閉まる音を背に彰人を追い掛けた。
☆
扉が塞がれる音が一つ、二つと遠ざかって行く。
詰まるような空気の流れに大きく深呼吸すると、三度目の音で部屋は無音に戻った。
力なく椅子に落ちて、律は悄然とした目を宙に漂わせる。
彰人が戦いの事を伝えて行ったのは罠だろうか。
挑発に乗って外へ出た途端、射殺されない保証はない。
──『君、バスクでしょ』
初めて彼に会ったのは、正月気分の抜けた雪のチラつく夕方だった。
彰人が何を考えているのかなんて、あの日から何一つ読み取ることはできない。
横浜の戦いで負傷してここへ収監されてから、彼が面会に来たのは今日で三度目だ。前の二回は他愛のない話をしていっただけなのに、三度目で急におかしな展開になってしまう。
ホルスとアルガスが戦いを始めるという。
この先何年も地下牢に居る相手にする話だろうか。
「どういうつもり?」
自分はホルスの幹部だという肩書はあるが、実際に上の人間と顔を合わせた記憶はない。
高橋が居る頃はいつも彼から指示を受けていたし、亡くなってからは携帯電話を使ったやり取りが主だった。
ホルスの考えを否定する気はないが、今更彼等の仲間として戦う事は出来るのだろうか。
この牢で過ごした時間が、そんな気力を削ぎ落してしまった。
──『ホルスは本当に律さんの仲間なんですか?』
戦いの最中に修司から言われた言葉が、今も頭の端にこびり付いている。
けれどそれ以上に感情を支配するのは、高橋の声だった。
──『もし僕が居なくなったら、彼を助けてやって欲しい』
そう言って、一錠の薬を託された。
彼を思うと胸の傷が疼く。
「洋……」
彰人はその事に気付いているのかもしれない。
チクリと痛む胸をぎゅっと両手で押さえて、律はもう一度彼の名前を呼んだ。
お互いがホルスやアルガスだという素性を隠し、野良のバスク同志という関係だったらしい。そんな二人の元に偶然修司が加わり、彰人の機転で彼はその後キーダーとしてアルガスへ入る事となる。
しかし洗脳とまでは行かなかったものの、修司にとって律と居た時間は相当居心地が良かったらしい。始めの頃は彼女がホルスの人間だと言ってもなかなか信じては貰えなかった。
彰人と話す時の律を見れば、その理由が何となく分かる。敵意を剥き出しにしているかと思えば、それがどこか内輪揉めのようにも聞こえてくるのだ。
3人が仲間として過ごした期間はほんの僅かだ。
はっきりとした敵味方の関係を突き付けられても尚、彼等の中には特別な空気が流れている──そんな事を考えながら、綾斗は地下牢への扉が閉まる音を背に彰人を追い掛けた。
☆
扉が塞がれる音が一つ、二つと遠ざかって行く。
詰まるような空気の流れに大きく深呼吸すると、三度目の音で部屋は無音に戻った。
力なく椅子に落ちて、律は悄然とした目を宙に漂わせる。
彰人が戦いの事を伝えて行ったのは罠だろうか。
挑発に乗って外へ出た途端、射殺されない保証はない。
──『君、バスクでしょ』
初めて彼に会ったのは、正月気分の抜けた雪のチラつく夕方だった。
彰人が何を考えているのかなんて、あの日から何一つ読み取ることはできない。
横浜の戦いで負傷してここへ収監されてから、彼が面会に来たのは今日で三度目だ。前の二回は他愛のない話をしていっただけなのに、三度目で急におかしな展開になってしまう。
ホルスとアルガスが戦いを始めるという。
この先何年も地下牢に居る相手にする話だろうか。
「どういうつもり?」
自分はホルスの幹部だという肩書はあるが、実際に上の人間と顔を合わせた記憶はない。
高橋が居る頃はいつも彼から指示を受けていたし、亡くなってからは携帯電話を使ったやり取りが主だった。
ホルスの考えを否定する気はないが、今更彼等の仲間として戦う事は出来るのだろうか。
この牢で過ごした時間が、そんな気力を削ぎ落してしまった。
──『ホルスは本当に律さんの仲間なんですか?』
戦いの最中に修司から言われた言葉が、今も頭の端にこびり付いている。
けれどそれ以上に感情を支配するのは、高橋の声だった。
──『もし僕が居なくなったら、彼を助けてやって欲しい』
そう言って、一錠の薬を託された。
彼を思うと胸の傷が疼く。
「洋……」
彰人はその事に気付いているのかもしれない。
チクリと痛む胸をぎゅっと両手で押さえて、律はもう一度彼の名前を呼んだ。
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