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Episode4 京子

225 移動中の彼

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 アルガスの本部にあるキーダーのデスクルームには、机が8台ある。
 京子たち常駐の4人と、桃也とうや彰人あきひと大舎卿だいしゃきょうを加えた3人、残りは朱羽あげはの席だ。
 今回の戦いでも彼女はあの事務所にこもったままなのだろうか。それで良いと思う気持ちと、味方の数を確保したいというあせりが京子の中で葛藤している。

 しのぶがアルガスへの宣戦布告を予告した事で、こちらはどう迎え撃つか──今日はその作戦会議だ。
 九州や東京駅で忍の素性すじょうをある程度理解したつもりでいたが、彰人を通した監察かんさつからの発表で、『忍』というのが彼の偽名であることを初めて知った。

 本名は『鈴木紅輔こうすけ』というらしい。同族経営であるサメジマ製薬の養子だったという彼が、現理事や会長と並ぶ鈴木姓だという事は予想できたが、名前まで違うとは思っていなかった。
 いまいちピンと来ないその名前を小声で繰り返し、京子はパソコンの手前に置いたメモに書き留める。

『いざ戦いになったら、本部のキーダーと護兵ごへいだけで応戦するのは難しいだろうな。向こうがどれだけの戦力かまだハッキリしないから、ある程度はこっちも出せるように声掛けしておくのは必須だ』

 片耳に装着したイヤホンから桃也の声が聞こえてくる。何も気にしないでいられるには、もう少し時間が必要だ。
 気まずさにゆがむ顔を必死にこらえると、モニターに映る自分の顔がやたら珍妙に見えてしまう。
 「大丈夫?」と横から綾斗あやとに肩を突かれ、京子は「うん」と気合を入れて発言ボタンをクリックした。

「質問良いですか?」
『あぁ、いいよ』
「ある程度というのは、具体的に誰かを想定していますか?」
『いや、まだそこまでは。今朝のうちに志願書を各支部にいておいたが、どこも人手は足りてないからな、無理強いは出来ねぇよ』
「長官は、桃也さんに指揮を任せたいとおっしゃってましたよ?」

 これは綾斗。桃也が『あぁ』と答える。

『俺も早々に帰国する。最近ほとんどど戻ってねぇから、どれだけやれるか分からねぇけど。皆さん、フォローを頼みます』
「勿論です」

 個々に同意を口にすると、修司が「やってやりますよ」と意気込んだ。
 桃也は小さく安堵あんどして『ありがとうございます』と頭を下げる。
 初めて会った時バスクだった桃也が、京子を追い越して長官になろうと頑張っている。『頑張って』と音なく呟いて、京子は彼を見守った。

「今回の事で良く分かったのは、キーダーが実戦に慣れていないという事です。一対一でリング上の戦いなら幾らでも戦えますが、もし町中でとなればそうはいかない。向こうがどう思っているかは分かりませんが、市街戦を想定した心構えも必要かと思います」

 資料をめくりながら話す綾斗に、メンバーが相槌あいづちを繰り返す。大舎卿も「そうじゃな」とひげだらけのあごを掴んだ。
 松本との接触も、九州で佳祐けいすけが死んだ時も、駅での事も、ホルスとの接触ではギャラリーに一般人がいるシチュエーションばかりだ。そんな時に役立つだろう広範囲の空間隔離くうかんかくり
を生成できるのは、敵である忍一人だ。それを相手に頼る訳には行かない。

『出来る限りのことをした上で、ある程度の被害が出るのは仕方ないと思うけど。最小限にしておかないとって事だよね』

 黙っていた彰人が口を開いたところで、画面がザッと乱れた。彰人の所だけ斜めに線が入り、『離席します』という声と同時に暗転する。

「電波悪いのかな? 移動中?」

 トンネルにでも入ったのだろうかと京子がそっとコーヒーを飲んだところで、美弦みつるが「あれ」と天井を見上げた。
 他のメンバーもすぐにその音に気付く。

「もしかして本人来ました?」
勿体もったいぶりやがって。アイツ、そっち行くって言ってたぜ』

 修司の呟きに桃也が答える。
 すぐ上の屋上にヘリが下りる音が響いて、そこから会議室の扉が開くまで3分と掛からなかった。

「戻りました」

 ついさっきまでパソコンの中に居た彰人が、姿を現したのだ。



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